魔王と勇者、笹塚に立つ(1/7)

「朝っぱらからなんだよ。今日きようもバイトなんだからもうちょい寝かせてくれ」


 が出勤する時間に合わせて出てきたのだから言うほど早朝ではない。


 梨香は心配してもう一日ゆっくりしていけと引き止めたが、あまり迷惑はかけたくなかったし、何より昨夜の推測が、をヴィラ・ローザささづか二〇一号室へ行けとき立てたのだ。


 自分のものは血でれてしまっていたため、梨香のブラウスを借りて、スーツと靴は仕方がないので事故の時のまま、恵美は〝ヴィラ・ローザ笹塚〟の階段をけ上がり呼びりんをけたたましく鳴らす。


 ただ訪ねたところでおうはドアを開けないかもしれないとんだ。だから、恵美の手には理由付けのため途中のコンビニで購入した茶封筒が握られており、その手はおうが警戒してチェーンを外そうとしないドアのすきから差し出されていた。


「安心して、毒物やカッターの刃は入ってないわ」


「お前からぶつそうなもの以外もらう覚えがないんだが」


「あら、じゃあこの前の千円はいただいていいの?」


 真奥はそのしゆんかん茶封筒をひったくる。


「これで、貸し借りなしね」


「おい! しばらく俺達のじやしねぇって約束は……」


「この前身元保証人になってあげたのでチャラよ」


「てめっ……」


 文句を言いそうな真奥を、恵美はドアチェーン越しに声を上げて制する。


昨日きのう!」


「あ?」


あし……アルシエルはなんともなかったの?」


 恵美の問いに、真奥はハッキリと不審を顔に浮かべ尋ね返した。


「お前、その頭相当深刻に打ったのか?」


「どうでもいいでしょ、あいつはどうだったの。その、とか無かったの?」


 自分でもさぐりの入れ方だということは分かっていた。だが、他に尋ねようもなかった。


「別に怪我は無かったな。精神的にはダメージを受けてたみたいだが」


 真奥は不審がりながらもそう言い、


「ついでに言えば、あいつは特に悪魔の姿に戻ったってことはなさそうだったぜ?」


「っ……!」


「なんだよ、それが聞きたかったんじゃなかったのか」


 真奥は鼻を鳴らして言う。恵美はどうようを隠すことができず、言い返す言葉もいつものように強気には出られなかった。


「その言葉が本当だという証拠は」


「じゃ、元に戻ったって言ったら、お前はどうすんだよ。乗り込んで俺もろとも殺すか?」


「それは……」


 おうは特に返事を期待していた様子もなくたんたんと話す。


「あいつも俺がちょっとだけ戻ったってことは分かってた。魔王様のピンチに自分は何もできなかったって大泣きしたあげは寝坊だ。あさめしどうすんだよ、ったく」


 あしは人間のままだった。は心の中だけで首をかしげる。


 恵美はの言葉から、真奥が悪魔の姿をわずかに取り戻した原因は、あの場にいた人々の純粋な恐怖や絶望という負の感情をって魔力として発現したからではないか、と推測した。


 恵美のその推測が当たっていれば真奥は、それこそ残る魔力で『地震で地下道がほうらく』するくらいの災害を起こし、巻き込まれた人々の負の感情を喰い続け元の力を取り戻し、魔王サタンとして復活できるはずだ。魔王がそれをするのに躊躇ためらう理由はどこにもない。


 エンテ・イスラを手中に収めんとした魔王サタンは、人間の命など虫ケラ以下ほどにも思っていないざんぎやくの存在のはずだ。すぐさま実行に移してもおかしくはないだろう。


 なのに泡を食って来てみれば、いつも通りの間の抜けた顔がドア越しに現れ、その日のバイトのシフトに出なければならないようなことを言う。一体この魔王が何を考えて日々を過ごしているのか、恵美は全く分からない。


