第35話 境界線にて

 「全員、もう一度聞け!」


 朝、ヴァリナ教官が声を上げた。


「現在向かっているのは、本物の現場だ!」


 生徒たちは、大型神力導車おおがたしんりきどうしゃの座席で耳を傾ける。

 オルトの前世で言う、大型バスだ。


「油断すれば死ぬと思え!」

「「「はい!」」」


 グラウディルの一件から、数週間。


 今から行われるのは『境界線見学』。

 一年生は、魔界との境界線に向かっている。

 日々、現役の聖騎士が、魔人や魔物を食い止めている場所だ。


 さすがに戦闘に参加するわけではないが、一年生は現場を見学する。

 席順再編の第二期前に行われる、毎年恒例の行事である。


「着いたぞ、全員即座に降りろ」


 降り立ったのは、高い崖の上。

 すると遠くには、三つの大きな拠点が見えた。


「あれが通称『境界三拠点』だ」

「「「おお~!」」」


 人間界と魔界が繋がる接点は、三つ。

 ここから見て、東・中央・西の地点だ。

 三地点にはそれぞれ、灯台を備えた大きな拠点が建つ。


 聖騎士は日夜問わず、ここで境界線の防衛をしている。

 崖などから魔物・魔人が来れば、人間界へ侵入させないために。


 そんな場所を見ながら、オルトは目を細めた。


(久しぶりに来たなあ)


 魔界で最も過酷な『魔神の箱庭』で、約二年を生き延びたオルト。

 人間界に入る際は、この中央拠点を通っていた。

 隠密には自信があったとはいえ、さすがに肝を冷やしたのを覚えている。

 

(聖騎士もいっぱい居たしな……)


 そんな事を思いつつ、再び耳を傾ける。


「では言っていた通り、ここからは半分に分かれて行動する」

「「「はい!」」」


 今回の見学は、東拠点と西拠点のみ。

 生徒たちは半分ずつに分かれるようだ。


 そうして、『境界線見学』が始まった。

 




 西拠点。


「改めて、グラウディルの一件はご迷惑をおかけました」


 見学中、案内係の聖騎士がヴァリナに頭を下げる。

 グラウディルはここにつとめていたようだ。


「いえ、すでに解決しましたので」

「そう言っていただけるとありがたいです」


 会話を聞きながら、後方でルクスが隣に話しかける。

 隣は、同じ西拠点に来たオルトだ。


「なんていうか、グラウディルさんに関しても淡々としてるような」

「ああ、それは──」

「一つの不祥事に、いつまでも構ってられないからね」


 ルクスの疑問には、聖騎士が答える。

 すると、オルトもこくりとうなずく。

 同じ見解なのだろう。


(まあ、ここはそういう・・・・場所だよな)


 聖騎士は、覚悟を持った目で言葉にした。


「この境界線では、人は簡単に死ぬ」

「「「……!」」」

「我々も選ばれた聖騎士の自覚はある。それでも、魔界から来る者と戦えば、被害はゼロとはいかない。仲間に対しては、いつ何があっても受け入れるように覚悟をしているんだ」


 生徒たちが息を呑んだところで、聖騎士はふっと表情を緩める。


「まあ、グラウディルさんの件はちょっと意味が違うけどね」


 少し前にも、聖騎士はグラウディルについて謝罪をしている。

 生徒に危害が無かった事には、心の底から安堵あんどしていた。

 それも含めて、この淡々とした態度だ。


 その覚悟に、ルクスは感嘆する。


「これが聖騎士……」

「けど、我々もまだマシな方さ」

「え?」

「『開拓聖騎士団』に比べれば全然ね」

「……!」

 

 続けた聖騎士の言葉に、ルクスは目を開く。

 授業で習ったため、他の生徒たちもピンと来たようだ。


 聖騎士は、大きく三つの団に分けられる。


 人間界で治安を守る、『治安聖騎士団』。

 境界線で防衛をする、『境界聖騎士団』。

 魔界の開拓を目指す、『開拓聖騎士団』。


 教官のヴァリナや、各国にいる聖騎士は『治安聖騎士団』に所属している。

 また、この三拠点にいる者は『境界聖騎士団』だ。


 案内係の聖騎士は、“魔界方面”を指差した。


「『開拓聖騎士団』は、魔界向こうへ突き進むんだ」

「……!」

「魔界は奥へ進むほど、強い魔人や魔物がいる。境界線なんかとは比べものにならない。死とは常に隣合わせだよ」


 聖騎士は、尊敬と畏怖いふを持った目で口にした。


「『開拓聖騎士団彼ら』は、文字通りの化け物達さ。メンタルにしても強さにしてもね」

「「「……っ」」」

「志願する時は、覚悟をして行くことだ」


 聖騎士団は志願制。

 強制的に『開拓聖騎士団』へ入れられることはない。

 それでも、生徒たちの顔を引き締める話となった。


 そんな中で、オルトはちらちらと周りを見渡していた。


(……ここで刺激を受けたわけか)


