魔王と勇者、笹塚に立つ(4/7)
恵美は目を開いた。
死を覚悟したところまでは覚えているが、意識があるということは、自分は死んではいないということだ。
しかし、高速道路の崩落に巻き込まれて無傷でいられるはずがない。一体何が……。
「……んっ」
体は動く。何かが自分の上に覆いかぶさっていたが、それがルシフェルに投げ捨てられた
「千穂ちゃんっ! ……っぐ」
「ん、げほっ」
千穂が
「千穂ちゃん、千穂ちゃん!」
「……ぁ」
「
恵美のことを認めつつも体が痛むのだろうか、呻いて顔をしかめる千穂。
「あの、
そのうわ言のような千穂の言葉に恵美は思わず顔を上げる。そうだ、自分達が無事なら、最も警戒しなければならないのはルシフェルだ。しかし、上げた先の視界は黒一色に
絶望的な
答えは目の前にあった。
「クックック……」
地を
その
そこにいるのは、ルシフェルに胸を
「感謝するぞルシフェル……おかげでようやくこの姿に戻ることができた」
己の魔力で崩落しかけた首都高を支えている悪魔そのものの姿。
「魔王……サタン……」
エンテ・イスラを
悪魔の王の、血の色をした
その
「な、
ルシフェルはうろたえて、顔を引きつらせる。確かに
だがこうして、真奥貞夫は魔王サタンとして、今目の前に立っていた。
超巨大質量である首都高を片手の魔力で支えているその力は、
悪魔
そのとき、事態が動いた。
「……勇者エミリア」
魔王が口を開いたのだ。
その音を聞いただけで、まだ近場にいた意識のある大勢の人間が恐怖におののきはじめる。
「あ、あ……」
オルバなど予想外の出来事に、空中で腰を抜かすという大変器用なマネをしている。
それだけの力と、意志と、魔性が込められているのが魔王の声なのだ。ルシフェルにいいようにいたぶられていた先ほどまでの情けない姿など影も形も無い。
「……」
恵美は返事ができない。
魔王サタンが本来の力を取り戻した。それならばどう考えても彼は敵である。ルシフェル、オルバだけでも難敵なのに、魔王が加わっては恵美
魔王はエンテ・イスラの頃の
その想像が
死への恐怖が一瞬にして世界
次の
「…………ぅぉいっ! シカトか恵美っ!」
「はへっ?」
それが目の前の
「わ、私?」
「私? じゃねぇよ! 何ボケてやがんだ! 早くアイツなんとかしろって!」
そう言うと魔王サタンは空いている方の指でルシフェルを指差した。
「え? あ、え?」
「早くしろコレ重いんだよっ!」
見ると魔王の魔力に支えられた首都高の
「魔力が、ナマってる……重い、マジ
ルシフェルも恵美も、オルバでさえも、情けないことを言いながら冷や汗のようなものを流しはじめた魔王を
そして
「
「魔力って……なまるもんなの?」
恵美の場違いな疑問に
「見ての……通りだ……お願い、早く……」
今まで片手の魔力だけで支えていたのは、どうやら単に格好をつけていただけらしい。力の限界が来たかのように、両手で大きな荷物を抱えるような姿勢になる魔王。首都高の天板だけでなく、
「ン……しょっとぉ!」
空中で
「バカじゃないの」
そう言って
「こんなフザけた魔王、見たことない。死んだと思ったのに、なんで生きてるのよ」
それでも言葉は止まらない。
「知ってるか、最近じゃ、心臓止まっただけじゃ死んだとみなされないんだぞ。心臓止まっても、脳は何分か生きてるんだってさ」
にやりと笑ってみせる魔王だが、恵美は
「要するに……危なかったってこと?」
「まぁなー。ルシフェルが普通にお前と戦い始めたら、間違いなく死んでた。不思議と悪い
魔王はあっけらかんと言い放つが、要するにルシフェルが大規模破壊を起こさなければ、あのまま真奥
「ところでこれ、マジで重いんだけど助けてくんねぇ? いや、手伝え! 手伝ってくださいお願いします!」
そして散々心配をかけた上に、この態度だ。安心と
「お断り。私は勇者よ。腐っても魔王に手を貸したりするもんですか」
「むっ?」
その場で片足をかばいながら立ち上がる恵美の姿を見て、ルシフェルが
魔王の言動は完全にルシフェルの理解の外にあった。しかし、真の姿を取り戻して
「だから、あとちょっと踏ん張っていなさい」
恵美が右手を
「私がすぐに、決着つけてあげるから!」
