第15話:竜王の血
……そう言う、事か。
死に際にサンは、俺に血を流し込んだ。
俺を助けたんじゃない。
「血に宿ったボクの意識は、いずれ君の肉体を浸食し──新たなる第二の竜王の依り代になるんだッ!!」
「……最初から、このつもりだったのかよ……!!」
そうなると、マズい。
外に居るあいつらが危ない……!!
ウォーハンマーを構える。無抵抗のまま、俺だって乗っ取られて堪るか!!
だけど、相手はあの竜王。何処まで抗える……!?
「──って、最初は思ってたんだけど……やめた!」
「……え」
ウォーハンマーを取り落としそうになる。
サンはケラケラと笑っている。底知れない覇気こそ放ってはいるが、そこに敵意は感じられない。
「あっはははは! びっくりした? びっくりした? 一回やってみたかったんだよね、こういうの」
「……おいこら、どういうつもりだ」
「……いやさ、最初はだよ? 本当に最初……死にかけの体で、死にかけた君を見た時は本当にやってやろうと思ったんだ。だって、後から強い身体なんて幾らでも手に入るし」
ほう、と息を吐くと──サンは座り込んだ。
「ボク……死にたくなかったんだよね。スティグマみたいに生き汚いヤツの気持ちが今まで分からなかったんだけど……死にかけてやっと分かったよ」
「……今は……違うのか?」
「竜王なんて柄じゃないんだ、ボク。本当は、大好きな子と一緒に居られれば、それ以外何も要らなかったんだ」
サンは──遠い日の思い出を回顧しているようだった。
「……君は生まれ変わりって信じる?」
「生まれ、変わり……?」
「ボクの恋人……”鳥王ミュー”がよく言ってたんだよね。まだこの世界に来るずっと前に、言ってた」
「……お前は、信じてるのか?」
「今は──信じてる。色々あったからね」
……今は?
まるで昔は信じてなかったみたいな口ぶりだ。
「ミューって……どんな奴だったんだ」
「どうしようもない奴だったよ。だらしないし、自分勝手でワガママで、子供っぽくて、おまけに外面は良いから──皆には好かれてた」
「……女の趣味悪いなあ」
「ボクも大概女の子何匹も侍らせてたし……人の事言えないんだよね。でもさぁ、赤い羽根が……綺麗でかわいくって。後、押し倒すとしおらしくて」
「何で俺惚気られてんだよ、そこまでにしておけ」
「どっちにしたって、あの子の真の姿を知ってるのは、ボクと──君だけだ」
「……? 俺にはバラしてよかったのか?」
サンはにやにやと笑うばかりで、その質問には答えなかった。
その代わり──胸の内を吐露していく。
「好きだったよ。大好きだった。だから、どんな手を使ってでももう一度会いたくって。生きていれば……生まれ変わったあの子と会えると思って……君に血を流し込んだ」
「じゃあ、何で……」
「──満足しちゃったんだよね。わざわざ復活して探す理由も無くなったんだ。スティグマも死んだし、ボクに未練はない」
『おにーさんッ!! 目を醒まして──おにーさんッ!!』
……声が聞こえてくる。
ルカだ。
ルカの声だ。
おい待て、現実世界の俺は今──どうなってんだ!?