 そしてその次に発せられた言葉は、更に恵美の理解を超えるものだった。


「そう言えば、お前こそ大丈夫だったのかよ。もそうだし、ちーちゃん眠らした時、ちょっと力使ったんだろ」


「……は?」


 恵美は硬直する。


「何……言ってるの?」


「何って、お前は力戻ったわけでもないだろうに、あんなことして大丈夫なのか?」


 日本語が分からなくなったわけではない。


「本気で……言ってるの?」


「なんだよ、俺が人の心配しちゃいけねぇってのかよ」


 真奥はさも心外だ、という口調で口をとがらせる。


 恵美は体の血が下がるのを感じた。吐き気がする。一体この男は何を言っているのだ。


 日本で真奥と芦屋を初めて発見した時とは比べ物にならないぞうの感情。まるで、父の死を知った、あの日と同じくらいに。


「敵に……心配されるほどなまっちゃいないわ」


 ようやくそれだけ言った。


「そっか、まぁそうだよな」


 それをあっさりと返す真奥。


「まぁいい、用が済んだらとっとと帰ってくれ」


「言われなくても」


 は素早くきびすを返す。おうが元に戻ったなぞをもう少しさぐりたかったが、これ以上ここにいたら胸の内に生まれたぞうで本当に何をするか自分でも分からない。


 真奥は恵美のそんな心中を分かっているのかいないのか、様子のおかしい恵美を首をかしげながら見送るが、突然あることを思い出して、あわてて声をかけた。


「あ、おい恵美!」


 しかし恵美は一刻も早くこの場を離れるべく足を止める気配すら見せず、


「ここの階段パンプスだと」


 真奥は伝えるべき情報を最後まで伝え切れなかった。


 共用階段の素材である亜鉛メッキ鋼板、つまりトタンが激しく打ち鳴らされる音がする。


「あっ!」


 真奥が聞いた恵美の声はそれだけだった。


 すっかりペンキがはげさびが浮いたトタン製構造物は、長年の風雨と時の重さをその身で支え続けた結果、かたむいていた。階段として法律上ギリギリのところまで傾きへこんでいた。


 声無きさけびが聞こえる。質量を持ったかたまりが位置エネルギーを消費しながら落ちていった。


「……すべるから気をつけろ」


 さわぎが収まったころにようやく真奥はその一言を口にした。






 置き抜けのジャージ姿のあしぶつちようづらで救急箱のしまってある戸棚を開く。


 部屋の隅には感情のはつをどこに放出してよいか分からず放心状態の恵美がビニールひもで束ねられた就職情報誌の上に座っていた。


 最初の一段目から足をみ外したにしては奇跡的な軽傷だろう。しかしせつかく無傷だったスーツはほこりだらけの傷だらけ。パンプスの片方が飛んで行った先がコンクリートブロックの敷石だったため革の表面に無数の傷。


 そして恵美自身はと言えば、思わず出した腕が手すりに当たりつき指。しりで滑り降りたためにでん部強打。ランディングエリアでうつ伏せに倒れ鼻の頭をりむいた。


 アパートの階段から転落した被害の方が、地下道ほうらくに巻き込まれた被害よりはるかに大きい。


「まったく……仮の姿とはいえ、魔王様をあと一歩まで追い詰めた勇者エミリアがアパートの階段から落ちて傷だらけなどと……逆に魔王様の名に傷がつく」


 その上、昨夜治療を受けたひたいの傷が開き、ガーゼを抜けて包帯に血の染みを生み出しはじめていた。包帯自体もつちぼこりで茶色くなってしまっていて、新しいものに変える必要がありそうだ。しかし芦屋は困ったような顔で魔王に救急箱の中身を見せる。


「救急ばんそうこうしかないですね。ガーゼとか買ってませんでしたっけ」


「そんな大する予定無かったから、包帯もガーゼも買いに行かないと無いな。おいあし、面倒だが駅前の薬局行ってガーゼと包帯買ってきてやれ。もうやってる時間だろ。またコイツになんくせつけられたくないからな」


