田舎令嬢、裏の事情を知る。

 学園での講義が終わった放課後、私は刺繍堂を出て正門へと向かった。昨日までなら住み込み先のお屋敷へと向かっていたところだけれども、今朝解雇されたので行き先は違う。


「王都の宿はお高めだから厳しいのよね」


 若干渋い表情をしながら私はつぶやいた。学園に入学する前後から働き始めて切り詰めながらも何とか生活していたから数日分の宿泊代くらいはある。安宿にすれば倍以上は泊まれるけれど私にも最低限の貴族としての矜持があった。


 さてどうしたものかと悩んでいると、正門近くにロランが立っているのを見かける。


「やっと来たな、シルヴィ」


「久しぶり。警邏隊の詰め所以来ね。どうしたのよ、こんなところで」


「ちょいと付き合ってほしいところがあるんだ」


「どこよ?」


「行ってみりゃわかる。いかがわしいところじゃないぜ。由緒正しい場所だ」


「自分のお屋敷って言うんじゃないでしょうね」


「それ以上だよ。ところで、ダケール侯爵家の屋敷は解雇クビになったのか」


「どうして知っているの?」


「お前が普段持っていない手荷物を持っているからだよ。それに、まだあの屋敷で働いていたら、これから仕事があるってまず断るだろ」


 まったくその通りだったので私は目を逸らした。本当によく気付くわね。


 特に予定があるわけじゃない私はロランの誘いに応じた。


 乗り込んだ馬車で私はロランと対面で座った。あちらはこちらをじっと見つめてくるけど、私はそれに対してわずかに視線を外す。


「今回、たまたまその場に居合わせたシルヴィにはかなり無茶なことをさせちまったな」


「何よいきなり」


「本当ならお前じゃなく俺が動くべきだったんだが、思った以上にうまくいかなくて困っていたんだよ」


「だから今回私が矢面に立ったわけね」


「乗っかったのは間違いないし、結局最後まで任せきりになったのは悪いと思う。ただ、誓って言うが、本当は危ないことはさせたくなかったんだ」


 顔を歪めたロランが肩を落として私に謝罪してきた。なぜか昔の弱虫と重なって見える。


「最初からオルガ様に目を付けていたの?」


「マルセル殿下の婚約者候補は一応全部見ていたんだ。オルガ様については有力候補だったから特に注意していたのは確かだが」


「どうしてそんなことをしていたのよ」


「それもすぐにわかるさ」


 はぐらかされた私は首を傾げた。その拍子に馬車の外の風景が目に入る。初めての場所なので珍しく思えた。窓から少し顔を出して前を見ると王城へと道が続いている。


「ロラン。この馬車、どこに向かっているのよ?」


「王城だよ。会わせたい人がいるんだ」


「それは誰なの?」


「会ってからのお楽しみだ」


 馬車の中に顔を引っ込めると、正面にはにやにやと笑うロランの顔があった。この期に及んでまだ隠し事があるらしい。訝しげな目を向けたけど何も変化はなかった。


 王城に入って馬車が停まるとロランに続いて私も外に出る。荘厳な王城内部に人影は少なく、あまり人とすれ違うことがない。だから、初めて王都にやって来た頃と同じように私は周囲に顔を巡らせた。今まで目にしてきたものとは何もかもが違う。初めて足を踏み入れるこの王国の中枢に何となく圧倒された。


 やがてお城本体の手前までやって来ると、同じ敷地内にある大きな建物へと私たちは足を向ける。ロランから王族が普段生活する宮殿だと教えてもらった。


 さすがにここまで来たら私にだってわかる。王族のどなたかと謁見するんだって。マルセル殿下の婚約者選びに関することだから、お相手は別に不思議じゃない。問題なのは、どうして伯爵家の三男が案内をしているかよね。


 でも、宮殿の入口を守る衛兵が誰何もせずに中へと入れたことにもっとおかしなことに気付いた。そういえば、王城に入ってからロランは要所を守る衛兵の誰にも誰何されていない。どうして?


