第6話「異変」

「う……ん!?」

翌朝、自宅のベッドで目を開けると目の前には芹華が寝てるんですけど?

……そうだ、不安な私のために芹華は昨日ウチに泊まってくれたんだった。電話でお母さんと口論してたみたいだったけど最終的にはどうにか納得してもらえたようだった。そういえば芹華のお母さん、小さい頃以来会ってないからどんな人かよく覚えてないんだよね。

閉じたカーテンの隙間から差し込む日差しはもう朝がやってきているのを分かりやすく教えてくれるが、隣に芹華のいる安心感にもう少しこのまどろみに甘えていたくなって……。


「一回起きてたなら起こしてよ!」

「だって芹華が隣で寝てたから……もっと寝たくなるじゃん!」

通学路を駆け足で進む私たちの大声は風に流れて後ろに過ぎ去っていく。

会話の内容の通り、私はまんまと二度寝に落ちてこうして二人そろって遅刻寸前というわけだ。

「それ……は。いや、それもだけどアラームかけておいたはずなんだけど!」

「ゴメン! 多分それは私が無意識に止めてた!」

アラーム嫌いだから寝ながら止めちゃうんだよね、私。それでも起きれるように間隔開けて5回は鳴るようにしてるんだけど、今日はそれも気づかないうちに止めてたみたい。

「もう学校の前の日は絶対蘭子の家には泊まらない!」

あ、休みの日なら泊ってくれるんだ。泊まりたいって意思はあるんだね。よかった。

日頃鍛えてる持久力のおかげで、どうにか朝のHRには間に合い事なきを得た。2人で息をゼーゼー言わせながら教室に入ってきたからほぼ同時に入ってきた先生はギョッとしてたけど、遅刻ではないから特に何も言われることはなかった。

もし、あのハラスメントの前だったら何かゲスいこと言われてたかもしれないけど。


時間は過ぎて帰りのHRの時間。この後の時間を考えると胃がキリキリしてくる。

朝は遅刻寸前だったから部活どころじゃなかった。なので、あの昨日の出来事から部活に向かうのはこれが最初ということになる。

「蘭子、大丈夫?」

心配した表情で芹華が話しかけてくる。あぁ、無意識にお腹を押さえてたからか。

「ちょっと胃が痛むけど、ダイジョブだと思う」

「胃も痛いの? ちょっと顔色も悪いよ」

「え?」

だから芹華が気づいたのか。うん、確かに体調悪いから顔色も悪くなるよね。

「心配なんでしょ、部活に行くの」

「うん……」

「じゃあ今日は休んで――」

「ううん、それはダメ」

芹華の目を見て強く否定する。

「私部長なんだから今朝休んだだけでも沢山迷惑かけてるもん。流石にもう休めないよ」

暫く何か言おうと口を開けては閉じを繰り返す芹華だったけど、再び口を開くと。

「分かった。っていうより、その蘭子の目の感じ、ダメって言っても行くでしょ?」

「うん」

やっぱり芹華は私をよく分かってる。

「はい、じゃあ帰りのHRはこれで終わりな~」

「あ」

気づけばいつの間にか帰りのHRが終わり、先生は教室をあとにしていた。

先生が何を話していたかは全然耳に入ってこなかったけど、今日は私たちの話の方が大事だったのは間違えないだろうからまぁ問題なしということで。

「らんらん、具合悪そうだけどどうしたの?」

HRが終わり、普段能天気な真央までもが本気で心配した表情をして私の方にやってきた。

そこまで目に見えてヤバいのか、私。

「蘭子、やっぱり……」

「いや、ダメだよ」

私は部長なんだ。途中で帰ることになったとしても部活の様子だけは見てこないと。自分の事情でで頑張ってる皆に迷惑はかけられない。

椅子から立ち上がり鞄を持とうとすると瞬間、視界がぐらつく。

「蘭子!」

気が付くと芹華が私の体を支えていた。

あれ、おかしいな? ちょっと体に違和感があるくらいなんだけど。

「やっぱりダメ、行かせない」

そう強く言う芹華の目には強い否定と、それよりも遥かに大きい私への心配が映っていた。

芹華が私を掴む力が強くなる。力づくでも行かせないつもりか。

真央も横から心配そうに私を見つめる。

でも芹華、私は部長なんだよ? 家で寝込んじゃってるならまだしも学校にいるのに顔を出さないのは気が引ける。それにさやかちゃんとのことがあった後だ。ここで行っておかないと皆に変な不安ができちゃうかもしれない。

