魔王と勇者、笹塚に立つ(4/7)

 恵美は目を開いた。


 死を覚悟したところまでは覚えているが、意識があるということは、自分は死んではいないということだ。


 しかし、高速道路の崩落に巻き込まれて無傷でいられるはずがない。一体何が……。


「……んっ」


 体は動く。何かが自分の上に覆いかぶさっていたが、それがルシフェルに投げ捨てられただと思い出す。


「千穂ちゃんっ! ……っぐ」


 あわてて起き上がろうとして、初めては自分の足の状況に気がついた。途端に体中の血がふつとうしたような痛みが全身をけ巡るが、そのことがより自分が生きていることを実感させた。


「ん、げほっ」


 千穂がうめいた。恵美は千穂の下からゆっくりと体を起こし、足をかばいながら千穂を地面に横たえた。


「千穂ちゃん、千穂ちゃん!」


「……ぁ」


 ほおたたくと、思いのほか簡単に千穂は目を開いた。気絶させられていたと言うより、ルシフェルの魔力で眠らされていたのだろう。


さん……いっつ……!」


 恵美のことを認めつつも体が痛むのだろうか、呻いて顔をしかめる千穂。


「あの、つばさ……怖い人……」


 そのうわ言のような千穂の言葉に恵美は思わず顔を上げる。そうだ、自分達が無事なら、最も警戒しなければならないのはルシフェルだ。しかし、上げた先の視界は黒一色にさえぎられていた。視界を遮っているものは?


 絶望的なごうおんと首都高のほうらく。ならなぜほぼ真下にいた自分は無傷なのだ?


 答えは目の前にあった。


「クックック……」


 地をうような暗い笑い声を聞き、恵美はせんりつする。


 やみよりも深い闇。暗闇にあってなお黒き光を放つその姿。かつて恵美の剣が打ちくだいた角はやはり欠けたままだが、その魔力、威圧感、存在が与える恐怖はぬぐい去りようがない。


 そのひとみは血の河のごとく赤いのに、その肌は全く血の通わぬれいこくさを象徴する白。黒き光を放つつばさを持つ、二メートルを超える身のたけの男。


 そこにいるのは、ルシフェルに胸をつらぬかれて死んだはずの、マグロナルドはた駅前店A級クルーおうさだではなかった。


「感謝するぞルシフェル……おかげでようやくこの姿に戻ることができた」


 己の魔力で崩落しかけた首都高を支えている悪魔そのものの姿。


「魔王……サタン……」


 エンテ・イスラをしゆちまたたたき込んだ魔王サタンのりし日の姿が今、目の前にあった。


 悪魔の王の、血の色をしたまがまがしい切れ長の瞳が、恵美を、勇者エミリアをにらえる。


 そのしゆんかんは言いようの無い絶望をいだいた。






「な、……」


 ルシフェルはうろたえて、顔を引きつらせる。確かにおうさだち抜き、命を絶ったはずだ。に魔王といえど、死んだ体に絶望から来る魔力を引き寄せられるはずがない。


 だがこうして、真奥貞夫は魔王サタンとして、今目の前に立っていた。


 超巨大質量である首都高を片手の魔力で支えているその力は、しん宿じゆく地下道崩落の時の比ではない。やはり魔王は魔王なのだ。一体どれほど広範囲の人間から、力を得ているのだろう。一方で、このさわぎを引き起こしたルシフェル本人は、ほとんど絶望も恐怖もえずにいた。全て、魔王サタンに吸い寄せられてしまったのだ。悪魔としてのり方そのもののレベルが違う。


