砂上の楼閣
ひと月目に湊が私に選んだ本は「世界の神話ハンドブック」、愛菜が選んでくれたのは「十画館の殺人」だった。
湊のは軽く読める面白い本だったけど、「バベルの塔」のところにご丁寧にポストイットしてあった。明らかにあてこすりメインの選択。奴め。そして愛菜の本は、いきなり「殺人」ってあってびっくりしたけど、超面白かった。さすが愛菜。
と、私の読書はさておき、問題はかの2人だ。湊は愛菜のために本を選び、愛菜もまた湊のために本を選んで手渡す。おお。なんか凄い。いい。私はちょっとウキウキした。と同時に、なぜかちょっと寂しかった。なにこれ。
その後もあーだこーだ言いながらも私たちの読書と報告会という名の集まる口実は続いたのだけど、4ヵ月くらい経ったころにちょっと変化がでてきた。
2人で話している時、湊が珍しく困り顔で聞いてきた。
「なあ怜奈。愛菜さんが選ぶ本、全部俺の気持ちにぴったりハマるんだけどさ、どう思う?」
「どう思うって、んー、愛菜は本に詳しいから? あと、きっと湊のことをよくよく考えて選んでるんじゃないのかな」
湊はそっかー。まあ、頭いいもんなあ、と何か歯切れ悪く相槌を打った後、変な間を置いて続けた。
「でも、どうしてそんなに俺のことが分かるのかな?」
おっ!? そこに気づくか湊。私はちょっと嬉しくなった。
「なんでだろうねー? もしかして愛菜は湊のことをさー。ヌフフフ」
「ヌフフじゃねーよ。ひょっとしたらお前がいらん事教えてたんじゃないかとか思ってたけど、相談したのがアホだったわ。んじゃ俺部活行くわ」
湊は背中越しに手をヒラヒラ振って行ってしまった。何だあいつ。
そして、7か月目。湊の本選びが遅れ始めた。奴め。でもまあ、そもそもあの湊が半年続いたというのが何気に凄い。むしろ今まで良くやってる。全然ありえる展開だ。私はそう思ったのだが愛菜はそうじゃなかった。
「ねえ怜奈、湊くんが最近本を選んでくれないのってさ、……私、嫌われちゃったのかな?」
眼鏡の奥の目は不安で少し潤んでいる。その目を見て私はどきりとした。ああ、愛菜は本気なんだな。そうわかった。わかってしまった。奥手で控えめなので目立たないのだけど、本当は凄く熱いものがあるんだな、ってわかってしまったのだ。
そんな動揺を押し隠して私は愛菜を慰める。
「そんなことないよ、愛菜。きっと何か忙しいとかめんどくさいだけだと思う。後で言っておくから心配しないで」
愛菜は不安そうな様子ながらも頷く。そして、きゅっと口を結ぶと、まっすぐ私の目を見た。
「愛菜、わたし頑張りたい。頑張るからね。……頑張ってもいいよね?」
「え、うん。応援するよ!」
こんな愛菜は初めて見たかもしれない。凄いな恋。こんなにも人を動かすんだな。あの愛菜が。愛菜を励ましながら私は、心の片隅でそんな事を思っていた。
その日の夜。私は湊の家にクレームを入れにいった。勝手知ったる廊下を抜けて2階の部屋に上がると、湊はベッドで寝転んでいた。床には13冊の本が平積みされ、その上に私の選んだ奴ではない(つまり愛菜の選んだ奴)1冊が立てかけられている。ふむ、タワーの事を忘れているわけではなさそうだ。えらい。
「ちょっと湊さー、今月の本早く選びなよー?」
「あー、つか怜奈、その事だけどいい? 本ていうか愛菜さんのことだけど」
「え」
湊は言いにくそうに、でも、真剣な目で切り出してくる。
「愛菜さんさ、たぶん俺の事好きなんだと思う」
「そうなんだ」
不意打ちなことばに驚いてしまい、アホっぽい相槌しか打てない。
「で、俺どうしていいかわかんなくてさ。怜奈、どう思う?」
「どう思うって。えと、本当にそうかどうかはアレとして、あーっと。その、愛菜のことを真剣に考えてあげて? 愛菜、いい子じゃん?」
「まあ、それはそう」
それはそう。湊はつぶやくように繰り返す。そして愛菜のような眼をして聞いてきた。
「お前はそれでいいわけ?」
「え?」
なんで、という言葉を飲み込んだ。それは言ってはいけない気がした。なにかこう、失礼な事のような気が。私はあわてて取り繕う。
「や、もちろん。2人が仲良くなってくれるのは嬉しいし、なんかギクシャクしちゃったらそれはそれでしょうがないよ。とにかく! 本! 選んできてよ」
湊はしばらく黙って私を見ていたけど、ふっ、とため息をひとつ付くといつもの顔に戻った。
「あいよ。ちゃんと選ぶから安心して」
「本当に? めんどくさいからハリーポッター連打とか駄目だからね」
「その手があったか。来月から怜奈の分はそれでいいか?」
「いいわけあるか」
湊は声を上げて笑う。ちゃんとやるから大丈夫、と繰り返してさっそくスマホで本の検索を始めた。
まあ、いいけど。私はそんな湊に、じゃ! と手を振って部屋から出る。なんだったのか湊は。愛菜は。あの目は。
いいけど。……いいのかな?
自分の部屋に着くまでの5分ほど、私はずっとぐるぐるそんな事を考えていた。
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