田舎令嬢、弱虫と約束する。
突然紹介されたロランをわたしはすぐに領地の見回りに連れて行った。初めて入る森でいきなりうり坊に追いかけ回されていたけれど、これでロランも仲間よ。
それからはわたし、ロラン、
やがて、秋の収穫祭がやって来た。おとなもみんな楽しみにしているお祭りは、もちろんわたしたちも楽しみにしている。
このお祭りの直前はさすがにわたしたちもおとなの手伝いをした。作物を食べられるようにしたり、殺した家畜を長持ちできるように作り替えたり、お料理を手伝ったり、村の催し物の準備をしたり、やることはたくさんあるものね。
ロランもわたしと一緒にいろんなお手伝いをしていた。さすが男の子だけあってわたしよりも力があるから便利よね。このとき初めてロランが二つ年上だって知った。驚いたわ。
そうしてお祭りの当日、村は飲めや歌えの大騒ぎ。普段は笑わない人もこのときだけは笑顔でお祭りを楽しんでいた。何度やってもお祭りは楽しいものね。
日が暮れる前になると、広場にあるまきで組まれた塔に火がつけられた。よく燃えるその塔を中心に村の人たちが男と女で一組になって踊り出す。
もちろんわたしや
わたしはというと、お父さまとお母さまの娘なので相手は好きなように選べちゃう。とはいえ、人気者を独り占めして後で恨まれるのはイヤだから、いつも残っている人と踊るんだけど。
今年は初めて参加したロランはというと、あいつ顔はかっこいいから女の子にもてまくっていた。しかも、踊りもうまいものだからなおさらに。
弱虫なのに女の子にもてると同じ男の子から嫌われるのが普通なんだけど、あいつ踊った相手を他の男の子にうまく引き渡しているものだからむしろ好かれていたりする。
ひとりぼっちで踊る相手がいなかったらわたしが踊ってあげようかと思ったけれど、あの様子だと必要なさそうね。
そうしてお祭りもそろそろ終わろうかというときになって、わたしはロランが近づいて来ることに気付いた。立ち止まってロランに顔を向ける。
「どうしたの?」
「あの、ぼくと踊ってくれないかな」
「あれだけ女の子とたくさん踊ったのに、まだ足りないんだ」
「ぼく、シルヴィと踊りたいんだよ」
「いいわよ。踊ってあげる」
いいかげん踊り疲れていたわたしだったけれど、ロランが真剣だったから引き受けた。ここまで言われたら悪い気はしないわね。
すっかり日が暮れた中、わたしとロランは半ば崩れた炎の塔に照らされながら踊った。揺れる明かりで浮かび上がるロランの顔は元が良いから幻想的に見える。
「あんた、上手に踊るわね」
「ありがとう。でも、シルヴィも上手だよね。王都の社交界にいた人にでも習ったの?」
「まさか。そんなお金うちにはないわよ。わたしはお母さまから教えてもらったの」
「ああ、ジョスリーヌ様か。なるほど」
「目の前にレディがいるっていうのに、そのお母さまを思うなんて良い度胸してるじゃないの」
「いや、そういうのじゃないって。普段からすると意外だと思っただけだよ」
「おみ足を踏んづけて差し上げましょうか?」
「ごめんって」
踊っているときのロランは余裕があった。わたしだってなかなかのもののはずだけど、目の前のこいつはそれ以上だなんて。なんだか悔しい。
でも、安心してリードしてもらえるというのは素直に嬉しかった。村の中だと同年代には期待できないから貴重な経験ね。
わたしとロランが踊り終わると、周りからたくさんの拍手をしてもらえた。かなりじょうずに見えたらしい。
こうして、この年の収穫祭は幕を閉じた。これからは少し踊りにも力を入れて、来年はロランをリードしてやるんだから。
次の年の春になった。
来春祭が終わって入ってきた新しい子が一人前になった頃、ロランが村から出て行くことになった。
この話を最初に聞いたのはお父さまからだった。三日後の予定らしい。
ちょっとした出会いと別れというのは珍しくない。わたしの領地を見回る家臣たちも、新入りが入ってきて年長者が出ていくことはよくある。ただ、村からいなくなるということはなかった。
それに対して、ロランとはもう会えなくなる。少なくとも気軽には会いに行けない。なんとなく、気持ちがもやもやとした。
