家出した先は、京都のお寺でした!~家を追い出された少年は、お寺の食堂で住み込み働きを始める~
ピヨ幸
第1話 毎朝4時起きの生活
俺の名前は飯島咲太。17歳の高校2年生だ。
高校2年生の5月、両親に勘当されて行く当てもなくなった俺は、地元である京都の街で、一人でさまよいながら行き倒れてしまった。どれくらいの時間が経ったのかはわからないが、俺はふと目を覚ますと、見知らぬお寺の一室で、布団に寝かされていた。どうやら俺が倒れていたのはそのお寺の敷地内で、助けてくれたのはそのお寺の住職だったらしい。
それから4ヶ月、帰る場所を失っていた俺は、住職に頼み込んで、そのお寺で働かせてもらうことになった。毎朝4時に起きて食堂を手伝い、それから高校に通う日々。最初は慣れないことばかりだったが、少しずつお寺での新しい生活にも慣れていった。
「みなさん、朝ごはんできましたよー!」
朝の6時、今日も食堂に俺の声が響く。暑かった8月も先週で終わり、今週からは9月の第1週目に入った。窓の外では、ザーッと雨が音を立てて降っている。昨晩から降り続いた雨は、早朝の冷気と相まって、空気を一層ひんやりとさせている。そのためか、パジャマの下に厚手のヒートテックを着ている俺でも、今朝は少しだけ肌寒く感じてしまう。
40畳ほどの広さを持つ畳敷きの食堂で、俺は、食堂に入ってくるお坊さん一人ひとりに白いご飯をよそいで渡している。お坊さんたちは次から次へと食堂に入ってくる。その顔はまだ眠そうで、朝のお勤めを終えたばかりの疲れが見てとれる。ちなみにだが、朝のお勤めとは、毎朝5時半から6時まで仏さんの前でお経をあげる、お坊さんたちの日課業務である。
「ふぅ、やっとおわった。お経ながすぎだろ………。」
「お経よむのがいちばんめんどいわぁ………。」
そんなお坊さんたちの「坊さん」という職業に対するリアルな不平不満を耳にしながらも、俺は白飯をひとりひとりに渡していった。お坊さんたちは、次から次へと列をなして食堂に入ってくる。そんな中、1人の若い坊さんが俺のほうにやって来た。
「さくちゃん、おはよーっす!」
吉田さんという若いお坊さんが、元気よく俺に声をかけてきた。俺はその顔を見て軽く頭を下げる。
「吉田さん、おはようございます。朝のお勤めごくろうさまです。」
吉田さんは30代半ばの若いお坊さんで、このお寺では年齢が2、3番目に若い。普通、このお寺で働くお坊さんたちは20年以上修行を積んだベテランばかりだ。だから吉田さんのような若いお坊さんは、このお寺の中でとても珍しい。
吉田さんは、みんながまだ眠そうにしている中、早朝とは思えないほどのハイテンションで俺に話かけてきた。
「朝からお経だなんてだるすぎっすよ、坊さんしんどいし、この仕事もう辞めたくなりますわ。」
「いやまってくださいよ。吉田さんいなくなったら、おれ、だれと仲よくすればいいんですかー。」
なんだかんだで俺と吉田さんは仲が良い。吉田さんとは、お坊さんたちの中で唯一気を使わずに話せる。吉田さんは気さくで、誰に対しても優しいので、このお寺のみんなから好かれている。
「冗談っすよ、さくちゃん。坊さんやめたら、おれただの34歳無職フリーターですよ。どうやっていきていけばいいんですか。」
ちなみに、まじでどうでもいい話だが、吉田さんはなかなかのイケメンな癖に、生まれてこの方、彼女ができたことがないらしい。なぜなら、住職の元で修行を続けるお坊さんには、恋愛のチャンスがほとんどないからだ。はっきり言って、お坊さんは若い女性との出会いがない。稀に女性と話す機会があっても、それは檀家さん(お寺の信者)くらいで、その檀家さんの大半が70歳以上のご老人たちだ。
吉田さんは、俺に「今日のよる部屋でまたなー。」と手を振って、そのままテーブルの方にすたすたと歩いて行った。
ちなみに、今日の食堂での俺の担当は、さつまいもの味噌汁だった。起きてからずっと、1時間以上さつまいもを包丁で切っていたせいで、右手首が少し痛む。痛みが手首から腕にズキズキと広がってくるが、無償でお寺に住まわせてもらっている以上、文句は言えない。それにしても、毎朝、60人分の食事を作っていると、このお寺の規模の大きさを改めて実感する。
俺が今住まわせてもらっているこの「西光寺」は、京都で鎌倉時代から800年以上続く、由緒正しいお寺だ。京都市と滋賀県大津市にまたがる「比叡山」の麓に堂々とそびえ立つこのお寺は、京都市内でも4番目に古いお寺で、重要文化財もいくつか所蔵している。