「そろそろ時間だ。死人に口無し。此処から先は──君が歩くべき道さ」
「……体を返してくれるのか」
「これはお礼だよ。スティグマを殺してくれたお礼。ボクの最期の願いを叶えてくれたお礼。君が生きてる間だけ、貸しておくだけさ。他者の
「やっぱこれ、お前のスキルだったのか!?」
「そうだね。君の力はボクのそれよりも、大分限定的になってるけど……今後に期待かな」
……竜王のスキル、か。
面白い。ダンジョンを果てまで駆け巡るなら、これ以上ない能力だ。
「君の旅路は何処まで行けるかな?」
「果てまで行ってやるよ。死ぬまでずっと、だ」
サンの身体が黒い靄に包まれていく。
彼女は満足げに──鼻歌を口ずさんでいた。
まるで小鳥が囀るような、そんな歌だった。
妙に頭に残る──そんな歌だ。
「~~~♪ ~~~♪ ~~~♪」
「……その歌は」
「ミューが好きだったんだ。無意識に口ずさんでたみたいでね。ボクも──覚えちゃった」
サンの身体が消えていく。
「──良い旅を、メグル。最期に会えたのが君で良かった」
「……ああ。俺もお前に会えて良かった──サン」
竜王は──ダンジョンの生き物と同じように、黒い靄になって消えた。
同時に、真っ白だった世界も──黒く、塗り潰された。
※※※
「参ったね、此処までとは……!! まさかこれが、竜王の力……!!」
雷に打たれ、満身創痍のシャインでは、今の巡を抑え込む事も出来ない。
「此処で止めるんだ!! そうでなければ、第二次討伐隊が……巡君を殺さなければいけなくなる!!」
「──おにーさんッ!! どうしちゃったんですか……!!」
ルカも刀で攻撃を受け止めるので精一杯だ。
ウォーハンマーを握っていないにも関わらず、凄まじい破壊力。
体が吹き飛ばされてしまう。
「がぁっ、ぐ……!!」
「こんにゃロウッ!! 喧嘩なら受けて立つゾッ!!」
跳びかかるデルタ。
しかし──ジャララララと音が鳴り響き、青い鎖が彼女に巻き付く。
”契約”による縛り、主人を決して傷つける事が出来ないというものだ。
「っがァ!? この野郎ォ!! 解きやがレーッ!!」
「……ルゥウウウウウウウウウウウ……!!」
唸りながら──じりじり、と巡はルカに近付いていく。
「お願い……元に戻って──おにーさん……!!」
だが、願いも虚しく──ルカは地面に捻じ伏せられる。
完全に理性が蒸発した今の巡の力は、ルカの腕力を遥かに上回っていた。
「おにーさん、聞いて……嫌だよ、私……!!」
「ルゥウウウウウ?」
「……此処で終わりにしたくないよ……一緒に、夢を見ようって言ったじゃないですか!!」
「ゥウアアアアアアアアアア!!」
「約束──したじゃないですか!」
鉤爪が生えた腕が振り上げられ──振り下ろされた。
「ルカッ!!」
「ルカ君──ッ」
──鉤爪は、深々と食い込んでいた。
蝋で出来た──地面に。
ルカの顔を──掠めるようにして。
「……おにー、さん……?」
「……ハァ、ハァ──ハァ──ッ!!」
鱗が頬から消えていく。
目が──元に戻っていく。
巡は力無く──ルカの身体に倒れ込んだ。
息を切らせながらではあったものの──巡は呟く。
「……ただいま、ルカ」
「ッ……! おにーさん……? おにーさんッ……!! もう、心配させないでくださいよっ!!」
「……大丈夫。何処にもいかねえよ、俺は」
思いっきりルカは巡を抱きしめた。
──今此処に、蟲王討伐作戦は完了したのである。
※※※
──結果的に、崩落が起こる前にスティグマが死んだ事により、外では奇跡的に死者は出なかったらしい。
俺の竜王の力も、あの時を最後に目覚める事もなく、今に至る。
精密検査をされたが、何処にも異常はないようだ。本当に異常が無いのか、それとも現代科学では測れないのかは定かではない。
「結局、サンはおにーさんの身体を乗っ取らなかったんですね」
俺の話を聞いたルカは──興味深そうに言った。
「ああ。満足して消えていったよ」
でも、これで良かった。
最後に──サンに会えて、あいつの真意を知れた。
確かに分からないことだらけだ。王が何故この世界に現れたのか、異世界とは何なのかも──多分サンは知っていたと思う。
