第2話 大学
門をくぐる。
敷地に入る。
おじさんやおばさんが歩いている。
中学生や犬の散歩で歩いている人がいる。
母校の大学は街なかにあり敷地が広いため、通り道にしている人や散歩コースにしている人もいる。
四年間通った私よりも、この大学に馴染み深い人がたくさんいる。
卒業生なんだから堂々としていればいいのだけど、私の心は暗かった。
大学生活に悔いはない。
いわゆる華やかな大学生活ではなかったが、それでも楽しかった。
勉強も面白かったし、友人と夜通しおしゃべりをしたし、バイトも良かった、彼氏もできた。
人生で一番自由だった……んじゃないだろうか。
なのに今、なんで暗い気持ちになっているのだろう。
私は考えた。
友人たちは一生懸命、公務員試験の勉強をしていた。
私もそうすれば良かったのだろうか。
友人たちは、当時付き合っていた誠実な彼氏と結婚していた。
私もそうすれば良かったのだろうか。
友人たちは自分の人生を生きていて、その一部に大学があった。
高校時代、不登校だった私は、大学進学がゴールであり救いになっていた。
私の、大事な大事な、大学生活。
私の、人生をロンダリングしてくれた学歴。
そんな四年間を……私はなんとなく過ごしてしまった……そう感じるのだ。
それも、仕方のないことだけど。
当時、私は気づいていなかったが、病に蝕まれていたのだ。
疲れやすく、よく横になっていた。
活動時間が異常に短いから、何もかにも中途半端だったし、他のやりたいことも出来なかった。
社会人二年目になり、最低限の日常生活もできなくなってから病院に行った時には遅かった。
治療が始まるというタイミングで、最悪の発作が起こって私は死んでしまった。
あっという間で、死んだことすら気づかなかった。
人生に……悔いはなかった。
なんとなく、それまでの苦労より、これからの苦労の方が多そうに感じていたからだ。
それでもこうしてフラフラと大学の敷地を歩いているのは、何か意味があるんだろう。
何が友人たちの人生と、私の人生の明暗を分けていたんだろうか。
私は、大講義室にいた。
講義が始まる。
『老年学』
発達心理学から派生した、老いることについての学問。
私には……関係なくなってしまったけれど……
-- ”結晶性知能”とは、個人が長年にわたる経験、学習などから獲得していく知能です --
教授の声が講義室に響いた。
結晶化……
私には、結晶化するだけの経験がない……
言われた通りにお勉強をして、クラスに馴染めず、ありきたりな生活を送って、仕事ができるようになる前に死んでしまったのだから……
老年学があるなら、”短命学”も作って子どもの頃から教えてくれたら良かったのに……
そう思ったら、私は笑えてきた。
大講義室を出ると、お迎えが来ていた。
なかなか手厚いものだなと思った。
今生きている人間より死んだ人間の方が多いことを考えると、私の方がマジョリティだ。
さようなら、私の人生。
さようなら、私の大学。
(おわり)
三題噺:門、こころ、明暗
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