第13発目 南西の睨み合い
敵軍が迫ってきていると報告を受けた牙王は、老婆の
「春奈、戦況はどうなっている?」
南西方面に建てられている塔に転移した牙王は、先に南西方面の塔に到着していた春奈に戦況を尋ねた。
「はい…敵をまだ発見出来ていませんので、現在は門の内側は槍兵を、塀の上には妖術師と弓兵をそれぞれ待機させております…」
「正し判断だ…よくやってくれた春菜…」
「ありがとうございます」
春奈を褒めつつ、牙王は敵が来るであろう方向を見つめる。
「……来たか」
暫く牙王が目を凝らして南西の方角を見つめていると、足音を立てて、コルッツ王国の軍が見えてきた。
コルッツ王国軍の陣形は、第三騎士団と違い、前方を重装歩兵で硬め、後ろには槍兵が、更にその後ろには歩兵がそれぞれ構えていた。
「……なるほど…こちらの相手はコルッツ王国が誇る名将、ナパルト将軍か……これはまた、面倒な相手が出て来た…」
敵軍の陣形を見た牙王は、指揮官が誰か見抜いた。
レオン・ナパルト。他国から名将と称えられているコルッツ王国の第四騎士団長で、コルッツ王国では珍しく悪い噂を聞かず、市民からの人気がとても高い。
彼の戦い方は、平民で編成された部隊を先に向かわせ敵を消耗させた後、主力部隊を送るというコルッツ王国では一般的な戦いではなく、重装歩兵で前方を硬め、槍兵で盾の間から攻撃しつつ、後方から弓兵と魔導師で敵を消耗させ、正規軍と平民兵で一気に叩くという戦法を取っている。
そのため牙王は、敵の陣形を見ただけで指揮官がレオンだと分かったのだ。
「戦いでは、防衛側が優位になることが多い…それに、我々はこれまで戦闘を避けて来たため、戦力や物資の消耗は殆どない…ナパルト騎士団長なら、それを分かっているはずだ…さて、彼らはどう出る…?」
見えている軍勢が、いつ向かって来てもいいように、牙王は身構えた。
〇
「…妙だな…」
私物の望遠鏡で、塀の上に居る陽月国の兵を見たレオンはそう呟く。
「妙とはどういうことです…?」
レオンの呟きに、副団長ミシェル・ロレーヌは首を傾げながら、意味を尋ねた。
「我が軍は、他の軍と比べて人数が少ない…それは向こうも知っているはずだ。だからこそ、南西の戦力は最小限にして、残りを数が多い北西方面に回すべきなのだが、連中はこちらに多くの戦力を回している…つまり、北西方面は少数で迎撃できるという自信があるということになる」
「確かに、それは妙ですね…」
自身が不審に思っている点をレオンは話し、それを聞いたミシェルは納得する。
「となると、恐らく北西方面には、例の地竜が配置されているのだろう…第三騎士団に、気を付けるよう連絡を送れ!!」
「はっ!!」
レオンに言われ、ミシェルは第三騎士団への連絡を伝令兵に伝えるため、列から離れて行った。
「伝令!! 伝令ーー!!」
ミシェルが列を離れてすぐ、馬に乗った兵士が叫びながら、レオンの元にやって来た。
「ナパルト騎士団長! 非常事態であります!」
「……どうした…?」
やって来た伝令兵を見て、レオンは嫌な予感を感じながら、報告を聞くことにした。
「はっ! 北西方面から攻めていた第三騎士団が、地竜からの攻撃で、兵力の半数を以上を損失し、撤退したとのことです!!」
「何だと!?」
伝令兵の報告を聞き、レオンは耳を疑った。
「……このままでは、地竜がこちらに来てしまう…そうなれば、我が軍も相当な痛手を負うであろう…流石に、二つ騎士団が戦力の大半を失えば、押し返される可能性も出てくる……」
レオンは冷静を取り戻し、戦況を分析した。
「……撤退するしかないか……第四騎士団全軍に告ぐ!! 主力部隊並びに弓兵は、直ちに仮拠点まで撤退! 重装歩兵、槍兵、魔術師は、陣形を保ちつつ後退し、主力部隊の撤退を援護せよ!!」
今は戦力を温存すべき、そう考えたレオンは、第四騎士団に撤退を命じた。
命令が出された第四騎士団の兵達は、歯向かうことなくその通りに動き始めた。
そして第四騎士団は、損失を出す前に迅速に撤退することに成功した。
〇
「やはり、ナパルト将軍はやり手だな…」
撤退していく第四騎士団を見た牙王は、レオンを褒める。
「攻撃を仕掛けて来たら、我々で時間を稼ぎ、横から永山殿に攻撃をしてもらう…という算段だったが、読まれていたか…」
見透かされたと思った牙王は頬を掻きながら苦笑する。
「…春奈! 南西の守りをより固めるように、一条軍司に伝えてくれ…」
「はっ…! 直ちに…!」
牙王に命じられ、春奈は返事を返した後、伝言を一条大将と呼ばれる者に伝えるため、去っていった。
「婆や…御庭番衆に、あらゆる情報を集めるように伝えてくれ」
「はい…今すぐに…」
牙王は隣に居た老婆にも伝言を頼み、伝言を頼まれた老婆はそのまま姿を消した。
「皆の者、悪いが引き続き頼むよ…」
ハッ!!お任せください!!!!
