病んでそうなギャルに懐かれたのだが、同時に周りの様子もおかしくなった件
天江龍(旧ペンネーム明石龍之介)
第1話
「どうしてこうなった……」
いつもと変わらぬ下校道で夕日に照らされながらそうぼやいたのは俺、浅海貴樹。
この春で17歳になったばかりの俺は年齢なんてただの数字だと幼少の頃からそう言い切って生きてきて、成人間近になってもまだそんな考えを変わらずに持っている少々捻くれた人間だと自覚もある。
そんな俺は昔から人付き合いが苦手だった。
トラウマなんてほどの経験もないが、とにかく人と関わるのが億劫だった。
忙しいのも理由の一つと言えるが。
結局忙しいことを言い訳にして人付き合いを拒んでいただけだからやっぱり俺の性分なのだろう。
だからもちろん友人と呼べるほどの人間もいないし女子と交際した経験だってない。
そんな存在がほしいとも思ったこともない。
案外周りの人間は皆優しい。
気さくに声をかけてくれるやつもいるしバレンタインの時には一言も喋ったことすらないのにチョコをくれた子もいた。
相手には悪いけど物好きだなあとしか思わないが。
そういう好意に目を伏せて、無口なままスカしてきて。
中学も高校も特に何かするでもなく、変わらずにいつも同じ道を同じような時間帯に歩いて学校へ行って帰って。
そんな日常が板について、きっとこれからもずっとこんな日常なのだろうと思っていた。
はずなのに。
「ねえ、なんでずっと無口なの? さゆがずっと話しかけてるのにー」
「……」
今日の俺は少しどうかしていたんだ。
いつもの俺なら絶対にあんなことはしなかった。
困ってるやつに手を差し伸べるなんてことは絶対。
「ねえってばー?」
ずっと俺の横をつけて歩いてきた女子が痺れを切らしたように俺の前に立ちはだかった。
明るく染め上げた長髪が夕日に照らされて真っ赤になり、燃えるように揺れている。
大きな目はつけまつげやカラコンのせいで素がどんな感じなのかはわからんが整った顔立ちではある。
いわゆるギャルだ。
名前も知らない。
「もうわかったから。どいてくれ」
「名前くらい教えてくれてもいいじゃん。ちなみに名前は雪村さゆ。さっきはありがとね」
「……別に」
俺をとうせんぼするように両手を広げて俺の前に立つ女子を見ながらため息を吐く。
早く帰らないといけないのに。
なんでこうなったんだろう。
◇
今より少し前。
いつものように放課後になると共に学校を飛び出した俺はまっすぐ家に帰っていたのだが、家の人間からおつかいを頼まれてスーパーに寄った。
で、買い物を済ませて店を出たところで声が聞こえた。
いかつい男の声だった。
「おい、いい加減俺と付き合えや!」
「やめて、離して! そういうの嫌なの!」
「あ? 調子乗るなよてめえ!」
男女がなにやら揉めているようだった。
もちろんそんなこと俺にはなんの関係もないし、その結末がどうなろうと知った話ではないからと聞こえないフリしてその場を去ろうとしたのだが。
「おい、いいからこっちこいよ」
「やっ、やだ! 誰か助けて!」
悲鳴にも似た女の声に、足を止めてしまった。
多分、数日前に叔母と話した会話のせいだろう。
「あんたの両親は困った人をほっとけない性格でねえ。でも、そういうとこは似てくれてたら嬉しいわね」
そんな叔母の言葉がよぎった。
でも俺は両親とは違うんだから。
面倒なことに首をつっこまないのも処世術だなんて言いたかったのに。
なんとなく声のする方に足が向いてしまった。
そして駐車場の陰を覗くとそこには背の高い学生服姿の男子が、同じく制服姿の女子の腕を引っ張っていた。
そういう光景を見てしまったら、やっぱり無視はできなかった。
昔気質な人らに育てられたせいか、男が女を力でねじ伏せている光景に虫唾が走った。
「おい、嫌がってるんだから辞めろよ」
「あ? 誰だおまえ?」
あからさまに敵意を剥き出しにしながら男は女の手を離して俺の方に向かってきた。
ここで実は俺が空手の有段者だったとか、実はヤクザの跡取りだったなんて漫画みたいな展開はもちろんない。
ただの帰宅部だ。
ぶん殴られたら吹っ飛ぶし、喧嘩にすらならない。
せいぜい逃げ足が早いか頭の回転が少しいい程度だ。
「そのネクタイ、三年の人っすか。暴力ふるったらこのあと警察にかけこむんで」
「なっ……お、脅しても無駄だからな」
「女の子襲っておいて通りすがりの人に暴行なんて、退学くらいで済むんですかね。ま、どうでもいいならお好きにどうぞ」
そう言って両手を広がると、男はギリギリと歯を食いしばりながら「顔、覚えたかんな」と捨て台詞を吐いてどこかに消えた。