そんな気持ちを込めて芹華を見つめるも……。

「ダメ?」

「うん、ダメ」

納得はしてくれないようだった。

「じゃあ練習には出ないから。出られないって伝えるのに顔を出すだけだから」

「……うん、まぁそれは、伝えておいた方がいいかもね」

よし、流石に練習は無理だけど挨拶だけでもできれば皆も変な心配はしないで済むだろう。

「それじゃあ部室に——」

行こう。と言って教室のドアに向かおうとするも、芹華の腕は私から離れなかった。

「私も一緒に行く」

いや、そこまで心配しなくても。

「具合悪いから帰るって言いに行くだけだよ?」

「それでも一緒に行く」

もう、ワケ分かんない。でも一緒に行くって言わないと腕離してくれなそうだし、仕様がないか。

「分かった」

どうせ、私たちの仲は陸上部の人たちも大体知ってるし、一瞬顔出すだけだしね。

というわけで芹華と一緒にグラウンドに向かうと、すでに数人の部員が体操着に着替え、柔軟やウォームアップを行っていた。

さやかちゃんはまだ来ていないようだ。直接顔を合わせずに済むことにホッとしつつ、そう感じてしまう自分に嫌悪感も同時に感じてしまう。

私は柔軟をしている子、畑谷さんに声を掛ける。

「畑谷さん、コーチってまだ来てない?」

すると、畑谷さんは私の顔と、近くに立っている芹華を見るや否や、明確な嫌悪の表情で私と目を合わせた。

「来てませんけど……」

畑谷さんは再度芹華の方を見て。

「よく平気な顔して部活に来れましたね」

そう言うと、畑谷さんは柔軟を止めて、去ってしまった。まるでこれ以上私と同じ空間にいたくないと言っているかのように。

「何? どうゆうこと?」

一昨日までは笑顔で毎日話してたのに……私がいない間に何かあったの?

「蘭子、やっぱり今日はもう――」

芹華が何か私に話しかけているような気がしたけど、私の視界に透の姿が入ってきたので、私は何があったのか知っていて、かつ教えてくれそうな透にシュバっていく。

「透!」

私の声でこちらに気づいた透は少し周囲を伺うようにして私に近づいてくる。

やっぱり透もいつも様子が違う。

「ねぇ、さっき畑谷さんと話したら何か様子が変なんだけど」

「当たり前だろ、陸部内でスッゴイ噂になってるぞ。蘭子が芹華を使って凄い最悪な振り方したって」

「うっ、それは……」

使ったわけじゃないけど、芹華が私の代わりに強めに言ってくれたからあながち嘘とは返せない。

「え、本当だったのか?」

「芹華が出てきたのは本当なんだけど。でもあのときのさやかちゃん、ちょっとおかしかったから私じゃどうしようもなくて……でも、何で皆知ってるの?」

そう、一番知りたいのはそこだ。

「それは……」

透は気まずそうに私から目を逸らす。

「教えて。透以外だとはぐらかされそうだし」

「うん、まぁ今の状況じゃ他の部員達は口を閉ざすだろうな……昨日の午後練のとき、急にさやかが泣きながら部室に入ってきたんだよ」

あ、あの後か。そして、信じたくなかったけどやっぱり元凶はさやかちゃん本人なんだ。

「突然大粒の涙を流しながら部室に入ってきたから皆驚いてさやかの方に駆け寄っていった。そしたら「らんらんが……」ってその場に泣き崩れたんだ」

「それから……まだ、あるんだよね?」

「ああ」

透が教えてくれたそこからの話の内容はこうだった。


「らんらんがどうしたの? 何かあったの?」

心配して駆け寄った部員の一人がさやかちゃんにそう聞くと。

「フラれたの」

さやかちゃんは端的にそう答えた。部員の皆はさやかちゃんが私に恋心があるなんて誰一人として夢にも思っていなかったから、まずさやかちゃんの恋心に驚きつつも、少し遠くにいた子が。

