魔王、新宿で後輩とデートする(2/6)
恵美はイライラと案内された待合室で待つ。
「お待たせしました」
やがて
「ご足労おかけして申し訳ありません。これも一応手続きでして」
「はぁ」
「ええと、身分証明書の確認を、失礼します……。はい。ではこちらの書類に住所と氏名をお書きいただいて、こちらに
書類が引き裂かれそうな程の筆圧で署名し、差し出された朱肉を押し破らんばかりに印鑑で
そんな恵美の心中を知ってか知らずか、恵美の様子に
「はい、これで身元引き受けの手続きは完了しました。
「一緒になんか帰りません!」
恵美は警官に
「いやー、悪いな。他に思い当たらなくてさ」
「本当はこんなことで、貴様を頼りたくはなかったのだがな」
警察署の入り口で真奥と芦屋はいけしゃあしゃあと言ってのけた。
「アパートに刑事が来た時はマジで
「しかし予想通りでしたね。勇者が年齢でサバ読んでいたのは」
「言った通りだろ? 未成年じゃ保護者の
「そもそもなんで〝
「どうでもいいわよそんなことっ!」
恵美の
「なんで……っ、なんで、私が……私が」
「なんで勇者たる私が魔王一派の身元保証人にならなきゃいけないのよっ!」
「ば、バカっ! 声がでけぇよ!」
周囲の人々の注視に
「仕方ないだろ! 他に思い当たらなかったんだから!」
「マグロナルドの
「まぁ木崎さんそんな人じゃねぇけど、迷惑かけたくねぇしな」
だがそんな言い訳に耳を貸すような恵美ではない。そもそも魔王の言うことにいちいち耳を貸していては勇者など務まらない。
「何よそれ! 私になら迷惑かけてもいいって言うの!」
「そりゃお前、魔王ってのは勇者に迷惑かけてナンボだろう」
何をしたり顔で言うのか、恵美は頭をかきむしる。
「どこで私の番号知ったのよ! まさか
「そんなことするか! この前
「だからって普通私を指名する!?」
「他にいなかったんだって。俺達もダチいないから仕方ねぇだろ。いいじゃん
「っ~~~!」
「そう言やお前、それ職場の制服か? 勇者がOLやってるってなんか面白いな」
「どうでもいいっ!」
恵美は制服のリボンを
「落ち着けエミリア。勇者ともあろう者が情けない」
「あなたに言われたくないアルシエル! まだ月の頭なのに何よ、あのすっからかんの冷蔵庫! 魔王軍一の知将が聞いて
「うぐぅっ!」
アルシエルは何かよく分からない形で致命傷を受けてその場に崩れ落ちた。口の中で私のせいじゃないのにとかなんとかブツブツ
「気をつけなさいよあなた達!
「なんだって?」
問い返す真奥には構わず、恵美は腰に手を当て胸を張って、人差し指を突き出した。
「警告はしたわ! でも忘れないことね! 魔王を倒してエンテ・イスラを平和に導くのは勇者であるこの私よ!」
「その
うろたえる
警官や訪問者の冷たい視線を受け、恵美は
「と、と、と、とにとにかく気をつけなさい! 私が言いたいのはそれだけよ!」
「ご忠告どうも……」
真奥の気のない返事も聞かず、恵美はスモールトートバッグを振り回しながら
「俺と、あいつ。両方を
真奥は恵美にしてやられて立ち直れない芦屋を立たせると、
「おい、しっかりしろ芦屋」
「私の……私のせいじゃないのに……私の家計簿は完璧なのに……」
「しっかりしろ! とにかく帰るぞ。この後ちーちゃんと約束があるんだから」
※
「くっそ、警察のせいで貴重な休日の時間を
「いいじゃありませんか。タダでパンクを直してもらえたのですから」
警察署からの帰り道、真奥は返してもらった自転車を押しながら文句を垂れている。
真奥は確かに警察署で事情聴取こそ受けたが、決して犯人と目されているわけではなく純粋に被害者として取り扱われた。
自転車を交差点に放置した理由は、魔王としては
「怖くてワケもわからず逃げ出した」
と弁解したところ担当の警官は、さもありなんと同情してくれた。まさに屈辱だ。
アパートの部屋に戻った
