オンネトーの森
虹乃ノラン
序
プロローグ
いつからか、部屋の電気をあまりつけなくなった。つけるのは人が来た時だけ。でもそんなことももう殆どない。
浴槽に深くお湯を溜め、身体を沈める。マッサージオイルもバスソルトも三年前に捨てた。唯一続けているのはエプソムソルトだけ。これがないと脚がつるし、浮腫みがひどくなってつらい。それ以外は石鹸。身体も、髪も、服も、浴槽を洗うのもすべて石鹸だ。
浴槽の縁にヘアピンの錆跡が一筋残っている。下唇が浸かるぎりぎりまで湯に潜り、両手で浴槽の内側を撫でるとわずかに残る垢のざらつきが指先に委ねられる。目を瞑り、換気口からジーと終わりなく続く音を脳裡で反芻しながら、彼の幼い眼孔を思い起こす。
三十分の砂時計を逆さにし、膝を抱く。砂の色は若い緑。すべて落ちきるまで、湯に浸かっているのはまだ少ししんどい。
彼が寄せ替えたアイビーはすっかり伸びて触手を這わし、小松菜みたいな濃緑の内から伸びた極楽鳥花の蕾はうっすらオレンジがかって今朝から少し膨らみ始めた。それが、卵を孕んだメダカのお腹のように見えて私は胸を抑える。
レギネの花が咲くのを、今年は見られるだろうか。
もうすぐ、二度目の五月二十七日がくる。
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