 悪魔だいげんすいと、魔王の間には決して越えられない実力の壁が存在したのだ。


 そのとき、事態が動いた。


「……勇者エミリア」


 魔王が口を開いたのだ。


 その音を聞いただけで、まだ近場にいた意識のある大勢の人間が恐怖におののきはじめる。


「あ、あ……」


 の有様が魔王を視認している全ての人間を代弁している。存在するだけで、恐怖。目にするだけで、絶望。


 オルバなど予想外の出来事に、空中で腰を抜かすという大変器用なマネをしている。


 それだけの力と、意志と、魔性が込められているのが魔王の声なのだ。ルシフェルにいいようにいたぶられていた先ほどまでの情けない姿など影も形も無い。


「……」


 恵美は返事ができない。


 魔王サタンが本来の力を取り戻した。それならばどう考えても彼は敵である。ルシフェル、オルバだけでも難敵なのに、魔王が加わっては恵美一人ひとりでは打ちできない。


 魔王はエンテ・イスラの頃のざんぎやくさと魔力を取り戻し、この世界にこんとんをもたらすだろう。


 その想像がいつしゆんにして脳内をけ巡った。


 死への恐怖が一瞬にして世界ほうかいの絶望に変わるはずだった。


 次のしゆんかんまでは。


「…………ぅぉいっ! シカトか恵美っ!」


「はへっ?」


 それが目の前のじやあくな悪魔の王から発せられたと理解するのに、恵美どころかルシフェルすら数秒の時を要し、未知の恐怖におののいていた千穂の震えがピタリと止まった。


「わ、私?」


「私? じゃねぇよ! 何ボケてやがんだ! 早くアイツなんとかしろって!」


 そう言うと魔王サタンは空いている方の指でルシフェルを指差した。


「え? あ、え?」


 は混乱していた。言われていることの意味を脳が理解できない。


「早くしろコレ重いんだよっ!」


 見ると魔王の魔力に支えられた首都高のれきが徐々に徐々に高度を下げはじめている。


「魔力が、ナマってる……重い、マジつらい」


 ルシフェルも恵美も、オルバでさえも、情けないことを言いながら冷や汗のようなものを流しはじめた魔王をあつに取られてながめるばかりだ。


 そして一人ひとり、その異形の生き物を見て、ほうけたようにつぶやいた。


おう……さん……なの?」


「魔力って……なまるもんなの?」


 恵美の場違いな疑問にりちに答える魔王。


「見ての……通りだ……お願い、早く……」


 今まで片手の魔力だけで支えていたのは、どうやら単に格好をつけていただけらしい。力の限界が来たかのように、両手で大きな荷物を抱えるような姿勢になる魔王。首都高の天板だけでなく、ほうらくに巻き込まれた車や人間も支えているらしく、いずれも空中で停止している。


「ン……しょっとぉ!」


 空中でん張り気合を入れなおす魔王サタン。を踏んで魔力が一時的に増強する様を恵美は初めての当たりにして、


「バカじゃないの」


 そう言ってほほんだ。そのしゆんかん折れた足が痛み顔をしかめるが、


「こんなフザけた魔王、見たことない。死んだと思ったのに、なんで生きてるのよ」


 それでも言葉は止まらない。


「知ってるか、最近じゃ、心臓止まっただけじゃ死んだとみなされないんだぞ。心臓止まっても、脳は何分か生きてるんだってさ」


 にやりと笑ってみせる魔王だが、恵美はぜんとしてしまう。


「要するに……危なかったってこと?」


「まぁなー。ルシフェルが普通にお前と戦い始めたら、間違いなく死んでた。不思議と悪いやつって、面倒くさがってトドメを一気に刺そうとするから、それにけたんだ。いやー、危なかった危なかった。敵がB級で助かった」


