2

「はは、幽霊屋敷か。言い得て妙だね」

 軽やかに笑い飛ばす大家に、いやいやと手を振る。

「まずくないですか、香澄かすみさん。ただでさえ店子が少ないのに、そんな噂が立ってるなんて知られたら……」

「なに、昔から言われてるんだ、今更だよ」

 あっけらかんと答える彼女こそが、その『幽霊屋敷』こと格安賃貸アパート『松和荘』の大家であり、松来まつき家現当主その人だ。侑斗にとっては大学の先輩でもあり、何かと頭が上がらない存在でもある。

 『松和荘』は松来家の敷地内に建つ木造二階建てのアパートだ。かつては下宿として運用されていたため、一階に共用の応接室や食堂があり、実体はシェアハウスに近い。

 現在の住人は五人。侑斗が入居した去年の夏頃には、改装中の一部屋以外はすべて埋まっていたのだが、今年に入ってから転勤や結婚などで退去が相次ぎ、現在は三部屋が空いている。

「昔からって……そんなに前から噂が立ってるんですか? その……ふみさんの」

 無意識に声を潜めてしまったが、しっかり聞かれていたらしい。

「あら、私がどうかしましたか?」

 背後から気配もなく現れた和装の美女は、小首を傾げつつ、冷えた麦茶のグラスをそっと机の上に置いた。

「あ、えっと……」

「このお屋敷が幽霊屋敷と呼ばれているって話を、近所の子供から聞いたらしいんだよ」

 端的に説明する香澄に、松来家の万能お手伝いさん――またの名を『松和荘のマドンナ』こと樫木文は、さも楽しそうにコロコロと笑い声を上げて、

「まあ! 私ったら、そんなに有名なんですか?」

 とのたまったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る