戦車で行く、異世界奇譚

焼飯学生

第一章 戦車出撃篇

初発 青年の死亡

自衛隊の戦車や装甲車などの整備や修理を行っている工場にて、黒髪で首元当たりまで後ろ髪を伸ばしている1人の整備員、永山ながやま大翔やまとが、休憩室でペットボトルのカフェオレを飲んでいた。


「おう、大翔!調子はどうだ?」


カフェオレを飲んでいる慎に、上司でもあり先輩の坂口さかぐち秀雄ひでおが声を掛ける。


「ボチボチですよ」


秀雄に調子を聞かれた大翔は、缶コーヒーを机の上に置いた後そう答える。


「勉強の方は大丈夫か?」


「まぁ何とか…数年で勉強内容が結構変わってて、混乱はしてますが……」


大翔は、机の上に置いてある『自衛隊候補生採用試験問題集』と書かれた冊子を指さし、秀雄からの質問に答えた。


「あっ、今日はもう上がらせてもらいますね…」


秀雄と雑談していた大翔は、ふと時計を見た際に、時間が迫ってきていることに気がついた。


「妹さんの懇談だったか?」


「えぇ…皆さんお疲れ様でした~」


秀雄の質問を軽く流しつつ、大翔は休憩室に居る者達に言葉をかけた後、空のペットボトルと問題集を持って、駐車場へと向かって行った。


「坂口さん、永山さんって、自衛隊目指しているのですか…?」


慎が出て行った後、秀雄に着いてきたいた整備員が気になっていたことを尋ねた。


「あ~、そう言えばお前はまだ知らなかったな」


買ってきた缶コーヒーを開けながら、秀雄は椅子に座り、整備員に慎について話すことにした。


「彼奴は元々自衛隊になりたかったらしいんだが、高校の時に両親が事故で他界しちまってな…年下の子達の世話もあるし、高校卒業はここに入ってきたんだ。自衛隊員に慣れなくても、ここならその手助けになるからな…そうやって数年働いていたが、彼奴の弟の隼くんは、上京して有名大学の特待生になって一人暮らししてるし、妹の杏奈ちゃんはもう高校生だ、1人でもやって行けるだろう…っということで、あいつは今、自分の夢を叶えるために勉強してるんだよ」


缶コーヒーを飲みながら、秀雄は自身が知っている慎のことを話した。


「へ~…武器科に行く予定なのですか?」


「いや、戦車に乗りたいから機甲科だってよ」


「確かに…永山さんの戦車に対する熱愛は凄いですからね~」


「そうだろ~?」


2人は缶コーヒーを片手に暫く雑談した後、それぞれの作業場へと戻っていった。





駐車場に着いた大翔は、昔父が使っていた白のエルグランドに乗り込み、そのまま妹の杏奈が通う高校へと車を走らせることにした。

カーナビの指示に沿い、安全運転で走っていた大翔は、赤信号に引っかかったため、一度車を止めた。


「さて…アイツの成績はどんなものかな~…まぁ、いつも通りに、好成績のような気がするけど…」


信号を待っている中、大翔は杏奈の成績を見れることを笑みを浮かべながら、待ち遠しく思っていた。

そして信号が赤から青に変わったことで、大翔はそのまま前へと車を発進させた。

そのまま真っ直ぐと行こうとしたその時、


ガシャーーン!!!


大翔が運転するエルグランドに、酔っぱらっているドライバーが運転しているトラックが、突っ込んできた。

勢いよく横からぶつけられたエルグランドは、盛大に吹き飛び街頭を薙ぎ倒し、建物にぶつかり止まった。この事故により、エルグランドは大破し、乗っていた大翔は即死。

家族のため一度諦めた夢を叶えるため、努力していた青年の命は、儚く散ってしまった。

そんな彼の魂は、天国や地獄ではなく、とある世界の女神の元へ向かうことになる。





「…」


ゆっくりと目を開けると、そこには大空が広がっていた。


「…何処だ…ここ……」


俺は身体を起こし、周囲を見渡すことにした。

周りは水面鏡が広がっており、それ以外何もない。

取り敢えず探索してみようと思い、その場から立ち上がろうとしたその時、


「おはようさん!」


「っ!?」


誰も居ないと思っていたら、後ろからいきなり声を掛けられ、驚きつつ俺は声の方に振り向いた。

声がした方を向くと、そこには白銀色を太もも辺りまで延ばしている碧眼の美女が居た。


「初めまして…!私は異世界の創造神、メリューナよ!」


ニコニコと笑みを浮かべながら、メリューナは俺に自己紹介をする。

異世界…?創造神……?

