第8話 最高で最悪のスタート

 「いよいよだな」


 姿見の前に立つオルトは、ビシッと身だしなみを整えた。

 その身にまとうのは、先日届いた“制服”である。


「制服よし、人間の姿よし!」


 今のオルトの姿を、魔神だと言う者はいないだろう。

 それほどに、ただの少年の姿がそこには映っていた。

 今日からは“聖騎士学園一年”オルトである。


「行こう」


 オルトの学園生活が今始まる──。





 聖騎士学園、入学式前。


「ごきげんよう」

「ええ、ごきげんよう」


「お前受かったのか!」

「そっちこそ!」


 入学式まで時間があるにもかかわらず、学園はざわざわとしていた。


 だが、ざわつき方が例年の比ではない。

 今年はすでに噂になっているからだ。

 多数の大物・・が入学してくることが。


「でもまあ、俺たちはモブだよな」

「ははっ、違いねえ」

「あの“四新星”と比べたらなあ」


 ──四新星。

 レベルが高い新入生の中でも、最も注目度が高い四人のことだ。


 王女に、悪人貴族など。

 試験前から噂されていた著名な四人が、試験で上から四つに名を連ねた。

 そのことから、すでに異名が付けられている。


 またこれは、ゲーム内にも存在する単語だ。

 四人の名前は全く同じである。


 だが、その中でも一際注目を集めている者がいた。


「おい、来たぞ」


 少女が降り立つと、校門前は一気に緊張が増す。

 彼女の名は──レイダリン・アルヴィオンである。 


「あれが噂の……」

「ああ、相変わらず怖い目付きだ」

「恐ろしい女だぜ……」


 入学試験時と似たような会話だ。

 しかし、今度は上級生たちも視線を向けている。


 こそこそと話してはいるが、いくつかはレイダの耳に入っていた。


「……」


 レイダも今更そんなものは気にしない。

 控えめにチラチラと視線を移しているのは、目的のため。

 とある少年を探しているのだ。


(……いない)


 探しているのは、オルトだ。

 特別用があるわけではないが、彼が本当に合格しているかが気になっていた。


 というのも先日、試験の成績を確認したレイダ。

 そこで驚くべきことを目にしていたのだ。



────


「嘘でしょ……?」


 入学試験から数日後、レイダは学園を訪れていた。

 合否判定と同時に、試験成績も開示されていたからだ。

 だが、レイダは顔をしかめていた。


 レイダの結果は二位・・

 一位は有名な悪人貴族だった。

 それも不満の原因ではあるが、さらに驚くことがある。


「上から四人にいない?」


 共闘した少年が名前が気になったのだ。

 この時点で、自身がすでに“四新星”と呼ばれていることは把握している。

 異名に興味などないが、その四人には少年も含まれていると考えていた。


(そんなバカな……)


 だが結果は、四位まで知る名前で埋まっている。

 少年らしき名前が入ってなかったのだ。


(あの実力、正直わたしなんて目じゃなかった……)


 オルトの実力は底知れなかった。

 もしかしたら、ヴァリナをもしのぐほどかもしれない。

 ならばと、一度冷静になって思い直す。


「……まあ、合格はしてるはず」


 レイダは強さを追い続けている。

 そんな彼女にとっては、すでに放っておけない存在となっていた。


 ────



「……」


 数日前のことを思い返したレイダは、引き続き視線を控えめに移す。

 しかし、少年は一向に見当たらない。


 そこで、ふと思い出したことがある。


(試験の時は確か……そうだわ)


 試験の直前、オルトとは一度目が合っている。

 その時は、なぜか自分の進行方向を知っていた。

 ならば、今回も同じ死角にいるのではないかと仮説を立てる。


 すると──いた。


(アイツだ!)


 デジャヴ。

 バッと唐突に顔の向きを変えると、オルトがこっそり覗いていたのだ。

 だが、目が合った瞬間にオルトは逃げ出す。

 

「あ、ちょっ!」


 オルトは心の準備ができていなかったようだ。

 対して、レイダは彼を追った。


「待ちなさい!」

「「「……!?」」」


 周りからは、レイダが急に声を上げたように見える。

 何をしているんだと思われながらも、レイダは構わずオルトを追った。


 そうして、校舎裏。

 誰もいない場所に入ったところで、レイダが声を上げる。


「そこのアンタ! 待ちなさいって言ってるでしょ!」

「お、俺ですか!?」


 それには、オルトも思わず目を見開く。

 まさか追ってきていると思わなかったのだろう。

 しかも、その人物が“推し”なのだ。


「アンタ以外に誰がいるのよ!」

「……っ!」


 その言葉に、オルトもききーっとブレーキをかける。

 すると、校舎裏で二人だけの空間が出来上がった。


「「……」」


 そして、お互い無言になる。

 オルトは、待ちわびた制服姿のレイダに動揺しきっていたのだ。


(せ、制服……! やばい尊い! これ尊さが事件だよ!)


 そんな状態で、口を開けるはずもなく。

 バクバク鳴っている心臓を抑えるのに必死だった。

 だが、急に相手が黙れば、さすがに不審にも思う。

 

「あ、あの……?」

「!」


 オルトはレイダをうかがうように口を開いた。

 しかし、レイダは答えない。


(あ、あれ、何を言えば……)


 レイダは、他人に一切の興味を向けてこなかった。

 そのため、会話の始め方が分からない。

 焦りからか、“名前を聞く”という目的も忘れてしまっていた。


「えと、用があったんじゃ……?」

「~~~っ!」


 そう言われれば、余計に言葉が出てこなくなる。

 レイダもパニックになろうとしていた。 


 そして、とっさに出たのは──“ツン”。


「べ、別にアンタに用なんかないんだからねっ!」

「……!?」

「じゃあもう行くから! フン!」

 

 そう言い放ち、レイダは背を向ける。

 そのまま、ありえない早足でスタスタと歩いて行った。


 対してオルトは──


「がはぁっ!」


 大量の血を吐いた。


 追いかけられ、声をかけられたと思えば、「用はない」と強い口調でののしられた。

 状況だけ考えれば意味が分からないが、オルトは一向に構わなかった。


「あれが、レイダのツンだと……?」


 受けた言葉が、夢にまで見たツンだったからだ。

 その破壊力に、意識を失いかける。

 『魔神の箱庭エンドコンテンツ』ですら倒せなかったオルトは、レイダ推しの一言であっさり倒れる。


「は、ははは……全てが報われた」


 もうここで死んでもいいと、本気で思った。

 それほどに最高のスタートだった。


 すると、本当にオルトの目の前が真っ暗になる──。





「──あれ」


 ふと目を覚ましたオルト。

 少し痛い頭を抑えながら、時間を確認する。


 そして、諦めたように乾いた笑いを浮かべた。


「ははっ、もう入学式終わってら」


 最高のスタートから一転。

 いきなり入学式をすっぽかすという、最悪のスタートになったオルトであった──。

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