俺の目の前には、作り立てでまだ湯気を立てている、お寺の全員分の朝ごはんが並べられている。
白ご飯、さつまいもの味噌汁、白菜の漬物。無駄を省き、質素であることこそが仏教では大切だと言われているので、お寺の朝食はいつでも簡素だ。
そんな時、食堂の前の廊下の奥から、白髪のおじいさんが杖をつきながらゆっくりと歩いてくるのが見えた。見た目は80歳を超えているように見えるが、その足取りにはずっしりとした重みがある。
「咲太くん、おはよう。あさからてつだい、がんばるのぉ。」
住職だ。俺は思わず深々と頭を下げた。
「住職、おはようございます。おつとめごくろうさまです。」
ちなみに俺がさっきからずっと言ってるこの「おつとめごくろうさまです。」というのは、お寺での目上の人に対するあいさつの定型文みたいなやつだ。これは、学校で部活の先輩にあった時の「〇〇先輩、おつかれさまです。」と、ほぼ同じニュアンスである。
住職は、俺が腕を横に付けて深々と90度頭を下げる様子を見て、少し照れくさそうにしている。
「そんなかたくるしくせんでもえぇってのに………。」
ちなみにだが、住職が下っ端のお坊さん達と一緒に朝ごはんを食べに来るのは珍しい。基本的にうちの寺では、住職は自分の部屋でご飯を食べる事がほとんどだから、住職が今朝食堂にやって来たのは予想外だった。
「それにしても、住職、きょうはおからだの調子はいかがでしょうか?」
昨日の夜に、”住職は最近体の調子が良くないらしい”という話を同部屋の吉田さんから聞いたので、とりあえずその話でもしておいた。
住職は少し笑って首を横に振った。
「今はげんきじゃ。みんなに心配かけてすまんかったのぉ。咲太くんがんばってくれてるのに、わしだけねてて申しわけない。」
住職は俺に軽く頭を下げた。その姿を見た瞬間、俺も即座に深々と頭を下げる。なんとなくだが、偉い人が目の前で自分に対して頭を下げてきたら、自分も頭を相手に下げ返すというのは、日本人としてのマナーだと思う。
それに今の暮らしがあるのは住職のおかげだ。住職がわざわざ、家出して行く当てのない俺を住まわせてくれているから、こうして俺は今、飢え死ぬことなく生きていける。親に勘当されて家を追い出されてしまうような俺でも、さすがに住職には感謝している。だから思った事を素直に伝えておく。
「住職にはほんとうに感謝しています。かえる場所のないぼくを、ここに住まわせてくださって…。」
住職は、俺がぺこぺこと何度も頭を下げ続ける姿をみながら、またもや苦笑している。
「ほんまに、咲太くんはいいこじゃのぉ。わしにもこんなすなおな孫がいたら苦労せんのにぁ……。」
住職は1人で何やら「うちのまごといえばまったく……がないからなぁ……。」と、何やらぶつぶつと一人で呟いている。
ちなみにだが、ここで住職の口から「まご」という言葉が出てきたので、これから物語を進める上で少し補足する。
この住職には14歳のお孫さんがいるのだ。名前は「伊井野小春」、今年で中学2年生の美少女だ。彼女は、中学校では勉強も運動もトップクラスにこなし、さらに顔も可愛く、性格も抜群に良い。困っている人がいれば、他のことはお構いなしに率先して助けに行く人だ。伊井野小春は、お寺の外だけではそんな良い奴らしい。お寺の中ではどうかは知らないが……。
「まったく、おじいさまも咲太も、こそこそとひとさまの悪口など、心底みそこないましたわ。」
突然そのとき、食堂の入口の方から、女の子の声が聞こえてきた。このお寺には女の子は俺の知る限り一人しかいないので、俺は声の主が誰だか確信する。
「人の悪口を人前でどうどうといえないほどの小心者とは、あきれてものもいえませんの。」
俺の知っている女の子の声が、40畳ほどの畳敷きの食堂に冷たく響いた。さっきまでお坊さんたちで賑わっていた食堂の空気が一瞬にして凍り付く。
俺はその声の主を探すため、急いで後ろを振り返った。すると、食堂の扉の前に、紺色のセーラー服を着た小柄な少女が立っているのが見えた。膝上までの紺色のスカートに黒いタイツ姿のその女の子(美少女)は、腕を組みながら仁王立ちの恰好でこちらを睨みつけている。
すると、その少女はすごい速足で俺と住職の方に近づいてきた。その足音が、ドンドンッと一歩一歩床に響き渡る。足音がどんどん大きくなって近づいてくる。やばい、殺される。俺はその少女の姿を見た瞬間、すぐさま逃げるために振り向いて走り出そうとした。
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