ぼんやりと歩いていると村の広場が見えてきた。そこには
「シルヴィ、おせーぞ!」
「早く行こうぜ!」
「今日はどこに行くんだぁ?」
いつも通りのんきに声をかけてくれる
夕方、村に戻ってきたわたしたちは村の広場で解散した。
それを見送ったわたしはロランと一緒にお屋敷へと歩き始めた。これもすっかりおなじみになったわね。でも、もうすぐそれも終わっちゃう。
お屋敷の門まで帰ってきたところでロランの足音がしないことにわたしは気付いた。振り向くと、立ち止まっている。
「どうしたの?」
「話があるから、ちょっとあっちに来てくれないかな」
「あんたが三日後、ここから出て行くことならお父さまから聞いたわよ」
「それについてじゃないんだ。別の、もっと大切な話があるんだよ」
いつになく真剣な顔をしたロランを見たわたしは不思議に思いつつもうなずいた。そうして、珍しくロランを先頭に村の外れまで歩く。
吹きさらしのその場所には近くに誰もいなかった。日差しがよわいから風が少し肌寒い。
足を止めて振り向いたロランがわたしの目をじっと見つめた。いつもの弱虫の顔じゃない。だからなのか、少しだけ気圧されてしまう。
「シルヴィ。ぼく、きみのことが好きなんだ」
「え? 好きって、あの、好きってこと?」
「たぶんそう。それで、将来結婚してほしいんだ」
突然の告白にわたしは頭の中が真っ白になった。何を言われたのか良くわからない。
「な、なんでいきなりそんなことを言うのよ?」
「だって、ぼくは三日後にここから出て行っちゃうから、今の間に言わないともうその機会がないと思ったから」
「まぁ、そうね。でも、結婚って、お父さまやお母さまが決めることじゃない?」
「そうでもないよ。最近は王都だと一家の長男や一人っ子じゃない限りは相手を選べることもあるんだ」
初めて聞く話にわたしは目を大きく開いた。へぇ、最近は好きな人と結婚できることもあるんだ。良いことを聞いたわ。
そうなると、次はわたしがロランをどう思っているかになるわね。
「でも、わたし、弱虫とか弱い人はちょっと、ねぇ」
「それじゃ、強くなったら結婚してくれるんだね!?」
「うん、まぁ、考えておくわ」
好きな人と結婚できるかもしれないのなら、今すぐ決めなくても良いと思うの。だって、何年も先の話なんてどうなるかわからないんだから。
わたしの言葉に微妙な顔をしたロランがまだ望みはあるとつぶやいたのが聞こえた。なんだかちょっと悪いことをしたような気がするわね。
そんなことを思っていると、ロランが更に話しかけてくる。
「そうだ、シルヴィには嘘をつきたくないから知っておいてほしいことがあるんだ」
「なに?」
「実はぼく、王子なんだ」
「は?」
「ちょっと事情があって詳しいことは言えないんだけど」
「あんたね、そんな嘘をついたら王家に捕まっちゃうわよ?」
「う、嘘じゃないよ。誰にも言えないことだけど、本当のことなんだ」
「誰にも言っちゃいけないことだと、わたしに言ったらダメじゃない」
「そうなんだけど、シルヴィには知っておいてほしかったから」
「信用してくれるのは嬉しいけど、そのお話、本当だったらわたしが捕まっちゃうじゃない」
「あ」
呆然とした顔のままロランが固まった。ようやく自分が何をしているか気付いたらしい。
「はぁ、まったくもう。今のお話はウソだった。いいわね?」
「う、うん」
どうせ結婚を確実にするための作り話なんだろうけど、それにしたって危ないわよね。それだけわたしのことが好きだってことみたいだから悪い気はしないけど。
こうして、ロランの告白は残念な形で終わった。三日後にやって来たお迎えと一緒にお屋敷を出て行くのを見送る。
その後、わたしは再びいつもの生活に戻った。微妙に変化しながら続く毎日は
年末になる頃にはすっかり遠い思い出となっていた。
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田舎令嬢、陰謀を阻止する。 佐々木尽左 @j_sasaki
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