第2話

 依頼人が暮らしているのは、電車で三駅ほどいったところにある四季ノ瀬町だった。

 改札を出た日南はスマートフォンで地図アプリを起動し、依頼人の住むマンションと初子の通っている高校とをチェックした。両者の間は、わずか徒歩十五分ほどの距離だった。

 とりあえず彼女の通学路を歩いてみることに決めて、日南はスマートフォンをポケットにしまった。


 四季ノ瀬町は住宅街だ。駅前には今風の商業施設があり、反対側にレトロな雰囲気の商店街があるばかりの、何の変哲もない町である。

 依頼人のマンションにたどり着き、軽く周辺を見て回ってから高校へと向かう。特に怪しいものはないどころか、通学路のほとんどが交通量の多い大通りだ。

 もし仮にこんなところで誘拐されたのだとしたら、目撃者がいてもおかしくはない。さらに最寄り駅も大通りの途中にあるため、人通りも少なくない。

 何だか妙だなと思いつつ、日南は高校へ到着した。公立高校にしては設備が整っており、グラウンドの他にテニスコートまであった。

 ちょうど昼休みに入ったばかりのようで、校舎から生徒たちが出てくる様子が見られた。制服は紺のブレザーで男女ともに地味という印象が強く、唯一目を引くのは女子も青いネクタイをつけている点だ。

「うーん」

 探偵とは言え、いきなり高校に足を踏み入れるわけには行かない。まずはクラスメイトを探して、失踪当日の初子の足取りをつかむところから始めるべきか。

 そんなことを考えていると、ポケットに入れたスマートフォンが着信を告げた。慌てて取り出すと、西園寺さいおんじから電話がかかってきていた。

 日南はしぶしぶながら通話ボタンを押して耳へあてる。

「お、無視されるかと思った。いやぁ、日南から連絡があるなんて珍しいから、つい声が聞きたくなってさ」

 あいかわらずの大きな声に日南は顔をしかめる。

「それより、本題に入ってくれ。今話題になってる大量失踪事件、西園寺はどこまで知ってるんだ?」

 言いながら、高校から少し離れようと歩き出す。

「実際のところは何も知らないよ。でもまあ、異常なのは確かだよな」

「それで?」

「あちこちで警察が捜査してるらしいってことは聞いてる。でも、まだ誰一人として見つかってないようでさ、これまた異常だってことで、謎が謎を呼んでる感じなんだよな」

 日南はため息をついた。

「さっき連絡したように依頼があって、行方不明になった娘を探すことになったんだ。ひとまず自宅から高校までの通学路を歩いてみたが、ほぼ大通りを行くだけだから人も車も多い。目撃者がいてもおかしくないのに、依頼人は何の情報も持っていなかった」

「防犯カメラは?」

 通りを一つ入ったところにパーキングを見つけ、日南はそちらへ足を向けた。

「すでにあたったそうだ。でも娘を見つけることはできなかった。だからオレに依頼が来た」

 車が数台停まっていた。端に設置された自動販売機の付近で立ち止まり、会話を続ける。

「警察は手一杯で依頼人の娘を捜索している暇がない。だから依頼人はずいぶん弱った様子だった」

「うーん、大変そうだな。直接会って相談した方がいいかもしれない」

「そうだな。今日、時間あるか?」

「ああ、頑張って残業回避する。六時に新宿でどうだ?」

「分かった。それじゃあ、また後で」

「ああ、また」

 西園寺との通話を終えて一息つく。

 待ち合わせの時間まで、まだ五時間以上ある。その間に七篠初子の恋人へ会ってみようと考えて、日南は一度スマートフォンをしまうと鞄からメモ帳を取り出した。


 依頼人の話によると、恋人はライトノベル作家らしい。教わった住所にあったのは古ぼけた二階建ての一軒家だった。庭はそれなりに広さがあり、縁側に面している。

 黒ずんだ門の前に立ち、表札を確認する。事前に話を聞いていたものの、実際に名字が二つ並んでいるのを見ると、妙な気持ちになる。作家ならではの好奇心が刺激されて、どんな事情が隠されているのか知りたくなるのだ。

 気を取り直して深呼吸し、日南は設置されたインターフォンを押した。

「はい」

 と、すぐに返事があって、日南は少し緊張しながら名乗った。

「日南探偵事務所の日南と申します。七篠初子さんのことでお話を聞きたいのですが、坂爪理人さかづめりひとさんはご在宅でしょうか?」

「ああ、ちょっとお待ちください」

 ぷつっとインターフォンが切れ、数十秒ほどしてから小花柄のエプロンを着けた男性が出てきた。背が高く体格は普通で、温和な雰囲気の男性だ。

「どうぞ、入ってください」

「失礼します」

 頭を下げながら日南は門を抜けて玄関へ進んだ。

 もしかしてこの人が初子の恋人だろうかと思ったが、年齢は日南と同じ二十代後半くらいに見える。となると、年齢が離れていることになるが……。

 日南は冷房の効いた居間へ通された。うながされるままソファに腰を下ろすと、男がキッチンで茶を用意しながら言った。

「理人ならもうすぐ来ると思うので、お待ちください」

「はい」

 てきぱきと働いている様子を見ると、男は家政婦のようだ。しかしライトノベル作家とて、そんなに稼ぎがいいとも思えない。ペンネームも作品も知らないが、ベストセラー作家がこんな近くにいたとしたら、日南は底辺作家代表としてこの場で首をくくりたくなる。

 白いティーカップに甘い香りのする紅茶が注がれた頃、階段を下りてくる音がした。

 そちらに視線を向けた日南は、いかにも眠たげな顔をした若い男と目が合った。

「ああ、初子のことでしたっけ」

 言いながらぼさぼさの頭を無造作にかいて、若い男はどさりと向かいのソファに腰を下ろす。よく見ると服装は寝間着と思しきスウェットで、どうやら先ほどまで眠っていた様子だ。

 エプロンの男が彼の隣へ座ったところで、日南はあらためて名乗った。

「日南探偵事務所の日南梓と申します。七篠洋子様から依頼を受けて、初子さんを探しているところです」

 にこりと笑ったのはエプロンの方だ。

「俺は蘭賀瑠璃らんがるり、こっちが坂爪理人です」

「ども」

 気だるげに坂爪が会釈をし、日南も小さくうなずくように目を返す。そしてすぐに本題へ入った。

「初子さんですが、三日前から家に帰っていないそうですね。ご存知でしたか?」

「ええ、もちろん。初子ちゃんはよく家にも来てくれてましたし、理人とは親公認で付き合っていますから」

 返答するのはまたもやエプロンもとい蘭賀である。二人の関係性が気になるところだが、ひとまず置いておく。

 紅茶を一口だけ飲み込んで、日南はたずねた。

「彼女と最後に会ったのはいつですか?」

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