ただのスマホだと思ったのに

@786110

ただのスマホだと思ったのに

 いつもは人通りの多いオフィス街も、今日は珍しく、静けさに包まれていた。サラリーマンやOLが数人、道を行くだけである。

 その中に紛れ込んでいた俺は、ある商社ビルの前で、誰かのスマホが落ちていることに気がついた。

 盗むつもりも交番に届けるつもりもない。しかし、中身は気になる。そんなくだらない理由で、そのスマホを拾った。黒いケースがはめられている。

 その場に立ち尽くして電源ボタンを押すと、しばらくして、ロック画面が表示された。そこで、違和感を覚える。

 所有者の思い出や趣味嗜好が何であれ、普通ならばそれらに関連した画像を設定しているはずだ。だが、俺の手元にあるこれに限って言えば、奇妙なことに、暗証番号だと思われる六桁の番号が示されていたのである。

 変だなと思いはしたものの、持ち主が間抜けだったのだという結論に落ち着いて、番号を入力していく。

 ホーム画面には、『メモ帳を見ろ』という指示が設定されていた。

 覗けるものはぜんぶ覗いてやるさ……。

 下衆であることを自覚しつつ、メモ帳を開く。

 いきなり、長文が表示された。

『私のスマホを拾った幸運なあなたは、恐らく、その場に突っ立って、逡巡しながらも、この画面に行き着いたのではないだろうか。好奇心をそそられたと見える。順調に事を終えるのに、三分とかからなかっただろう。おめでとう。私に関するすべての情報をあなたは手に入れた。好きに使うといい。

 ところで、上を見てみてはどうだろうか』

「上?」

 疑問に思いながらも、ビルの屋上のほうを仰ぎ見る。

 俺を目掛けて、空からひとりの男が降ってきた。

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