魔王、新宿で後輩とデートする(5/6)

 エミリア・ユスティーナが物心ついた時、エンテ・イスラの勢力図は、魔王軍とだいほうしん教会軍を初めとする人間の勢力があやういところできつこうしていた。


 西大陸の片田舎、さして広くない土地で小麦を細々と作る農夫、ノルド・ユスティーナの一人ひとり娘がエミリアだった。父以外の親戚は一人もおらず、母の記憶は無かった。


 エミリアが十歳の時、中央大陸からまるで津波のごとく押し寄せた魔界の軍に、北大陸と東の王国がかんらくする。


 西大陸は、天界と力を通じさせるだいほうしん教会軍を中心とした軍が王国しよこうとよく守っていたが、それでも悪魔だいげんすいルシフェルが率いる西方攻略軍の進撃はれつきわめていた。


 父ノルドはけいけんな大法神教会の信者であり、娘を連れて毎日必ず教会を訪れた。幼いエミリアは大人達が唱える祈りの意味は分からなかったが、何か大変なことが起こっているのは分かっていたので、父にならって小さな手を合わせて必死に祈った。


 しかしエミリアの祈りもむなしく、西の軍も徐々に魔王軍に侵略を許してゆく。


 毎日村をけ巡る不吉な伝令を聞きながら、エミリアはいつ恐ろしい魔物達が父と自分が耕した畑を焼きくしに来るのかと恐怖におびえる夜を過ごした。


 父はただの農夫だった。戦うすべなど知らず、小麦を作ることだけに生涯をささげてきた男だ。


 エミリアが夜どこの中で恐怖に涙を流していると、それを察したように現れてエミリアが眠りにつくまで無骨な手で髪をでていてくれた。


 そんな父が、エミリアは大好きだった。尊敬し、敬愛し、この世の誰よりも頼りになる、最高の英雄だった。


 そして、エミリアが十二歳になった年の、運命のあの日。


 エミリアの住む州に隣接する貴族の領土が陥落したと伝令が走った。


 そしてそれを待っていたかのように、家に大法神教会の司祭がやってきたのである。


 エミリアは最初、教会騎士団が自分達の村を助けに来たのだと思った。


 だが父は自分だけを教会の馬車に乗せ、自分はここに残ると言い出したのだ。


 エミリアは、最初父が何を言っているのか分からなかった。エミリアを見送りに来た村の長老や、迎えの司祭達に父もともに逃げるよう説得を頼んだ。私一人ひとりでは生きられない。父が、村人がいてこその自分だ。


