魔王、新宿で後輩とデートする(4/6)
目を開く感覚は確かにあった。だが、開いてもそこには闇があるだけで、千穂は思わず
気絶するなど初めての経験だったが、その直前の記憶は鮮明に千穂に恐怖を
「ど、どうなったの」
千穂が思わず
「良かった、気がついたのね」
すぐそばで女の声がした。
「だ、誰ですか?」
「私よ」
完全な
「あなたは……」
突然闇に薄ぼんやりと光が浮き上がり見えた顔は、
女の顔を認識して
「だ、だ、大丈夫ですか!」
「ああ、これ?」
女が無造作に
「大したことないわ」
「で、でも、そんないっぱい、血が」
「見た目ほど大したことはないわよ。ほっときゃ固まるわ」
なんでもないことのように言う女の手には、携帯電話が握られている。
「でも参ったわね。完全に閉じ込められたわ」
女は携帯電話の灯りを周囲に巡らせる。地下通路の
「あ、あの、地震で?」
「ええ、地下通路
「わ、私どれくらい」
「崩れてから三十分も経ってないわよ。人間
恐る恐る体を動かすが特に痛みもなく、女の落ち着き払った様子に感化されてか、闇への恐怖が少しづつ薄れて千穂は大きく息を吐く。
「
「まぁね。こんなことはちょっと前まで日常
「お姉さんがいるからです、
女はこんな場合だというのに
「
「
非常事態の最中の握手。千穂はこんな状況にも関わらず落ち着いている自分に驚いていた。
「
「少なくとも私達のそばにはいないわ。そんなに離れた場所にいるはずはないんだけど」
「いいえ、そうじゃなくて……」
こんなことになるまでは一つのテーブルを
「ああ、
言いにくいことをあっさりと口に出す
「そうね、私としてはここであいつが死んでてくれると
続け様の過激かつ非情な発言。しかしその軽さが、恵美自身そう考えていない
「あいつは絶対に生きてる。こんなところで死なれてたまるもんですか、あいつを倒すのはこの私なのよ。災害に巻き込まれて事故死なんて情けない死に方、私が許さないわ」
だが恵美は自信たっぷりにそう言い切った。その確信に満ちた言い方に、
「そうですよね、きっと、無事ですよね」
「ええ、無事よ」
恵美はそう言うと千穂の隣に腰を下ろす。お互いの位置は確認したので、節電のために恵美は携帯電話を閉じた。再び
「それに、変だと思わない?」
「何がですか?」
「ここに、こんな都合よく私達
「……あ」
千穂も災害救助現場の報道を見たことくらいはある。まったく身動きも取れないまま何日も救助を待った生存者などがニュースになったりすることを考えると、生きていられるどころか動き回れるだけの空間があることなど奇跡を通り越し怪奇現象だ。
「こんな場所がこの瓦礫の中にいくつもあるはずよ。小さな魔力結界が沢山あるみたいだし、きっと真奥が何かやったんでしょうね」
「マリョクケッカイ?」
千穂は聞きなれない言葉を聞き返すが、恵美は意に介さず話し続ける。
「多分誰も死んでないわ。それにここから一番遠い結界も、五十メートルは離れていないし。思ったより被害は大きくないのかも」
千穂に話しかける、というより半分独り言のような恵美の言葉。
「本当なら感謝するべきなんだけど、魔王がこんなに
「
「これだけの数の結界を
「ここが、ですか? 真奥さんが、作った?」
「そう。私達を助けるためにね。腹立つわ。なんで魔王のくせに勇者を助けてるのよ。
「あの……
「気にしないで、独り言よ」
恵美の微苦笑する気配が伝わってきた。
「真奥のどこが気に入ったの?」
「えっ!」
突然そんなことを振られて千穂は暗闇の中で飛び
「ななななななな何を言ってるんですか!?」
見えるはずもないのに顔の前でバタバタと手を振る千穂。
「真奥のことが好きだから、私の言ったことが気に食わなくて突っかかってきたんでしょう?」
「す、す、好きって、私、別にそんな」
千穂は本気で
「そ、そんな簡単に分かっちゃいますか」
涙声で尋ね返した。苦笑する気配が返ってくる。
「知らぬは本人ばかりなり、ってね。
「うー……」
千穂は自分の顔が熱くなっているのが分かる。
「ゆ、ゆ、遊佐さんは、真奥さんのことどう思ってるんですか?」
「私?」
「真奥さんを敵だとか言う割には、近くにいたり、変に親しげだったりしますよね」
「……あいつと親しいなんて絶対
「どれくらい、なんですか?」
「私が先に向こうを知ってたんだけどね、向こうが私を認識したのは二年くらい前かな」
「卒業したのが同じ中学とかですか?」
「それならもっとお互い穏やかな関係が築けたんでしょうね」
「でも、あいつを好きになったら、
「なんだか良く分かりませんけど……」
「じきに分かる……いえ、分からない方がいいのかもね。とにかく今は」
言うなり恵美は
「少しだけ眠ってて。最近の魔王は変に人の目を意識しちゃうみたいだから」
静かな寝息を立てる千穂の体をゆっくりと横たえる。
「つまんないグチ聞かせてごめんなさい。目が覚めたら、全部忘れてるから」
言いながら再び千穂の額に手を当てると、また指先が淡く光り、すぐ消えた。
「近くにいるんでしょ。千穂ちゃんは眠らせたわ!」
恵美の声に答えるように、
「大きなお世話だ」
瓦礫が落ちる音とともに、
「そう考えると複雑だな、俺達の関係は」
「そうね。お互い望んで出会ったわけじゃないから、余計に面倒くさいわ」
「違いない」
真奥の声は少し高い位置から聞こえる。恵美は
「ちーちゃんを頼む。ここから出るぞ。意外に被害は小さいみたいだが、
暗闇に光が
「ま、魔王っ!」
「なんだよ」
なんでもないような返事、だが、
「そ、その姿……どうしたの!」
「知らん。なんか、こうなってた」
顔だけは間違いなく真奥
視認できるほどの
やや高い位置から声が聞こえていたのは、
変化はそれだけだったが、明らかに真奥は、魔王の姿を取り戻しつつあるように見える。
「だから結界も張れたし、今ならこの
安心しろと言われて素直に安心できるはずがない。何が原因かは分からないが、真奥は魔王であるために必要な魔力を、地下道崩落から今までのほんの短い間に回復できたのだ。
「結界維持しながら瓦礫をどかすのはホネだな。この格好もどう
真奥は少しずつ、真紅の魔力を周辺の瓦礫に染み込ませてゆく。
この禍々しい魔力の流れに押し出されて、いつこの背から悪魔の
「う……ん」
千穂の寝息と、寝言とも呼べない小さな声が、恵美の中に生まれたほんのわずかばかりの殺気を打ち消した。
今、魔王を殺せば目的は達成できるかもしれないが、魔王の力で生存している多くの人たちが
「どうしてよ」
恵美は
「どうして、魔王が人を助けるのよ」
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