「かしこまりました。デュラハン号をお借りしてよろしいですか。他にも買い物があるので」


「許可する。てかお前そんな金持ってるなら、もっといいめし作ってくれよ」


「魔王様が無計画にお金を使いますから、私は私でへそくりをめて節約しなければいけないのです。では」


 寝起きのジャージ姿のまま芦屋が自転車で走り去る音がして、おうはふんと鼻息を鳴らすと、


「じゃ、ブツが届く前に消毒だけしとけ。水で洗って消毒液……」


 真奥がれタオルを絞って前に座るとは我に帰り真奥の手からタオルをひったくる。


「わ、私に、さわるなっ! 子どもじゃないんだから自分でやるわよっ!」


「へいへい、失礼しました。んじゃ適当にやれ。ティッシュそこな」


 そこにはこの前、恵美が真奥に投げつけたのと同じ箱のティッシュがあった。ひたいと鼻のつちぼこりぬぐい、消毒液をひたしたティッシュでいた時、恵美は今度こそしように悲しくなった。


「しみるのか」


「違うわよっ!」


 真奥の何気ない一言に恵美は本気でふたを開けたままの消毒液のボトルを投げつけた。


「あぶねっ! 何すんだてめぇ!」


「うるさい! あんたこそ何するのよ! 魔王でしょ! 魔王なら魔王らしくこの世界で悪逆の限りをくしてなさいよ!」


「はぁ? いきなり何言い出すんだよ?」


 恵美が何を言いたいのか分からず真奥は本気で驚いている。恵美のさけび声は止まらない。


「何よ! 貧乏して、自炊して、職場で重宝されて、女子高生に好かれてる魔王なんて聞いたことないわよ!」


「うぐっ」


 真奥は図星を突かれうろたえるが、すぐに立ち直って反撃する。


「俺だって階段み外して泣いて悪魔に治療されてる勇者なんか見たことねぇよ!」


「私だって見たことないわよ! 勇者のために部下を薬局に行かせる魔王なんか! それで素直に買いに行く悪魔だいげんすいとか!」


「うぐっ……」


 恵美は荒れ狂う感情をどう処理してよいか分からず、幼子のようにわめき散らす。


「なんで私に優しくするのよ!」


 恵美のさけびが真奥に刺さった。


「なんで私に、人に、世界に優しくするのよ! なんで、なんで優しくできるのよ!」


 突然の問いかけにおうは返答にきゆうする。の問いは思わぬ鋭さで真奥の心に突き刺さった。


「優しくできるなら……なんで、なんでっ……!」


 恵美は涙に構わずわめき散らす。


「なんで私のお父さんを殺したの!」


 さけび声が古いアパートの木材をらし、つかちんもくが耳に痛いほどだ。


 恵美は息を切らして、しゃくりあげている。真奥は言葉も無く立ちくす。


「私が……追っている魔王は、ざんこくで、人の命なんか虫ケラ程度にしか思ってなくて、世界に満ちる悲しみと血を何よりも好む存在のはずよ!」


「俺は……」


「炎で田畑を焼き、雷で城をくだき、大水で街を洗い流し、魔物にあらゆるざんぎやくな行動を許した魔王サタン! 私はあなたを死んでも許さない! 私とお父さんの家と、お父さんの畑と、お父さんの命と、私の穏やかな生活の全てを奪ったあなたを決して許さない!」


「恵美、俺は……」


「それなのに……なんで……なんで魔王が……魔王が勇者に優しくするのよ……」


 この世界とエンテ・イスラでの真奥の精神構造は明らかに異なってきてしまっている。


 あの頃の残虐な自分。世界を我が物にし、人間をちくしようと心に決めていたことは今でも覚えているし、その意志も明確に残っている。ならば今、人間の世界にんで生活していることになんら抵抗が無いのだろう。


「……俺自身あんまり深く考えたことはないが」


 真奥は、明確な答を自分の中で導き出せぬまま、言葉をしぼり出した。


「とりあえず、なんか、スマン」


「……」


 恵美は答えない。答えないだけで、泣きはらした顔のままぽかんと口を開けて、目の前の男の顔を凝視する。


 言葉は軽いが、真奥は本心から謝っている。


「いやその、当時は勇者なんかいるとは思ってなかったし、中央大陸のせいや悪魔連中の統制で忙しくて東西南北まで目が行き届かなかったっていうか……いや、ルシフェルに責任転嫁するわけじゃねぇけど、仕方ないじゃん。悪魔と人間て基本的にあいれないし」


