祝祭にありて歌姫に寄する歌
陋巷の一翁
祝祭にありて歌姫に寄する歌 1
嫌になっていた。すべてに。すべてを。だからもう黙っていようと思った。このまま人生を終わらせようと願っていた。
心を満たすのは誰かの不幸の物語。心を空虚にするのも誰かの不幸の物語。
いつも世界では誰かが不幸で、そうして自分も不幸だった。
「幸いを」
つぶやく。空にほどける。願いはかなわず、そうしてまた知らない誰かが不幸になる。それを知っている自分が不幸になる。
「では呪いを?」
口にしてみる。
何も何も起こらない。つまり自分の願いはすべてすべて叶わないのだ。
繰り返し、繰り返し。寄せては返す、波が、波が。
不幸が不幸が押し寄せては返す。返す波を幸福と呼ぶのかもしれないが人はそれを見ようともしない。
ただ、波を、波頭を見る。不幸を、見つめ続ける。それが自分の食事になる。心と体の栄養になる。
まどろみから目を覚ますと。いつものデスクだった。
まわりを不幸を探している記者たち。自分は記事をまとめるライター。
でも本当はこんな仕事選ぶんじゃなかったな、と思っている。
なぜなら書くのが嫌いになるから。
そうして自分の代わりはいくらでもいるから。
締め切りにせかされ、自分は不幸を読み、不幸を書きつづける。
自分は不幸をまき散らす部品だ。
それ以外の効能すらない。
安楽椅子で、自分の快に満たされながら、自分の知らない、記者から伝えられた、不幸な物語に技巧を添えて量産し続ける。
ひどく心は重く、そして金払いだけはそれなりに良くてやめられない。
毒のような日々。
摩耗される自分の才能。
けれど、才能なんてあればの話だ。
書いていれば、書き続けていれば鋭くなるというが、それは嘘だ。
嘘だ。
強く嘘だと叫びたい。
心が死んでしまえば、自分の書く物語は空虚だ。
不幸な記事が金になるのは、その物語の中心に人の心の情緒があるからだ。
不幸になった人と、不幸になった人の物語を読む人の心に。
だから不幸な物語は、ずっと書かれ続ける。更新され続ける。次はあなたかも?
つぎはあなたかも?
そう言い聞かせながら。
「次はあなたかも?」
そう記事の末尾に書いて、今日の仕事を終わらせる。荷物を片付け、帰り支度をする。
リモートでもいいが、出不精になるので、自分は週の半分は出社している。
記事の評判? 聞いたこともない。聞くこともない。
恥だとすら思っていた。こんな記事の評判を聞くなんて。
良くても落ち込むだろうし、悪くても落ち込む。
なら聞かない方が良いじゃないか。
たとえばだが、ただの部品が、その生成物に興味を持つだろうか?
そんな強がりを一つして消費の海に躍り出よう。
きっときっと、自分は幸せ。そう思い込ませるための消費。
それが今日も世界を回す。自分もそれに回される。
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