田舎令嬢、公爵令嬢の暗殺を回避する。

 一日のすべての講義が終わった放課後、庭園にてお茶会が開かれようとしていた。主催者ホストはラファルグ公爵家のイレーヌ様、招待客ゲストはダケール侯爵家のオルガ様。どちらもこの学園で多数の子女を従えている。


 今回は派閥同士の交流ということで両派の主立った取り巻きだけでなく、末端の子女まで参加しているからお茶会の規模が大きい。


 この規模だけでも既に私の知っているお茶会とは違うのでもう想像すらできないけれど、ただこれだけは言える。こんな冷え切った雰囲気でお茶会なんて楽しめないと。


 マルセル殿下の婚約者候補としてイレーヌ様とオルガ様は争っていらっしゃるせいもあって、両派の子女はあからさまに反目しあっていた。せめて王子の婚約者が決まってからお疲れ様会みたいにやれば良いのにと私なんかは思うけど、今ここでお茶会を開く意義が理解できない時点で私は王都の社交界でやっていけないんだろうなとぼんやり感じる。


 ともかく、両派の子女は全員揃った。後はお二人の会話が始まるのを待つのみね。


「イレーヌ様、本日はお招きありがとうございます」


「こちらこそ、招待に応じてくださって嬉しいですわ。さぁ、オルガ殿、こちらに」


 招待客ゲストに挨拶をした主催者ホストが席へと案内した。それに倣い、次々と周囲の子女が席に着く。


 私の席はない。今回はオルガ様の侍女扱いなのでおそばにはべっておく必要があるためね。反対側に立っているピエレット様から向けられる冷たい視線がたまに突き刺さる。


 周りからの扱われ方はともかく、私もオルガ様の目配せに気付ける位置に陣取った。後は自分の出番が来るのを待つばかりね。


「今日はこの素晴らしい庭園でお茶会を開くにふさわしいお天気に恵まれて嬉しいですわ」


「まったくですわね。わたくしもこのお茶会に参加することを楽しみにしていたのですよ」


 上辺だけは穏やかな会話が私の目の前で進んでいた。救心堂でアンナたちと一緒に昼食を食べるときとはまるで違う。ここには温かさや楽しさというものが何もない。


 むしろ席がなくて良かったなと思えるほどの雰囲気に私は慄然とした。こんなお茶会もあるんだ。


 内心で私がおののいている間もイレーヌ様とオルガ様のお話は弾む。いえ、これは弾んでいるというよりもお互いに投げ合っていると言った方が正しいわね。


 そういえば、庭園にやって来てから今までイレーヌ様は私に見向きもされていない。敵対派閥の下っ端にいきなりお声をかけるわけにもいかないんだろうけど、目も向けないというのは徹底しているわね。どんな意図があるんだろう。


 意図と言えば、オルガ様も私についてなかなか言及されない。てっきりすぐにお呼びがかかると思っていたのに。


 後にとある方にこの点について尋ねると、このやたらと長く意味のない会話は上位貴族の挨拶の延長らしいことを知る。その空虚な会話から別の話に繋がって盛り上がることもあるそうだけれども、基本的には本題に入る前の雑談も含めて挨拶という位置づけだと聞いた。やっぱり私は王都の社交界でやっていけそうにないわね。


「まぁそうですの。ところでイレーヌ様、今日は大変不思議な縁というものをご紹介したいと思いますの」


「それはどのような縁でしょうか?」


「こちらの者はわたくしのお屋敷で使用人として働いているシルヴィと申す者です」


「アベラール男爵家のシルヴィです」


 ついにこのときがやって来た。オルガ様に紹介された私は一礼する。イレーヌ様はにっこりと微笑まれた。


 私の挨拶に続いてオルガ様が説明を付け加えられる。


「実はこの者の母はラファルグ公爵家の出身だそうですね。わたくしも初めて知ったときは驚きました。何しろ男爵家夫人が元公爵令嬢なのですから」


「ふふふ、我がラファルグ公爵家は恋多き一族などと呼ばれている通り、いささか奔放な方がいらっしゃいますから。叔母様もそのお一人なのです」


「まぁ、シルヴィの母上はご実家とお手紙のやり取りをなさっていないと耳にしていますが、ご存じでしたのね」


「ええ、以前シルヴィをお茶にお誘いしたときにお伺いしましたから」


 横で会話を聞いていた私はじんわりと胃の辺りを締め付けられる感じがした。上位貴族同士の会話というだけでもきついのに、その話題が自分と自分の家族というのだからたまらない。