「お父さん行こう! いつしよに行こうよ!」


 エミリアはさけんだ。


 だが、父の口から飛び出した言葉は信じられない一言だった。


「エミリア、行きなさい」


 エミリアは自分の耳を疑った。


「お父さん! お父さん何を……!」


「全ては来てほしくなかったこの日のため。私はお前を守ってきた。十二年間、私は授かるはずのなかった天使の子の父でいられた」


「分からないよ! お父さん何を言ってるの!」


「お前は天使の子。エンテ・イスラのやみを払う天の血を受け継いでいる。お前はこのエンテ・イスラでただ一人、魔王を倒す力を持っているんだ」


「私が? 違うよ! 私はお父さんの娘よ! 農家の娘よ!」


「その通りだ。だが、お前は同時にお母さんの、天使の娘だ」


「私の……お母さん? 天使って?」


 父はずっと、母は死んだ、と言っていたはずだ。


「いずれ分かる。エミリア。さい様とともに行きなさい。お前の母さんは、まだどこかで生きている。お前のことを、見守っているはずだ」


「でも、でもお父さんは……」


「母さんと、約束したからな。いつか、この村の、この家で、家族三人で暮らそうと。私は、約束を守るために戦わなければならない」


 ノルドは幼子のようにすがりつくエミリアをひときわ強く抱きしめると、視線を合わせてかがみ込む。大きなごつごつした手で、エミリアの頭をでた。


「大丈夫だ。教会軍の皆様も、村やこの州を守るために一緒に戦ってくださる。必ずまた一緒に暮らせる日が来る」


「……ほんとに?」


「ああ、私はうそを言ったことはない。約束を破ったこともないだろう」


「……うん」


 エミリアはぐしぐしと涙を握りこぶしでぬぐってうなずいた。


「いい子だ」


 父は干した麦束のような暖かい顔で笑った。


「魔が打ち払われた世界で、お前が光にあふれた人生を歩めるよう祈っている。エミリア。私の娘。心から愛している」


 あとはもう記憶のこんだく。涙でぼやける父の姿と、父と己をへだてようとする司祭の腕。馬車の分厚い窓から見える、どんどん小さくなる父と村。


 泣き疲れて眠ってしまったのか、気がつくと見たこともないごうな部屋の中で眠っていた。


 世話役の司祭にこの場所が西大陸だいほうしん教会総本山、サンクト・イグノレッド神殿であることを教えられたのは、父と引き離された翌日、生まれ故郷の村が教会軍の奮戦も及ばず焼きくされたというしらせを受けた日のことだった。


 世話役と名乗る若い司祭は、色々なことを彼女に話した。


 エミリアの母が実は大天使の一人ひとりだとか、天よりくだされたという〝進化聖剣・片翼ベターハーフ〟を扱えるのは天使と人間のハーフである存在だけだとか、そのときのエミリアにとっては、毒にも薬にもならない話をとうとうと語る。


 だが、これこそが真実だ、ととうとつにそんな突拍子もない事を教えられても、すぐには納得できるはずもない。


 エミリアが欲したのは聖剣でも、まゆつばものの母親の情報でもない。自分の平和で小さな世界を破壊した、魔王軍にふくしゆうできる力のみであった。


 サンクト・イグノレッドに来た翌日から、すぐに剣の教えをい願った。大人達が軽々と振り回しているように見えた、鉄製の剣の重さに驚いたことは今でも忘れない。型通りのけいができるようになるまでに、体は傷つき手はだらけになった。


 一年の月日の後、ういじんの機会がやってきた。辺境防衛軍への参加。魔王軍側はゴブリン・デーモンを主体とした最下級悪魔のみで構成されていたにも関わらず、初めて目にする戦場の、けつしゆうに恐怖し足がすくみ、教会騎士達に守られるだけで一匹の悪魔もたおせなかった。


 自分の弱さと、自分がいどもうとしていた相手がに遠く恐ろしい存在であったかをまざまざと知った。父をうしなってから決して流すまいと決めていた涙は、あっさりせきを切った。


 それから月日が過ぎ、幾つもの戦場を経験したエミリアは、気がつけば前線で教会騎士達を率いて魔王軍のとりでや司令部を攻略していた。


 教会騎士エミリア・ユスティーナの名は、教会軍だけでなく諸王国軍の騎士やようへい達の間に広まっていった。白銀のプレートに金と緋の教会紋章を刻んだよろいまとたてを持ち、だいほうしん教会の象徴であるイグノラ十字をあしらった騎士剣を振るい、多くの悪魔をほふるその姿は〝戦乙女〟や〝聖女騎士〟などの異名で呼ばれ、いつしかエミリアは、魔王軍と戦う騎士の筆頭として多くの人間に知られる存在となる。


 そんなエミリアのもとには多くの頼りになる仲間が集まった。


 大法神教会最高位聖職者〝六人のだいしんかん〟の一人ひとりオルバ・メイヤー。ルシフェル軍に捕らえられていた西大陸神聖セント・アイレ帝国宮廷ほうじゆつエメラダ・エトゥーヴァ。北大陸の深山で木こりを営んでいたせんじゆつどうアルバート・エンデ。


 あるときは四人で、あるときはそれぞれが軍を率いて魔王軍と戦った。


 そして十六歳になったあの日。聖剣を扱いうる戦士に成長したエミリアは、その身に〝進化聖剣・片翼ベターハーフ〟を宿し、名実ともに、魔王を斃す力を得た。


 天より下された聖剣を振るう〝勇者エミリア〟の誕生のしらせは全土に広まり、大勢の人々がエミリアの名を聞き奮い立った。勇者誕生の日は、エンテ・イスラの人間達の、本格的な魔王軍への反抗が始まった日でもあったのだ。


