魔王と勇者、笹塚に立つ(2/7)
「気持ちわりいい! ゲート酔いしそうだあああ」
「お願いですから吐かないでくださいよ~」
「保証できん……うっぷ」
「しっかりしてください~! 向こうに着いてもゆっくりしてられそうにないんですから~」
「あ? 何かキャッチしたのか? うぇぇ」
「ソナー計測から割り出した〝ニホン〟の魔力
「エミリアが、やばいってか」
「その可能性もあります~。戦いは覚悟したほうがいいかもしれません~」
「よし! 急げ! 俺も耐えるから!」
「分かりました~! いっきますよ~!」
「うぉげぇぇぇえええ! あ、あんま
※
やはり、自分は真奥が好きなのだ。
しかし
間違いなく、初恋だったと思う。真奥には、目的に向かって進む者特有の
取り立てて長身でもイケメンでもないがそれでも、千穂は真奥に恋をしていた。
それが破れて、心が
「ご、ごめんなさい」
顔も上げずに謝罪の言葉を口にするが、
「これはこれは、
千穂より頭一つ高い場所から降ってきた声は、千穂が今まで聞いたこともないような冷たさを帯びていた。
「最前の失敗の時に、もしかしてと思いずっと見張っていたけど、こうも簡単に
小柄な若い男だった。ばさばさの長髪に、Tシャツとジーンズというごくありきたりの姿。年も千穂とそう変わるまい。だが、その目はどうだろう。
紫色の、千穂が見たこともないような
「
朝方の
「おい、突っ立ってんなよ」
気だるげな遊び人の
「!」
手をかけられたTシャツの肩が突然裂け、中から飛び出してきたものに
「ひっ!」
それは
「さぁ、狩りの時間だ。
その
地震の後すぐに聞こえてきた
大家の口ぶりから、彼女も色々な意味で、ただの人間ではないことは明白だ。しかし今それを問い詰めている暇はなかった。
「待ってろ、ちーちゃん!」
真奥は走った。
「あれ見て!」
恵美が前方を指し示すと、
「……なんということを!」
芦屋が
線路が落ちていた。高架橋が崩落し、笹塚駅に隣接するショッピングモールを押し
道を
もはや敵は身を隠すつもりは毛頭ないようだ。難を逃れた人々が遠巻きに
「あいつら……!」
「誰……なの。まさかあいつらがこれを……」
「決まってんだろ!」
真奥は瓦礫をよじ登りはじめる。破断した電線を
人影は二つ。巨大な
瓦礫を超えるさなか、
その思いは悪魔であった頃なら絶対に感じもしなかった思いだ。しかし、今の自分は。
「よぉ、ルシフェル。お隣にいらっしゃるのは新しいお友達か?」
「これはこれは、魔王サタン様。いや、今は、真奥
「ルシフェル……?
「ば、バカな……
恵美は
真奥だけが、厳しい表情を動かすことなく宙に浮く
ルシフェルは勇者エミリアが一番最初に倒した悪魔
「久しぶりだね、勇者エミリア……いや、
「
「そうだねぇ、お前の剣は確かに僕を
悪魔大元帥ルシフェルは
危害を加えられているわけではなさそうだが、何故彼女が捕らわれているのだろうか。
「新しいお友達のおかげ、だろ?」
フードの男に
「泡食って西大陸の調査に行かせた時、お前が死んだって確証が持てなくてな。あの頃は悪魔大元帥が、まさか人間にやられるなんて万が一にもあり得ないと思ってたから、調査が不徹底だったのかもしれんが……」
「おかげで命拾いをしたよ」
「アルシエル、マラコーダ、アドラメレクと違ってお前は
「そうだね。僕も初めは主命を忠実に実行すべく人間勢力の
ルシフェルは恵美を
「力及ばず勇者の一味に敗れた。そこまでは知っての通りだよ」
「その後のことは、そちらのお友達が説明してくれんのか?」
「どうする?」
ルシフェルが横に並んで浮かぶローブの人物に問いかける。男の声で笑ったそいつは
「いいだろう。私は……」
「
「!」
「オルバ!
