魔王、新宿で後輩とデートする(2/6)

 恵美はイライラと案内された待合室で待つ。まゆは若い恵美のひたいに彫刻刀で彫ったかのごとく深いしわえがき出している。


 げんというオーラがまるで目に見えるかのような恵美の態度は、代々木警察署正面玄関受付の婦警を一歩引かせたほどだった。


「お待たせしました」


 やがて一人ひとりの制服警官が待合室に現れしやくをした。残念ながら今の恵美にそれに答える心理的余裕はない。


「ご足労おかけして申し訳ありません。これも一応手続きでして」


「はぁ」


「ええと、身分証明書の確認を、失礼します……。はい。ではこちらの書類に住所と氏名をお書きいただいて、こちらにおういんを……」


 今日きようの私は保険証と印鑑を持参しているのだろう。銀行のキャッシュカードの再発行手続き以外に使うはずではなかったのに。


 書類が引き裂かれそうな程の筆圧で署名し、差し出された朱肉を押し破らんばかりに印鑑でひねり、机までつらぬく勢いでなついんする。


 そんな恵美の心中を知ってか知らずか、恵美の様子にじやつかんどうようをにじませつつも、警官は善良なる市民に最後までがおを向けた。


「はい、これで身元引き受けの手続きは完了しました。おうさんとあしさんは別室で待機していますので、ごいつしよにお帰りいただいて結構です。また何か分かりましたらお話をうかがうこともあるかもしれませんが」


「一緒になんか帰りません!」


 恵美は警官にみついた。






「いやー、悪いな。他に思い当たらなくてさ」


「本当はこんなことで、貴様を頼りたくはなかったのだがな」


 警察署の入り口で真奥と芦屋はいけしゃあしゃあと言ってのけた。


「アパートに刑事が来た時はマジであせった焦った。まさか自転車からうちを割り出すとは、やるな日本の警察」


「しかし予想通りでしたね。勇者が年齢でサバ読んでいたのは」


「言った通りだろ? 未成年じゃ保護者のきよだく二人ふたり以上の保証人がいないとマンション借りられないからな。何かの術ですにしろ、絶対以上って戸籍登録してると思ってた。でも確かサバって下に読むんじゃねぇの?」


「そもそもなんで〝さば〟なんでしょうね?」


「どうでもいいわよそんなことっ!」


 恵美のぜつきように真奥と芦屋は思わず耳をふさぎ身をすくめる。


「なんで……っ、なんで、私が……私が」


 いかりに打ち震える。


「なんで勇者たる私が魔王一派の身元保証人にならなきゃいけないのよっ!」


「ば、バカっ! 声がでけぇよ!」


 周囲の人々の注視にあいまいな笑いを浮かべながら、おうは恵美を警察署の外に押し出した。


「仕方ないだろ! 他に思い当たらなかったんだから!」


「マグロナルドのさき店長という案もあったが、被害者扱いとはいえ警察とがめられて魔王様がクビになっては大変だからな」


「まぁ木崎さんそんな人じゃねぇけど、迷惑かけたくねぇしな」


 だがそんな言い訳に耳を貸すような恵美ではない。そもそも魔王の言うことにいちいち耳を貸していては勇者など務まらない。


「何よそれ! 私になら迷惑かけてもいいって言うの!」


「そりゃお前、魔王ってのは勇者に迷惑かけてナンボだろう」


 何をしたり顔で言うのか、恵美は頭をかきむしる。


「どこで私の番号知ったのよ! まさか昨夜ゆうべ私の携帯を盗み見たんじゃないでしょうね?」


「そんなことするか! この前二人ふたりして交番に連れていかれた時電話番号書かされたろうが」


「だからって普通私を指名する!?」


「他にいなかったんだって。俺達もダチいないから仕方ねぇだろ。いいじゃん昨日きのう泊めてやったじゃんか」


「っ~~~!」


「そう言やお前、それ職場の制服か? 勇者がOLやってるってなんか面白いな」


「どうでもいいっ!」


 恵美は制服のリボンをむしり取ると頭を抱える。


「落ち着けエミリア。勇者ともあろう者が情けない」


「あなたに言われたくないアルシエル! まだ月の頭なのに何よ、あのすっからかんの冷蔵庫! 魔王軍一の知将が聞いてあきれるわ! もうちょっと計画的に買い物しなさいよ!」


