第8話 最高で最悪のスタート
「いよいよだな」
姿見の前に立つオルトは、ビシッと身だしなみを整えた。
その身に
「制服よし、人間の姿よし!」
今のオルトの姿を、魔神だと言う者はいないだろう。
それほどに、ただの少年の姿がそこには映っていた。
今日からは“聖騎士学園一年”オルトである。
「行こう」
オルトの学園生活が今始まる──。
★
聖騎士学園、入学式前。
「ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」
「お前受かったのか!」
「そっちこそ!」
入学式まで時間があるにもかかわらず、学園はざわざわとしていた。
だが、ざわつき方が例年の比ではない。
今年はすでに噂になっているからだ。
多数の
「でもまあ、俺たちはモブだよな」
「ははっ、違いねえ」
「あの“四新星”と比べたらなあ」
──四新星。
レベルが高い新入生の中でも、最も注目度が高い四人のことだ。
王女に、悪人貴族など。
試験前から噂されていた著名な四人が、試験で上から四つに名を連ねた。
そのことから、すでに異名が付けられている。
またこれは、ゲーム内にも存在する単語だ。
四人の名前は全く同じである。
だが、その中でも一際注目を集めている者がいた。
「おい、来たぞ」
少女が降り立つと、校門前は一気に緊張が増す。
彼女の名は──レイダリン・アルヴィオンである。
「あれが噂の……」
「ああ、相変わらず怖い目付きだ」
「恐ろしい女だぜ……」
入学試験時と似たような会話だ。
しかし、今度は上級生たちも視線を向けている。
こそこそと話してはいるが、いくつかはレイダの耳に入っていた。
「……」
レイダも今更そんなものは気にしない。
控えめにチラチラと視線を移しているのは、目的のため。
とある少年を探しているのだ。
(……いない)
探しているのは、オルトだ。
特別用があるわけではないが、彼が本当に合格しているかが気になっていた。
というのも先日、試験の成績を確認したレイダ。
そこで驚くべきことを目にしていたのだ。
────
「嘘でしょ……?」
入学試験から数日後、レイダは学園を訪れていた。
合否判定と同時に、試験成績も開示されていたからだ。
だが、レイダは顔をしかめていた。
レイダの結果は
一位は有名な悪人貴族だった。
それも不満の原因ではあるが、さらに驚くことがある。
「上から四人にいない?」
共闘した少年が名前が気になったのだ。
この時点で、自身がすでに“四新星”と呼ばれていることは把握している。
異名に興味などないが、その四人には少年も含まれていると考えていた。
(そんなバカな……)
だが結果は、四位まで知る名前で埋まっている。
少年らしき名前が入ってなかったのだ。
(あの実力、正直わたしなんて目じゃなかった……)
オルトの実力は底知れなかった。
もしかしたら、ヴァリナをも
ならばと、一度冷静になって思い直す。
「……まあ、合格はしてるはず」
レイダは強さを追い続けている。
そんな彼女にとっては、すでに放っておけない存在となっていた。
────
「……」
数日前のことを思い返したレイダは、引き続き視線を控えめに移す。
しかし、少年は一向に見当たらない。
そこで、ふと思い出したことがある。
(試験の時は確か……そうだわ)
試験の直前、オルトとは一度目が合っている。
その時は、なぜか自分の進行方向を知っていた。
ならば、今回も同じ死角にいるのではないかと仮説を立てる。
すると──いた。
(アイツだ!)
デジャヴ。
バッと唐突に顔の向きを変えると、オルトがこっそり覗いていたのだ。
だが、目が合った瞬間にオルトは逃げ出す。
「あ、ちょっ!」
オルトは心の準備ができていなかったようだ。
対して、レイダは彼を追った。
「待ちなさい!」
「「「……!?」」」
周りからは、レイダが急に声を上げたように見える。
何をしているんだと思われながらも、レイダは構わずオルトを追った。
そうして、校舎裏。
誰もいない場所に入ったところで、レイダが声を上げる。
「そこのアンタ! 待ちなさいって言ってるでしょ!」
「お、俺ですか!?」
それには、オルトも思わず目を見開く。
まさか追ってきていると思わなかったのだろう。
しかも、その人物が“推し”なのだ。
「アンタ以外に誰がいるのよ!」
「……っ!」
その言葉に、オルトもききーっとブレーキをかける。
すると、校舎裏で二人だけの空間が出来上がった。
「「……」」
そして、お互い無言になる。
オルトは、待ちわびた制服姿のレイダに動揺しきっていたのだ。
(せ、制服……! やばい尊い! これ尊さが事件だよ!)
そんな状態で、口を開けるはずもなく。
バクバク鳴っている心臓を抑えるのに必死だった。
だが、急に相手が黙れば、さすがに不審にも思う。
「あ、あの……?」
「!」
オルトはレイダをうかがうように口を開いた。
しかし、レイダは答えない。
(あ、あれ、何を言えば……)
レイダは、他人に一切の興味を向けてこなかった。
そのため、会話の始め方が分からない。
焦りからか、“名前を聞く”という目的も忘れてしまっていた。
「えと、用があったんじゃ……?」
「~~~っ!」
そう言われれば、余計に言葉が出てこなくなる。
レイダもパニックになろうとしていた。
そして、とっさに出たのは──“ツン”。
「べ、別にアンタに用なんかないんだからねっ!」
「……!?」
「じゃあもう行くから! フン!」
そう言い放ち、レイダは背を向ける。
そのまま、ありえない早足でスタスタと歩いて行った。
対してオルトは──
「がはぁっ!」
大量の血を吐いた。
追いかけられ、声をかけられたと思えば、「用はない」と強い口調で
状況だけ考えれば意味が分からないが、オルトは一向に構わなかった。
「あれが、レイダのツンだと……?」
受けた言葉が、夢にまで見たツンだったからだ。
その破壊力に、意識を失いかける。
『
「は、ははは……全てが報われた」
もうここで死んでもいいと、本気で思った。
それほどに最高のスタートだった。
すると、本当にオルトの目の前が真っ暗になる──。
「──あれ」
ふと目を覚ましたオルト。
少し痛い頭を抑えながら、時間を確認する。
そして、諦めたように乾いた笑いを浮かべた。
「ははっ、もう入学式終わってら」
最高のスタートから一転。
いきなり入学式をすっぽかすという、最悪のスタートになったオルトであった──。
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