第3話 聖騎士学園

 ──聖騎士学園。

 その名の通り、魔人と戦う“聖騎士”を育成する学園である。


 魔界と人間界の最前線で戦う聖騎士は、多くがこの学園出身だ。

 ゆえに、ここは聖騎士にとっては登竜門。

 同時に、人間界では最高峰の学園である。


 そんな場所に、一人の少女が姿を現す。


「おい、現れたぞ」


 少女に気づいた誰かがつぶやくと、周囲は途端にざわつく。

 

「あれが噂の……」

「目付きこええ……」

「すげえにらんでんな……」


 レイダリン・アルヴィオン公爵令嬢──通称レイダが学院に降り立ったからである。


「……フン」


 威圧的な目付き。

 凛としたたたずまい。

 周囲を寄せ付けない冷酷なオーラ。


 自然と目を惹く容姿も相まって、受験にもかかわらず目立っている。

 主に悪い意味で・・・・・


(ここでもこの視線なのね……)


 生い立ちからか、レイダは人の視線に敏感である。

 その感性がすでに察してしまっていた。

 ここも何も変わらないと。


(全員、似たような目)


 あらぬ噂を信じる者。

 好奇の目を向ける者。

 打算的な視線を向けてくる者。


 それらは総じて、みにくい貴族と何ら変わりなかった。


学園ここもつまらない場所なのかしら)


 ならば、レイダも態度を一切変えはしない。

 誰に何を思われようと、自分の剣だけを磨くことに専念する。

 そう決意をしかけた瞬間のことだった。


「……!?」


 奥の方に一つだけ、全く違った視線の者を見つける。

 妙に熱烈・・な視線を感じ取ったのだ。


(誰?)


 見た目は、同年代っぽい少年。

 おそらく同じ受験生だろう。


 少年は柱からひょっこり顔を出し、こちらを覗いているようだ。

 かもし出す雰囲気は、貴族のそれではない。


 彼の名は──オルトである。


(他とは違う視線……?)


 オルトからは、何か特別・・な感情を感じられる。

 どこか違う怖さもあるが、それ以上に温かさがあったのだ。


(あ、どっかいった)


 だが、目が合ったオルトは、ぴゅーっとどこかへ逃げた。


 一瞬だったからか、レイダもその想いの正体を掴めない。

 ただ、今まで向けられなかった感情には間違いなかった。

 しかし、それゆえに疑いの気持ちも生まれる。


(……気のせいか)


 人は誰しも同じ。

 そう信じ込んでいる為、今は忘れることにする。

 目の前の試験だけに集中を向けたのだ。


「……どうせ人は変わらないもの」

 

 つぶやいたレイダの表情は、少し寂しげに見えるのだった。






 その頃、校舎裏にて。


「ハァ、ハァッ……!」


 頭を抱えながら、オルトは過呼吸におちいっていた。

 理由は、推しを生で見たからである。


「あ、あれが、本物のレイダ……?」


 オルトは頭を抱え、自問自答する。

 それほどに自分の目を疑ってしまっていた。


「う、美しすぎる……」


 その容姿が想像以上だったからだ。


 綺麗な長い金髪は、試験に向けて結んであった。

 透き通った碧眼へきがんは、ひどく睨んでいた。

 だが、オルトにとってはその威圧感すら愛おしい。


「生きててよかった……」


 前世では、三桁にものぼるほどストーリーを周回しているオルト。

 だが、やはり実際に見た彼女は全く違った。

 二年間、地獄を耐え抜いたことがようやく報われたのだ。


「これでもう死んでも──って、ダメだ、ダメだ!」


 だが、失いかけた気をハッと取り戻す。

 情緒が激しすぎるが、気絶の寸前にある事を思い出したのだ。


 それは、周囲の反応。

 自身とは真逆で、やはり印象は悪かった。

 オルトは拳をプルプルと震わせ、怒りをあらわにする。


「ったくあいつら、レイダの事を何も知らないくせに……」


 噂というのは、悪い方向に広がるものだ。

 それを信じてか、同じ受験生からはひどい言われ様だった。

 一人ずつ問いただして説教してやろうかとも考えたが、まだそこまで目立つわけにはいかない。


 代わりにオルトは、ポケットから紙を取り出す。


「へっへっへ、悪口を言っていた奴の名前を全員メモしてやったぜ」


 そこにはびっしりと名前が書かれている。

 推しをけなされたオタクを見くびってはいけない。

 オルトはあることを企んでいたようだ。


「お前らは学園にいらん! 全員もれなく試験から落としてやる!」


 これから行われる試験について、オルトは全て頭に入っている。

 そこで目立つことなく、一網打尽にしようと考えたのだ。

 少々行き過ぎた行動の気もするが、これも推し愛ゆえ。


「レイダの敵は減らしておくに限る」


 すでにオルトの計画は始まっていた。

 全ては、レイダが少しでも過ごしやすい学園を作るため。


 こうして、いよいよ聖騎士学園の入学試験が始まる──。

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