第3話 みそっプル
「お花見には、一人一品持ち寄りね」
マジか。
先月まで高校生だったんだぞ。
人さまに食べさせられるものが作れるわけがない。
胡春は絶望した。
大学に入学し、一人暮らしを始めて二週間。
カレーとパスタとレトルトしか作ってない。
諦めて、身の丈に合ったものを作ると決めれば話は早いが。
胡春は近くにいた、二年の上杉先輩を見た。
「自分で料理してると同じパターンになっちゃうから、人の料理を食べるのは楽しみだよ」
と話している。
やっぱり、女子力的に料理がうまいに越したことはない。
上杉先輩は、優しくてカッコよくて、なのに彼女はいなくて、今アピールしなかったら絶対後悔しそうな絶妙な立ち位置だった。
この”街歩きサークル”には、上杉先輩に誘われて入った。
サークル紹介イベントで初めて会ったときは、カッコいい人だな、とは思ったけど、サークルに入る気はなかった。
イベントから数日後、コンビニで大盛りパスタを買おうと手を伸ばしたとき、「あ、あの時の」と声をかけられた。
顔を覚えてもらっていたことに驚いて、パスタを普通盛りに変えた。
私にも乙女心があったらしい。
街歩きサークルは15人程度で、アットホームで和気藹々。
上下関係も厳しくなくゆるゆるで、入って良かったとは思っている。
今回の花見に来れるのは、7、8人くらいだ。
あー、何作ろう。
花見にカレーは無いな。
パスタは、正直パスタソースかければ終わりだから料理なのか、っていう。
上杉先輩に多少は好感もってもらえるような、料理らしい料理にしたい。
サンドイッチ?
花見じゃ違うか。
からあげ。
ベストだけど、料理初心者の私が油を大量に使うとか怖い。
本格的に肉じゃが?
上手くできる気がしない。
そう考えると、日頃どんだけ出来合いのものに助けられているかわかる。
こんな時は、検索検索ぅ。
お弁当レシピを見ていく。
だし巻き卵。
好きな人はいいけど、地味すぎる。
アスパラベーコン巻き。
普段のお弁当ならいいけど、一品勝負では印象が薄い。
うーん、いまいち。
そう思って調べていき、「おにぎらず」に行き着いた。
手間的にはなんとかなりそう!
食材挟むだけで見栄えはいいし。
ボリュームあるし。
胡春はおにぎらずを作ることに決めた。
♢♢♢
お花見当日の朝。
胡春はおにぎらずを4個作ったところで飽きてきた。
8人分なんて、普段作んないし……
料理、めんどくせー。
向いてないんだなあたし。
それでもなんとか作り切って、100均のタッパーに詰める。
見た目は上々だ。
そして夜。
花見の名所にみんな集まった。
一人一人、料理を説明しながら蓋を開けていく。
一人目は、ポテトサラダ。
なるほど!
手作り感満載だけどさりげない。
ポテサラを作る根気があるなら、他の料理はたやすく作れるんだろうと思える。
二人目は、からあげ。
ありがとう!
からあげは私も食べたかった。
市販のからあげ粉を使わないで、ちゃんと手作りらしい。
すごい。
三人目は、手作りパン。
焼いちゃったの?!
レベチ。
四人目は、まさかのカレー。
いいのかよ、汁物。
インド米つきだから許す。
五人目は、ケーキだ。
スイーツは考えなかった……。
だとして、ケーキはガチすぎだ。
六人目は、チャプチェ。
韓国系か。
やるなぁ。
肉料理は多いに越したことはない。
七番目に自分のおにぎらずを披露する。
かわいい!キレイ!と言われて悪い気はしない。
上杉先輩をチラッと見ると、なんだか気まずそうだ。
「俺、胡春ちゃんとちょっと被っちゃった」
おにぎらずなんだろうか?
だとしたら、せっせと包んでいる先輩もなかなか可愛い。
先輩は、タッパーを開けた。
焼きおにぎりだった。
「味噌が手作りなんだ。これは一年寝かせた味噌だよ」
マジか。
「あと、漬物。自慢のぬか床で作りました」
女子力……いや、お母さん力……を通り越して、おばあちゃん力!(田舎の)
お花見が始まると、キラキラ女子が先輩に味噌やぬか床作りを教えてほしいと言っている。
もちろん先輩は笑顔でオッケーしている。
ここは料理研究会だったようだ。
先輩と接点を持ちたい気持ちはあるけど、味噌とぬかを介すには、己の料理への関心が無さすぎる。
キラキラ女子すげーな。
でも、教わった後絶対やらないと思うよ、彼女ら。
「女子力」ってのはさ、本当は味噌やぬかに「興味は無くても」あんな風に「男が気をよくするようなことを言ってあげられる力」なんだよな。
もってないんだ、そんな器量。
どんなに見習おうとしてもできない。
羨ましいけど、諦めてる。
彼女たちはいつもキレイで、前向きで、かわいくて、いたいけで、幸せそうだ。
私は、そんな風にできない。
♢♢♢
トイレに行き、出たところで、先輩と鉢合わせした。
「焼きおにぎりも、漬物も美味しかったです。やっぱり、手作りって違うんですね」
と、先輩に伝えた。
「あ、ホント? 良かった。胡春ちゃんも作りに来る?」
「多分、教わっても、続かないと思うんですよねぇ。先輩は、なんでやろうと思ったんですか?」
「……俺さ、高校の時、鬱やっちゃったんだ」
大らかな先輩からは想像がつかない、意外な話だった。
「進学校で、プレッシャーに負けちゃってさ。だから偏差値に余裕のある大学にして、とりあえず大学生になることを目標にしたんだ」
先輩はいつもと変わらない優しそうな笑顔でそう言うが、辛かっただろう。
「一年生の時にボランティアで行った老人ホームで、味噌作り体験やってたんだ。そこで、味噌に癒されたんだ。味噌なんて、自分で作れないと思ってたんだけど、できるもんなんだなって。食べたら、すごく美味しいし。自分に合うものは自分で作ればいいんだ、って、思えたんだ。初めて、”食べることは生きることだ”って意味がわかって、鬱が、治ったんだよね」
思い出……という言葉以上のすごい体験だ。
「……それ聞いたら、私もやってみたいな、って、思いました」
私の、”女子になりきれない病”も治るんだろうか?
「ホント?一回でもいいから、自分から生み出された食べ物を味わってほしいな。面白いから」
先輩は嬉しそうに笑った。
♢♢♢
翌年の花見。
先輩は再び焼きおにぎりと漬物を作った。
一方、私は味噌汁を持って行った。
「先輩のは甘め味噌で、私のはしょっぱい系味噌です」
と、紹介すると「お互いの性格出てるね」と笑われた。
優しい先輩と、ひねくれ者の私は意外と相性が良く、私の”キラキラ女子にならなくてはいけない病”は治った。
味噌を介して先輩と付き合うことになったが、味噌に関してはむしろライバルだ。
味噌のことを”うちの子”と呼び、自分の子が一番だと思っている。
「今日の花見のメンバーは奇数人数なので、どちらの味噌料理が好きか、雌雄を決しましょう」
私たちは、そんなカップルになった。
(おわり)
※この二人は久遠寺にも出ました。超貴重な健全NL!w
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