田舎令嬢、侯爵令嬢の命を受ける。
ついに毒らしき物が入っている小瓶をピエレット様から奪うことができた。そのまま外へと持って行けたら良かったんだけれども、倉庫の裏に隠すのが精一杯だったわ。これは後日何とかして外に持ち出さないといけない。
それよりも、当面は料理長のオーバンさんが作った毒入り焼き菓子の方ね。あれはどうやらピエレット様に引き渡されたようだから良からぬ企みはまだ進んでいる。でも、こっちはどうやって止めたら良いのかしら。
微妙に残る疲れと睡眠不足のせいで朝の目覚めはあまり良くなかった。けれど、今朝はやるべきことがある。昨晩のことをロランに伝えないといけない。
とりあえず、何事もないように装って私は調理場で朝食を食べた。そして、学園に登校する準備を始めようとしたところで、部屋付きの使用人ソレーヌに声をかけられる。
「シルヴィ、お嬢様がお呼びだから、すぐに部屋まで来てちょうだい」
「私? どんなご用件は知っているかしら?」
「今日のお茶会に関係あるらしいけれど、詳しくは知らないわ」
思わず私は息を飲んだ。ついにこのときがやって来てしまった。若干表情を硬くしつつもオルガ様の部屋へと向かう。
室内は前に見たときと同じく、贅をこらした調度品に囲まれている。オルガ様は宝石がちりばめられたきらびやかな椅子に座って待っていらっしゃった。脇にはピエレット様が立っていらっしゃる。
「オルガ様、ただいま参りました」
「確か、あなたもジュネス学園の学園生でしたわね」
「はい」
「どこかの派閥には入っているのかしら」
「いえ、仲の良い友人と集まっていますが、派閥には入っていません」
今更聞く必要のないことを尋ねられた私は緊張した。これは前振りだから、本題は次に語られるはず。
「結構です。知っているとは思いますが、今日の放課後にわたくしはラファルグ公爵家のイレーヌ様とお茶会を開きます。お互いにお友達を誘って学園の庭園で開かれる予定です。そこで、あなたにもこのお茶会に参加する栄誉を与えることにしました」
「私も参加する、いえ、させてもらえるのですか?」
「そうです。わたくしとイレーヌ様は現在マルセル殿下の婚約者候補として争っています。そのため、こちらとあちらの派閥で最近は緊張が高まってきています。これを緩和するためにもあなたを参加させることにしました」
望んでいないお茶会に参加することになって私は内心で落胆しました。事前に予想できたことですので衝撃はないものの、嫌な顔をしないように取り繕わないといけないのが面倒ね。
「でも、私が参加してご両者の融和など図れるでしょうか?」
「可能でしょう。あなたでしたら。何しろ、あなたのお母上はラファルグ公爵家のご出身なのですから」
どんな顔をしたら良いのかわからなかった私は微妙な表情で黙った。でも、この態度が正解だったらしく、オルガ様は笑顔でうなずかれる。
「隠していたのかもしれませんが、我が侯爵家にかかればこの程度の秘密を暴くことなど造作もありません。本来でしたら使用人としての採用も控えているところでしたが、我が父上の寛大なご処置に感謝しなさい」
一礼しつつも私は内心で呆れた。部屋付き使用人を臨時でしていたときの話では、先日にピエレット様から話を聞いたばかりのはず。もし採用時に知られていたのならば、私はもっと早い時期に利用されていたに違いない。
ただ、この場だと私は初めて暴かれる側なので反論をしてはいけない。そして、ここまで聞かされたら私に押しつける役割というのもはっきりと見えてくる。
「話が逸れましたね。元に戻しますと、あなたがわたくしの側にいることで、こちらがラファルグ公爵家に敵意がないことを示すのです」
「ダケール侯爵家で仲良くしていることをイレーヌ様たちにお目にかけるのですか」
「その通りです。更に、あなたがイレーヌ様に贈り物を贈ることで、お茶会の場をより和ませるのです」
「贈り物とは何ですか?」
「焼き菓子です。これはお茶会の直前に渡しますから心配におよびません」
「私が直接イレーヌ様にお渡しするのですか?」
「そうです。親族から手渡されたら不要な不信感を抱かれずに済むでしょうから」
ついに陰謀の全容が明らかになった。なるほど、ラファルグ公爵家の血縁者がイレーヌ様を毒殺したという形にしたいんだ。本当に最悪ね。