訳が分からない単語が出てきたため、俺はポカンと口を開いていた。


「あ~……まぁそういう反応になるわよね~」


俺の表情を見たメリューナは、頬を掻きながら苦笑いをした。


「まず最初に、貴方は残念ながら死んだのよ……」


「……はぁ?」


いきなり死んだとメリューナから告げられ、俺は思わず声を出してしまった。


「い、いやっ!だって、俺はこの通りぶ…じ……」


メリューナの言葉を否定するため、俺は身体を見せようとしたその時、作業着の所々が酷く破れていることに気が付いた。


「貴方はトラックとの事故で一度死んだのよ…それを私が身体を治して、保護した魂を入れて蘇らせたという訳…」


「………」


メリューナから今生きている理由を聞いた俺は、過呼吸になりかける。

隼や杏奈の子や結婚相手を見れない、大事な門出を祝うことができない、ようやく叶いそうだった夢は二度と叶わない…

そう言った単語が頭に思い浮かんでくる。


「…大丈夫よ大翔…貴方の努力を私はしっかりと見ていた。だから私は、せめてやりたいことができるように、貴方を私の世界に転生できるようにしたのよ」


過呼吸になっている俺に、メリューナは俺を抱きしめ、優しい声付きで語りかけてくれる。

俺はその声と温もりに安心感を覚え、落ち着き始めた。


「……ありがとうございます…」


俺の過呼吸はすぐに治まり、メリューナに礼を述べた。


「落ち着いたようね…それでどうする?異世界転生するかどうか…勿論、断って天国に行くということもできるよ?」


落ち着いたのを確認したメリューナは、改めて俺に異世界転生をするかどうかを尋ねた。


「…」


メリューナの提案に俺は悩んだ。

確かに異世界に転生して、第二の人生を謳歌したいというのはある。だが、それは母さんや父さんと会えなくなる上に、天国から隼達を見守ることが出来なくなるのと同じだ。

俺が悩んでいると、メリューナは横に1つのビデオカメラを置いた。


「実はね、貴方は一週間眠っていたのよ…その間に向こうでは葬式が行われたわ…ここにら、その時の映像を録画が記録されている…見る分だけ損はしないと思うわよ…?それじゃあ、私は一度離れるわ…覚悟が決まったら、呼んでちょうだい…!」


ビデオカメラを置いたメリューナは、そのまま何処かへ消えてしまった。

このまま悩んでいても仕方ないため、俺はそのビデオカメラを手に取り、そこに録画されていた一本の動画を再生し始める。

動画を再生すると、お通夜の所から始まった。

お通夜には、学生時代の友達や秀雄さんなどの仕事仲間などが来てくれて、一言一言俺に声をかけてくれる。


『大翔…お前と共に仕事が出来て楽しかった…だがよぉ、俺より先に逝くことはねぇだろ…っ!』


『永山さん、もっと一緒に仕事がしたかったです…どうが、安らかに眠ってください……』


色んな人から声をかけて貰えて、俺は涙が止まらなかった。

お通夜の時間はあっという間に過ぎ、俺の棺がある会場には、隼と杏奈だけが残った。


『……兄貴…結局自分のやりたいこと、出来ていなかったな…』


『運良く戦車に関係する仕事に着けたけど…本当は自衛官になりたかったんだよね……』


2人は前にある俺の遺影をそれぞれ見つめながら、会話を始めた。


『……神様、私達は兄に何も出来なかった…だからせめて…私達のために身を粉にして働いてくれた兄を、好きなように生きれるように転生させて上げてください…』


『兄貴…今度は自分がやりたいように生きてくれよ……』


杏奈は両手を組み、神に俺の来世が楽になるよう祈ってくれて、隼は俺の遺体にやりたいように生きろと話しかける。


「…やりたいように生きる…か……」


隼の言葉を俺は復唱した。

その後は、隼の言葉を頭の片隅に起きつつ、そのまま動画を見続けた。





「……メリューナ…」


十数時間かけて、動画を見終わった俺は、メリューナを名を呼んだ。


「はぁい…!どうするのか決まったのかな?」


俺が名を呼ぶと、メリューナが前に現れた。


「…2人が天寿を全うするまで見守りたい…という気持ちはあるが、2人は俺が来世で好きなように生きて欲しいと願っていた…だから俺は、異世界で第二の人生を謳歌したい!」


隼達の言葉を受け、俺はメリューナに異世界転生をするとハッキリ伝えた。


「ふふっ、そうこなくっちゃ…!」


俺から異世界転生すると聞き、メリューナは嬉しそうに笑みを浮かべた。

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