魔王、新宿で後輩とデートする(5/6)
エミリア・ユスティーナが物心ついた時、エンテ・イスラの勢力図は、魔王軍と
西大陸の片田舎、さして広くない土地で小麦を細々と作る農夫、ノルド・ユスティーナの
エミリアが十歳の時、中央大陸からまるで津波の
西大陸は、天界と力を通じさせる
父ノルドは
しかしエミリアの祈りも
毎日村を
父はただの農夫だった。戦う
エミリアが夜
そんな父が、エミリアは大好きだった。尊敬し、敬愛し、この世の誰よりも頼りになる、最高の英雄だった。
そして、エミリアが十二歳になった年の、運命のあの日。
エミリアの住む州に隣接する貴族の領土が陥落したと伝令が走った。
そしてそれを待っていたかのように、家に大法神教会の司祭がやってきたのである。
エミリアは最初、教会騎士団が自分達の村を助けに来たのだと思った。
だが父は自分だけを教会の馬車に乗せ、自分はここに残ると言い出したのだ。
エミリアは、最初父が何を言っているのか分からなかった。エミリアを見送りに来た村の長老や、迎えの司祭達に父もともに逃げるよう説得を頼んだ。私
「お父さん行こう!
エミリアは
だが、父の口から飛び出した言葉は信じられない一言だった。
「エミリア、行きなさい」
エミリアは自分の耳を疑った。
「お父さん! お父さん何を……!」
「全ては来てほしくなかったこの日のため。私はお前を守ってきた。十二年間、私は授かるはずのなかった天使の子の父でいられた」
「分からないよ! お父さん何を言ってるの!」
「お前は天使の子。エンテ・イスラの
「私が? 違うよ! 私はお父さんの娘よ! 農家の娘よ!」
「その通りだ。だが、お前は同時にお母さんの、天使の娘だ」
「私の……お母さん? 天使って?」
父はずっと、母は死んだ、と言っていたはずだ。
「いずれ分かる。エミリア。
「でも、でもお父さんは……」
「母さんと、約束したからな。いつか、この村の、この家で、家族三人で暮らそうと。私は、約束を守るために戦わなければならない」
ノルドは幼子のようにすがりつくエミリアを
「大丈夫だ。教会軍の皆様も、村やこの州を守るために一緒に戦ってくださる。必ずまた一緒に暮らせる日が来る」
「……ほんとに?」
「ああ、私は
「……うん」
エミリアはぐしぐしと涙を握りこぶしで
「いい子だ」
父は干した麦束のような暖かい顔で笑った。
「魔が打ち払われた世界で、お前が光に
あとはもう記憶の
泣き疲れて眠ってしまったのか、気がつくと見たこともない
世話役の司祭にこの場所が西大陸
世話役と名乗る若い司祭は、色々なことを彼女に話した。
エミリアの母が実は大天使の
だが、これこそが真実だ、と
エミリアが欲したのは聖剣でも、
サンクト・イグノレッドに来た翌日から、すぐに剣の教えを
一年の月日の後、
自分の弱さと、自分が
それから月日が過ぎ、幾つもの戦場を経験したエミリアは、気がつけば前線で教会騎士達を率いて魔王軍の
教会騎士エミリア・ユスティーナの名は、教会軍だけでなく諸王国軍の騎士や
そんなエミリアの
大法神教会最高位聖職者〝六人の
あるときは四人で、あるときはそれぞれが軍を率いて魔王軍と戦った。
そして十六歳になったあの日。聖剣を扱いうる戦士に成長したエミリアは、その身に〝
天より下された聖剣を振るう〝勇者エミリア〟の誕生の
エミリアは、その様をただ冷静に
エミリアの心の中にあったのは、常に父の面影と、魔王軍への暗い復讐心のみだった。仲間達はそれを察しながら何も言わず、ただエミリアの剣となり楯となり、命を分かち合う友となってくれた。
三人の悪魔
エミリアは戦いを覚えた時から、ただ魔王を殺すその
※
地上は正に
救助隊が地下通路に入った時には、
魔王の外見は救助を終える頃には真奥
恵美が眠らせた
「ま、なんにせよ無事で良かった」
「は、はい……」
真奥に頭を
千穂は一台の救急車の中で額の応急処置をしてもらっている
「ちょっと失礼します。救出された方ですね」
すると
「大きな
そう言って警官が差し出した帳簿には、既に何人もの名前と住所が記入されていた。
真奥は素直に名前と住所を記入し、千穂に渡す。千穂もそれに
「あれ? もしかして、
千穂の記入した住所を見た警官が何かに気づいて言う。
「ええと、
千穂が驚いて答える。その名に警官が
「やはりそうでしたか。
「あ、はい」
「あ、あの、
真奥はすぐに千穂の言わんとすることを察して、安心させる意味も含めて
「ん、ああ、
「……ごめんなさい」
千穂は心底申し訳なさそうに言う。
「いいっていいって。本当にお互い無事で良かった。またバイトでな。今度ソフトクリームマシンのメンテナンス教えてやるよ。そんじゃ」