「ゆ、
恵美は腰を抜かしている
「少しだけ、そこで見てて」
千穂の頭上に手をかざすと、千穂の体は
「遊佐さん、これ!」
恵美は
「千穂ちゃんには、知ってて欲しいの。なんとなくね」
そしてその手を勢い良く振り下ろす。
変化はその
「
「う……おっ……」
ルシフェルが後退する。恵美を中心に風が巻き起こる。ただの突風で悪魔たるルシフェルが物理的影響を受けるはずがない。恵美が巻き起こしたその力は、
「聖法気……」
「私は勇者。世界が変わっても、その真実だけは変わらないっ!」
恵美の右手から閃光が
〝エミリア・ユスティーナ〟の『天銀』が形作る剣の名は、〝
その身を
聖法気が全身に満ち、〝
「剣の成長が……第一段階以上にはできないか。ちょっと、不安かな」
太陽が不満げに
「まぁいいわ。本領じゃないのは向こうも同じだし、この際見た目なんて気にしてられない」
恵美の姿をした太陽は、それ自体が光を纏った剣の切っ先を真っ
「悪魔
エンテ・イスラから魔を打ち払った勇者、エミリア・ユスティーナの真の姿がそこにあった。
「ひょー! かっけぇ!」
その
「うるさいっ! あいつら倒したら、次はあんたの番なんだから覚悟しときなさい!」
「へいへい、なるだけ早めに頼むぜ……と、その前に」
魔王は思い立ったように、また右手を上げた。そして。
『ちょっくら皆眠ってろ!』
「ちょっと! 何したのよ!」
エミリアは魔王を
「いや、魔力結界。あんまり見られていいもんじゃないし、俺らの戦いの巻き添えになっても悪いだろう。あとはマスコミに取材とか来られたくないし、この辺一帯の空間閉じた」
なんでもないことのように言うが、それをするのにどれだけの力が必要なのか想像もつかないし、そんなことを気にする魔王というのもおかしなものだ。
「だから、閉じた場所からあいつら逃がすなよ。面倒だからな。……っしょっと」
それだけ非常識な力を持つ魔王でも、首都高は重いらしい。真剣に
「これは……僕も全力を出さねばならないみたいだな!!」
ルシフェルも
「っはっ!!」
ルシフェルは天高く
薙ぎ払われたそれは
「あででででででで! てめぇ! 何しやがるっ!」
「ごめん! 偶然!」
魔王の抗議の声を軽くいなし、エミリアは地を
「はあああああっ!」
神速の横一文字をルシフェルは間一髪で回避する。
ルシフェルは漆黒の翼を力強くはためかせ、エミリアの横薙ぎを
「ついてこられるかっ!!」
ルシフェルの手刀が黒く光り、そこから飛ばされる黒い
エミリアは
黒い刃が、ルシフェルの
「……
ルシフェルは鼻を鳴らす。
「はっ、強がるな! 防御も絶対ではなく、かわすこともできないんだろう? ならば今の貴様の刃は、僕には絶対に届かない!」
ルシフェルの言葉を肯定するように、エミリアの
「貴様の飛空能力は往時ですら僕に劣っていた。このまま時間が長引けば魔力を得られる僕の勝ちだ!」
確かに聖法気を補充する術の無いエミリアが長期戦を続ければ、やがてガス欠となるだろう。
「悪いが今回ばかりはそうはならない」
その場の誰でもない声は
巨大な
「貴様!」
「あなたは!」
巨大な
「勇者などと共闘するのは御免なのだがな。しかし私は、魔王サタン様に忠誠を誓う者」
かつてエンテ・イスラ東大陸を恐怖の
「ならば今の私の敵は、貴様だルシフェル」
ガラスを引っかくような
「そういえば姿が見えなかったけど、なんで
「……」
「魔王様が
「なるほどね。でも戻れたなら今までどこにいたのよ」
「……ズボンが破れたから、アパートの押入れにしまってあった大元帥マントを取りに戻った」
そう言うと、やおらアルシエルは、巨大なローブを羽織る。悪魔大元帥の威厳を示す巨大な生地に魔王軍の紋章。そして四人の悪魔大元帥だけが装着を許される
魔王軍エンテ・イスラ東大陸方面軍総司令官、悪魔大元帥アルシエルの名に
エミリアは、悪魔が
「……それはご苦労様。でも、
「お互い様だ。この戦いが終われば、我らはまた敵同士」
アルシエルは吐き出すように
「それなら結構」
とエミリアはルシフェルを
その手から放たれた一筋の光が、アルシエルを背後から
「ひっ!」
アルシエルはそれを
「礼は言わんぞ。あの程度で私が傷つくはずもない」