恵美が泊まった夜に来た、
真奥は両方に返信を送ったが、正体不明の差出人からの折り返しは無く、一方の千穂からは、
『遊びや空想じゃないんです、本当に地震が起こりそうなんです 千穂』
と
その後、何度かのやりとりで近日中に大きく地震が起きるかもしれないことと、自分がそう思う理由を述べるメールが送信されてきたが、真奥は直接話を聞かなければ要点が分からないと判断し、
「結局その
「声が聞こえたんだとさ」
「は?」
「男の声で、変な警告じみたことを言われたんだとさ」
「どういう意味ですか。まさか映画やアニメじゃあるまいし、普通の女子高生が都合よくどこかのテレパシーを受信できるようになったわけではありませんよね」
「俺もちーちゃんに、青少年にありがちな電波入ったかと思ったがな」
「もっと
「つまりは、魔王様と接触するようになってから、
「接触ってなんか
「そうですね。そう見えても」
「……俺は本来ならいるだけで周囲の生命体になんらかの影響を与えてもおかしくないはずだからな、魔王なんだし」
事情を知らない人間が聞けば、真奥の方が、電波が入っているようにしか聞こえない。
「なら
「さぁ? 本人達が気づいていないだけかもしれないし、ちーちゃんの言うことが勘違いだってことも十分あり得る。だが魔力弾で襲われたばっかりだし、恵美のところにも
「佐々木さんが敵の
「考えたくはないがな。どちらにしろ、どんな小さな可能性も見逃しちゃならんてこった」
「理解しました。しかし……それなら私も同行させていただきます。万が一、昨夜魔王様を襲った者が関わっているとしたら、警戒の目は多い方がいいでしょう」
「お前そんなこと言って、ちーちゃん見てみたいだけだろ」
真奥は意地悪い顔をして
「ええ、私が
偉大なる魔王サタンも、正論の前には
「それで、どこで何時に待ち合わせて、何時にお帰りですか」
「お前は俺のお袋か!
「まだ時間がありますね。では魔王様、出かけましょうか」
「は?」
帰ってきたばかりなのにまたいそいそと身支度を始める
「買い物と床屋ですよ。仮にも魔王サタン様ともあろう御方が、全身ユニシロのまま髪も整えずにデートに行くおつもりですか」
「いいじゃねぇか髪とか服とか。お茶して話聞いてさよならだぞ! 別にそんな……」
「年頃の女の子は深刻な悩みを気心の知れた友達以外には絶対に話しません。両親にもです。それなのに魔王様にそれを話した、その意味が分からない魔王様ではありませんよね」
そう詰め寄られて分からないとも言えない。
「わ、分かります、はい」
「それは良かった。私としても人間の小娘
言いながら
「アパレル業界成長率ナンバーワンのユニシロと、俺に謝れ!」
真奥と芦屋のおかげで昼休みを全力フルスイングで棒に振った恵美のその後の仕事ぶりは著しく精彩を欠き、隣の
「ね、今日は早めに帰って休みなね?」
「……うん、そーする」
「何があったか知らないけど、元気出しなよ?」
「ありがと……」
恵美の返事は弱々しい。
梨香に見送られて夕方の
何が悲しくて
恵美の利用する
「……もう
だから地下連絡通路に降りた時、商店や飲食店が並ぶ一角で
「こんなところで何してるの
「うおわぁっ!」
アルシエルの人間型は、こうして街中で見ると頭一つ背が高い。
「え、え、え、エミリ……」
「
「ぐ、ぬ」
芦屋は複雑な表情で
「今のあなた、あからさまに怪しいわよ。誰か尾行でもしてるのかと思ったわ」
「うぐっ!」
芦屋の顔が一層
「あら図星? だとしたらよく警官に職質されなかったわね」
恵美が芦屋に気づいたのも、一重に自分の体を柱の陰に隠しながら顔だけ通路に出してあたりをうかがうようなベタなマネをしていたからだ。子供の鬼ごっこだってもう少しスマートに周囲を索敵するだろう。
「き、貴様には関係あるまい!
そしてその
「あら、それが身元保証人になってあげた人に対する言葉かしら?」
「おのれ!
