ドキッ!ハニートラップだらけの女子高ライフ

葉っぱふみフミ

プロローグ

 五月晴れの空は透き通るように青く、坂の上から街を見渡すと、まるで絵葉書みたいな風景が広がっている。そんな美しい朝に、瀬川悠は緊張感をもちながら学校へと向かっていた。


 交差点で信号待ちをしていると、スカートの裾が風に揺れる。通りすがるサラリーマンの視線が、その揺れるスカートに刺さっているのを感じて、悠は内心冷や汗をかいた。


―——男だとバレたか?


しかし、その視線は疑念に満ちたものではなく、むしろただの本能的な「かわいい子を見たいだけ」という興味の視線だった。


(……見た目は完全に合格ってことか)


 悠は背筋をピンと伸ばし、気品を装って歩き出した。ここで焦ったら負けだ。なんとかサラリーマンの「そういう目」をやり過ごし、無事に聖心女学院へと続く坂道へ足を踏み入れる。


 聖心女学院は、地元で由緒正しい名門校として知られる女子校だ。学力はもちろん、学費も高く、生徒はお嬢様ばかり。そんな学校に、どういう因果か一人だけ男子が紛れ込んでいる


 坂道を登り切ると、昇降口に一際元気な声が響く。


「おっはよー、悠ちゃん!」


 声の主は、バスケ部の沢田沙希。ポニーテールを揺らしながら近づいてきた。


「おはよう」


 悠も軽く挨拶を返しつつ下足箱を開ける。靴を履き替えようとしゃがんだその瞬間――。


「悠ちゃん、ちょっと!」


 顔を上げた悠は、目の前で揺れる沙希の短めのスカートの中に一瞬気づきそうになり、慌てて視線をそらした。


「見たでしょ、今!」


「見てない!」


「いいよ、見ても!ほら、もっと近くで見せてあげる!」


「見たくない!やめろ!」


 沙希が無邪気に手を引っ張り、体育館の方へと連れて行こうとするのを、悠は全力で振りほどいて逃げた。


 教室に入ると、すでにクラスメイトたちが談笑していた。ほっと一息ついたのも束の間、背後から誰かに抱き着かれる。


「Good Morning!悠ちゃん♪」


「……アリーナ、離れろって!」


 抱きついてきたのは、ロシア人の母と商社マンの父を持つハーフ美少女、新田アリーナ。いつものように、柔らかくて温かいものが背中に当たる。


「あら、嫌なの?でも、体は正直みたいだけど?」


 耳元で甘い声をささやかれると、スカートの中が膨らんでいる悠は顔が熱くなるのを感じた。


「新田さん、瀬川さんが困っていますわ」


 間に入ってきたのは、学級委員の桐原由紀。成績トップで厳格な彼女が、冷静な表情でアリーナをたしなめる。


「朝から人前でいちゃつくのは感心しませんね。仲が良いのは結構ですが、もっと上品にお願いします」


 由紀の優雅な口調に、悠は思わず頭を下げた。


「あ、いや、いちゃついてたわけじゃ……」


 すると、由紀は少し頬を染めながら、小さな声で言った。


「もし……欲求が溜まっていらっしゃるのなら……その、私が放課後お手伝いしても……」


(おいおい、冗談だろ!?)


 気品あふれる学級委員の誘惑に悠の理性は崩壊寸前だった。しかし誘惑に負けるわけにはいかない。


 悠に課せられた試練は二つ。一つ目は、学外の人間に男子だとバレないこと。そして二つ目は「男女交際禁止」の校則を守ること。


 この校則は、女子生徒が他校の男子と話しただけでも停学処分になりかねない厳しいものだ。それなのに、女子たちは悠に積極的すぎるアプローチを仕掛けてくる。


その理由は明白だ。


 聖心女学院は中高一貫の女子校。中学から4年以上も男子と接触のない生活を送ってきた生徒たちは、悠という聖心女学院でただ一人の男子に、本能的な飢えをむき出しにしていたのだ。


 見た目は完璧な女子高生でも、中身は男子高校生の悠にとって、この状況は極限の試練だった。

 来年の3月まで11カ月間、まだまだ試練が続く。

 平凡な男子高校生だった悠が、なぜこんな試練を受けることになってしまったかは、半年ほど前の文化祭での“あの出来事”までさかのぼることになる――。

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