 疑問を抱きつつも歩いているとロランがとある部屋へと入った。そうして声を上げる。


「マルセル、来たぞ」


「兄上、こちらへ」


 今、私はおかしな返事を耳にした。ロランには確かに兄がいるけれど、ここに住めるような人たちではない。


 室内では、多少癖のある金髪の儚さを感じる美少年が笑顔で出迎えてくれた。どことなく顔立ちがロランに似ている。ああ、これはもしや。


「約束通り、連れてきたぞ」


「お初にお目にかかります。アベラール男爵家エクトルの娘、シルヴィでございます」


「エルランジェ家のマルセルだよ。本当にラファルグ公爵家のイレーヌ殿に似ているね」


「はい、縁は切れていますが従姉妹ですので」


「どうだマルセル、今すぐ服を着替えさせて社交界に出しても公爵令嬢で通用するだろう」


「そうだね。でも、野山も駆け巡っていたと聞いているけど、そういった粗雑さや荒々しさは見当たらないね」


「すごいだろう」


「どうして兄上が威張るのですか」


 目の前のやり取りを見ていると本当に仲の良い兄弟に見えるわね。


「あの、失礼ですが、マルセル殿下、先程からこちらのロランのことを兄上とお呼びしているのはなぜですか?」


「腹違いの兄だからだよ。兄上は父上に仕えていた侍女から生まれたんだ」


「おかげで王妃様には散々嫌われたけれどな。一時は殺されかけて寄子のところへ避難したくらいだ」


「それじゃあのとき、私の屋敷に来たのはそのせいだったの?」


「その通り。一番危なかった時期に身を寄せさせてもらったのさ」


「どうしてうちだったの? バシュレ伯爵家の寄子なら他にもたくさんあるじゃない」


「これは後から聞いた話なんだが、シルヴィの母親がいたかららしい。元公爵令嬢の元ならば躾も問題ないだろうってな」


「あなたの母親であるジョスリーヌ殿がエクトル殿と一緒になられたことは当時の社交界では有名でしたからね」


 にこやかに語る王族兄弟に私は顔を引きつらせた。そんな有名人の元に王子を預けてよく隠し通せたものだと呆れる。


「さて、僕の方の目的は兄上がご執心になっているご令嬢を見ることだったから目的を果たせたけれど、シルヴィ嬢は何か聞きたいことがあるかな?」


「お伺いしてもよろしいのですか?」


「答えられる範囲でならね」


 聞きたいことはいくつもあった。なので順番に尋ねてゆく。


「それでは遠慮なく。一番お伺いしたいのは、どうしてロランがマルセル殿下の婚約者候補を見張っていたのかです」


「シルヴィ嬢にも、毎回王太子の婚約となると水面下で熾烈な争いが繰り広げられるのは予想できると思う。ただ、それがあまりにも度が過ぎると全員が不幸になるから、信頼できる者が集まってやり過ぎないように監視していたんだ」


「ロランもその一人だったいうわけですか」


「普通王族で腹違いの兄弟だと仲が悪いものだけど、僕たちはそうじゃなかったからね。本来はジュネス学園内部だけを見てもらうつもりだったんだけど、ダケール侯爵家で働いているシルヴィと親しいということで、侯爵家の担当に参加してもらったんだ」


「だからあのとき、王都の警邏隊が一緒だったのね」


「そういうことだ。さすがに伯爵家の三男坊の力で警邏隊は動かせないからな」


「あんた王族じゃないの?」


「妾の子で認知されてないから伯爵のせがれ扱いなのさ」


 苦笑いしながらロランが肩をすくめた。ここへの出入りはマルセル殿下のお願いで黙認されているらしい。


 ともかく、ロランがマルセル殿下のために働いていたのはこれでわかったわ。でも、私にはもうひとつ気になることがある。


「それともうひとつあるんですが、途中でオルガ様をお諫めはできなかったんですか?」


「確かにそれができていれば一番良かったんだけどね。僕から伝えるわけにはいかなかったし」


「寄親寄子の関係ですらない俺からは論外だな」


「ああいうのは、当人から相当信頼されていないと話さえも聞いてもらえないだろうしね」


「どうも親にも隠していたようだし、今回は諫めるというのは無理だっただろう」


「諫言できる立場の者が今回は毒殺を手伝っちゃったしね」


 どうしてそこまで思い詰めてしまったのか私にはわからなかった。そこまでして王妃になりたい理由がわからない私には永遠に回答は得られそうにない。


 知っておきたかったことのうち、大まかなことを説明してもらってからは細かいこともいくつか教えてもらった。結局オルガ様がどう考えていたのかはわからずじまいだったけれど、悪い結果にならなかったのは良かったと思う。


 重い話が終わると再び雑談へと移った。この中では圧倒的に身分が低いので気兼ねするばかりだったけれど、ロランからお前も公爵家の血を引いているだろうと突っ込まれてしまう。確かにそうなんだろうけれども、頭の中は完全に男爵家の娘なのよ。


 二人に何度かそう訴えたけれど、ついに受け入れてもらえなかった。

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