せっかくのお誘いですが、謹んでお断りさせて頂きます!~顔面至上主義の王子様との恋愛キャンセル界隈~

待鳥園子

第1話「王家よりの使者」

「……という事でですね……フォスター伯爵家のローズ嬢に、アレックス殿下が直々に書かれた招待状をお届けすることになりました。こちらでございます」


 王家の使者は深く頭を下げ恭しく一通の手紙を母に手渡すと、一歩下がって敬礼のために胸に手を当てた。


「……まあ! まあ! 確かに、宛名にフォスター伯爵令嬢ローズとありますわね! 素晴らしいですわ……手塩に掛けて育てた自慢の娘ですが、まさか王族であるアレックス殿下からご招待を受けるなんて……」


 突然、王族より使者がやって来たと慌てた執事が邸中にこれを知らせ、フォスター伯爵家面々は現在玄関ホールに打ち揃い、父は使者にフォスター伯爵家当主として淡々と挨拶をしていて母は感動して涙を流していた。


 アレックス殿下からの手紙を送られた相手として名指しをされた私が顔を青くしたのを見て、隣に居る妹リリーが気の毒そうな表情になった。


 |あの(・・)アレックス殿下に目を付けられてしまうなんて……もしかして、次は彼に捨てられてしまうのは私の番なの……。


 通常ならば、王子様から婚約前提の顔合わせに招待されることになれば、貴族令嬢は浮かれて天にも昇る気持ちだろう。


 けれど、かのアレックス殿下のこれまでの悪行の噂を考えれば、とても喜べるような気分にはなれなかった。


 幼い頃から周囲に『可愛い可愛い』と褒められて育てられて、私は絶世の美女ではないけれどある程度の外見をしているのかもしれないという自覚はあった。


 ……けれど、それが原因であんな人に目を付けられてしまうなんて。


「……それでは、良いお返事をお待ちしております」


 余計な事は一切言わぬ定型文のような挨拶を終えた王家の使者一行は、驚くほど統率された無駄のない動きで帰って行った。


 そして、取り残されたフォスター伯爵家四人と使用人たち。お父様は鋭い視線を母に向けて言った。


「オリビア。ローズにその手紙を渡せ。王家の私信は母親と言えど、勝手に開くことはまかりならぬ」


 文面を知りたかったらしい母オリビアは不満そうな表情を浮かべながらも、私へと手紙を渡した。まるで、自分に来た手紙を横取りされているような態度だった。


 ……母は若い頃は実は王子様と結婚することを、夢見ていたらしい。娘である私たちにそれを託しているとも。


 結局のところ嫁いだフォスター伯爵である父は、外見も良いし身分こそ伯爵だけど有能で国の重鎮として活躍しているのだから、それで十分だろうと思ってしまうけれど、本人としてはそれはそれこれはこれというところだろう。


「……あの」


「ローズ。お前もそろそろ分別がつく年齢になったと思うが、それは王族からの手紙だ。良く考えて返事するように」


 厳めしい表情を崩さずに銀色の髪を撫で付けた父は私に伝え、玄関ホールに集まっていた人たちに一言解散を告げて階段をのぼった。


 チラッとこちらを見た母は私に対し何か意見したそうにも見えたけれど、当主たる父が私に『よく考えて』と指示したせいか、自分がここで何か言えば不都合があると察したらしく父に続き二階へと静かに上がって行った。


「お姉様……どうするの? お姉様くらい美しいなら、時間の問題と思っていたけれど」


 私たち姉妹二人だけぽつんと取り残された玄関ホールで、他に誰も居ないのだから、あまり意味もないのに妹リリーは声を潜めて話した。


 確かにこの話は、声を大きくして話せる内容ではなかった。


 リリーは母似で少しぽっちゃりとした体付きだけど、優しげな性格に合っていて、それがこの子の魅力だった。


「ついさっき、お父様が仰ったでしょう。このお誘いを断れるはずがないわ……だって、先方は王子様。王族なのよ」


 そんな誘いを、一介の伯爵令嬢が断れる訳がない。私は首を横に振りながら答えた。


「けど、お姉様……お姉様はお父様に似て美しい外見を持っているけれど、アレックス殿下は顔面至上主義。それも、顔に飽きればすぐに捨てられてしまうという噂でしょう。そんな人なのに……」


 リリーは私本人にはその先が言いづらいのか、言葉を詰まらせた。


 妹が心配している通りに第二王子であるアレックス様は、自分が好みの顔だと思う女性を呼び寄せては、婚約をほのめかし、飽きればすぐに用無しとして捨ててしまうらしいのだ。


 私は大広間で開催された夜会の時に遠目にしか見たことがないけれど、アレックス殿下は金髪碧眼の美形で、これぞ王子様という洗練された外見をお持ちだ。


 そんな彼と婚約出来ると期待していた数人のご令嬢たちは、すげなく捨てられて悲しみに暮れ、落ち込みすぎて外出すら出来なくなってしまった方も居るらしい。


 最低な行為をする男性だと先んじて理解していて、彼の誘いに乗りたいと望む女性など居る訳がない。だから、現在貴族令嬢たちの中では、彼からの手紙が来ることを恐れているのだ。


 ええ。ただ今、私がこの手にしている手紙のことだけど……。


「……そうね。けれど、リリーだって先ほどのお父様の話を聞いていたでしょう。臣下の娘である私からは断れるはずがないわ。お母様は万が一の機会(チャンス)なのだから飛びつけと言われるでしょうし……私にはどうしようもないわ」


 何の先触れもなく突然、王家の使者が来た事に対し驚くしか出来なかったけれど、冷静に考えれば私とアレックス殿下の身分を考えれば彼の申し出を断れるはずもない。


 ……だから、さきほどお父様は言ったのだ。『それは王族からの手紙だ』だと。


 そして、私が社交界デビューを終えた十七歳ならば、そういう意味合いとて自分で察し行動せよと言いたいのだ。


「けれど、お姉様……アレックス殿下は顔が良い女性とばかり付き合う癖に、飽きっぽいのよ。お姉様もすぐに捨てられてしまうかも……傷つけられてしまうわ」


 可愛い妹リリーは心配しているけれど、私はこう言うしかなかった。


「もし……そうなれば、願ったり叶ったりだわ。むしろ、積極的に早期に捨てられるように、持ちかけようかしら……だって、もうすぐ社交シーズンなのよ。この先婚約することもない王子様になんて、無駄な時間を使っている場合でもないもの」


 貴族令嬢は社交界デビューを済ませた三年目までに良き求婚者に巡り会えなければ、売れ残りとして白い目で見られてしまうことになる。


 それだけは、絶対に避けなければ。

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