 魔王はあっけらかんと言い放つが、要するにルシフェルが大規模破壊を起こさなければ、あのまま真奥さだとして死んでいたということだ。一か八かの賭けにも程がある。


「ところでこれ、マジで重いんだけど助けてくんねぇ? いや、手伝え! 手伝ってくださいお願いします!」


 そして散々心配をかけた上に、この態度だ。安心とあきれを通り越し、ふつふつと静かないかりが込み上げてきたは、魔王のこんがんいつしゆうする。


「お断り。私は勇者よ。腐っても魔王に手を貸したりするもんですか」


「むっ?」


 その場で片足をかばいながら立ち上がる恵美の姿を見て、ルシフェルがうなる。


 魔王の言動は完全にルシフェルの理解の外にあった。しかし、真の姿を取り戻してなお、魔王は勇者と共闘し、この世界の人間を助けようとしていることだけは理解できた。


「だから、あとちょっと踏ん張っていなさい」


 恵美が右手をひたいの前にかざす。


「私がすぐに、決着つけてあげるから!」


「ゆ、さん?」


 恵美は腰を抜かしているを見下ろしてほほむ。


「少しだけ、そこで見てて」


 千穂の頭上に手をかざすと、千穂の体はいつしゆんで輝く金色の透明な球体にすっぽりと包まれた。せいほうによる対魔力障壁だ。


「遊佐さん、これ!」


 恵美はひときわ明るいがおを浮かべた。


「千穂ちゃんには、知ってて欲しいの。なんとなくね」


 そしてその手を勢い良く振り下ろす。


 変化はそのしゆんかんに起こった。


 らめく恵美のしつこくの髪。それが光を放ちはじめる。恵美の右手の内側にせんこうごとき光が宿る。


けんげんせよ! 我が力、魔を滅せんがため!」


「う……おっ……」


 ルシフェルが後退する。恵美を中心に風が巻き起こる。ただの突風で悪魔たるルシフェルが物理的影響を受けるはずがない。恵美が巻き起こしたその力は、


「聖法気……」


「私は勇者。世界が変わっても、その真実だけは変わらないっ!」


 れきの雲がやみを落とす地上に、一柱の太陽が現れた。


 そうぎんきぬいとの如く輝く髪、大きなひとみなる魔も打ち抜くいろの視線を放つ。


 恵美の右手から閃光がはしり、それは剣の形を取った。エンテ・イスラだいほうしん教会がいにしえより保管していた天界の金属〝てんぎん〟を体内に取り込み聖法気と呼応させる術だ。


〝エミリア・ユスティーナ〟の『天銀』が形作る剣の名は、〝進化聖剣・片翼ベターハーフ〟。その輝きと威力は、持つ者のせいほうを吸収して成立する。


 その身をよろう黄金の光こそは、てん使つばさを織って作られた天の血を引く勇者だけがまとうことのできるじやの衣。これも持つ者の聖法気によってその力が大きく左右される。


 聖法気が全身に満ち、〝〟が負った傷の全てをいやしてゆく。折れた足も、ひたいも、まるで初めから無かったかのように、そのあとすら残していない。


「剣の成長が……第一段階以上にはできないか。ちょっと、不安かな」


 太陽が不満げにつぶやく。


 とつ剣のような細身の聖剣、額と胸と足しか覆わぬ破邪の衣は想像以上に頼りない。しかも汚れたスーツの上から纏っているため、見た目も大分ちぐはぐだ。


「まぁいいわ。本領じゃないのは向こうも同じだし、この際見た目なんて気にしてられない」


 恵美の姿をした太陽は、それ自体が光を纏った剣の切っ先を真っぐ、〝敵〟へと向ける。


「悪魔だいげんすいルシフェル、背徳者オルバ! あなた達の世界に対する罪を、今日きよう私が断罪する!」


 エンテ・イスラから魔を打ち払った勇者、エミリア・ユスティーナの真の姿がそこにあった。


「ひょー! かっけぇ!」


 そのこうごうしい姿に茶々を入れる魔王。


「うるさいっ! あいつら倒したら、次はあんたの番なんだから覚悟しときなさい!」


「へいへい、なるだけ早めに頼むぜ……と、その前に」


 魔王は思い立ったように、また右手を上げた。そして。


『ちょっくら皆眠ってろ!』


 じゆもんには聞こえない呪文とともに、指を鳴らす。するとどうしたことか、今まで人外の様相をていする魔王たちの様子を遠巻きにながめていた人間達が、緑色の光に包まれてその場で凝固してしまったのだ。それだけではない。突然世界をせいじやくが支配した。人間だけではなく、その場を取り巻く全ての時そのものが停止してしまったかのようだ。


「ちょっと! 何したのよ!」


 エミリアは魔王をにらむが、右手を戻した魔王は首を横に振る。


「いや、魔力結界。あんまり見られていいもんじゃないし、俺らの戦いの巻き添えになっても悪いだろう。あとはマスコミに取材とか来られたくないし、この辺一帯の空間閉じた」


 なんでもないことのように言うが、それをするのにどれだけの力が必要なのか想像もつかないし、そんなことを気にする魔王というのもおかしなものだ。


「だから、閉じた場所からあいつら逃がすなよ。面倒だからな。……っしょっと」


 それだけ非常識な力を持つ魔王でも、首都高は重いらしい。真剣につらそうな魔王を横目に苦笑すると、エミリアは聖剣をルシフェルに向けて構えた。


「これは……僕も全力を出さねばならないみたいだな!!」


 ルシフェルもはや観念した。魔王と勇者が、信じられないことだがこの世界において本気で共闘し自分に向かってきている。容易に回復するすべの無い魔力とせいほうを全力まで引き出して。


 やつらは、帰ることを考えていないのか?