 エミリアは、その様をただ冷静にながめていた。ほこらしさは無い。大儀も無い。自分にとってそれは、自分が魔王に対抗し得る力を得た日、という以上の意味は無かったのだ。


 エミリアの心の中にあったのは、常に父の面影と、魔王軍への暗い復讐心のみだった。仲間達はそれを察しながら何も言わず、ただエミリアの剣となり楯となり、命を分かち合う友となってくれた。


 三人の悪魔だいげんすい達を破竹の勢いで撃破し、死闘の末乗り込んだ魔王城での決戦。魔王の片角を打ちくだいたしゆんかんの震えるような黒い歓喜。異世界へのゲートにはばまれ魔王を逃がした時の震えるようなあかさび色の憤怒。


 エミリアは戦いを覚えた時から、ただ魔王を殺すそのしゆんかんだけを夢見て生きてきたのだ。




    ※




 地上は正にはちの巣をつついたようなおおさわぎだった。


 やすくに通りは全面封鎖され、何十台もの緊急車両がほうらく現場を遠巻にきしている。無数のパトランプが都市の夜景を緊張の色に染め、その輪の外には多くのマスコミ車両が詰めかけていた。


 救助隊が地下通路に入った時には、おうは既に全ての被害者をれきの中から救出していた。誰にも目立った外傷が無く、緊張のおもちで現場に入った救急隊員は皆驚きを通り越して逆にあわてふためいてしまった。


 魔王の外見は救助を終える頃には真奥さだに戻っていた。流石さすがに疲れきった様子の真奥は他の被害者とともに床に突っ伏していたが、状況が状況なだけに真奥の様子を怪しむ者などいるはずがなかった。


 もちろん真奥は、自分が全員救助した、などと救急隊員に申告するはずもない。被害者のほとんどが意識を取り戻すとともに自分の足で歩き始め、ひたいを少しだけ切ったが一番重傷であったほどだ。


 恵美が眠らせたは、ほほたたくとすぐに目を覚ました。そしてもう自分が地上に出てきていることに気づくと、そばにいた真奥の顔を見、何か言おうとしてすぐに口を閉じてしまう。


「ま、なんにせよ無事で良かった」


「は、はい……」


 真奥に頭をでられ、しやくぜんとしない表情をしつつも少しだけほほむ千穂。周囲では救急隊員や警官が慌ただしく行き来して、〝救助〟された人々を安全地帯まで誘導している。


 千穂は一台の救急車の中で額の応急処置をしてもらっている恵美を見て、意識を失う前に恵美とした会話を思い出そうとしたが、か記憶に霧がかかっている。


「ちょっと失礼します。救出された方ですね」


 すると二人ふたりのそばに、制服姿の警官が一人ひとり、帳簿のようなものを持って現れた。


「大きなをされなくて、何よりです。申し訳ありませんが、被害に遭われた方の身元を確認させていただいてまして、こちらに連絡先をご記入いただけますか。後々の補償や見つかった逸失物の返還の際に必要になってきますので」


 そう言って警官が差し出した帳簿には、既に何人もの名前と住所が記入されていた。


 真奥は素直に名前と住所を記入し、千穂に渡す。千穂もそれにならって書き込んだ。


「あれ? もしかして、警部補のおじようさんですか?」


 千穂の記入した住所を見た警官が何かに気づいて言う。


「ええと、はら宿じゆく署のせんいちのことなら、私の父ですけど……」


 千穂が驚いて答える。その名に警官がうなずいた。


「やはりそうでしたか。警部補も現場整理のどこかに出てきています。未成年の方は保護者の方に迎えに来ていただくようお願いしていますので呼んできますね。佐々木警部補も、後からおじようさんが被害に遭われたと知るよりは、今のうちに無事を知らせてあげた方がいいでしょうから」