2人が去った後、牙王は兵士達を労った後、そのまま陽月御殿に戻って行った。
〇
撤退した第四騎士団は、仮拠点としている炎陽村に戻っていた。
「ナパルト騎士団長!
レオンが休んでいるテントに、一人の兵が入ってきて報告を伝えた。
「分かった…案内してくれ…」
「はっ…!」
報告を聞いたレオンは、報告に来た兵に連れられ、
「……さて、連中は何と言ってくるか…」
別のテントに案内されたレオンは、複数の水晶玉が並んでいる机の前にある椅子に座った。
『あーあー、繋がっているな? では、これより定例会議を行う!』
真ん中にある水晶玉にメフィストが映し出され、それと同時に声も聞こえ始める。
『まずは、第三騎士団だ! 順調に進行出来ているのであろう…?』
メフィストは嬉々として、第三騎士団に戦局を尋ねた。
『……申し訳ございません…我々第三騎士団は…例の地竜によって、兵力の大半を失ってしまいました…』
メフィストからの質問に、別の水晶玉に頭に包帯を巻いているオメルトが現れて答える。
『何だと!? それは一体全体どういうことだ!? 貴様! 地竜のブレスは大したことがないと豪語しておったではないか!!!』
オメルトからの回答に、メフィストは机を勢い良く叩き、怒鳴りつけた。
『はっ……地竜のブレスは予想以上でして…第三騎士団が誇る
覇気がないまま、オメルトは自分の目の前で起きた出来事の一つを述べる。
『……もう良い!! 貴様は首だ首!! 今すぐ本国に戻って来い!!』
『承知しました……』
怒りで顔を真っ赤にさせメフィストは、オメルトに帰還命令を出し、オメルトは大人しく命令に従うことにした。
『それで? 第四騎士団は!?』
怒りが収まっていないメフィストは、そのままレオンに第四騎士団の状況を尋ねた。
「はっ…我々は、第三騎士団が敵都市への攻撃を仕掛けたタイミングで、動こうとしていたため、敵と睨み合いをしていたのですが、そこに第三騎士団が壊滅したという情報が届いたため、我々まで壊滅するのは不味いと判断し、撤退いたしました。そのため、戦力は微塵も減っておりません」
胸を張った状態で、レオンは戦力温存のために撤退したとメフィストに伝える。
『……ふむ…正しい判断だな…よくやってくれた』
「ありがとうございます」
報告を聞いたメフィストは、表ではレオンの判断を称えつつ、内心では
(そのまま壊滅してくれれば…楽だったのだが…)
と思っていた。
レオンの市民や部下からの信頼の高さや、汚職は絶対行わないという姿勢などが、上層部は気に食わないようで、ちょくちょくレオンの邪魔などを行っている。
『…………分かった。第四騎士団はそのまま進軍せよ!』
「はぁ!?」
何かを思いついたメフィストは、レオンに進軍を命じ、命じられたレオンは思わず声を出した。
「このまま、私共が進軍すれば、コルッツ王国は軍の半数を失うことに――『くどい!! 第三騎士団の撤退を手助けすると分からないのか!? これは軍事大臣命令だ!!』
レオンは説得を試みるが、レオンを始末する良い機会だと思ったメフィストは、一方的に進軍を決め付けた。
「…………分かりました。第四騎士団は準備が整い次第、真京に進軍致します…!」
上官の命令に逆らえば、家族の命が危うくなると判断したレオンは、湧いて来る怒りを抑え込みながら、命令を受け入れることにした。
『では、吉報を待っておるぞ…』
一言だけ言い残し、メフィストが写っていた水晶玉が黒くなり、それに続くように机の上にある水晶玉が黒くなった。
――ドン!!
会議が終わると同時に、レオンは机を思いっきり叩き、一人怒りに震えていた。
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