「っはっ!!」


 ルシフェルは天高くしようすると、手加減なしの魔力弾をしつこくつばさから無数の光の帯としてち出した。エミリアは殺到する魔力弾を聖剣の一振りでぎ払う。


 薙ぎ払われたそれはどうを変え、全部魔王の背中にヒットした。


「あででででででで! てめぇ! 何しやがるっ!」


「ごめん! 偶然!」


 魔王の抗議の声を軽くいなし、エミリアは地をった。あまり力を入れたとも見えないのに、まるでその体は翼でもあるかのように光の矢となってルシフェルに向かってゆく。


「はあああああっ!」


 神速の横一文字をルシフェルは間一髪で回避する。


 ルシフェルは漆黒の翼を力強くはためかせ、エミリアの横薙ぎをりようするスピードで宙を舞いはじめた。


「ついてこられるかっ!!」


 ルシフェルの手刀が黒く光り、そこから飛ばされる黒いやいばと、ルシフェル自身の高速接近による攻撃がまったく同時の波状攻撃となってエミリアに襲いかかる。


 エミリアはけるそぶりを見せない。空中で体を丸めると、じやの衣がひときわ大きく輝いた。


 黒い刃が、ルシフェルのこぶしが、その光にことごとく受け流された。


「……ぬるいわ。まだまだよ」


 ルシフェルは鼻を鳴らす。


「はっ、強がるな! 防御も絶対ではなく、かわすこともできないんだろう? ならば今の貴様の刃は、僕には絶対に届かない!」


 ルシフェルの言葉を肯定するように、エミリアのひたいから一筋、血が流れた。そこは奇しくも、〝〟が地下道で負ったのと同じ場所だった。


「貴様の飛空能力は往時ですら僕に劣っていた。このまま時間が長引けば魔力を得られる僕の勝ちだ!」


 確かに聖法気を補充する術の無いエミリアが長期戦を続ければ、やがてガス欠となるだろう。


「悪いが今回ばかりはそうはならない」


 その場の誰でもない声は二人ふたりの更に上空からだった。


 巨大ながんかいがルシフェルとエミリアの間を切り裂くように通過したのだ。


「貴様!」


「あなたは!」


 巨大なたいに血の通わぬ肌と、むしを思わせる節くれ立ったまがまがしい尾。その尾の先はふたまたに分かれたかぎづめのようなとげだった。


「勇者などと共闘するのは御免なのだがな。しかし私は、魔王サタン様に忠誠を誓う者」


 かつてエンテ・イスラ東大陸を恐怖のちまたに落とした悪魔だいげんすい、アルシエル。


「ならば今の私の敵は、貴様だルシフェル」


 ガラスを引っかくようなみみざわりな音声こそが、人間あしの毒舌の元なのだろうか。


「そういえば姿が見えなかったけど、なんで今日きように限って戻れたの?」


「……」


 しん宿じゆく地下道の時といい、どうもアルシエルは大事が起こると忘れ去られる運命にあるらしい。それをひがんでいるのかどうなのか、人間とはまるで相似しない構造の顔からはなんの表情もうかがうことはできない。


「魔王様がひんの私が復活できるだけの魔力を吹き込んでくださった。それだけだ」


「なるほどね。でも戻れたなら今までどこにいたのよ」


「……ズボンが破れたから、アパートの押入れにしまってあった大元帥マントを取りに戻った」


 そう言うと、やおらアルシエルは、巨大なローブを羽織る。悪魔大元帥の威厳を示す巨大な生地に魔王軍の紋章。そして四人の悪魔大元帥だけが装着を許されるきらびやかな四天王しよう