「うぐぅっ!」


 アルシエルは何かよく分からない形で致命傷を受けてその場に崩れ落ちた。口の中で私のせいじゃないのにとかなんとかブツブツつぶやいている。


「気をつけなさいよあなた達! 今日きよう私の仕事場にきようはく電話が来たわ! ねらわれているのは魔王、あなたも同様よ! せいぜい用心することね!」


「なんだって?」


 問い返す真奥には構わず、恵美は腰に手を当て胸を張って、人差し指を突き出した。


「警告はしたわ! でも忘れないことね! 魔王を倒してエンテ・イスラを平和に導くのは勇者であるこの私よ!」


「そのこころざしは買うが、頼むから公衆の面前だという現実を忘れるな」


 うろたえるおう、崩れ落ちて泣いているあし、真奥に向かって指をさし、朗々と大人げないセリフを吐く


 警官や訪問者の冷たい視線を受け、恵美はしゆんに首から耳の先まで真っ赤になる。


「と、と、と、とにとにかく気をつけなさい! 私が言いたいのはそれだけよ!」


「ご忠告どうも……」


 真奥の気のない返事も聞かず、恵美はスモールトートバッグを振り回しながらおおまたの早足で逃げるように去っていった。


「俺と、あいつ。両方をねらってる? しかも、電話をかけてきた、か」


 真奥は恵美にしてやられて立ち直れない芦屋を立たせると、


「おい、しっかりしろ芦屋」


「私の……私のせいじゃないのに……私の家計簿は完璧なのに……」


「しっかりしろ! とにかく帰るぞ。この後ちーちゃんと約束があるんだから」




    ※




「くっそ、警察のせいで貴重な休日の時間を遣いしてしまった」


「いいじゃありませんか。タダでパンクを直してもらえたのですから」


 警察署からの帰り道、真奥は返してもらった自転車を押しながら文句を垂れている。


 真奥は確かに警察署で事情聴取こそ受けたが、決して犯人と目されているわけではなく純粋に被害者として取り扱われた。


 自転車を交差点に放置した理由は、魔王としてはくつじよくきわみの言い訳ではあったが、


「怖くてワケもわからず逃げ出した」


 と弁解したところ担当の警官は、さもありなんと同情してくれた。まさに屈辱だ。


 アパートの部屋に戻った二人ふたりは、これからの懸案について話し合う。


 恵美が泊まった夜に来た、と誰のものか分からないメールの内容は、両方とも地震に関することだった。


 真奥は両方に返信を送ったが、正体不明の差出人からの折り返しは無く、一方の千穂からは、


『遊びや空想じゃないんです、本当に地震が起こりそうなんです 千穂』


 とみように要領を得ないあわてた様子のレスポンスが返ってきた。全てのメールの末尾に、〝千穂〟と絵文字で飾られた署名が入っているのかは分からない。


 その後、何度かのやりとりで近日中に大きく地震が起きるかもしれないことと、自分がそう思う理由を述べるメールが送信されてきたが、真奥は直接話を聞かなければ要点が分からないと判断し、今日きようの夕方、会うことになったのだ。


「結局そのさんはなんと言っているんですか」


「声が聞こえたんだとさ」


「は?」


「男の声で、変な警告じみたことを言われたんだとさ」


「どういう意味ですか。まさか映画やアニメじゃあるまいし、普通の女子高生が都合よくどこかのテレパシーを受信できるようになったわけではありませんよね」


「俺もちーちゃんに、青少年にありがちな電波入ったかと思ったがな」


 おうは苦笑する。


「もっとおおぎようなこと言ってくるかと思ったけど、ちーちゃんに変なことが起こるようになったのは、マグロナルドでバイトしはじめてからって言うんだ」


「つまりは、魔王様と接触するようになってから、みようなことが起きはじめた、と?」


「接触ってなんかいやな言い方だが、そうとも取れるってことだ。耳鳴りがひんぱつしたり、ちーちゃんちだけ地震が極端に大きかったりな。ほら、俺はこう見えても魔界の王だろ?」


