オープニング

【旧版】オープニング 「10年後の決別」


「ユーキ、残念だけどキミとはここでお別れだ」


「……は? なに言ってんだアレク?」


 ここはクライテリオン帝国の帝都。そこにある宿屋の一室。

 左頬に傷跡のある茶髪の青年・ユーキの部屋に訪れた金髪碧眼のアレクは少しの逡巡しゅんじゅんの後に、いつもとは違う固い口調でそう言った。


 2人は幼馴染であり、その付き合いは10年にもなる。まだ10代の2人にとっては、誇張ではなく半生を共にした知己ちきと言えるだろう。

 更に2人はただの親友ではなく「とある目的」を果たすために共に冒険者となり旅に出た、まさしくいつにした関係だった。……少なくともユーキはそう思っていた。


 その親友の口から出てきた突然の決別の言葉に、ユーキは理解が及ばず素っ頓狂な声を上げたのだった。


「言葉通りの意味だよ。ここから先はボクたちに任せてユーキは故郷に帰るといい」


「ふざ……っけるなよっ! こんなところで終われっかよっ‼ 俺はまだ――」


 続けられるアレクの言葉にユーキの頭は沸騰する。

 2人の目的はまだ果たされていない。既に目的の為に代償も支払った後だ。その犠牲を、決して無駄にはできない。そう、たとえこの身を……と、そう考えたところでユーキの言葉は止まった。


 そして数秒の沈黙を破って口を開いたのはアレクだった。


「まだ、何だい?」


「…………」


「この際ハッキリ言ってあげようか? ボクはキミが……嫌いだ。キミがどう思っているかは関係ない。ただ、これ以上一緒に旅をすることは無理だ。それだけだよ」


 アレクの言い分はあまりにも一方的で身勝手だった。

 出会って10年、一緒に旅に出て2年が経つ。その間、苦楽を共にしてお互いに信頼を寄せあってきた筈だった。

 その相手から「嫌い」だから一緒に旅はできない、では納得できないだろう。……通常なら。


「……わかった」


 突然の承諾の言葉にアレクは目を見開く。ユーキの急な心変わりはアレクにとって予想外の事だった。


 アレクにだって自分の言い分に無理があることは理解している。それでもアレクはこれで押し通すつもりだった。たとえ、どんな罵詈雑言をユーキから浴びせかけられようとも。

 なのに、いともあっさりとユーキはアレクの主張を受け入れたのだ。


「残念だが、お前がそこまで言うならしょうがねぇ。ここでお別れだな、アレク」


「…………」


 今度押し黙るのはアレクの方だった。

 「なんでそんなに簡単に納得できるのか?」と、そう尋ねそうになるが、必死に喉の奥に抑え込む。

 そんな事が聞ける筈がない。「別れよう」と、「嫌い」だと言ったのは他ならぬアレク自身なのだから。


 ユーキが納得した理由は聞けないが……それでもアレクはこれだけは聞かずにはいられなかった。


「ユーキ、これからどうするつもりだい?」


「さてな、お前さんの言う通りシュアーブに帰るのもいいが……。ま、ゆっくりと考えるさ。アレクたちはすぐに出発か?」


「ぁ、うん……。2、3日中には帝都を発つ予定だよ。でも……」


 ユーキはすでに吹っ切れた様子で、普段と変わらない口調で話してくる。

 逆にアレクは動揺を隠せない。その動揺が、一瞬アレクの口調をいつものものに戻し、更に心中の不安が僅かながら言葉に漏れ出てしまう。


 他の仲間たちの事、これからの旅の事、そしてユーキの事……。

 しかし、その先の言葉は出てこず、出す訳にもいかず、ユーキも聞いてはこない。


「いや、何でもない。……じゃあ、ボクはもう行くよ。さようなら、ユーキ」


「あぁ。じゃあな、アレク」


 顔と口調を引き締め、最後の別れの言葉だけを放って、アレクは部屋を去ろうとした。


「アレク!」


 だがそのまま立ち去ろうとするアレクをユーキが呼び止め、振り向く間もなく続けて言葉を放った。


「お前は俺のことを嫌いかもしれねぇが、俺はお前のこと嫌いじゃなかったぜ!」


 その言葉にアレクは何の返事も返す事なく足早に立ち去る。もはや1秒たりともこの場に留まるワケにはいかなかった。

 なぜなら、熱い雫がそのあおい瞳から流れ落ちるのを止められなかったから。

 その顔を、姿を、ユーキに見せるワケにはいかなかったから。


 この日アレクは、10年来の親友のユーキとたもとを分かった。

 聖歴1366年の春。冬の寒さも去り、実に過ごしやすい良い天気の日だった。




  ※   ※   ※   ※   ※




 本作を読んで頂き、誠にありがとうございます。

 あらすじにも書きましたが、本作の第1章~第3章は、ユーキとアレクの出会いを描いた少年期になります。


 冒険の旅を始めるのは第4章からとなりますので「子供の話なんて読みたくないっ」という方は、第4章からお読み下さっても結構です。

 ただやはり物語の大筋が分からなくなりますので、第1章~第3章のあらすじを第4章・第1話の前に書きました。ただ、当然ですが第1章~第3章のネタバレになりますので、「後で読もう」と思われている方はご注意下さい。

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