第2話 二年を経て

 「ギャオオオオオオオ……!」


 現れた巨大な熊に、正面から向き直る。

 

 かっこつけた決意なんて口にしたけど、今はまずこいつだ。

 サイズからして、おそらく“近辺のぬし”。

 ここ一か月では、一番の強敵と言えるだろう。


「さて、どうするかな──って!」


 巨大熊に気を取られていると、横から植物のツタが伸びてくる。


「キシャアアアアア!」

「くっ!」


 なんとか回避が間に合い、俺は後方に下がる。

 もう一瞬遅れていたら、危ないところだった。


「両方は聞いてねえよ……」

「ギャオオオオオオオオ!」

「キシャアアアアアアア!」


 伸びてきたのは、『殺人花』のツタ。

 俺の倍はありそうな口を持つ、魔物を食らう凶悪な植物だ。


「さすがは大作のエンドコンテンツ……」


 これが『魔神の箱庭』の日常。

 少し歩けば巨大魔物、油断すれば凶悪植物がおそってくる。

 おちおち考え事をしている暇もない。


「けど、良い機会ではあるかもな」


 俺は今、魔神の力を抑えて人型の状態だ。

 魔神の力を使えば倒せるだろうが、それでは意味がない。

 人間の学園に忍び込むなら、人の姿のままで戦わなければならないからだ。


 ならばこそ、人間の姿での力をつける必要がある。

 

「やっぱり“神力しんりき”が鍵だな」

 

 ──神力。

 この世界の人間にあふれる生命エネルギーのことだ。


 人間は神力をまとわせて身体を強化したり、放出することでエネルギー弾を撃ったりする。

 ゲームでも核となる要素だ。


「いくぞ──【身体強化】」


 半分人間である俺にも、神力は宿っている。

 学園では、神力を使った戦いがメインになるはずだ。

 今から鍛えておいて損はない。


「うおおおおお!」

「ギャオオオオ!」

「キシャアアア!」


 巨大熊に、殺人花、他にも続々と集まってきている化け物たち。

 天変地異かのような光景の中に、俺も身を投じる。


 神力の強化方法は二つ。

 “使用”と“吸収”だ。


 使用は、筋トレ。

 限界まで使えば使う程、次に回復した時に神力の総量が大きくなる。


 吸収は、経験値。

 魔物を倒した時、その魔物のエネルギーが神力として宿る。

 もちろん強力な魔物ほど、得られる神力は大きい。


「つまり──全員ぶっ倒せばいい!」

「ギャオオオオ!」

「キシャアアア!」


 最大のピンチは、最大のチャンス。

 魔神の箱庭ここで生き延びた先には、とんでもない力が待っている。

 

「推しの力ってすげー!」


 推しを救いたい。

 その気持ち一つだけで、この過酷な環境で生きる活力を与えてくれる。

 その力は、エンドコンテンツをもしのぐ。


「どうだあ!」


 しばらく戦った後には、魔植物は全て倒れていた。

 神力を使い(ちょっと魔神の力も使ったけど)、俺が全て蹴散けちらしたのだ。

 

 この地獄の中でも、俺は一筋の光へと歩み続ける。

 “推し”という光に向かって。


「待ってろ、レイダ!」


 そうして、二年の月日が過ぎた──。

 




<三人称視点>


 聖騎士学園、入学試験まであと一週間。


「……はあ」


 とある馬車に揺られる少女は、憂鬱ゆううつそうなため息をついた。

 苦しい日々を過ごし、これからの生活にも期待を持っていないからだ。


みにくい貴族どもと離れられるのは幸いだけど……)


 少女の名は──レイダリン・アルヴィオン。

 通称レイダだ。


 長く綺麗な金髪。

 透き通った碧眼へきがん

 抜群のスタイルに、気だるそうな表情。


 誰もが振り返る容姿だが、棘々とげとげしい態度ゆえ、その美しさは逆に周囲の反感を買ってしまっていた。


(いえ、どうせ学園も変わらないわ)


 レイダの周りには、打算や好奇の目で近づいてくる者しかいない。

 その態度には飽き飽きし、とっくに人を信用していなかった。

 信じられるのは、己が磨く剣のみ。


(せめて教師はまともでいてほしいけれど)


 すでに周囲から距離を置いていたレイダは、剣を磨き続けた。

 その執念はすさまじく、同世代では一つも二つも抜けている。

 彼女は“天才”と呼ばれるほどの実力者だ。


 だが、人と関わる気がない彼女は、本来は闇墜ちルート直行である。


「……何か変わるかしら」

 

 しかし、この世界では違うルートを辿ることになる。

 それも、一人の少年の行動によって。





 その頃、魔神の箱庭。


「はっはっは! これは完璧な人間だ!」


 転生した時と同じく、少年は水面に顔を映す。

 そこには、確かに人の姿をした子がいた。


「これなら学園に行っても問題は無い!」


 この二年間、少年は毎日を必死で生き延びた。


 とにかく神力を伸ばして。

 人型に近づくよう力をつけて。


 結果、完全なる少年の姿ができあがった。

 ……十五歳にしては少し幼い気もするが。


「ようやくだ」


 この二年は、長いようで短かった。

 推しに会える日は遠く感じたが、努力の日々は時を加速させた。

 途中からは、効率よく修行が出来たのも大きかったのかもしれない。


「ありがとう、みんな」

「「「グオオオオオ!」」」

 

 後方を振り返ると、巨大な魔植物たちが手を挙げる。

 この究極の弱肉強食世界エンドコンテンツの中、少年は頂点に立った。

 少年が争いを止めて修行を始めると、彼らも付き合ってくれたようだ。


「……魔神は来なかったな」


 父である魔神は、結局姿を見せなかった。

 だが、少年に寂しいという感情はない。

 むしろ放置してくれたおかげで、自由に生きられるのだ。


「よし」


 荷物を持ち上げ、ここを出る準備は整った。


 原作開始まで、あと一週間。

 目的は一つ。

 推しが闇墜ちする未来を回避することだ。


「行こう。聖騎士学園へ」


 こうして、少年“オルト”と、その推し“レイダ”の物語が今始まる──。

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