 魔王軍エンテ・イスラ東大陸方面軍総司令官、悪魔大元帥アルシエルの名に相応ふさわしい大悪魔の姿がそこにあった。


 エミリアは、悪魔がすいきようで服を着ているわけではないと初めて知った。別に悪魔が裸でいたからと言って、人間がどうこう思うものでもないのだが。


「……それはご苦労様。でも、れ合うつもりはないわよ」


「お互い様だ。この戦いが終われば、我らはまた敵同士」


 アルシエルは吐き出すようにつぶやく。


「それなら結構」


 とエミリアはルシフェルをえたまま、手刀を背後に振る。


 その手から放たれた一筋の光が、アルシエルを背後からねらとうとしていたオルバのじゆういつしゆんで溶解させた。


「ひっ!」


 アルシエルはそれをいちべつだにせず、


「礼は言わんぞ。あの程度で私が傷つくはずもない」


「人間のぜいじやくさを知ってまだそういうことがいえるとは大したものね」


「……役立たずがっ!」


 ルシフェルはオルバにせいを浴びせる。


「貴様も魔王様を追い詰めた人間の一員なら、それなりに戦って見せろ!」


「か、帰れなくなるぞ」


「この場で負ければ同じことだ!」


「……くそっ……」


 オルバもようやく体勢を立て直し、あきらめたように構えを取る。武器らしきものは見えない。だが、内なるせいほうは確実に高まっている。


 聖と魔、魔と聖のぶつかり合いが今、始まろうとしている。


「アルシエルのやつ、自分だけ……」


 魔王は一人ひとりつぶやいた。


「やべぇな……。今の俺、役割も格好も地味すぎじゃね?」


 ユニシロが縫製技術のすいをこらした吸汗Tシャツとストレッチパンツは優秀だった。しん宿じゆく地下道で破れてしまったお洒落しやれデニムと違い、人間よりはるかに巨大化したにも関わらず、破れることなく肝心な場所だけは死守し、魔王サタンの姿をったく見せているという点にいて。






「映画……じゃないよね」


 だけが、聖と魔の激突の目撃者として意識を保っていた。聖法気の対魔力障壁の中で、ぼうぜんと目の前で展開されている人外の戦いをながめている。口は開きっぱなしで、体の痛みすらどこかに飛んでしまっていた。


 アルシエルの力が無数の巨大なれきを浮遊させる。それらは一斉に超スピードでルシフェルとオルバに襲いかかった。


 エミリアはそのうちの一つに乗り、ルシフェルに肉迫する。アルシエルはエミリアの乗るがんかいを心底いやそうに、尾の先のとげをぴくぴく動かして操作した。


てんこうえんざん!」


 聖剣が振るわれ、無数の炎のやいばが更なる超スピードでルシフェル目がけ発射され、その肩口をとらえた。ルシフェルは空中でよろめくが、深手ではない。


「エミリア正気か! 魔の者と共闘するなど、だいほうしんは決して許されんぞ!」


 アルシエルのがんかいを回避しながらオルバがまったく無自覚なせいを吐き、エミリアどころか彼方かなたで重労働中の魔王すら失笑させた。


「あなたに言われたくないわ」


「おめぇが言うなハゲ」


「お前が言うことではないな」


「……お前が言うな」


 それどころかルシフェルとアルシエルまでが口に出して言う始末だ。


 オルバはまさかその場の全員から総突っ込みを受けるとは思わなかったのか、ぜんとしたしゆんかん小さながんかいけきれずにらってしまう。普通の人間なら即死だが、そこは腐ってもだいほうしん教会最高聖職者。軽く首を横に振ってうなった。