「それはエグいね。私も先月フラれたばっかだから気持ち分かるよ」

って同情した。

すると、さやかちゃんはその子を睨みつけて。

「普通にフラれたくらいなら私だってこんなにならないよ! らんらんに直接フラれたなら、こんな風にはならなかった」

「どうゆうこと?」

「私を振ったのは安藤先輩なの。らんらんは自分からは何も言わずに安藤先輩越しで私を振ったんだっ。「蘭子には私がいるからお前なんてお呼びじゃない」って」

そう言うと、さやかちゃんは再びその場に泣き崩れた。自分に起こった悲劇をよりドラマティックに演出するように。

するとそれが効果を生んだのか「そんなの酷過ぎる」「らんらん今まで好きだったのに」「前からあの先輩とくっつきすぎだと思ってたんだよ」「さやかの気持ち考えられないの?」などと次々に私に対する落胆や怒りの声が上がった。

そしてここで部員の一人が気づく。

「で、当の本人は?」

私がいないことに言及し、皆が辺りを見回すも勿論私はその場にいない。

「もう帰ったよ」

その場で私が帰った事実を知るのは一人だけ。そう、さやかちゃんだ。

「私は本気でらんらんが好きだって気持ちを伝えただけなのに「女の子に告白されて怖かったよ~」って安藤先輩に泣きついて。イチャイチャしながら帰っていったよ」

豹変したさやかちゃんに怯えて、蘭子に私が泣きついたのは本当だが、さやかちゃんの行動がスッポリ抜けたせいで、事実が歪んで伝わる。

しかも。

「そういえばさっきあたし、安藤先輩と一緒に歩いてるらんらん見たよ」

帰りがけの私と芹華の姿を見た部員がいたのだ。

「確かにらんらん、ギュッと安藤先輩に密着してたし、さやかの言う通りだ」

その証言でさやかちゃんの言葉を疑う部員はいなくなり、美女と野獣のビーストを危ない生き物だと討伐しようと奮起していた村人たちの如く、それから部員達は皆私へ烈火の如き怒りを噴出させた。というのが事の顛末らしい。


透に一部始終を聞いて悪かった気分が更に悪くなってきた。

本当の部分もあるけど、まるで私を悪者に仕立て上げようと……いや、確実に込められた悪意にさやかちゃんへ恐怖の気持ちが大きくなってくる。

「僕は蘭子と付き合いが長いから流石にそれはないだろうと信じてなかったけれど……ちょっと蘭子! 大丈夫!?」

芹華が庇ってくれたときのやり取りの時からおかしいとは思ってたけど、どうしてさやかちゃんは私をそんなに憎んでるの?

やっぱり私がさやかちゃんを失望させちゃったから? 芹華が私の前に出てきたから? 何にせよ、私がさやかちゃんを傷つけちゃったんだよね。もっとさやかちゃんの気持ちに寄り添ってあげるべきだった。ごめんね。

あ、意識が……。

体に力が入らなくなり、倒れそうになったところで誰かの腕が私の体を受け止めてくれた。

「ちょっとごめん、今日は蘭子、体調が悪いからこれ以上は」

ああ、芹華か。倒れかかった私を受け止めた芹華は私を自分の体に引き寄せ、透に向かって言葉を続ける。

「それに、こうなったのは蘭子じゃなくて全部――」

そこまで聞こえたところで私の意識は完全に消えてしまった。

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