手をひらひらさせながら真奥は、お辞儀をする千穂から離れる。少し歩いたところで振り向くと、丁度先ほどとは別の制服警官が
「ありゃ」
真奥はその警官を見て思わず声を上げた。知っている顔だったのだ。
エンテ・イスラから逃亡し日本に落ちたその夜、代々木の裏道で傷ついた魔王とアルシエルを発見し原宿警察署までパトカーで任意同行したのが、千穂の父親だったとは。
「警ら係りササキ……か。偶然じゃなかったのか。あのおっさんに来たばかりの俺達の魔力が少しでも反応してたら……」
「ちょっと魔王!」
「うわっ!」
追憶と思考の中にいた真奥は、いつの間にか背後にいた
「どうやら、今は真奥
「ツキノワグマにでも見えるか?」
「冗談に取り合ってる場合じゃないの」
「ちょっと姿が元に戻ったのは偶然だ。原因は分からんし、あの程度のことやっただけですぐ戻っちまったしな」
タダでさえ冗談が通じない相手が
「隠し事してもためにならないわよ」
まるで誠意は伝わらない。
「だから勇者のセリフかそれは。多分俺を見張ってても当分は元に戻ることはないと思うぞ。
「……何をするつもり?」
「いろんな街の地下で
「バカ」
「うっせぇ。
「ちょっと!」
「うるせぇな、今日のところはもう何も起こらねぇよ。偶然にせよ俺が魔力を取り戻して、向こうさんの襲撃は失敗してるからな」
「襲撃は失敗? どういうことよ」
「お前途中からちーちゃんの話聞いてたんじゃねぇのかよ」
真奥は少し
「自然現象なわけねぇだろ。お前と俺がいる場所でこんな事故が起こるってことは、誰かが仕掛けてきてるんだ。ソナーを打ったのか魔力干渉を起こしたのか知らんが、一つだけ言えることは、もう俺達のメンは割れてるってことだ」
恵美は目を見開く。
「じゃあ、敵は……」
「すぐ近くにいた。俺達が気づかなかっただけでな。だが追い
「で、でも、だとしたら一体誰なの? 魔力も
恵美のその言葉に、真奥は少しだけ複雑な
「心当たりなら、ある」
「ちょっと!」
恵美は色めき立つが、真奥は表情を固めたまま、
「だが、お前に特に教えてやる義理も無い。教えたって何ができるわけでもない」
と冷たく言い放った。恵美は
「だが、いざというとき
「……ヒント?」
「ああ、まず相手はインターバルはあるにせよ力を好きに使える。今のエンテ・イスラでそれができるのは誰かを考えな。少なくとも俺とお前を同時に殺せる、と自負する
「分かったか? 分かったら俺は帰るぞ。対策を練らなきゃならんし、それに眠い」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、まだ話は……」
「終わってないと言いたいんだろうが、
言いながら真奥は恵美の肩越しに後ろを指差す。救急車の更に向こうの進入禁止テープから身を乗り出し、多くの野次馬に混じってこちらに手を振り声を上げている人物を発見する。
「
「あれ、お前の同僚か何かか? しきりにお前の名前呼んでるぞ」
「ちゃんと友達、いたんだな」
「大きなお世話よ。あなたには関係ないわ」
真奥のわざとらしい言葉にそっぽを向いて吐き捨てた恵美だったが、
「
「でも、落ち着いたらまた襲ってくるんじゃないの?」
これは正直な不安の
「ないな。俺とお前、両方をターゲットにしてるって向こうから宣言してるんだ。片方だけ襲えば、片方が警戒するだろ。信用しろよ。悪事に関して俺の右に出る者はいない」
「ほら、あんま待たせるなよ」
そう言って背を押されたことに、恵美は不思議と
一歩
「今日だけだからね」
「へいへい。大人しくしてろってんだろ。分かってますよ」
気のない返事を信じたわけでもないだろうが、恵美は少しだけ顔を
真奥は小さく苦笑した。
「そんなとこ見せつけられちゃ、やる気も
そう言って
「ま~お~う~さ~ま~……」
「うわ
背後霊のように後ろに立っていた芦屋に気づかず激突しそうになった。
「もーしわけありませんんん!」
「な、なんだよいきなり、てか、今の今までお前どこにいたんだよ」
芦屋は
「エミリアの接近を許したばかりか敵の接近にも気づかず、あまつさえ魔王様に命をお救いいただき、なんとお
「うっせぇよ、公衆の面前で泣き喚くなみっともない……帰るぞ、
「ううっ、はい……はいい! お心遣いをいただいてえええ、私はああ!」
その後都合三度身元確認の警官に呼び止められ、うち二回補償と病院の案内を受け、事件を取材に来たマスコミに捕まりそうになり、
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