「そうですね。そう見えても」


「……俺は本来ならいるだけで周囲の生命体になんらかの影響を与えてもおかしくないはずだからな、魔王なんだし」


 事情を知らない人間が聞けば、真奥の方が、電波が入っているようにしか聞こえない。


「ならマグロナルドの他のスタッフには何も起こらないのですか?」


「さぁ? 本人達が気づいていないだけかもしれないし、ちーちゃんの言うことが勘違いだってことも十分あり得る。だが魔力弾で襲われたばっかりだし、恵美のところにもきようはく電話が来たんだろ? 敵が誰だか分からないが、こっちの身辺調査をした上でプレッシャーをかけてきている可能性もある。それに最悪……」


「佐々木さんが敵のせんべいかもしれない、と?」


「考えたくはないがな。どちらにしろ、どんな小さな可能性も見逃しちゃならんてこった」


「理解しました。しかし……それなら私も同行させていただきます。万が一、昨夜魔王様を襲った者が関わっているとしたら、警戒の目は多い方がいいでしょう」


「お前そんなこと言って、ちーちゃん見てみたいだけだろ」


 真奥は意地悪い顔をしてあしを突くが、芦屋はけいべつしたように鼻を鳴らす。


「ええ、私ががめしなければ、きっと魔王様は銀行にお金が無いことを忘れて見栄を張り、佐々木さんに色々おごってしまうでしょうからね。それに万が一何者かが現れたとして、発見し次第速やかに処置しなければ『魔王サタンは女子高生とデートしていた』などと敵に後ろ指を差されかねません」


 偉大なる魔王サタンも、正論の前にはちんもくせざるを得ない。


「それで、どこで何時に待ち合わせて、何時にお帰りですか」


「お前は俺のお袋か! 今日きようは部活があるとか言ってたから、五時にしん宿じゆくの東口だよ」


「まだ時間がありますね。では魔王様、出かけましょうか」


「は?」


 帰ってきたばかりなのにまたいそいそと身支度を始めるあしおうは首をかしげる。


「買い物と床屋ですよ。仮にも魔王サタン様ともあろう御方が、全身ユニシロのまま髪も整えずにデートに行くおつもりですか」


「いいじゃねぇか髪とか服とか。お茶して話聞いてさよならだぞ! 別にそんな……」


「年頃の女の子は深刻な悩みを気心の知れた友達以外には絶対に話しません。両親にもです。それなのに魔王様にそれを話した、その意味が分からない魔王様ではありませんよね」


 そう詰め寄られて分からないとも言えない。


「わ、分かります、はい」


「それは良かった。私としても人間の小娘ごときに自分のあるじがオフで服装に気を使わないなどと思われたくはありませんからね。なるときも威厳を大切にしてください。衣はボロでも心はにしき。馬子にも衣装です」


 言いながらさつそうと玄関を出る芦屋の背に向けて真奥は怒鳴った。


「アパレル業界成長率ナンバーワンのユニシロと、俺に謝れ!」






 の勤めるコールセンターの受付時間は、土日祝日は十七時まで、その三十分後が恵美の退勤時間だった。


 真奥と芦屋のおかげで昼休みを全力フルスイングで棒に振った恵美のその後の仕事ぶりは著しく精彩を欠き、隣のが体調を心配するほどに顔色も優れなかった。


「ね、今日は早めに帰って休みなね?」


「……うん、そーする」


「何があったか知らないけど、元気出しなよ?」


「ありがと……」


 恵美の返事は弱々しい。


 梨香に見送られて夕方のざつとうひしめく新宿を、人の波に流されるまま歩いてゆく。


 何が悲しくてきゆうてきの身元保証などせねばならないのか。社会の荒波にまさしく流されるまま、気がつけば魔王といくつもの公的な書類上で近しい存在であると記録されてしまった。


 くつじよくきわみである。


 恵美の利用するけいおう線の改札は新宿西口にある。東口方面からは地下通路を通ると信号や人ごみにさえぎられずに進むことができるので、恵美は必ずこの地下通路を使っているのだが、今日ばかりは地下への急な階段が奈落への入り口に見えて仕方がなかった。


「……もういや


 だから地下連絡通路に降りた時、商店や飲食店が並ぶ一角でいつしゆん視界の端を通り過ぎた人物を、は疲れのせいにして見逃してしまおうかと思った。しかしそれは勇者のほこりをより傷つけるだけだと思いなおし、弱くなった心をしつしながらその人物に後ろから近づきその肩を思いっきり引っ張った。


