第7話

「初めて来たけど、良い雰囲気ですね」


 対面に座る千早は、興味深そうに店内を見回している。

 珈琲の香る、和モダンで落ち着いた店内は、どの席からでも中央に作られた庭園を眺める事ができる造りで、その庭園に小さな桜の木が一本植えられていた。

 桜の時期に来ていたら、綺麗に咲いていたのかもしれないけど今は青々としている。

 とまぁ、店内レポに興じてみたけれど、千早の様にカフェや喫茶店に特別興味がある訳ではなく、花より団子な私は早々にメニュー表を拝見する事にした。

 甘い物も捨て難いけど、スイーツをお昼代わりにすると夕食まで持たないしな。

 迷った挙句、千早の意見を参考にしようと試みたのだが。


「私はケーキセットと和あんみつを」


 まかさのスイーツ二種ときた。

 千早のお誘い故に、事前に食べたいものは決まっているとは思っていたけど、全く参考にならなかった。

 悩んだ結果、私はエビカツサンドに決め、店員へ手早く注文を済ませた。

 それと、今日のケーキはマスカットタルトらしい。サンドイッチだけで足りなかったら追加注文してもいいかもと心惹かれる。

 とは言え、呑気にスイーツに思いを馳せている訳にもいかず、私から話を切り出す事にした。


「それで、どうしたの急に?」

「どうとは?」


 とぼけたように首を傾げた千早は、少ししてから冗談っぽく笑う。


「深い意味はなくて。前々から気にはなっていて、一人で行くのは少し心細かったから……」


 美人が恥ずかしそうに頬に手を添える。

 その仕草を目にした者なら十人中十人がその言葉に騙されるだろう。

 他人に興味がない私といえど、小学生の頃からそれなりに長い付き合いがあると、なんとなくそれが本心でないと分かってしまう。


「それでホントの理由は? あの二人を誘ってないって事は、私に相談があるのかと思ったんだけど」


 ただ、心を読める超能力者でもない私には、その言葉が嘘だと分かるだけで真意は分からない。

 私の持論だけど、言葉にしないと自分の真意は伝わらないと思っている。だからこそ、伝えたくない事は言葉にしなくても良いとも思う。

 恋バナを耳にしていると、気持ちを察してほしい。そう主張する者は少なくない。

 そんな事を言う前に、その気持ちとやらを言葉にすればいいだけなのに、彼女達は何故か相手の気持ちを察しようとしない。

 勿論、そんな事は普段口にはしないし、本音を話すつもりがないなら、それ以上は踏み込まない。

 私が千早との付き合いが長いという事は、千早もまた私と付き合いが長いと言うことであり、私をどんな人間か知っている千早は、私に対して嘘は一度だけしかつかない。

 千早は微笑みを崩す事なく、降参だと胸の前で両手を上げた。


「ふふ、実を言うと、たまには小深と二人で来たかったんです……これは本当ですよ」


 そう言う千早は、拗ねたように口を尖らせる。


「四人で遊ぶのも楽しいですよ? でも、高校に入ってからはいつも四人一緒で、二人の時間が少ないとずっっと思っていたんです」

「それはまぁ……そうだね」


 小塩と唯華とは仲が良いけど、互いに深くは干渉し合わない。示し合わせた訳でもないので類はなんとやらだろう。

 そんな不可侵の関係性が心地がよく、進級の時期には、示し合わせて文系コースを選んだ事で全員同じクラスになった経緯があったりもする。


「でも、なんでこのタイミングなの?」


 その理由なら一年生の時でも二人で遊ぶ機会はいくらでもあったと思うし、なにもテスト前日に実行に移さなくてもいいのではないだろうか。

 そんな考えが顔に出てしまっていたのか、呆れたと言わんばかりに千早は肩をすくめていた。


「小深、それは野暮というものですよ?」

「すみません……」

「何が悪いのか分かっていないのに、謝る行為もよくありません」

「はい……」


 友達から母親みたいな説教を、なぜ受けなければいけないのだろうか。

 そんな話しをしている内に、注文したメニューが机に並べられる。

 半熟卵を一緒に挟んだエビカツサンドはそれなりにボリュームがあり、崩れないように桜の楊枝で固定されている。

 これは追加のデザートは無理そうだ。

 千早のケーキセットに至っては、タルトに焼き菓子、アイスクリームまで付いていて、更に鮮やかな和あんみつが並んでいる。


「話を戻しますが……小深ってリセット癖があるじゃないですか」


 二人で写真を撮ってすぐ、珍しく神妙な面持ちになった千早が切り出した。

 私は肯定も否定もせず、エビカツサンドに添えられたポテトへ手を伸ばす。


「中学では唯華さんや小塩さんのように仲良くしてた友人もいましたよね。あっ、責めてるわけじゃないんですよ。ただ私は思うんです、そのリセットの対象に私も選ばれてしまうのではないかって」


 これにも肯定も否定もしない。千早も別に否定してほしい訳じゃないんだろうし。

 冷めないうちにカットされたエビカツサンドを一口頬張る。プリプリのエビカツと半熟卵の相性が素晴らしい。これはリピありかも。


「小深が内部進学を蹴って、地元の高校を受験する事を偶然知れたからこそ、今のこの時間があると私は思っているんです」

「だからって千早がわざわざ田舎の高校に来る必要はなかったとは思うけどね」


 入学式の事を思い出し、少し棘のある言葉を吐いてしまう。

 中学の卒業式、打ち上げにも参加せず家に帰った後、誰にも進路を告げず連絡先を全て消した。

 誰も私を知らない場所で新しい生活が始まると思った高校の入学式で、私は自分の目を疑った事を今でも鮮明に覚えている。

 新入生代表として壇上に立つ汐ノ宮千早の姿に。


「小深は運命って信じますか?」

「信じないかな、私は」

「ふふっ、知ってました。ですが小深がリセットしてきた数多の人達の中で、こうして貴女の中に残る事ができた私と小深は、運命の糸で繋がってると思いませんか?」


 そこで会話は終わったのだと、いつも通り微笑みを湛える千早は、すっかり冷めてしまった珈琲へ口をつけるのだった。

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