第7話 序章:クランハルト
アレクトが長い眠りから覚め、ハイドリートの健診を受けている中、クランハルトとエルは一足先先に列車に乗り北方へと向かっていた。
◇
「私はこの中で一番魔導適性の高いアレクトを随伴に連れていく。クランハルトは何か希望はあるか?」
「いや、誰でも構わん。誰を連れてもどうせ足手まといになるだけだからな」
「そうか。ならこのエルを頼む」
エル・ミオノーロ、陸軍兵器開発局所属の稀代の天才。今回は独自開発した高速学習装置の実験も兼ねて魔導兵に立ったようだが…
「奴の目的だと私が相方では不味くはないか?」
「兵器開発局の連中は何をしでかすのかわからない。できるだけ信用のおける人間の目の届くところに置いておきたかったのだが…」
「ならいい。こちらも別に思い入れがあるわけでもないからな」
◇
「んーそろそろお茶にしようかな。クランハルトは何か飲むかい?」
「…好きにしろ。それと、名前ではなく役職で呼べ」
「ハイハイ、わかりましたよ。401特別魔導部隊副部隊長殿」
カリンから聞いた断片的な情報から推測した限りでは典型的な天才を予想していたが、随分と人間味があり、成人しかけなのか所作に幼さが残っている人間だった。マッドかと思っていたがこれならば無駄に警戒する必要もないか。
首を下げ弾丸に魔力が纏っているかもう一度確認する。魔導兵からすると銃は面倒だ。得物とは違って一発ずつ魔力を籠めなくてはならないし、それに威力も大したことない。正直言って支給されたナイフの方が汎用性が高いが、すでに私の癖になってしまっているのだ。それを矯正する暇もない。二年半ぶりの休暇が欲しい。
もう一度視線を挙げて彼女の姿を見てみると、何か鼻歌を歌いながらティーポットにお湯を入れて温めていた。無駄遣いをするなと咎めようかとも思ったが、さっきのことを思い出すとあんまりそんな気にはなれなかった。
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次の瞬間、だろうか。さっきの会話からもうすこしあったような気もするが、今感覚と実際の時間の経過の誤差について考えている暇などない。
「くそっ、何が起こった」
自然に口から吐き出された愚痴もほどほどにしてひとまずあたりの状況を集める。この騒動の元凶には心当たりがあるが、幸か不幸か『彼女』の姿はまだ見えなかった。列車は脱線されられ、そして畳みかけるように燃やされてしまっている。
「クラン、ハルとぉ」
ふと、自分の、丁度足の方から何かかすれたような声が聞こえてきた。少し下がって先程までいた自分の位置を見下ろそうとすると、
そこには上半身だけになったエルがいた。列車の下敷きにでもなったのだろう。
離れると上半身だけになったエルがこちらに這い寄ってくる。大方列車につぶされたのだろう。身体強化でショック耐性を強化していることには感心するが、この惨状ではどの道助からない。即死していれば容易かっただろうに悪運が強い。
「じっとしていろ」
少し柔らかい口調で最期に語り掛けてやる。彼女が今何を思っているのかは分からないが、喫緊で対処しなければならない問題が丁度発生してしまったからだ。もしそれでも生きていたのなら、流石に墓ぐらいは用意しておこう。
空中に銃口を対象に向けて引き金を三回引く。喉元と両肩を寸分の狂いなく狙ったが、案の定三つの鉄の粒は着弾前に燃え尽きた。
「…何をしに来た『魔女』」
大地を灼く煌星が地面に降り立つ。『魔女』という名は本名ではなく、俗に言うコードネームというやつだ。彼女は帝国と未国籍勢力との初戦であるハルデルの戦いにて帝国に一日で四万人の大損害を被らせた最悪の存在の一人である。
彼女の周囲の有機物は放出された高温の魔力によって塵になる。…静かに歩くことすらできないのか、この傲慢が。
「ちょっと味見するつもりだったんだけど、貴方の新入りがあまりにも堪え性がなくて興ざめだわ。そうは思わなくて?」
「同意しかねるな」
銃弾を放ち、その軌跡で魔法陣を描く。込めた効果は拘束。魔法陣の頂点から鎖が現れ、『魔女』の体に絡みつく。