 しかも本気であせっているようだ。視線が宙をさまよい身ぶり手ぶりでなんとか自分の中から言い訳を搾り出そうと必死になっている。


「それにあの頃は俺、人間ってもんをよく理解してなかったから……」


 恵美は恵美で、何かを引き出すつもりはなかったにしろ、こんな反応が出るとは予想もしていなかった。途端に真奥の前で取り乱してしまった事実が顔を紅潮させ、しゆうしんで顔をそむけてしまう。


「おじやしま……」


 玄関のドアが聞き覚えのある声とともに開けられたのはそんなしゆんかんだった。


 二人ふたりが驚いたように玄関に目を向けると、そこには開いたドアからあしに導かれるような格好で入ってきて、そのまま土間でおうの様子を見て固まっているの姿があったのだ。


 芦屋もまさか二人がこんな状態にあるとは思わずドアを開いたままの姿でぼうぜんとしている。


 紺のセーラー服姿の千穂は手に紙袋を持っており、そこにはしん宿じゆくのデパートに入っている和菓子屋のロゴが印刷されていた。


「あ、あの、そこで、魔王様とお会いしたいというさんと会って……」


 芦屋が薬局の袋を抱えたままそんなことを言い、千穂はしばし呆然とした後、手に持った紙袋を取り落とした。硬い音から中身は缶入りのせんべいではないだろうかとどうでもいい推測を働かせる。


 真奥には千穂の心中がなんとなく分かってしまった。


 きっと千穂は昨日きのうのことを気にんでいるのだろう。自分が言い出したことで真奥が厄介ごとに遭遇してしまっただけでなく、完全に自分の都合で真奥を振り回してしまったのだから。


 そのお礼とおびのために、フォーマルを意識して制服を着て、ちょっとした菓子折りでも持ってあいさつに来たのだろう。今時本当によくできた高校生である。


 そして同居人である芦屋とアパートの近くで出会ったのだ。昨日千穂は芦屋と会話らしい会話はしなかったが、あの場にいたことは覚えているだろうし、芦屋は千穂のことを分かっている。そして芦屋は紳士的に千穂をエスコートしたに違いない。


 芦屋は気配りのできるやつだから、きっと恵美が朝から訪ねてきた経緯はきちんと説明しただろう。納得した上で千穂は芦屋についてきたはずだ。


 とすれば、をした恵美がいることは予想していたとして、その恵美が真っ赤な顔で泣きはらし、真奥があせるように言い訳をしている姿を見て何を考えたのかは想像にかたくない。しかも恵美のスーツは階段転落の結果、少々着衣に乱れがあると言えなくもなかった。真奥はそれだけの考えを一秒で巡らせた。


 そしてその想像が間違っていないことは、千穂がよろめくように一歩後じさったことで確信に変わる。


「あ、あはは、ちょ、ちょっと、本当に、お邪魔だったかなって」


「ち、千穂ちゃん……」


 恵美は恵美でやはり真奥と同じ結論に至ったのか、千穂の誤解があらぬ方向に飛びそうなことを察してあわてふためく。


「やっぱり、その、真奥さんと、さん、そ、そうなんですね」


 千穂のひざが震えている。目が無表情なのに、口が引きつったようなみの形になっていた。


 これはかなり重度の誤解が生じているようだ。


「そうって、違うのよちゃん、これは……」


「ちーちゃん頼むからちょっとおちつ……」


「ご、ごめんなさいっ……」


 おうの地に足の着かない言い訳などに耳を貸さず、身をひるがえすとけ足で出ていってしまう。千穂はローファーをきながら共用階段から足を滑らせることもなかった。足音が遠ざかるのを三人は固まったまま聞いていたが、