以前小瓶を割って姿を消した使用人のことを思い出す。たぶん、あの人は断れずに無理矢理引き受けてその挙げ句に偶然私とぶつかって失敗した。
ここまでして王妃になりたいんだ。平気で使用人の人生をめちゃくちゃにしたり、競っている相手を殺そうとしたり。
前にロランが言っていたっけ。この方が王妃になったら、マルセル殿下は幸せになれないし、この国も良くなるとは思えないって。今なら私にもわかる。この人の陰謀は絶対に止めなくちゃいけない。
「承知しました。今回の大役、喜んでお引き受けいたします」
笑顔でうなずくオルガ様に私は満面の笑みを返した。
ここまで来て今更だけど、私も積極的にオルガ様の企みを止めることにした。お屋敷を出た私は学園に登校し、大休館の裏へと回る。すると、既にロランが待っていてくれた。
近寄った私から声をかける。
「おはよう、ロラン。昨晩から今朝にかけて、オルガ様とピエレット様に大きな動きがあったわよ」
「やっぱりか」
小さくため息をついたロランに私は昨晩と今朝にあったことを順番に説明した。既に毒入り焼き菓子は作られたものの、毒とおぼしき液体が入った小瓶を敷地内に隠し、そして今朝オルガ様からイレーヌ様とのお茶会に参加することを命じられ、更には毒入り焼き菓子を手渡すことになったと伝えてゆく。
「ちくしょう、ここに来て一気に動いてきやがったな。その小瓶ってやつはぜひ手に入れたいぜ。けど、それは後回しだな。問題は毒入り焼き菓子の方だが」
「それについては私に案があるんだけど、良いかしら?」
「案って何だよ?」
興味深そうな表情を浮かべたロランに私は先程考えた毒殺阻止の方法を伝えた。すると、呆れられる。
「お前、よくそんなことを思い付いたなぁ」
「イレーヌ様を助けて、なおかつ毒入り焼き菓子を手に入れるにはこれしかないでしょう? しかも、うまく隠し通せたらオルガ様たちは何が何だかわからないままよ」
「シルヴィばっかりが危ない目に遭うのは何とも」
「男が入る余地なんてないんだから仕方ないわ。それに、もう準備は途中まで進めているから、今更止められないわよ」
「昨日までとは違って、今日のお前は迷いがないな。どうしてそんなに積極的なんだ?」
「ちょっとね、オルガ様のやり方が気に入らなくなったのよ」
「気負いすぎるなよ」
「わかっているわ。イレーヌ様への連絡はお願いね。それと、王都にあるあんたのお屋敷の調理場を私が借りるってちゃんと伝えておいてよ。お屋敷に行ったら門前払いなんて嫌だからね」
「すぐに使いを出すよ。さて、今日は忙しくなりそうだな」
お互いに笑い合うと、私は踵を返して学園の外に出た。向かうは食料や雑貨の店舗や露店がひしめくジェネラリテ市場よ。
速めに歩く私はこれからの手順を頭の中で整理しながら先を急いだ。
放課後になる少し前に私は学園へと戻ってきた。手にはまだ温かいお手製の焼き菓子が入った小さめの袋と空の袋をひとつずつ持っている。
何とか形は整った。焼き菓子の出来具合は正直微妙だけれども、今回重要なのは味じゃないわ。死ななければ良いのよ。
着ていくドレスはいつもの茶色の質素なものになる。今から参加するお茶会だと本当は不釣り合いなんだけど、これしかないから仕方ないのよね。オルガ様が私にドレスを貸してくださらなかったのは、わざとなんじゃないかしらと思えてくる。
でも、今はそれだってどうでも良い。というより、これからすることを考えると私を見下して油断してくれている方がむしろ好都合ね。思いきり足下を
とりあえず、私は大休館の裏に足を運んだ。今日の講義が終わって放課後になってからオルガ様のお部屋に行かなきゃ。実は行くのは今回が初めてだったりする。
「お、来たな」
「ロラン、あんた講義はどうしたのよ?」
「最後のやつは抜けてきた。余裕を持って臨みたいからな」
何か言い返そうとして私は口を閉じた。丸一日講義を休んだ私が人のことを言えた義理ではないし、今からやることに真剣になっていることが嬉しかったから。
まだいくらか温かい焼き菓子をスカートの裏に隠した私はロランと最後の確認をした。お互いに問題がないことを知る。
放課後になった。学園内が騒がしくなる。私とロランは大休館の裏からそれぞれの場所へと向かった。
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