「こんなところで何してるのあし


「うおわぁっ!」


 アルシエルの人間型は、こうして街中で見ると頭一つ背が高い。


「え、え、え、エミリ……」


恵美、よ。人前でかつに本名呼ぶとか、注意力足りてないんじゃない?、芦屋さん?」


「ぐ、ぬ」


 芦屋は複雑な表情でうめく。


「今のあなた、あからさまに怪しいわよ。誰か尾行でもしてるのかと思ったわ」


「うぐっ!」


 芦屋の顔が一層こわる。


「あら図星? だとしたらよく警官に職質されなかったわね」


 恵美が芦屋に気づいたのも、一重に自分の体を柱の陰に隠しながら顔だけ通路に出してあたりをうかがうようなベタなマネをしていたからだ。子供の鬼ごっこだってもう少しスマートに周囲を索敵するだろう。


「き、貴様には関係あるまい! せろっ!」


 そしてそのあわてっぷりを見るに、芦屋にとって相当マズい場面を見つけてしまったらしい。恵美の勘は放置してはならないと告げていた。


「あら、それが身元保証人になってあげた人に対する言葉かしら?」


「おのれ! さかしらに小さな恩を振りかざしおって!」


「悪魔ってのは本当に恩知らずなのね。第一そんなことがなくたって、勇者たる私があなた達を見つけて放置しておくと思う?」


「思わんがここは一つ私の顔に免じて」


「あなたの悪魔時代の顔知ってる私に何を免じろって言うのよ」


 恵美はもう芦屋を無視することに決め、芦屋がのぞき込んでいた通路を見る。


「あっ、こ、こらっ!」


 慌てふためく芦屋を抑えながら恵美が見ると、丁度芦屋がいた位置からは、小さなカフェが真正面に見えた。どこにでもあるチェーンのカフェだが、その、外に面した窓際の席に……。


「ちょっ……」


 恵美は息をんだ。


「あああああ、魔王様、申し訳ございません……」


 後ろであしなげき声がする。


「あ、あ、アルシ……芦屋っ! あれどういうことっ?」


「知るかっ! 自分で考えろっ!」


「何をどう考えろっていうのよっ!」


 そこでは衝撃的な映像が展開されていた。おうと、真奥が『ちーちゃん』と呼んでいた、マグロナルドの女子高生が、カフェで仲良くおしゃべりしているのである! どこからどう見てもデート中のカップルにしか見えない。真奥はまるで雑誌の大人の男特集から抜け出てきたようなおしやさんに大変身していた。そのビフォー・アフターたるや、テレビのバラエティー番組でも滅多にお目にかかれないほどのへんぼうぶりである。


「あ、あなた達っ!」


「な、なんだっ」


 振り返ったの表情の険悪さに、芦屋は思わず一歩身を引く。


「あの女の子に一体何をするつもりなの、このゲスっ!」


「げ……!」


 女で、しかも勇者であるとは思えぬ恵美の突然の暴言に芦屋は立ちくした。


「悪魔や魔王のあなた達があんな可愛かわいい女子高生連れまわして、かたや見張って、この変態!」


「へんた……え、エミリ……いや、! 頼むから話を聞……」


「ちょっとでもあなた達が日本でに生活してると思った私がバカだったわ!」


「ご、誤解だっ! お前が何を考えてるか知らんが、魔王様は決してヨコシマな考えでああしているわけでは……」


「ヨコシマじゃない魔王がいてたまるもんですかっ!」


 恵美の言うことはまったくもって正論である。


「頼むから話を聞いてくれっ!」


 芦屋は半分泣きそうになりながら、いきり立つ恵美にことのあらましを説明しはじめる。


 くだんの女子高生はという名の真奥のアルバイト先の後輩であり、向こうから真奥に対して相談を持ちかけたということ。真奥は魔力回復のヒントを得るため、彼女の悩み相談に乗っていて、決して危害を加えるつもりはないことなどを悪魔なりに誠心誠意説明した。