「これ……マズいわよね」


 恵美は魂が抜けてしまったような声でつぶやく。真奥は目を覆って天をあおいだ。


「お、追いかけて誤解を解いたほうがよいでしょうか……」


 あしは表の共用廊下から周囲を見回すが、既に千穂の姿は影も形も無かった。


 真奥はおろおろとまごつく芦屋の手から薬局の袋をひったくると恵美に投げつける。


 恵美はそれを思わず受け取ったが、


「お前もう帰れよ。本当お前といつしよにいるとロクなことがねぇ」


 そんな暴挙にも暴言にも全く反論できない。


 千穂という全く予想外の要因が緊張した場の空気をしらけさせてしまう。


「あらあら真奥さん、大人げない」


 だから玄関で立ちくしていた芦屋でさえ、


「女性に暴言を吐いても男が許されるのは思春期までですのよ?」


「うおわあっ!!」


 背後に黄金の柱が立っていることにそのしゆんかんまで気がつかなかった。


「お、大家さんっ!」


 午前の陽光にきらめくマリーゴールドのロングドレス、中世風なデザインのそのドレスと同じ色のつばひろ帽子には黄金色に染め抜かれたじやくの羽が突き立ち、こぼれるフランス貴族のような黄金色の髪が朝日を照り返している。真珠を編み上げたような煌びやかな持ち手の黄色いハンドバッグを持ち、ライムグリーンのラメ入りショールを羽織りホワイトエナメルのヒールを履いた、少女マンガ家も裸足はだしで逃げ出す群生ヒジキのごとき付けまつの婦人、このアパートの大家、が突然出現した。


 芦屋のさけび声で真奥と恵美も大家の姿をした巨大とうもろこしの存在に気がついた。視認した瞬間にまとった黄金の光が後光のように放射されはじめる。


「真奥さんのガールフレンドでいらっしゃいますのね」


 しゃがれた声は相応の年を経てきた者の声だと思われるが、この胴回りがさかだるサイズの婦人は、相変わらず外見からは全く年齢を推し量ることができない。


「初めまして、このヴィラ・ローザささづかの大家をしております、と申します」


 太陽の光に当てられたようにまぶしそうに目を細めるが、うなずく以上のことができない。


「気軽に〝ミキティ〟と呼んでいただいて結構ですのよ」


「は、はぁ……」


 他に返事のしようもなかった。


おうさんにあしさん、今日きようは入居者の方にお知らせを持って参りましたの……お取り込み中のところ御免あそばせ」


 余計な一言とともに一枚の紙が、優雅な香水の香りとともに芦屋に手渡された。


「ここのところ地震が多くなってございますでしょ? ですから耐震補強工事などしなければならないと思いまして、入居者の方にご確認いただいてますのよ」


 初めて顔を合わせた時もそうだったが、真奥はかこの大家が苦手であった。決してそのけばけばしさを嫌っているのではないが、何故かこの大家には逆らってはいけないと、しようの勘が告げるのである。


 渡された紙には耐震補強工事の入る期日と、その日一日だけ入居者には部屋を空けてもらうこと、それに伴う家賃の変更などは無いことが明記され、最後に大家のおういんに代わり、グロスの入ったゴールドのキスマークが添えられており、真奥はそれに対する感想を顔に浮かべないように必死の自制心を働かせる。


「ねぇ、最近とみに地震が多いですわよねぇ」


 そんな真奥をよそに大家はなんでもないように言う。


「はぁ」


「多分、今日きよう当たりも起きるんじゃございません?」


「さぁ、それは……」


「そういえば、先ほど可愛かわいらしいおじようさんが泣きながら走っていくのに出くわしましてね」


 大家は流し目を同時に三人に送る、という器用なをしながらほほむ。


ささづか駅の方に向かわれたみたいですけれど」




 そのしゆんかんだった。




れ……た?」


 の声にうなずかなかったのは、一人ひとりゆうにたたずむ大家のだけである。


おうさん」


「え……」


「巻き込んだなら、最後まで責任をお取り遊ばせ」


「な、なんの……」


 大家が何を言っているか分からず、真奥はうろたえるが、そうしている間にも揺れはますます激しくなってくる。


「ま、魔王様! この震動は!」


 あしさけぶ。


ちゃん!」


「あの可愛かわいらしいおじようさんがソナーの直撃を受け、概念送受イデアリンクを受信したのが本当にただの偶然と思ってらっしゃるの?」


 大家の一言はその場の三人を石に変えた。


「思念や意思が大いなる力を持つのはあなた方が一番よくご存知なのではなくて? 急がないと、手遅れになるかもしれませんことよ」


 厚化粧の下に隠れて見えない素顔は、一体何者なのだ。


「ほうら、聞こえる」


 それは、ごうおんだった。

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