「悪魔ってのは本当に恩知らずなのね。第一そんなことがなくたって、勇者たる私があなた達を見つけて放置しておくと思う?」
「思わんがここは一つ私の顔に免じて」
「あなたの悪魔時代の顔知ってる私に何を免じろって言うのよ」
恵美はもう芦屋を無視することに決め、芦屋が
「あっ、こ、こらっ!」
慌てふためく芦屋を抑えながら恵美が見ると、丁度芦屋がいた位置からは、小さなカフェが真正面に見えた。どこにでもあるチェーンのカフェだが、その、外に面した窓際の席に……。
「ちょっ……」
恵美は息を
「あああああ、魔王様、申し訳ございません……」
後ろで
「あ、あ、アルシ……芦屋っ! あれどういうことっ?」
「知るかっ! 自分で考えろっ!」
「何をどう考えろっていうのよっ!」
そこでは衝撃的な映像が展開されていた。
「あ、あなた達っ!」
「な、なんだっ」
振り返った
「あの女の子に一体何をするつもりなの、このゲスっ!」
「げ……!」
女で、しかも勇者であるとは思えぬ恵美の突然の暴言に芦屋は立ち
「悪魔や魔王のあなた達があんな
「へんた……え、エミリ……いや、
「ちょっとでもあなた達が日本で
「ご、誤解だっ! お前が何を考えてるか知らんが、魔王様は決してヨコシマな考えでああしているわけでは……」
「ヨコシマじゃない魔王がいてたまるもんですかっ!」
恵美の言うことはまったくもって正論である。
「頼むから話を聞いてくれっ!」
芦屋は半分泣きそうになりながら、いきり立つ恵美にことのあらましを説明しはじめる。
恵美は芦屋の言葉を
「わ、分かってくれたか」
それを見て恐る恐る尋ねる芦屋。
「私の宿敵が非常に情けない状態に
「ぐぬっ……め、面目ない」
「謝っちゃったし。でもなんでデートする必要があるの。話を聞くだけなら電話なりメールなりで済んだんじゃないの?」
「私もそう思った。だが向こうが直接話したいと言ってきたんだから仕方ない。様子を見るに、あの
「でしょうね」
「む、そこはなんとも思わないのか」
悪魔である自分には十分重大な事実をさらりと流した
「私が特別な感想を
「い、いや、そういうわけでは……人間の少女
「私は逆に、なんであんな
「ま、魔王様を
「勇者ですから。それはともかく、あれ見てそれが分からない女はいないわよ。遠目だから分かりにくいけど、あれ、この夏流行の形のワンピだし、髪も美容院行ったばっかりって感じに整ってるし、靴も新品よね」
「な、何? そ、そうなのか」
三十分以上尾行している
「男の人には分からないでしょうね。素材で初夏の
そこで恵美は、突然言葉を切った。窓越しの
「どうした、
「……大きいわね」
恵美は無意識に自分の胸に手を当ててしまい、
「何がだ?」
首を
「えっ? な、なんでもないわよ! 大きくたって戦いで役に立つことなんか何もないわ!」
「は?」
「ち、小さい方が
「……なんの話だ」
「なんでもないわよ! そ、それより、こ、こうして見ると人間型の魔王もそこそこ見られるじゃない。いつものユニシロと違って良さそうなの着てるし!」
自分の意識の方向性を変えるためにも、恵美は強引に話題を振った。恵美の態度をいぶかしんでいた芦屋も、
「私が雑誌を読んでコーディネートした。人間の少女
「……で、どうなの、あの子の話から何か得られそうなの?」
「知るか。私は後を追って不審な
「目下あなたが一番の不審者よ。悪魔ならここから店内の会話とか聞こえたりしないの?」
仮にも魔王腹心の四天王にして悪魔
「無茶を言うな。悪魔の超能力は魔力あってこそだ。魔力を失っている私にそんな化け物じみた聴力があるわけないだろう」
大威張りで情けないことを言う悪魔大元帥を途中から無視し、恵美は考える。
魔力回復の手がかりを魔王一派に見つけられるのは大変よろしくない。自分の
かと言って、今のうちに
何せ芦屋と違い、
ならば、取りうる手は一つだ。
目の前の危険、
「
「な、なんだ」
「こんなとこで見張ってたって、なんの意味もないでしょ、ついてきなさいよ」
「ついてって、どこに」
「
「な、なんだと! そんな大胆なこと後で魔王様になんと申し開きオイちょっと待って!」
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