「あ、はい」


 うなずしりに、警官は無線で何事か話している。きっと千穂の父を呼んでいるのだろう。その警官の姿を見た千穂が急にそわそわしはじめた。


「あ、あの、おうさん……」


 真奥はすぐに千穂の言わんとすることを察して、安心させる意味も含めてがおを作る。


「ん、ああ、おやさんね。分かってる分かってる。男とデートしてて事件に巻き込まれたとか、やましいことなくてもイヤだもんな」


「……ごめんなさい」


 千穂は心底申し訳なさそうに言う。


「いいっていいって。本当にお互い無事で良かった。またバイトでな。今度ソフトクリームマシンのメンテナンス教えてやるよ。そんじゃ」


 手をひらひらさせながら真奥は、お辞儀をする千穂から離れる。少し歩いたところで振り向くと、丁度先ほどとは別の制服警官が一人ひとり、人ごみをき分けて千穂のそばまで飛んできたところだった。


「ありゃ」


 真奥はその警官を見て思わず声を上げた。知っている顔だったのだ。


 エンテ・イスラから逃亡し日本に落ちたその夜、代々木の裏道で傷ついた魔王とアルシエルを発見し原宿警察署までパトカーで任意同行したのが、千穂の父親だったとは。


「警ら係りササキ……か。偶然じゃなかったのか。あのおっさんに来たばかりの俺達の魔力が少しでも反応してたら……」


「ちょっと魔王!」


「うわっ!」


 追憶と思考の中にいた真奥は、いつの間にか背後にいたの大声で現実に引き戻される。


「どうやら、今は真奥さだみたいね」


 ひたいに包帯をいた痛々しい姿でも、鋭い眼光は変わらず真奥をじろじろながめ回す。角は消え、魔物の足が引き裂いたデニムのすそからはすねだらけの生っちろい脚が見えているだけだ。


「ツキノワグマにでも見えるか?」


「冗談に取り合ってる場合じゃないの」


「ちょっと姿が元に戻ったのは偶然だ。原因は分からんし、あの程度のことやっただけですぐ戻っちまったしな」


 タダでさえ冗談が通じない相手がせまる目でにらみつけてくるので、仕方なくおうは素直に答えるが、


「隠し事してもためにならないわよ」


 まるで誠意は伝わらない。


「だから勇者のセリフかそれは。多分俺を見張ってても当分は元に戻ることはないと思うぞ。もちろん今回のことを検討したうえで、何かアクションは起こすかもしれないが」


「……何をするつもり?」


「いろんな街の地下でめしを食いながらほうらくを待つ」


「バカ」


「うっせぇ。今日きようはもう疲れたから家帰って寝るわ」


「ちょっと!」


「うるせぇな、今日のところはもう何も起こらねぇよ。偶然にせよ俺が魔力を取り戻して、向こうさんの襲撃は失敗してるからな」


 を追い払うような仕草で面倒くさそうに言う真奥。だが恵美にしてみれば聞き捨てならないセリフだ。


「襲撃は失敗? どういうことよ」


「お前途中からちーちゃんの話聞いてたんじゃねぇのかよ」


 真奥は少しあきれたように肩をすくめた。


「自然現象なわけねぇだろ。お前と俺がいる場所でこんな事故が起こるってことは、誰かが仕掛けてきてるんだ。ソナーを打ったのか魔力干渉を起こしたのか知らんが、一つだけ言えることは、もう俺達のメンは割れてるってことだ」


 恵美は目を見開く。


「じゃあ、敵は……」


「すぐ近くにいた。俺達が気づかなかっただけでな。だが追いちをかけてこなかったのは、俺が〝魔王〟に戻りかけたからじゃないか」


「で、でも、だとしたら一体誰なの? 魔力もせいほうも補充できない日本でこれだけの力を放出できるなんて」


 恵美のその言葉に、真奥は少しだけ複雑なみで答える。


「心当たりなら、ある」


「ちょっと!」


 恵美は色めき立つが、真奥は表情を固めたまま、


「だが、お前に特に教えてやる義理も無い。教えたって何ができるわけでもない」


 と冷たく言い放った。恵美はいつしゆん反論しようと思ったが、真奥の言うことはある意味正しいのでぐっとこらえた。


「だが、いざというときあわてられてもイヤだからな。ヒントだけ教えてやるよ」


「……ヒント?」


「ああ、まず相手はインターバルはあるにせよ力を好きに使える。今のエンテ・イスラでそれができるのは誰かを考えな。少なくとも俺とお前を同時に殺せる、と自負するやつだ」