「……ちと油断した」


 見ればオルバの周囲に細かい破片が散らばる。しゆんにガードしたのだろう。しかし頭部の保護が行き届いていない部分にわずかに出血が見られた。


「……………………」


「それは油断とは言わねぇだろう」


 遠くからそれを見ていた魔王は小さくつぶやき、その間にアルシエルは即座にオルバに肉迫する。


「ええい近づくなせんの者っ!!」


「……………………」


「うわーオルバがやばい。自分の発言でオルバがやばい」


 アルシエルが必要なこと以外何も言わないので、魔王が状況を実況するしかない。


「しっかし変な戦いだな。あいつら誰が敵で、誰が味方か分かって戦ってんのか?」


 視界の片隅では、エミリアの力に守られたままのが目まぐるしく視線を動かしている。途中何度も魔王と目が合い、そのたびに複雑そうな表情を作る。


「あー……流石さすがにコレは、もう言い訳できんよなぁ」


 魔王はにがにがしく呟いた。


てんこうひよう!」


 エミリアの剣とルシフェルの魔力障壁が激突すると、その力と力のせめぎ合いの中に吹雪ふぶきが吹き荒れて、


「う、ぬっ……」


 ルシフェルのつばさに徐々にしものようなものを降ろしはじめた。


「その氷は魔を凝固しつなぎ止める力がある。あなたの速度、とらえたわ!」


 エミリアの剣がルシフェルの障壁を力強く引き裂き、その胸板に裂傷を走らせた。


「ぐおおおっ!!」


 ルシフェルは距離を取ろうとするが、


「逃がさない!」


 エミリアは魔王とアルシエルがゆうさせている岩塊を足場にしながらルシフェルにせまる。


「くっ!!」


 ルシフェルもけんせいのために黒い炎を放つが、エミリアはけることすらせずに当たるに任せている。事実全てじやの衣の前に打ちくだかれていた。


 アルシエルもまた、オルバを追い詰めつつあった。


 オルバは元々勇者エミリアの一党の中では後方支援にけていた男であり、ただ一人ひとりで悪魔だいげんすいことを構えるには圧倒的に力不足であった。


 防戦一方のオルバはルシフェルに助けを求めようとするも、そのルシフェルはいま正に勇者の力の前に劣勢に立っている。


 エミリアとアルシエルが、ともに相手を追い詰めようとしたそのとき、


「!?」


「……?」


 天地をめいどうるがした。全員の動きが止まる。鳴動とともに解放された魔力のせいだ。


「魔王……」


「魔王様……」


 エミリアとアルシエルが魔王を凝視する。


 魔王は人間の姿の時とまったく変わらぬ様子で、安っぽい高笑いを上げていた。


「重かった、すっげ重かった。でも俺偉い。そっと下ろした! だからもう大丈夫!」


 先ほどの鳴動は、ほうらく寸前の首都高が魔王の魔力によって地面に下ろされたしゆんかんの音だったのだ。


「さて、こっからは俺も参戦させてもらう」


 そう言っている間にも、魔力結界に包まれた車やれき、人間などを次々と地面に軟着陸させる魔王。その程度のことなら、今の魔王にとっては片手間の作業だ。


「手早く終わらせるぜ。なんせ」


 魔王の魔力が、火山の噴火のごとく強烈な勢いで、やみいろ陽炎かげろうとなって立ち上る。アルシエルが薄くほほみ、オルバはまたも空中で腰を抜かしへたり込んでしまう。


 ルシフェルはと言えば、その顔にはしようそうしか浮かんでいない。


 エミリアだけは、か魔王が今何を一番気にしているかが分かってしまった。


 太陽が中天に差しかかる。もうすぐ、お昼時だ。


「このままじゃバイトに遅刻しちまう。今日きようはちーちゃんに、ソフトクリームマシンのメンテナンスを教えてやる約束したからな」


「っ……」


 魔王の流し目など普通の人間が受ければ気死はまぬがれないはずなのに、見られた当のは、なんとバリアの中で思わず顔を赤らめているのだ。


 アルシエルはうめくように天をあおぎ、エミリアはと言えば魔王のじやあくがおみよう可愛かわいげのあるものに見えて、そう思ってしまった自分のほほをひっぱたいた。


「さて……お前ら。よくも世界を支配する予定のこの俺に、地味な役割押しつけてくれたな!」


 怒るポイントはそこか。


 そう突っ込む間もなく、魔王はへたり込んでいるオルバを眼光するどにらみつけた。


「ふぐぉっ!?」


 魔王の視線だけのはく、それだけでオルバが巨大なハンマーでなぐられたかのような衝撃とともに吹っ飛ぶではないか。オルバは壁のごとくそそり立つ首都高の天板に着弾し、コンクリートをかんぼつさせながら失神した。


もろい! 脆いなオルバぁ!!」


 こうしようする魔王ははやオルバにいちべつもくれず、次のしゆんかんにはルシフェルの前に立っていた。


 ルシフェルはもちろん、離れた場所にいたエミリアすら、その移動を目でとらえられなかった。


「ま……魔王様……」


 ルシフェルは完全に腰が引けてしまっている。


「今さらテメェに様付けされたってうれしくねぇよ」


 基本的に悪魔は上位階級の者には逆らえない。半分天使とはいえ、ルシフェルも一度はやみに落ちた身である。


「なぁ、コイツ、どうすればいいかな?」


 魔王がぎやくしんにうきうきしながら宿敵に問う。


 勇者はつまらなそうに宿敵に答えた。


「そうね、とりあえず、街をちやちやにした責任取らせればいいんじゃないかしら」


「そうだな。あと、もしバイトに遅刻したらルシフェル、テメエのせいだからな。かいきん賞逃すようなことがあったら、どうしてくれるわけ? ああ?」


「な、なんの話だっ!!」


 ルシフェルがさけぶとアルシエルが誰にも聞こえない声でつぶやく。


「我々には一生理解できないたぐいの話さ……」


「とにかく、貴様の魔力はいただく」


 悪魔の王が楽しそうにニヤリと笑う。


「お仕置きはそれからね」


 勇者が剣の腹をたたきながら無表情につぶやく。


「ひっ……」


 天上の光と、らくやみにらまれてルシフェルはのどを鳴らす。


「おめぇも悪魔だいげんすいなら、いさぎよく覚悟決めやがれ!!」


 魔王の怒号とともに、光と闇がささづかを乱舞した。

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