明日の月を君と
結城雨月
第1話 薄暗い箱
カラン…とグラスの氷が静かに音を立てて溶けていく。ここは路地裏にあった小さなバーの端の席。先ほどまでとは異なり騒がしくもなく、鼻につくようなタバコの香りもしない。薄暗い空間もさらに心地よく、目の前で溶け行く氷をただ見つめていた。
「あの、隣座ってもいいですか?」
声のした方に顔を向けると、見知らぬ男が微笑みながら腰を下ろそうとしている。もともと他人と話すのは得意ではない上に、全く知らない相手ともなれば断りたいのがいつもの僕だ。しかし、今日は、今日だけは許してしまった。
「…どうぞ」
そう答えながら警戒した目で見知らぬ男を見る。ふと目が合ってしまい慌てて目を逸らす。この一瞬で自分とは別世界の人間だと認識した。薄暗い空間でも分かる綺麗な金髪、少し長めのその髪の間から見えるはっきりとした顔立ち。その派手さとは反対に真っ黒な服装。
「お兄さん、ここのお店初めてだよね?俺よく来るんだけど見たことない顔だなぁと思って。」
軽く笑いながら、なんとも親し気な様子で彼は話しかけてきた。
「初めてです。たまたま通りかかって…」
「よくこんな分かりにくい場所にたどりついたね。たまたまって事はここがどんな場所か知らずに来たの?」
「どんなってただのバーじゃないんですか?」
質問の意味が分からずに焦りを感じながら周りを見渡してみる。ある事にやっと気が付いた。自分を含め全員が男だった。いくら夜遅いとはいえ、女性が一人もいないなんて普通のバーなら珍しいだろう。ああ、もしかしてと気付いたのが遅すぎた。
「今気付いたんだ。ここ、男性同士がそういう目的で集まる場所だよ。」
「僕、知らなくて…っ帰ります!」
急いで席を立とうとする僕の手を、その男は少し強めの力で掴み席に戻す。
「いいよ、せっかく飲んでるんだしゆっくりしていきなよ。話しかけたのが俺でよかったね。で、なんでこんな時間にこんな所にいたの?」
ここにいてもいいのだろうかと悩んだものの、帰らせてくれそうな雰囲気でもなかったので少しだけいることにした。きっと悪い人ではないだろうと、自分がここに来た理由を話した。
「実は彼女に振られてしまって…振られるだけじゃ無くて浮気も発覚して…落ち込む僕のために友人が誘ってくれて飲んでたんです。夜も遅いしもう帰ろうってなったんですけど、どうしても家に帰りたくなかったので、いつもと違う道を散歩しようって歩いてたらここにたどり着いて…」
結婚も考えていたんですけどね…なんて話すうちにまた涙が込み上げてくる。初対面の相手の前で泣きたくない思いと、この状況の気まずさを誤魔化すために、目の前にあるお酒を一気に口の中へと流し込んだ。
「ちょっ、お兄さん!?ここに来る前も飲んでたんでしょ?すでに酔ってそうなのにそんな強い酒勢いよく飲んだら…って聞いてる?」
体に力が入らない。もともとお酒は強い方ではなかった。視界が揺れる。本当に何をやってるんだろう。情けない。心配する彼の声がなんだか遠くなっていく気がする。どさっと自分の体が、彼の腕の中に埋まったのを機に意識は無くなった。
明日の月を君と 結城雨月 @sayo25
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