魔王、生活のために労働に励む(7/7)

「なっ! 勇者エミリア!」


 おうの帰りを待っていたあしは真奥の後ろで沈んでいるを見て身構えるが、真奥は鹿馬鹿しそうに手を振る。


「ああだいじょぶだいじょぶ、コイツ今戦うような元気ねぇから」


「何をゆうちような! 魔王様ともあろうお方が勇者と二人ふたりで朝帰りとはどういうことですか!」


「人聞きの悪い言い方すんな! まだ二時じゃねぇか!」


「立派な午前様です!」


 恵美はドアの前にしんみように立っている。


「さっきそこで二人して襲われたんだよ。魔力弾をあやつる姿の見えない敵にな」


 真奥の端的すぎる説明。しかし恵美には突っ込む元気は無い。


「で、逃げてる途中に財布落としちまったんだと」


 その一言に恵美はそのまま消え入ってしまうのではないかと思うほど小さくなる。


「タクシーも捕まえられないしネカフェにも行けない、この辺に知り合いもいないんだと。こいつんちえいふくちようだってんだけど、歩いて帰るには遠いしな」


「し、しかしっ……この時間ならすぐ落としたと思われる場所に戻れば……」


「この前二人で警察に調書取られちまったからな。相手はどこの誰かも分からないが、コイツがうっかり殺されでもしたら、俺達にも厄介の種が飛び火すんだよ。ま、始発で帰るの条件に隅っこにでも居させてやろうぜ」


 芦屋は頭を抱えた。


「ほら、入れよ。そこら辺に座ってろ。言っとくが客用の布団なんてぜいたく品は期待すんなよ」


「……分かってるわよ」


 恵美は小さくつぶやく。


「エミリア! 魔王様がおをくだされているというのにその態度……」


「芦屋うるせ、大家が攻めてくるぞ。おい、恵美」


「何よブッ」


 真奥は恵美の顔に向かってバスタオルを投げつけた。


「それでもかぶってろ。枕がほしけりゃその辺のタオル適当に使え。今日きようのところは千円貸してやるから始発の時間にはせろよ」


 恵美は、真奥が百円ショップで買ったビニール製の小銭入れの中から取り出したしわくちゃの千円札を、絶望とくつじよくに歯みしつつ受け取った。


「エミリア! 魔王様が残り少ない財産からくださった千円だ! 大切に扱え!」


「うるさい! えぇ分かってますよ! 頼まれたっていてやるもんですか! 千円どうも!」


「こ、この女……」


 芦屋は耳から蒸気を吹かんばかりにいかり狂っているが、真奥は気にせず自分のタオルケットを押入れから取り出しかぶる。


 それを見て、も何も言わずにバスタオルにくるまって床に腰を下ろす。日本人化しているとはいえ、悪魔のすみでいきなり横になれるほど無防備ではない恵美だが、身を守るようにたぐりよせたバスタオルは、思いもかけず洗濯したてのいい香りがした。


「……うちと同じ洗剤……」


「ゴワついてんのは勘弁しろよ。あしが柔軟剤買ってくれなくてな」


 恵美の無意識のつぶやきを耳ざとく聞きつけたか、寝転がったままおうが言う。


「い、言ってみただけよ。返事はいらないわ」


 返事があると思わなかった恵美は、あわててそっぽを向き、ことさらに体を縮める。


「へいへい。芦屋ももう寝ろ。おい恵美、出てく時はかぎかけなくていいから。んじゃおやすみお前ら」


 言うが早いが、真奥は寝息を立てはじめた。その速さに恵美も思わずぜんとする。


 芦屋は二人ふたりを交互に見比べていたが、


「私は気を許したわけではないからな。おかしなマネをするなよ! おやすみなさい!」


 トンチンカンなことを言って横になり、主従相似たるとは言え、こちらも即座に寝息を立てはじめた。あれだけこちらを警戒していたくせに、寝姿が笑えるほどに無防備だった。


 しばらく二人の寝姿を見ていたが、その間抜けな寝顔に警戒しすぎるのが鹿らしくなり、恵美もまたゆっくりと横になった。


「銀行のカードと、かくのクレジットカードは止めないと……定期はチャージどれだけ残ってたっけ」


 落としてしまった財布の中身を思い出して、更に気分が落ち込む。


「……なんで私、こんなことしてるんだろ……」


 自分だけに聞こえる声でつぶやき、それを最後に疲労と気落ちで恵美もまた、睡魔にとらわれ夢に落ちていった。


 恵美の控えめな寝息が聞こえはじめる頃、真奥は目を閉じたまま呼吸のテンポも変えず言う。


「俺らは二人だけど、どうやらあいつ一人ひとりっぽいじゃんか」


「はぁ」


「最初は俺らもずいぶんみじめな思いしただろ? あいつはその道一人で通ったかと思うと、まぁ味方してやろうとは思わないが気の毒じゃねぇか」


「まったく、魔王様も甘くなられた」


「今だけだ。その代わりしばらく俺につきまとうなって条件つけたからさ」


「ならば仕方ありませんね」


「素直で結構……ん?」


 真奥は視界の隅で何かが光るのを見た。


「いかがしましたか?」


「いや、携帯にメールが」


 床に放り出してあった携帯電話をり寄せて画面を見てみると、メールが二通来ていた。


「ありゃ? 片方ちーちゃんだ……なんだよ見るなよ」


 いつしよに画面をのぞき込もうとするあしから逃げるようにおうは身をよじらせて、


「もう一つは知らないアドレスだ。誰だコレ」


 電話帳に登録されていない、アルファベットと数字がてんでバラバラに組み合わされたアドレスからのメール。間違いか業者かと疑った真奥だが、


「魔王様?」


 いつしゆんにして目つきが真剣になった真奥の横顔に、芦屋が小さく声をかける。


「なぁ芦屋……自分の知っているやつと、知らない奴から同時に同じ内容のメールが送られてくるって、あると思うか」


 千穂となぞの人物のメールは、まるで申し合わせたような内容だった。


『件名:なし 本文:地震はまだまだ続く、気をつけろ』


『件名:真奥さんどうしよう 本文:地震がまた起こります。どうしよう 

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