 恵美は芦屋の言葉をみにするつもりはなかったが、すぐさま魔王とうばつに突撃するのだけは思いとどまった。


「わ、分かってくれたか」


 それを見て恐る恐る尋ねる芦屋。


「私の宿敵が非常に情けない状態におちいっていることだけは分かったわ」


「ぐぬっ……め、面目ない」


「謝っちゃったし。でもなんでデートする必要があるの。話を聞くだけなら電話なりメールなりで済んだんじゃないの?」


「私もそう思った。だが向こうが直接話したいと言ってきたんだから仕方ない。様子を見るに、あのという少女は魔王様に少なからず好意をいだいているらしい」


「でしょうね」


「む、そこはなんとも思わないのか」


 悪魔である自分には十分重大な事実をさらりと流したに意外そうに言うと、か恵美は目を三角に吊り上げた。


「私が特別な感想をいだかないのが何かご不満?」


「い、いや、そういうわけでは……人間の少女ごときが魔王様にれんするなど、そんはなはだしいと私が思っているだけで……」


「私は逆に、なんであんな可愛かわいい子がおうごときしようなしに、って思うけどね」


「ま、魔王様をじよくするか!」


「勇者ですから。それはともかく、あれ見てそれが分からない女はいないわよ。遠目だから分かりにくいけど、あれ、この夏流行の形のワンピだし、髪も美容院行ったばっかりって感じに整ってるし、靴も新品よね」


「な、何? そ、そうなのか」


 三十分以上尾行しているあしはそんなことはまるで気づいていなかった。


「男の人には分からないでしょうね。素材で初夏のさわやかさを出して、フィット感でボディラインを強調する……」


 そこで恵美は、突然言葉を切った。窓越しのの姿を凝視し、思わずつぶやく。


「どうした、


「……大きいわね」


 恵美は無意識に自分の胸に手を当ててしまい、


「何がだ?」


 首をかしげて尋ねる芦屋の声で我に返った。


「えっ? な、なんでもないわよ! 大きくたって戦いで役に立つことなんか何もないわ!」


「は?」


「ち、小さい方がよろいの胸板とかも安く作れるし、動くのにじやじゃないし」


「……なんの話だ」


「なんでもないわよ! そ、それより、こ、こうして見ると人間型の魔王もそこそこ見られるじゃない。いつものユニシロと違って良さそうなの着てるし!」


 自分の意識の方向性を変えるためにも、恵美は強引に話題を振った。恵美の態度をいぶかしんでいた芦屋も、あるじめられて悪い気はしなかったらしく、意気ようようと胸を張る。


「私が雑誌を読んでコーディネートした。人間の少女ごときにあるじの普段着がダサいなどと思われたくないからな。こんなときのために、私もちょいちょい単発のアルバイトをしていたのだ」


 は持っていたかばんを取り落としそうになるくらい脱力する。


「……で、どうなの、あの子の話から何か得られそうなの?」


「知るか。私は後を追って不審なやつがいないかチェックしているだけだ」


「目下あなたが一番の不審者よ。悪魔ならここから店内の会話とか聞こえたりしないの?」


 仮にも魔王腹心の四天王にして悪魔だいげんすいであるアルシエルだ。あしの正体を知る恵美には当然すぎる質問だった。しかし、


「無茶を言うな。悪魔の超能力は魔力あってこそだ。魔力を失っている私にそんな化け物じみた聴力があるわけないだろう」


 大威張りで情けないことを言う悪魔大元帥を途中から無視し、恵美は考える。


 魔力回復の手がかりを魔王一派に見つけられるのは大変よろしくない。自分のせいほう補充のメドが立たない中で大きな力を取り戻されたら、今の恵美では打ちできるかどうか分からない。


 かと言って、今のうちにおうを仕留めたとしても、エンテ・イスラに帰るか、この国の官憲をだましおおすだけの力を残せるかどうかも分からない。


 何せ芦屋と違い、おうからはまだ、彼を魔王と判断できるだけの魔力を感知できるのだ。真奥が残存魔力の総量を擬装している可能性も十分考えられる。


 ならば、取りうる手は一つだ。


 目の前の危険、すなわち魔王一派が魔力回復の手段を見つけたら、それを先回りしてつぶす。対処療法でしかないが、手をこまねいてただ見ているよりはずっとましだ。


あし


「な、なんだ」


「こんなとこで見張ってたって、なんの意味もないでしょ、ついてきなさいよ」


「ついてって、どこに」


二人ふたりのいるカフェよ、決まってるでしょ。あの子も疑わなきゃいけないなら、すぐ近くに陣取って話を盗み聞きながら周囲を警戒するくらいじゃないと尾行とは呼べないわよ」


「な、なんだと! そんな大胆なこと後で魔王様になんと申し開きオイちょっと待って!」


 は多少強引な論法を展開し、いやがる芦屋の襟首をつかまえると、そのままずるずる引きずってカフェへと入っていったのだった。

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