友達と夏休み
第28話
高校二年の夏休み。それはわたしにとって替えのきかない唯一無二の時間だった。
カレンダーのアプリを開いても、小深との予定と呼べるのは明後日のデートだけしかない。
本当は夏休みに入る前にもっと予定を入れたかったけど、その話をする度に見事に躱されてしまった。
それは汐ノ宮千早達もそうだったらしく、終業式が終わると小深は誰にも話しかける隙を与えず帰ってしまった。
だからこそ、私は汐ノ宮千早と密約を結んだ訳だけど、小深を騙すようで罪の意識が芽生えてくる。
「でも、今はとにかくデートの準備……!」
当日の予定は何日もかけて計画した。
インターネットや雑誌のデートスポットに目を通して、小深の好きそうなお洒落なお店も調べてある。
この時の為に稼いだお金も、いくらか下ろして準備万端。あとはデートの服をどうするかだけだった。
わたしはデートに最適な服を持っていない。デートどころか、私服と呼べるものが殆どなかった。
学校や外に用事がある時は制服を着ればいいし、家ではシャツかスウェットしか着ない。それで困る事はなかった。
だからデートの予定を考える事に必死で、服の事を忘れてしまっていたのだ。
「デートの服ってどこに売ってるんだろ……」
わたしの住む河内長野には田舎故にお洒落な服屋はほとんど存在していない。
あると言えば、駅前の古びたショッピングモールにある婦人服売り場か、しまむらくらいのものだ。
お手軽簡単コーデ特集に出ているユニクロやジーユーなんて服屋も電車でしか行けないので、全然お手軽でもなんでもなかった。
今から通販で買ってもきっと間に合わないだろうし、頭を抱える。
何を血迷ったのか昨日の私は、義母に『服が欲しいです』とメールを送っていたので精神状況的には昨日のわたしの方が、今よりも余程追い込まれていたのだと思う。
「はぁ……やっぱり加賀田さんに頼むしかないよね」
時計はおやつ前の時間を指している。予約してる時間は一時間後だけど、相談するくらいなら少し早く行っても問題ないだろう。
思い立ったが吉日、制服に着替えたわたしは、藁にもすがる思いで家を出た。
マンションを出て徒歩一分の場所、通学路の途中にある小さな美容院の前で足を止める。
店内を除くと、レジで暇そうに座っている一人の女性を確認し、店の扉を開ける。
「いらっしゃいませ〜って、なっちゃんじゃない。予約の時間までまだ時間あるけど、どうかした?」
「加賀田さん、ちょっと相談があって」
「なっちゃんが私に相談!? 六時まで予約入ってないから一時閉店にするわね!」
「そこまでしなくても……」
わたしの言葉が聞こえていないのか、あっという間に、閉店の札を入口に掛けてしまった。
この豪胆さには、義母と
「それで、なっちゃんの相談って何かな? あー待って、当てるわ。きっと恋の相談ね!」
「……うん」
わたしは首を縦に振る。当てられた事は別に不思議な事じゃなかった。
髪型にこだわりの無いわたしは、いつも加賀田さんに髪型を任せている。
そんなわたしが、前髪を切って可愛くしてほしいと頼んだ事で、加賀田さんは全てを察したらしい。
「や〜ん、アオハルしてる
そう言って胸を張る加賀田さんに、わたしは単刀直入に悩みを相談する。
「その、明後日のデートに着ていく服がなくて……」
「デート!?」
「何を着たらいいのか分からないから、アドバイスをもらえたら、嬉しい」
「あ……あぁ、遂に来てしまったのね! 可愛い義姪が見ず知らずの誰かの手に落ちてしまう日が……」
加賀田さんは床に膝を着き、悲壮な表情を浮かべるけれど、わたしはそれを否定する。
「そんな事ない……それにまだ、片思い……だから」
「片思い!? かぁ〜〜ッ! こんな可愛い義姪に迫られて靡かない人間がいるなんてどうかしてるよ!」
「……」
加賀田さんは一々、オーバーリアクションだと常々思っている。
小学生の頃からわたしの事を可愛がってくれてるし、こっちで学校に通う際の保護者になる事も二つ返事で請け負ってくれたから感謝はしているけど、人種的にはわたしが苦手とするタイプに近いと思っている。
「それで、どうしたらいい、かな?」
「そうねぇ、夏のデート着と言えば、やっぱり定番のアレでしょうね」
「定番のアレ?」
定番と言われても、服に興味がないので全く想像がつかない。
「んふふ、洋服は当日までに用意してあげるから安心しなさいな。あと、なっちゃんお化粧全然しないんだから、デート当日お店に来たらやったあげるわ」
「いいの?」
「可愛い義姪を更に可愛くできるなら、義叔母冥利に尽きると言うものよ」
なんと、服の悩みがトントン拍子で解決したどころか、化粧の事もすっかり頭から抜け落ちていたので、とても助かると言わざる得ない。
リップクリームくらいは持っているけど、それ以外はよく分からなくて持ってすらいない。
小深はいつも、軽く化粧はしているんじゃないだろうか。
「あの小さかったなっちゃんがデートだなんて。今も小さいけど、時間の流れは残酷だわ」
「大袈裟……」
相変わらずな様子に苦笑すると、加賀田さんはシザーケースを腰に巻き、回転椅子の後ろに移動した。
「せっかくだから髪でも切りながら、その片思い相手の子の話を聞かせてもらおうかしらね」
促されるまま椅子に座ると、回転椅子は正面を向き、鏡に映るわたしと加賀田さんが視界に入る。
「じゃあ今日はどんな髪型にしようかしら。今はちょっと幼く見えちゃうから、かっこよくウルフカットにして、インナカラーを真っ赤にしてみるのもギャップ萌えで落とせるかもしれないわね」
「あの……」
「でも、体の線が細いからマッシュショートも似合うかも……今までは長髪だったから短髪をどう生かすか腕の見せ所よ、わたしっ!」
「あの……!」
わたしの髪について熱弁する加賀田さんには悪いけれど、今回は私の意思で髪型を決めたかった。
鏡に映る、前髪ぱっつんおかっぱ頭のわたし。メッシュが入っていなければ、市松人形に見えなくもないけど、それでもこの髪型はこれまでで一番気に入っていた。
それは、この髪を可愛いと褒めてくれた人がいるから。
「髪型は……変えないでほしい。可愛いって言ってくれた、から」
小深に言われた言葉は今でも胸の内にある。思い出すと、芯からポカポカと温かくなり、こんなわたしでも自分の事が好きになれる不思議な力があった。
「義姪の惚気ッ!! 分かった、そのままでいきましょう! そもそも、ボブカットだって十二分になっちゃんの可愛さを引き出しているものね!」
加賀田さんはそう笑い、わたしも小深とのデートに思いを馳せて、笑みが零れてしまう。
小深もデートを楽しみにしてくれていたらいいな。そんな淡い期待を胸に、わたしはデートの日を心待ちにしていた。
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