 何人かがその道に進むことを知っているのだろう。

 ゲームの最終章『魔界編』とは、そういうことだ。


「はい、注目」


 すると、少し重い空気を払拭ふっしょくするよう、聖騎士がパンっと手を叩く。


「今はまだ深く考える時期じゃない。でも、僕も同じ学園出身として、しっかり案内するので、各自確かなものを持ち帰ること」

「「「はい!」」」


 そんな姿に、オルトも笑みを浮かべる。


(オンオフの切り替えの早さ。これは見習うべきだな)


 境界という特殊な環境だからこそ、切り替えの早さは大切だ。

 しかし、オルトが再び足を進めようとした時、ハッと目を開く。


「……ッ! ヴァリナ教官!!」

「オルト、どうした──」

『緊急、緊急!』


 すると、オルトに一瞬遅れて拠点内放送が入る。

 緊急放送にて、即座に告げられた。


『大量の魔物出現!』

「「「……!」」」

『ですが、こ、これは……!』


 放送役も目を疑うような声で、現状を報告する。


『ま、魔物が降ってきています・・・・・・・・!』

「「「……!?」」」


 その瞬間、拠点周辺からズドン、ズドンと大きな音がする。

 多数の大きな魔物が、着地した音だ。

 言葉通り、空から降ってきたかのように。


「「「グオオオオオオオオオオ!!」」」

「「「……ッ!」」」


 今までの人間界の魔物とは訳が違う。

 正真正銘、本場育ちのそれだ。


「魔界の、魔物……!」





 同時刻、東拠点。


「「「グオオオオオオオオオオオ!!」」」


 ここでも同じタイミングで、魔物が降ってきていた。


 こんな異常な光景は、今までにない事態だ。

 だが、さすがと言うべきか、聖騎士たちは迅速な対応を取る。


「学園生は後方へ! すぐに!」

「「「はい!」」」


 緊急事態の陣形を取り、すぐさま討伐にあたった。

 生徒たちも教官に従い、後方へと一斉に退避する。

 しかし、拠点の外にも魔物は降ってきていた。


「「「グオオオオオオ!」」」

「「「うわあああああ!」」」


 聖騎士の卵たちとは言え、まだ一年生。

 魔界の魔物には恐れおののく。

 そんな中で、レイダは一早く剣を握っていた。


(一体なにが! って、あれは!)


 すると、近くに腰を抜かしている生徒を見つける。

 彼女を襲うように魔物が迫っていた。


「きゃ、きゃあああ!」

「……! はあああああッ!」


 レイダは怯まず飛び込み、神器【おう】を振るう。

 討伐には至らなかったが、生徒に迫る魔物の腕は斬り落とせた。

 そのまま生徒に声を上げる。


「走って!」

「レイダさん! は、はい!」


 生徒を救いつつ、レイダに魔物に向き直った。

 だが、その表情には焦りが見られる。


「グオオオオッ!」

「……っ!」


(デ、デカイわね……!)


 さすがに魔界本場の魔物だ。

 今まで戦ったものとは迫力が違う。


 しかし、本当の災難はここからだった。


「はああああッ!」

「──【神力結界クローズ】」

「……!? きゃあっ!」


 遠くから何かに引っ張られ、透明な壁に叩きつけられる。

 神力の結界のようだった。


(こ、この技……!)


 この結界は見た事がある。

 それもかなり直近の話だ。


 大きな結界に閉じ込められた中、前方から声が聞こえてきた。


「ああ、待っていたよレイダ。私の元に帰ってくるのを」

「な、なんで……」


 誰かがゆっくりと歩いてくる。

 だが、その男は幽閉ゆうへいされたはずの人物。

 そして、レイダが二度と会いたくない人物。


「元気にしていたかい、私のレイダ」

「グ、グラウディル……!」


 元聖騎士のグラウディルだ。





 中央拠点、上空。


「クックック……」


 魔界側・・・の上空に浮かびなから、一人の少年が口を開いた。

 少年は不気味に笑い、境界線全体を眺める。


「三つの拠点を攻める。さながら“タワーディフェンス”ってとこか?」


 そのゲームの略称は、オルトの前世で使われていたもの。

 すなわち、オルトと同じ転生者だ。


 現れた人物は──幽閉されたはずののヴォルク。


「ようやくこの体・・・馴染なじんできたしな」


 だが、その姿には異変が見られる。

 所々が不気味な色をしており、筋肉の質から違う。

 この特徴は、魔人と一致する。


「言うならば、“半魔人”ってところか」


 魔人側の力を手にし、ヴォルクはわらう。


 不可能と呼ばれる場所から脱獄したのも。

 魔人にちてまで力を手にしたのも。

 全て、とある人物に向けてだ。


「今度こそ貴様を殺す、オルト」

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