「人間の
「……役立たずがっ!」
ルシフェルはオルバに
「貴様も魔王様を追い詰めた人間の一員なら、それなりに戦って見せろ!」
「か、帰れなくなるぞ」
「この場で負ければ同じことだ!」
「……くそっ……」
オルバもようやく体勢を立て直し、
聖と魔、魔と聖のぶつかり合いが今、始まろうとしている。
「アルシエルの
魔王は
「やべぇな……。今の俺、役割も格好も地味すぎじゃね?」
ユニシロが縫製技術の
「映画……じゃないよね」
アルシエルの力が無数の巨大な
エミリアはそのうちの一つに乗り、ルシフェルに肉迫する。アルシエルはエミリアの乗る
「
聖剣が振るわれ、無数の炎の
「エミリア正気か! 魔の者と共闘するなど、
アルシエルの
「あなたに言われたくないわ」
「おめぇが言うなハゲ」
「お前が言うことではないな」
「……お前が言うな」
それどころかルシフェルとアルシエルまでが口に出して言う始末だ。
オルバはまさかその場の全員から総突っ込みを受けるとは思わなかったのか、
「……ちと油断した」
見ればオルバの周囲に細かい破片が散らばる。
「……………………」
「それは油断とは言わねぇだろう」
遠くからそれを見ていた魔王は小さく
「ええい近づくな
「……………………」
「うわーオルバがやばい。自分の発言でオルバがやばい」
アルシエルが必要なこと以外何も言わないので、魔王が状況を実況するしかない。
「しっかし変な戦いだな。あいつら誰が敵で、誰が味方か分かって戦ってんのか?」
視界の片隅では、エミリアの力に守られたままの
「あー……
魔王は
「
エミリアの剣とルシフェルの魔力障壁が激突すると、その力と力のせめぎ合いの中に
「う、ぬっ……」
ルシフェルの
「その氷は魔を凝固し
エミリアの剣がルシフェルの障壁を力強く引き裂き、その胸板に裂傷を走らせた。
「ぐおおおっ!!」
ルシフェルは距離を取ろうとするが、
「逃がさない!」
エミリアは魔王とアルシエルが
「くっ!!」
ルシフェルも
アルシエルもまた、オルバを追い詰めつつあった。
オルバは元々勇者エミリアの一党の中では後方支援に
防戦一方のオルバはルシフェルに助けを求めようとするも、そのルシフェルはいま正に勇者の力の前に劣勢に立っている。
エミリアとアルシエルが、ともに相手を追い詰めようとしたそのとき、
「!?」
「……?」
天地を
「魔王……」
「魔王様……」
エミリアとアルシエルが魔王を凝視する。
魔王は人間の姿の時とまったく変わらぬ様子で、安っぽい高笑いを上げていた。
「重かった、すっげ重かった。でも俺偉い。そっと下ろした! だからもう大丈夫!」
先ほどの鳴動は、
「さて、こっからは俺も参戦させてもらう」
そう言っている間にも、魔力結界に包まれた車や
「手早く終わらせるぜ。なんせ」
魔王の魔力が、火山の噴火の
ルシフェルはと言えば、その顔には
エミリアだけは、
太陽が中天に差しかかる。もうすぐ、お昼時だ。
「このままじゃバイトに遅刻しちまう。
「っ……」
魔王の流し目など普通の人間が受ければ気死は
アルシエルは
「さて……お前ら。よくも世界を支配する予定のこの俺に、地味な役割押しつけてくれたな!」
怒るポイントはそこか。
そう突っ込む間もなく、魔王はへたり込んでいるオルバを眼光
「ふぐぉっ!?」
魔王の視線だけの
「
ルシフェルは
「ま……魔王様……」
ルシフェルは完全に腰が引けてしまっている。
「今さらテメェに様付けされたって
基本的に悪魔は上位階級の者には逆らえない。半分天使とはいえ、ルシフェルも一度は
「なぁ
魔王が
勇者はつまらなそうに宿敵に答えた。
「そうね、とりあえず、街を
「そうだな。あと、もしバイトに遅刻したらルシフェル、テメエのせいだからな。
「な、なんの話だっ!!」
ルシフェルが
「我々には一生理解できない
「とにかく、貴様の魔力はいただく」
悪魔の王が楽しそうにニヤリと笑う。
「お仕置きはそれからね」
勇者が剣の腹を
「ひっ……」
天上の光と、
「おめぇも悪魔
魔王の怒号とともに、光と闇が
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