 けれど、私の思いなど関係なく話は進む。


「そうでしたの。そういえば、シルヴィ、あなたは今日のために用意した物があるそうね」


「はい、イレーヌ様に食べていただこうと思い、焼き菓子を焼いて参りました」


「せっかくですから、ここでお渡しをしてはどうかしら」


 いよいよ仕上げのときが迫ってきた。


 オルガ様から許可をいただいた私は手にしていた小さめの袋を持って前に出る。一拍遅れてイレーヌ様の侍女が袋を受け取ろうと歩み寄ってきて、私はそのまま袋を手渡した。


 庭園に向かう前にオルガ様は直接イレーヌ様に手渡すよう私に命じられたけれど、実際はそんなことをできるはずもない。立場が逆ならばオルガ様だって同じはず。


 でも、ロランを経由して事前にイレーヌ様へと連絡しているから、毒味役をすっ飛ばすことは不可能じゃない。


 袋を受け取った侍女は口を開けようとしていた。それを尻目に私はイレーヌ様へと目を向ける。あちらも私の顔をご覧になっていらっしゃった。なので小さくうなずく。心なしか、笑顔が柔らかくなったように見えた。


「リゼット、それをこちらへ」


「イレーヌ様? しかし」


「わたくしの従姉妹が作ってくださった焼き菓子です。心配することなど何もないでしょう」


 動揺する侍女にイレーヌ様は更に促されました。すると、リゼットと呼ばれた侍女は渋々といった様子で袋を自分の主人に差し出します。


 袋を受け取ったイレーヌ様は開いた口から不格好な焼き菓子を一枚摘まみ上げられました。そして、それをためらうことなく一口囓られます。


 その様子を眺めていらしたオルガ様の顔を私は横目で見ていたけれど、正に勝利を確信したといったご表情だった。自分の策が図に当たったと思っていらっしゃるんだろうな。けれど、イレーヌ様が一口ずつ食べられるごとに、その表情は怪訝なものとなってゆく。


 一方、焼き菓子を食されたイレーヌ様はお茶を一口飲まれました。それから私を見てにっこりと微笑まれておっしゃいます。


「ふふふ、素朴な味ですね」


「ありがとうございます」


 褒められているのかどうかよくわからない評価をいただいた私は一礼した。これで、私の役目は終わりね。


 再び横目でオルガ様の表情を伺うとすっかり困惑されていた。ピエレット様も呆然とされている。


 お茶会はその後も続いたけれど、オルガ様が動揺されていること意外は何事もなく終わった。表面上はどこにでもあるお茶会に収まったんだから良かったんじゃないかしら。


 表でも裏でも大役を果たせた私は内心で安堵のため息をついた。




 お茶会が終われば招待客ゲストからその場を先に離れることになる。オルガ様の派閥はイレーヌ様へとお礼の挨拶をしてから庭園を辞した。


 庭園から離れた辺りでピエレット様が派閥の子女に解散を宣言する。それを合図に一部の取り巻きたち以外は散って行った。


 てっきり再びお部屋まで一旦戻るものだと思っていた私は喜んだ。そしてその場を離れようとする。


 ところが、私の行く手をピエレット様に遮られた。不思議そうにそのお顔を眺めていると不機嫌そうな声をかけてこられる。


「シルヴィ、ちょっと来い」


「はい、何でしょうか?」


 庭園の外れ、周囲に人がいない場所まで連れてこられた私はピエレット様と向き直った。すると、きつい口調で問われる。


「どういうことだ?」


「何がですか?」


「貴様がイレーヌ様に手渡した焼き菓子は、私が渡した物のはず」


「はい」


 本当はすり替えているんだけれどもそれは黙ったままだ。この様子だと本当にうまく騙せているみたいね。


「なぜ、イレーヌ様は何ともないんだ?」


「何をおっしゃっているのですか?」


「ああ、いや、別に」


 ピエレット様からすると、私は何も知らないはずなので迂闊なことは言えないのよね。なので、事の真偽を追及したくても曖昧にならざるを得ない。


 あちらからすると、私は毒入りの焼き菓子を手渡されてから庭園に向かうためお部屋からでるまで不審な点は見当たらない。オルガ様のお部屋からは一度も出ていないし、逆に怪しい人物もお部屋に入ってきていないし、お花を摘みに行った時間も不自然に長くなかった。コレットもこっち側なので使用人を追及しても何も出てこないでしょう。


 結局ピエレット様は私に歯切れの悪い追及しかできなかった。怪しんではいらっしゃるみたいだけど。


 こうして、庭園でのお茶会は完璧に乗り切ることができた。

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