【再改稿版】オープニング


「ユーキ、残念だけどキミとはここでお別れだ」


「……は? なに言ってんだアレク?」


 クライテリオン帝国の帝都。そこにある宿屋の一室。

 自室に訪れたアレクの突然の宣言に、ユーキは目を丸くして問い返した。


 共に「願いを叶えるため」に冒険者となり旅を続けてきたアレクは、8年もの付き合いになる親友だ。それは、これからもずっと変わらない……少なくともユーキはそう思っていた。


「言葉通りの意味だよ。ここから先はボクたちに任せてユーキは故郷に帰るといい」


「ふざ……っけるなよっ! こんなところで終われっかよっ‼ 俺はまだ――」


 続けられるアレクの言葉にユーキの頭は沸騰する。

 2人の願いはまだ叶っていない。既に目的の為に代償も支払った後だ。その犠牲を、決して無駄にはできない。そう、たとえこの身を……と、そう考えたところでユーキの言葉は止まった。


 そして数秒の沈黙を破って口を開いたのはアレクだった。


「まだ、何だい?」


「…………」


「この際ハッキリ言ってあげようか? ボクはキミが……嫌いだ。キミがどう思っているかは関係ない。ただ、これ以上一緒に旅をすることは無理だ。それだけだよ」


 アレクの言い分はあまりにも一方的で身勝手だった。

 出会って8年、一緒に旅に出て2年が経つ。その間、苦楽を共にしてお互いに信頼を寄せあってきた筈だった。

 その相手から「嫌いだから一緒に旅はできない」では納得できないだろう。……通常なら。


「……わかった」


 突然の承諾の言葉にアレクは目を見開く。ユーキの急な心変わりはアレクにとって予想外の事だった。


 アレクにだって自分の言い分に無理がある事は理解している。それでもアレクはこれで押し通すつもりだった。たとえ、どんな罵詈雑言をユーキから浴びせかけられようとも。

 なのに、いともあっさりとユーキはアレクの主張を受け入れたのだ。


「残念だが、お前がそこまで言うならしょうがねぇ。ここでお別れだな、アレク」


「…………」


 今度押し黙るのはアレクの方だった。

 「なんでそんなに簡単に納得できるのか?」と、そう尋ねそうになるが、必死に喉の奥に抑え込む。

 そんな事が聞ける筈がない。「別れよう」と、「嫌い」だと言ったのは他ならぬアレク自身なのだから。


 言葉を呑む仕草を見たユーキは、アレクの言葉を待っている。

 だが何も言えるはずもなく、辛うじて出たのは別れの言葉だった。


「いや、何でもない。……じゃあ、ボクはもう行くよ。さようなら、ユーキ」


「あぁ。じゃあな、アレク」


 顔と口調を引き締め、最後の言葉を放ってアレクは部屋を去ろうとした。


「アレク!」


 だが、そのまま立ち去ろうとするアレクをユーキが呼び止め、振り向く間もなく続けて言葉を放った。


「お前は俺の事を嫌いかも知れねぇが、俺はお前の事、嫌いじゃなかったぜ!」


 その言葉にアレクは返事を返すこともなく足早に立ち去る。もはや1秒たりともこの場に留まる訳にはいかなかった。

 なぜなら、熱い雫がそのあおい瞳から流れ落ちるのを止められなかったから。

 その顔を、姿を、ユーキに見せる訳にはいかなかったから。


 この日アレクは、親友のユーキとたもとを分かった。

 聖歴1364年の春。快晴のはずの空に、雨が降り始めた――。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 別れの日から2年後――。


 降りすさぶ雨と、煙炎えんえんが包む街の中。

 親友同士だった2人は対峙していた――。


「ユーキ……なんで……?」


「悪ぃな、アレク。お前をこっから先には行かせねぇ」


 アレクの行く手を阻むのは、親友のユーキ。

 その左手に持つナイフを真っ直ぐにアレクに突き付ける。


「なんでだよっ⁉ もう少しで、ボクたちの願いは――」


「だからだよ。お前に願いは叶えさせねぇ」


 困惑するアレクに、ユーキは冷たく言い放つ。

 揺れる碧瞳へきどうを、真っ直ぐに見据える黒瞳こくどう

 今、2人には燃える街も見えていない。遠くの剣戟も聞こえていない。全身を打つ雨も気にしていない。ただ、互いの存在だけが映っていた。


「諦めてシュアーブに帰れ。でなけりゃ……っ!」


 最後通告と共にユーキが地を蹴る。

 魔法で振動を開始したナイフが雨をはじき、閃光のようにはしる。


 アレクは咄嗟に抜いた剣でナイフを受けた。

 剣を削ろうとする振動を、アレクの魔力が防護する。


「……ユーキっ!」


「ハッ! そりゃそうだよなっ。お前は簡単にゃ諦めねぇよなぁっ⁉」


 息もかかりそうな至近距離で、白刃を交わらせたまま2人は叫ぶ。


「どうしてもってんなら、俺を倒して行くんだなっ!」


「くっ……。っだあぁぁっ!」


 咆哮と同時にアレクが剣を力任せに振り抜く。その剣閃が、雨と風を切る。

 それに合わせるようにユーキは後ろへ飛び、距離を置いた。


「どうしても……?」


「そう言ったろ?」


「だったら……」


 アレクは一瞬、瞑目めいもくして覚悟を決める。

 ユーキは黙って、それを見つめる。


 まぶたを開けた時、その瞳は揺らいでいなかった。


「だったら、ボクはユーキを倒して行くっ! ボクたちの願いを叶える為にっ‼」


「来いっ! アレクっ‼」


 聖歴1366年――。

 この日、別れた親友は再び出会い、互いに闘う事となった。


 一方は、願いを叶える為に――。

 もう一方は、それを阻止する為に――。


 物語は10年前、2人の若者が出会った時から始まる……。

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