第6話

 自室に戻った僕はベッドに仰向けに寝転がると、スマホを起動した。裏掲示板にアクセスし、書き込みを見てみる。


 そこには限りなく酷い悪口が書き連ねられていた。遡ってみるとずいぶん昔からこの裏掲示板は稼働しているようで、古い書き込みを一から見ていく。

 基本的には生徒の実名をそのまま記入し、悪口や噂を流すのに使われていたようだ。古いもので、七年前の書き込みもある。


 その七年前の書き込みで奇妙な書き込みを見つけた。

 その他は基本的に生徒の悪口だったのに対し、その書き込みは異質だった。


「僕が作ったこの裏掲示板、機能しているようで良かった」


 なんと自分がこの裏掲示板の製作者だと名乗る書き込みがあったのだ。僕は気になって同じIDの書き込みを調べてみる。


「死体は美しい。魂が抜けた後の肉体だけが残ったその姿は、何にも代えがたいほど貴重なものだ。死体は長くは保管できない。だからこそ、その一瞬の美しさが僕を引き付ける」


 奇妙な書き込みだ。悍ましさが伝わってくる。この書き込みの主が、特殊な感性を持っているのは間違いない。


「最初は虫の死骸を眺めていた。だが、すぐに飽きた。動物に移行するまでに時間はかからなかった」


 動物の死体を集める趣味を堂々と暴露している。稀に死体に興味を抱く人物がいるという。こいつもその特殊な性癖を持った人間のひとりなのだろうか。

 書き込みは続く。


「動物の死体を眺めるのも飽きた。やはり人間の死体を手に入れたい。僕は人間だ。同じ人間の死体を心から愛したいと願う。いつかこの夢を叶える為、僕は実行するだろう。一瞬の夢の為に、僕は命すら捧げよう」


 それからしばらくそいつの書き込みは姿を消す。スクロールしながらそいつの書き込みを探すが見つけられない。

 だが、最近の書き込みまでスクロールした時、そいつの書き込みを発見した。


「リベンジャーというサイトを作った。誰かに復讐したい者、僕が代わりに断罪しよう」


 そうしてリンクが貼られている。そのリンクをクリックすると、リベンジャーのサイトに飛んだ。

 リベンジャーのサイトができたのはこの書き込みがあった時からなのか。だとしたらこの異常者こそが今回の犯人。


 僕は生唾を飲み込むと、目を擦った。こんないかれた考えの持ち主がリベンジャーを運営しているとしたら、十中八九行方不明になった生徒の命はないだろう。

 死体を愛するといった死体性愛者だ。三島も糸井も、そして石動さんも生きている可能性は限りなく低いだろうな。


 僕は溜め息を吐くと戻って書き込みを見る。何か情報が落ちていないかと、目を凝らして書き込みを見る。


「三島は男を誑かし、とっかえひっかえするビッチ」


 この書き込みはおそらく岡崎のものだろう。その書き込みから続けて三島の悪口が書き込まれている。

 その他にも糸井の悪口も見つけた。その中に誰が書いたのかわからないが、「復讐してやりたい」と書かれた書き込みがあった。


 そしてその書き込みへの返信に「僕が代わりに断罪してあげるよ」という、リベンジャー作成者からの返信があった。そうしてリベンジャーのリンクが貼られている。

 この書き込みをした人物がこの返信を鵜呑みにし、リベンジャーに手を出したのだろうか。もしそうだとしたらこの書き込みは石動さんかもしれない。

 それからしばらくは石動さんかもしれない書き込みが続く。


「もう嫌だ。毎日毎日。執拗に絡まれて。学校に行きたくない」

「どうして私がこんな目に。この世に神様がいるとしたらなんて理不尽だ」

「かなうならあいつら全員に天罰を下したい」


 この書き込みからも糸井たちへの憎しみが深いことは容易に読み取れる。

 それからしばらく経って、また石動さんらしき人物の書き込みを見つける。


「やった。本当にいなくなった。消えてなくなった。このサイトは本物だ」


 そうしてリベンジャーのリンクを貼ってある。どうやら実際にリベンジャーを利用し、天罰を下したらしい。

 そうなると被害者は糸井だろう。糸井がいなくなったタイミングで、石動さんがこの書き込みをしたに違いない。


 だが、石動さんは書き込みで全員に天罰を下すと書いていた。だが、実際に消えたのは糸井だけだ。先に石動さんの名前がリベンジャーに書き込まれ、被害に遭ったのかもしれない。


 そうなると、やはり怪しいのは杉山だろう。糸井がいなくなったことで石動さんへの警戒を強めた杉山は、恐怖心から石動さんの名前をリベンジャーに書き込んだ。十分考えられる話だ。


 恐怖は人をおかしくする。冷静でなくしてしまう。こんな恐ろしい殺人サイトを当たり前のように利用してしまう人間がいることが心底恐ろしい。

 それぐらい、石動さんは追い詰められていたのだろう。明日笹鳴さんが持ってくる石動さんの手記にはいったいどんなことが書かれているのだろうか。

 僕は裏掲示板を閉じると、ベッドで大の字に寝転がる。頭の中では今日あった出来事が繰り返し流れていく。


 笹鳴さんから珍しい相談事をされ、行方不明の石動さんの行方を追うことになった。まずは石動さんをいじめていた一人、杉山に話を聞いた。杉山の話からリベンジャーというサイトがあることを知った。