 とてそれくらいは自分で推理をしてみた。しかし、そんな存在には全く心当たりが無い。恵美が考え込んだのを見ておうは少し皮肉な形に口のはしを吊り上げる。


「分かったか? 分かったら俺は帰るぞ。対策を練らなきゃならんし、それに眠い」


「ちょ、ちょっと待ちなさい、まだ話は……」


「終わってないと言いたいんだろうが、今日きようはセコンド乱入でノーゲームだ」


 言いながら真奥は恵美の肩越しに後ろを指差す。救急車の更に向こうの進入禁止テープから身を乗り出し、多くの野次馬に混じってこちらに手を振り声を上げている人物を発見する。


……」


「あれ、お前の同僚か何かか? しきりにお前の名前呼んでるぞ」


 すず梨香は制服姿のまま、恵美が自分を認めたと気づくやことさらに大きく手を振る。


「ちゃんと友達、いたんだな」


「大きなお世話よ。あなたには関係ないわ」


 真奥のわざとらしい言葉にそっぽを向いて吐き捨てた恵美だったが、


うらやましいこって、ほら、行ってやれよ」


「でも、落ち着いたらまた襲ってくるんじゃないの?」


 これは正直な不安のだ。今回のほうらくは前の魔力弾の襲撃の時とは違い、大勢の関係ない人々が巻き込まれた。また襲撃を受ければ、今度は梨香を巻き添えにしかねない。だが真奥は鼻で笑い、自信満々言い切った。


「ないな。俺とお前、両方をターゲットにしてるって向こうから宣言してるんだ。片方だけ襲えば、片方が警戒するだろ。信用しろよ。悪事に関して俺の右に出る者はいない」


 ほこるようなことではないが堂々と胸を張る真奥に、


「ほら、あんま待たせるなよ」


 そう言って背を押されたことに、恵美は不思議といやな気はしなかった。


 一歩み出して、すぐに顔だけ振り向く。


「今日だけだからね」


「へいへい。大人しくしてろってんだろ。分かってますよ」


 気のない返事を信じたわけでもないだろうが、恵美は少しだけ顔をゆがめると早足で去ってゆく。やがてテープ越しに同僚らしき女が、恵美のことを泣きながら抱きしめる。OL風の制服姿になんの変哲もないサンダル。さわぎを聞いて取るものとりあえず飛び出してきたのだろう。


 真奥は小さく苦笑した。


「そんなとこ見せつけられちゃ、やる気もせるっての」


 そう言ってきびすを返そうとして、


「ま~お~う~さ~ま~……」


「うわあし!」


 背後霊のように後ろに立っていた芦屋に気づかず激突しそうになった。


「もーしわけありませんんん!」


「な、なんだよいきなり、てか、今の今までお前どこにいたんだよ」


 芦屋はどうこくしながらみっともなくはなをすすり、彼方かなたにある救急車の一台を指差した。


「エミリアの接近を許したばかりか敵の接近にも気づかず、あまつさえ魔王様に命をお救いいただき、なんとおびしてよいものやらあああ!」


 ほこりっぽい姿で暑苦しく泣きわめきはじめる芦屋をおうはげんなりしながら横にどかす。


「うっせぇよ、公衆の面前で泣き喚くなみっともない……帰るぞ、、してねぇよな」


「ううっ、はい……はいい! お心遣いをいただいてえええ、私はああ!」


 その後都合三度身元確認の警官に呼び止められ、うち二回補償と病院の案内を受け、事件を取材に来たマスコミに捕まりそうになり、もろもろ逃げて電車賃をけちってしん宿じゆくからささづかまで歩いた結果、帰宅したのはそれから二時間後のことだった。

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