「お前をこの世界に送り込み、俺もろとも
「……知っていたのか?」
純白に青と銀の糸で
「悪事は魔物の専売特許だ。悪い
「噓……噓よ。オルバ、
「全てはルシフェルがエミリア、君に負けてから始まったのだよ」
大神官オルバは薄笑いを浮かべてさぁこれからだ、と言わんばかりに声高く語ろうとしたが、
「魔王軍を
真奥はまたもオルバの話の腰を折る。
しかもそれが図星であったのか、オルバは二の句が告げずに口をぱくぱくさせながら
「筋書きがありきたりなんだよハゲ! こいつが功を
と真奥は隣の恵美の頭を小突く。
「ちょ、ちょっと何するのよ」
あまりのことにショックを隠せなかった恵美だが、真奥の突然の行動に我に帰る。
「……ハゲ……B級」
違う意味でショックを受けているオルバ。
「あの、魔王様、あれは決してハゲているワケでは」
「だから天界って嫌いなんだ。本音と建前が正反対のお前らより俺達悪魔が治めたほうがまだ人道的だぜ。ルシフェルを取り込んだ方法も想像つく。天界復帰をエサに
「な、何故それをっ!」
「『何故それを』じゃねぇよ。もっとヒネれよ。どいつもこいつもB級で、こんな奴らに
「ま……魔王
オルバが
「ハゲが偉そうに、俺に指摘されて涙目になるくらいなら、もっとマシな筋書き立てろや」
真奥の悪口
「で、今度は『本気になったルシフェル相手に前のようにうまく逃げられると思うな! 勇者ともども滅ぶがいい!』ってか、あーだせぇだせぇ! 特撮ヒーローの悪役だって、もっとひねったセリフ吐くぜ!」
「特撮って何よ! こんなときに何言ってんのよバカッ! っていうか、
恵美が耐え切れずに真奥の後頭部をひっぱたく。
「空気読みなさいよ少しは! 向こうが丁寧に自分の悪事をバラしてくれるところだったのに、変な茶々入れないでよ!」
「魔王様! 一体いつ映画など見る機会があったのですか! そんな
恵美と芦屋が
「痛ぇなバカ、向こうが言いたいようにさせてたら、お前ショックで立ち直れないだろが。だから俺がうまく和らげようとオブラートに包んで言ってやったのに! それにいいだろたまには映画くらい! 金稼いでるの俺なんだぞ!」
と抗議した。しかし恵美も芦屋も引き下がらない。
「あなたにそんな気使われる覚えないわよっ!」
「私もたまには主夫業を休んで娯楽に興じたいのをずっと
「貴様らいい加減にしろっ!」
オルバが怒声を上げて三人の言い合いを止める。
「
「あー三流。ありきたり。言い回しの
「ぐぬぬぬぬ……!」
生卵を落とせば目玉焼きが出来そうなほどに顔を真っ赤にしたオルバに、
「なぁ、そこの大根聖職者。一つ聞くがよ」
「お前、ルシフェルの魔力を維持するために、どんだけ人間を襲った」
「!」
「なっ!!」
「ええっ!?」
「……
オルバ、
「なぁ恵美、この国の神と悪魔は、どこに宿っていると思う?」
真奥は重々しく口を開いた。
「いきなり何よ……」
「答えは、人間の心の中だ。お前も薄々分かってんじゃないのか」
「人の……心」
「そうだ。神に支配されていないこの国の人間は、
「……そんな……じゃあ」
「あんな悪魔の本性見せられたら普通チビるだろ。恐ろしくて何もできねぇだろ普通の人間は。最近の連続強盗の犯人は、恐らくあいつらだ」
恵美はむしろ否定の言葉を聞きたくてオルバを見た。しかし、オルバは何も言わない。彼らはいつからこの国に来ていたのだ。その間、飲まず食わずでいたはずがない。一体どうやって、日々の
「俺が
オルバには最後まで否定してほしいと願う自分が、恵美の心のどこかにいた。しかし、そうだとしてもルシフェルとオルバが行動をともにしている理由はどうしても分からない。
「その恐怖と悲しみって負の心から魔力を吸うのさ。一度目の魔力弾の襲撃や、昨日の地震で使った力を、どうやって回復させたんだろうな」
その
「じゃあ、エンテ・イスラに帰るほどに強力な魔力を得るなら……」
「そりゃあなぁ、大災害起こさなきゃどうしようもねぇな。
「そんな……」
「俺この世界結構好きなんだ。人間になるのも色々と新鮮で面白かったし、世話になった世界に迷惑かけたくねぇから、俺はそういう方法は取りたくないんだ……で」
「どうする? ここで、やるのか?」
それだけで二人が
「し、しかし魔王! この少女がどうなってもいいのか。貴様とこの少女が
「なぁ勇者エミリア。俺は聖職者が嫌いだ。だがそれ以上に、裏切り者はもっと嫌いだ」
「……そうね。私も悪魔と裏切り者は大嫌いよ」
「いいのか?
「
「いい心がけだ」
恵美は苦笑する。
真奥もつられて笑うと、軽く指で天を招く。
「やるなら来い。ぶっ
その堂々たる威容は
「し、しかし魔王様」
後ろから緊迫した空気を壊したのは
「ここは相手の状況を
「いい忠告だね、アルシエル。つまりこういうことだよ」
そう言ったルシフェルの
何かの風切り音と、一瞬の
そこには、何かに
「あ、芦屋っ!」
真奥は
「へぇ、同居人のアルシエルに対してもこの威力か。この娘、よほどお前らに絶望を
ルシフェルのあざ笑うような、
芦屋が血を流し倒れたことで、一瞬で周囲にパニックが
「若さとは罪だね。
「お前っ……ちーちゃんの心を……」
「特定の誰かに対する負の感情とは
その
「くっそ……」
とても人間の貧弱な足で
爆音が響き、とばっちりを食った雑居ビルの窓ガラスは全壊し、中にいた人間が巣をいぶされた
「魔王! アルシエルが!」
「……だらしねぇ!」
「人のことを言える状況かな?」
「ぐっ!」
続けて第二射が放たれる。真奥はやはり空に手を掲げ払うような動作をするが、
「やべっ、足りねっ!」
「ちょっとおお!」
高架の
恵美は思わず顔を伏せる。
真奥が払いきれなかった魔力弾がコンクリートを打ちつけ、
「うおおおっ!」
真奥の
「はっはっは! 勇者エミリアに敗北して以来の破壊の味が、まさかこれほど
ルシフェルの
逃げ惑う人々と逃げ遅れた人々、日常生活ではあり得ない爆発と奇怪な出来事に完全に街が本来の機能を停止してしまった。
「調子に乗るなルシフェル! 目的は魔王とエミリアの
その様子を見た横からオルバが
「お前が僕に意見する気かい」
ルシフェルの迫力に一瞬
「わ、私がゲートを操作し、天界への橋渡しをするのを忘れたわけではあるまい」
「……
ルシフェルは
「案ずる必要は無い。今の魔王と勇者エミリアはこの小娘がいる限りは逃げやしないさ」
舞い上がった
「ルシフェルっ!」
「
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