 最初は半信半疑だったが、野球部の岡崎がこのサイトを利用し、三島が行方不明になったと聞いた時、僕はいいようのない気持ち悪さを感じた。

 糸井の家に行き、日記を見つけた。アクティブな糸井は家に引きこもるのに耐えかねて家を出て、行方不明になった。


 石動さんの家に行くと、家庭教師の美馬がいた。喫茶店で美馬に話を聞き、石動さんが上機嫌だったことを知る。そういえば、喫茶店を出た後、笹鳴さんもやけに上機嫌だった。石動さんに関する手掛かりはなかったし、捜査は行き詰っているはずなのに、なぜか上機嫌だった。


 喫茶店で食べたケーキが美味しかったのだろうか。女の子の考えることはよくわからない。

 最後、夕食を買いに出かけた先で岡崎と遭遇。岡崎から裏掲示板の話を聞き、現在に至る。

 この山滝村は閉鎖的な村で、外との交流が少ない。だからここに住んでいる人間もまた閉鎖的で、こういう事件が起こった時、外に頼ろうとしない。


 そんなことを考えているうちに、僕はこっくりと舟をこぎだした。いろいろあった疲れが一気に押し寄せてきた感じだ。

 瞼を閉じ、押し寄せる眠気に身を任せる。


 僕は暗闇の中にいた。暗闇の中、笹鳴さんと石動さんと三人小舟に乗って、進んでいく。

 水の中では糸井や三島が溺れている。僕は助けようと手を伸ばすが、笹鳴さんが無視して舟を漕いでいく。僕の手は二人には届かず、船は先へ先へと進んでいく。

 僕は聞く。


「どうして二人を助けないの?」


 笹鳴さんは言う。


「あの二人はとっても幸せそうよ」


 僕は再び水の中を見る。三島と糸井はとても幸せそうな顔で沈んでいく。笹鳴さんの言う通り、彼女たちは幸せそうだ。

 船の進んでいくと、不意に笹鳴さんは立ち上がる。そうして石動さんの手を引き、水際まで移動すると突然石動さんの背中を押した。

 石動さんは悲鳴も上げる間もなく水の中に落ち、真上に手を伸ばして藻掻き始める。


「何やってるんだ!」


 驚いた僕は慌てて石動さんに手を伸ばすが、手は届かない。それどころか笹鳴さんが船を漕ぎ、船はどんどん石動さんから離れていく。


「笹鳴さん、なんてことを」


 僕は恐ろしくなって笹鳴さんを見る。


「あれがあの子の為なの」


 そういう笹鳴さんの目は、どこまでも澄んで綺麗だった。


「静木くんはどう? みんなと一緒にいたい?」

「僕は……」


 笹鳴さんは薄く笑うと、舟を漕ぐ手を止め、ゆっくりと僕に近づいていくる。僕はまるで金縛りにでもあったようにその場から動けなくなり、直立不動で固まった。

 笹鳴さんは僕の前まで来ると僕の肩を掴んだ。


「いってらっしゃい」


 そう耳元で囁いた笹鳴さんは僕の肩を押した。僕の体は力の流れに逆らえず、水へ向かって落下する。

 水の中に落ちた僕は必至で船に向かって手を伸ばす。だが、手は船に届かない。みるみる沈んでいく僕の体。僕の口の中に水が入ってきて、呼吸を奪われる。息苦しさに顔をしかめた僕はじたばたと暴れまわる。そうして意識がブラックアウトし、僕は深い水の中に沈んでいった――。


 目が覚める。僕はベッドから落ち、床に仰向けになっていた。体は汗でぐっしょり濡れており、気持ち悪さが体をまとっている。


「こんな夢を見るなんて」


 僕は頭に手を当て、瞑想する。

 夢とはいえ笹鳴さんのあんな顔、初めて見た。目を細めて、嗜虐的な笑みを浮かべる笹鳴さん。だが、目はどこまでも澄んでいて、純粋なのだと思わせる。

 僕の知っている笹鳴さんとはあまりにも違う姿だ。


 きっと岡崎が笹鳴さんが怖いとか聞いたせいだ。そうに違いない。

 僕は一階に降りるとコップに水を注ぎ一息に呷る。頭が冷え、少し冷静になる。夢で見た笹鳴さんの姿は、あれは笹鳴さんじゃない。そう思えた。

 自室に戻った僕は少し湿ったベッドの上に寝転がると、頭に手を当てる。


 明日、笹鳴さんにどんな顔をして会えばいいだろう。それぐらい、あの夢の笹鳴さんは生々しかった。まるで本物の笹鳴さんのように、リアリティがあった。

 この夢が何を暗示しているのか、僕にはわからない。

 ただ、この事件に足を突っ込んだからには、もう後戻りはできない、そんな感覚だった。


「絶対に犯人を突き止めてやる」


 僕は固く誓い、スマホをいじる。スマホには通知が届いており、相手は笹鳴さんからだった。


「おやすみ」


 短いたったそれだけの文章がなぜか今はとても恐ろしく、僕はスマホの電源を落とした。


 しっかり目がさえてしまった僕は、明かりをつけて本を開く。この本を読み終えるころには、眠気は蘇っているだろうか。



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