アイノシルシ

#zen

お願い、堕ちないで


 いつもいつも、学校近くの踏切で待つ君――そんな君を見ているのが好きだった。


 派手に遊んでいる噂を聞いたよ。


 でもそんな話とは裏腹に、誰も寄せ付けない静かな佇まいで、君は踏切前で可愛い彼女に待たされるのが常だった。




「えー、お前は行かんの?」


「ああ、ごめん。ちょい用事あって」


 友達が遊びに誘っても、君は今日も乗らない。


 私もそんな風に気軽に声をかけられたなら、どんなに良かっただろう。どうしても羨ましく思ってしまう。


「……ふうん。お前、最近つきあい悪いのな」


 友達が残念そうに去っていくのを、君は悲しそうに見ている。これはいつものこと。


 本当は一緒に遊びに行きたいくせに、君は彼女を優先して、遊びになんて行かない。まるで忠犬みたいな君。


 でもそんな君の誠実さは私にとって好ましいものだった。


 誰も知らなくていい、私だけが知っていれば。


 君が幸せならそれでいいんだ。


 そして、しばらくすると彼女が踏切を通りかかる。


「あれ? 夏輝なつき、なんでいんの? あいつらとカラオケ行ったんじゃないの?」


 同じ学生服の男子と並んで歩いていた彼女が、君の前で離れた。


 わざとらしかったけど、君は精いっぱい優しい顔で笑った。


玲奈れなのこと待ってた。一緒に帰ろうと思って。だってほら、誕生日だろ?」


 君の言葉を聞いて、彼女は笑いながら言った。


「え? 何言ってんの? 私の誕生日はまだまだ先なんですけどー?」


 レナちゃんという彼女が、クスクスと笑う。同じように、隣の男子も笑ってる。なんだか君だけ仲間はずれな感じ。


「そうじゃなくて……俺の誕生日……だから……」


 泣きそうな君の顔を見て、レナちゃんは困った顔をして手を合わせた。


「ごめん、忘れてた! けど、今日は先約があるから、あとにしてもらってもいい? ほんとごめんね? ちょっとだけ待っててね」


 レナちゃんの横にいる男子は相変わらずニヤニヤしている。


 彼女に突き放されて、君はまるで凍りついたように固まっていた。


 私はここで見ていたから知っているよ。


 レナちゃんはここ数日、逃げるようにして君を置いて行った。


 寂しさでいっぱいの君の背中を残して。


 慰めてあげたいけど、私はただ見ていることしかできなくて、君の気持ちが晴れるよう祈るばかりだった。


「じゃ、あとでねー」


 レナちゃんが君の横を通り過ぎる


 踏切の警鐘がなる。


 カンカンカン……耳ざわりな音。それに突き動かされるように、君は踏み出す。


 踏切の真ん中で男子と喋っていたレナちゃんの腕を、君は強く掴んだ。とても怖い顔。


 君の考えていることが、私にもわかった。


 家族がいなくてひとりぼっちの君は、レナちゃんがいなくなるのが怖かった。


 寂しい気持ちが虫刺されのように膨れ上がって、君の体に毒がまわりはじめている。


 踏切の警鐘が強くなる中、遮断機は君とレナちゃんを世界から隔離した。


 だけど、怯えた顔のレナちゃんは、何が起こっているのかよくわかっていないみたい。


 きっと、君の心の内を知るのは、ここで見ている私だけ。


 だから私は、私にできることを考える。


 私は君のためにできることがしたい。


「夏輝!」


 レナちゃんが叫んだ。


 だけど君はレナちゃんを掴んだまま、頑として動こうとしない。


 周囲から悲鳴が上がる中、私も遮断機の内側へと滑り込む。


「いやあああああ!」


 レナちゃんの声が響いた。


 次の瞬間、私は二人の背中を突き飛ばした。


 君が前に進めるように、強く押してあげたんだ。


 踏切の外に出た君とレナちゃん。時間差で、急行が通り過ぎる。


 でも大丈夫。


 だって私は、生きてすらいないんだから。


 踏切を出た君は我に返って青い顔をしていた。


 傍で泣きじゃくるレナちゃんの鞄から、リボンや派手な包装紙、それにチケットのようなものがたくさん落ちた。


 その中に、『バースデイパーティのお知らせ』と書かれた紙もある。


 どうやら君は勘違いしていたようだね。


「何やってんだよ、夏輝! あっぶねえな。驚かせんなよ」


 レナちゃんと一緒にいた男子が、君の頭にげんこつを落とした。


「ご、ごめん」


 自業自得だね。


 けど、君が堕ちたりしなくて良かった。私のいる場所はとても寂しいところだから、君はきっと耐えられないと思うよ。


 見ていた私に感謝してほしいな――なんて。


 だけど君はやっぱり私の存在なんか知らなくて、不思議な顔をしていた。


「あーあ、サプライズばれちゃった……」


 君は怖くて泣く彼女を抱きしめて、ひたすら「ごめん」と謝っていた。


 良かったね、私の大好きな君。


 私は知っているよ。君のまわりは素敵で溢れているんだ。


 私にもたくさんの素敵があったけど、私自身がそれを台無しにしちゃった。


 だからどうか君だけは間違えないでほしいよ。


「なあ、玲奈……今、踏切の中に女の人がいなかった?」


「何言ってるの? 誰もいないよ。もしかして、仲間外れにされて寂しかったんでしょ? だからってこんな風に驚かせるのはもうやめてね」


「ごめん。でもおかしいな、本当にそこに女の人がいた気がしたんだ」


「ふうん。なんだか妬けるな――そんなに気にするなんて。どんな人?」


「俺によく似た人だった」


「なにそれ見たいし」


 そしてレナちゃんが笑い、君もつられて笑った。

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