#12 イーシャの日記 11月15日2138年
私はウルフを蹴飛ばした。「いてえな! 何しやがんだ!」土埃を立てて、そいつは叫んだ。
私は「こっちのセリフだ、さっき、私の服を掴んだな!」私はウルフを見下した。
私達は道中、怪異の群れに襲われた。おそらく、この街――今となっては廃墟だが――の住民たちがミューテチウムに侵食され、怪異へと変貌したのだろうと予測された。
私はミニクーパーを背後にしながら、次々と拳銃で射撃していく。
残り、5、6体ほどだっただろうか、車を乗り越えて向かってくる怪異がいた。私は距離をおこうとしたが、できなかった。
後部座席からウルフの手が伸び、私の服を掴んでいたからだ。
怪異の頬まで割けた口が私の喉元を狙った。私はとっさに、後頭部による頭突きをお見舞いし、銃の底でウルフの手をはたいた。
結果として振り払うことに成功し、怪異は撃退できた。
ウルフを蹴ったのはそのあとの話だ。
「これって私刑ってやつじゃねえのかよ! えぇ?」
ウルフは私を強く睨んだ。「安心しろ、護送上における任務の妨害行為があったためだ、と言えばお前の言葉など聞かないさ」私は吐き捨てるように言った。
銃をウルフに構える。ウルフは狼狽した。
「大体、どうやって拘束を解いた? 説明しろ」ウルフに質問した。
「へへ……。俺はミューテチウムの影響か、体が異常に柔らかくなってなあ……。手錠を外すなんて朝飯前なんだよ」
ウルフはそう言って、手を細く触手状に変化させた。
私は舌打ちをした。ミューテチウムによる変異を見過ごしていたのは、完全に私の失敗だ……。
「俺はよお、自由になるためだったら、なんでもするぜ」ウルフはそんなことをのたまった。頭に血が上るのを感じる。
「人を殺しておいて、何を言うんだ!!」私は叫んだ。「連続殺人犯め!」
するとキースはポリポリと頭をいてこう言った。「それは誤解なんだけどなぁ……。指名手配しやがって。誤解なのによぉ……」
私は激昂した。ふたたび、ウルフを蹴り飛ばす。ウルフはタガが外れたように高笑いをした。気でも触れたのかと思った。
そのあとのキースの言葉はこうだ。「結局、オエライサン達が、市民を安心させるためのスケープゴートに俺は選ばれちまったってわけだ!」
私は何も言えずにいた。「警察って、残酷だよなぁ! 住民達の為に人一人犠牲にできるんだもんなぁ!」
私はその言葉に何も言い返せなかった。私はウルフのその言葉を、単純に惑わせる言葉だと考えた。
しかし、無実ではない。私の仕事はウルフを中央街まで護送すること。余計な思考を挟む必要はない。
だが、自分にそう言い聞かせても、ウルフの言葉を真に振り払うことができずにいる。
私は迷っていた。ウルフの言葉を信じるべきか。それとも……。
キース、お前ならばこんな私をどんな風に言うのだろうな……。
あの父親譲りの私の金髪を褒めてくれたのは、キース、お前だけだった。そこから、私は自分のことを少し好きになれた。
中央街に帰ったら、お前の墓前で報告をするよ。そして、あの時の返事をしたいとも思っている。
もう何もかも遅いとは思うが、私がそうしたいんだ。聞いてくれ、キース。
さて、長居は無用だ。私は黙ってウルフを引きずるように後部座席に放り込み、先を急いだ。
11月15日 晴れ 中央街まで1750マイル
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