うちの学校は偏差値こそ中堅どころだが育ちのいい奴が多くてほとんどのやつが進学を選ぶ。
また、ここ数年は部活にも力を入れていて、そのせいもあってか校則は厳しくなり男女トラブルや暴力沙汰には容赦ない。
そんな背景を知ってのハッタリだったが、どうやらあの男も例外ではなかったようだ。
「……くだんね」
俺は吐き捨てるようにそう言ってからその場を離れた。
苛立っていたしもちろん早く帰らないといけなかったのもあって少し早足で家へ向かった。
久しぶりに他人と喋ったから変に気持ちが昂ってもいた。
それに、やっぱり柄でもないことをした自分に少し苛立っていた。
まあ、悪いことをしたわけではない。
でも、二度とあんなことはしまいと心に誓いながら歩いていると。
「ねえー、待ってよー! ねえってばー」
後ろから足音とともに甲高い声がした。
そして雪村に捕まって今に至るという話だ。
「ねえ、名前」
「別に教える理由もないだろ。俺、この後仕事だから」
「え、バイトしてるの? でもうちの学校ってバイト禁止じゃない?」
「家の仕事の手伝いだ。頼むからそこをどいてくれ」
語気を強めると、彼女は悲しそうな顔をしながら道を譲った。
俺はそのまま彼女を通り過ぎて家へ向かった。
もう、おいかけてもこなかった。
これでいい。
俺は誰かと仲良くしてる暇なんてない。
親の代わりに俺を育ててくれている家族のために働いて勉強して卒業したらまた働いて。
夢とか恋とか青春とか、そんなものは必要ない。
今でも十分幸せだ。
◇
「いらっしゃいませー」
うちは家業でラーメン屋を営んでいる。
一階部分が店舗で俺たちはその上で生活をしているんだけど、学校から戻る頃には既にお客さんがまばらに入っていて、夕飯時になるにつれて三十ほどある席がどんどんと埋まっていく。
まあ、繁盛はしている。
店を切り盛りしているのは俺の叔父と叔母だ。
「貴樹、三番テーブル持っていったらあんたもご飯食べなさい」
「わかった」
元々は俺の両親が始めた店だったんだけど、父が体を壊したあたりから父の兄である叔父が店を手伝いだして。
で、父の看病と仕事に疲れた母もまた体調を崩してしまって叔母が手伝いにきてくれて。
色々とバタバタしているうちに、俺の両親は死んだ。
仲良くなんて言い方は不謹慎なのかもしれないけど、一日違いでこの世を去った。
当時小学五年生だった俺を残して。
「……いただきます」
俺の両親が死んだあと、叔父と叔母は俺を引き取って本当の息子のように大事に育ててくれている。
二人には子供がいないから、なのかもしれないけど実の息子だってこんなに大切にしてくれる家庭はそうないだろうと思えるほどに。
「いらっしゃいませー」
賄いで作ったラーメンを食べていると、また一人お客さんが入ってきた。
ピークをすぎても閉店時間までまばらにお客さんが足を運んでくれるこの店の人気はやはり味が一番だけど、叔父と叔母の愛想の良さなんかも理由としてあるのだろう。
いずれこの店を継ぐつもりではいるが、俺に二人のような愛嬌が備わる気がしない。
なんて思いながら厨房の隅でラーメンをすすっていると叔母が俺を呼びに来た。
「貴樹、あんたにお客さんよ」
「俺? いや、人違いだろ」
「貴樹君いますかって。それに私たちに女子高生の知り合いなんかいないわよ」
少しニヤニヤしながら叔母が俺を手招く。
一体なんのことやらと首をかしげながら立ち上がって客席を見る。
すると、
「あ、いたー! やほやほー」
「……なんで」
厨房に一番近い席にポツンと座って俺に手をふる女子高生がいた。
茶髪の、はっきりした顔立ちのギャル。
雪村……さゆ。
「えへへ、きちゃった」
「いや、なんで俺がここにいるってわかった?」
呆然としながら質問をする俺に対して叔父と叔母はくちを揃えて「奥にいるからごゆっくり」と言って下がっていった。
「お父さんとお母さん? あとでちゃんと挨拶しないとだね」
「必要ない。注文しないならお帰り願います」
「ちゃんと頼むしー」
「……質問に答えろ。なんで俺の家がわかったんだ」
帰り道に感じた苛立ちとはまた違う。
どこか不安にさせられるのはなぜだろう。
じっと彼女を睨みながら口を開くのを待つ。
すると、メニューを手に持って照れ隠しのように口元を隠しながら彼女は言った。
「そんなの、調べたからに決まってるじゃん。えへへ」
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