「そもそも、なぜ貴様がここまで南下してきた?ここは『道化』の担当だろう?」
空になったマガジンを交換し、今度は拘束した『魔女』を狙って弾丸を撃ち尽くす。日頃から魔力を込めていた強化弾だったが、健闘虚しく『魔女』に当たる前に気化してしまった。
「ただの気まぐれよ。私はただラグノーブルを燃やすだけで生きていけるほど、暇を味わえないから。それに殺しすぎて、もうあなたしか来ないじゃない」
鎖が燃え落ち、『魔女』の拘束が解かれる。…すでに強化弾は1マガジン分撃ち尽くした。流石にナイフだけでは、心許ないな。
「無駄よ。何度も策を愚弄しようとも元々魔力量が敵わないわ。いい加減諦めなさい」
ナイフを逆手に構えて突進する。『魔女』はこちらの動きをしっかりと目で捉えているようで気持ち悪い。まぐれの命中を祈って両腕を狙って銃弾を三発ずつ放ち、後ろに回り込む。
「もう、あんまりしつこい男は嫌われるわよ?」
彼女がスカートを靡かせてくるりとこちらに振り向いてきた。それと同時に空気が発火し肺を燃やす。
「がはっ」
「肺が燃えて苦しいでしょう?無策に懐に入ろうとして武器が使い物にならなくなって残念ね。さようなら。ラグノーブルが灰燼に帰す前に戻ってきなさい」
ナイフと拳銃だけを上手く融かしたな?性格の悪い。だが、ここで殺す気がないということとも捉えられるか。
追撃をかけようと懐に潜り込んだが、『魔女』は炎になって消えた。いったい何だったのか。元々理解し合えるとは思ってはいないが、やはり殺しを行いそれを楽しむ姿は理解できない。
静寂が再び訪れる。自分の体を確認すると服は部分的に焦げ、おまけに炎を吸い込んだせいで肺も焼けている。身体強化で痛覚を鈍くしているが、早く魔導医を探さなければ後遺症が残ってしまう。
「じに“だぐな“い。待ってよ“クランハルトぉ」
…そうだった。まさかまだ意識があるとは。足を掴んで必死に訴えてくるエルに視線を合わせて話に応じてやる。…魔力も、少しぐらい余裕があるからな。
「お前は死ぬ。自分の容態ぐらい自分でわかるだろう?」
「せめで、独りはいやなの!おねがい、だからぁ」
お願い、と言われてもな。どうしようもないだろう?下半身がちぎれてもなんとか意識を保っていただけでも幸運だったとしか言いようがない。
「もしかしたら…そうだ。ねえ!クランハルト」
「断る」
「ま、待ってよ!一生、一生のお願いだから!」
「…なんだ」
エルが私を必死に引き留めようとする。一生のお願いを今にも死にそうな状態で言われてしまうと、こんなに厄介だとは。
「ベルケンクルまで運んで私の遺体を陸軍兵器開発局の人間に引き渡してくれ。こんなところで土に細菌に分解されるのはごめんだよぉ」
「ベルケンクルというと、中継駅のあそこか?」
「そうだ。ということはやってくれるってことだね!助かるよ、クランハルト!」
「ただし、そのナイフを私によこせ。先ほどの戦いで私の持ち札が無くなったからな」
「もともと私のものじゃなかったんだ。好きに使ってくれ。うぉっと」
上半身しかない人間の運び方など聞いたことがないので、とりあえずおぶってみる。エルは私の首の前で手を結ぶと静かになったので線路沿いをゆっくり歩き始める。私以外の生存者はいないだろう。B級魔導兵でも下手にくらえばこうなるのだから、探すだけ無駄だ。『魔女』は興味のある人間以外にはとことん興味がない。そのおかげで私が未だに生き残っているという事実にはわかっていても非常に腹が立つが…
「クランハルトぉ。寂しい、さびしい…」
「なんだ。天才科学者さんが情けない…そうか、ゆっくり眠れ」
エルが腕から力が抜けて、私の肩から抜けようとする。私はそれを手で押さえて骸の位置を調整した後、再び線路の横を黙々と足を進める。
上を見上げると夜空は満月のおかげで眩しく、星々が煌いて星座を思い思いに織りなしている。ベルケンクルまであと110キロ、あと三日はかかるか。
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