だけど、今はこれで良い。余白があるなら──これから埋めていける余地がある。
「──その時はお前にまた、目撃者になってもらおうかな、ルカ」
「ええ。お任せください!」
俺の隣にはルカが、そして仲間達が居る。
きっと──何があっても大丈夫だ。
※※※
あれから一週間ほど経った。
政府から渡された報酬は──結構な量の謝礼金と、東京の郊外に建てられた、この一戸建ての家屋。
中はそれなりに広く、配信用の防音室もある。
デルタが広々と使える運動用スペースまで用意されていた。
一人暮らしだとあまりにも広すぎるが、デルタが居るなら広いに越した事はない。
何より──デルタについてまとめた生態レポートを提出することで、今後俺には少なくない報酬が貰えるという。
それに伴い、デルタを配信に出す許可も貰ったのだ。曰く──
「もしも獣人と融和する事になった時、デルタ君はその架け橋になるかもしれない。今は──巡君のテイム生物という扱いにはなってしまうだろうがね」
──と、シャインは言っていた。
「……私も政府も、一先ずは君達の”可能性”に賭けることにしたのさ」
というわけで、一先ずは御目こぼしを貰ったらしい。
人間に良いヤツ、悪いヤツが居るように、獣人にも色んなヤツが居る。
自分が一番強くなりたいデルタ、自分以外の全てを見下していたスティグマ、そして──ただ、好きな人にもう一度会いたかったサン。
それを、デルタを通して配信で伝えていければ良いと思う。
とはいえ、やはり”王”の存在はトップシークレット。俺達の配信は、常に政府に監視され、何かあったらいつでも停止できる状態ではあるのだ。
首輪付きにはなってしまったものの、色々知り過ぎてしまった俺達への待遇にしては……これでも良い方なのかもしれない。
「デルタは、これから強い奴とどんどん戦いたいゾッ!! 後、肉を沢山食べたいゾッ!!」
:デルタちゃんカワイイ!!
:ダンジョンの奥に、こんな子が居るのか……。
:これ肉代です→30000円
:→30000円
「うん!? なんか画面が赤いゾ!! どうなってるんダ、メグル!?」
「オメーらデルタにスパチャしてんじゃねーぞ!! 甘やかすな!!」
:お前の財布に入れんなよ
:高級焼肉配信希望
……これでも余裕があるとはまだ言い難いのだ。
デルタのレポートで多忙だし、配信もダンジョン攻略も出ていくお金が多い。
装備品は買い換えないといけないし、消耗品も多いし、機材も金がかかる。
とはいえ──それを差し引いても、デルタが来てくれたのはうちのチャンネルにとってプラスにはなった。
獣人への注目度もあり、チャンネル登録者数は先日、100万人に到達したのである──
「とゆーわけでっ、お祝いですっ!!」
──すっかり、自分の家のように入り浸るようになったルカが──大量の酒缶を袋に入れて言った。
勿論、調さんも一緒だ。
「いやー、あっという間でしたねー、この一週間……あのハチ騒ぎがウソのようですよ」
「ねえ、ルカちゃん。そろそろあの時何があったか教えてくれない?」
「察してください、としか言いようがないです。世の中、知り過ぎない方が良い事もあるんですよー」
「ええー? なんだか仲間外れにされてる気がするのだけど……」
気持ちは分かるが……王の事は固く口止めされているのだ。
俺は話を逸らすべく、調さんの活躍に言及することにした。
「そういや調さん、例のハチ騒動の時バズってたじゃねえか。JURAの配信に写り込んでて、シラベさん強ぇーって皆言ってたぜ」
「え!? そ、そう!?」
「一人でも大暴れでしたね、調。倫太郎さんとか”ウチに欲しいくらいだ! ドバドバドバ!”って言ってましたもん」
「そ、そうかなぁ……あ、でも、JURAにはいかないよ!! 皆とまだまだ迷宮攻略したいもの!!」
「へへ、そりゃ有難いな」
「なあ肉!! 旨イ肉はあるのカ!?」
「勿論! 先日のスパチャ分でA4高級松阪牛買ってきましたとも!!」
「おォオオオーッ!」
今回は量もたっぷり。
俺達が食う分もある。
焼き肉プレートの上に並べられる霜降り牛肉。
そして──大量のビール缶。
そこに仲間が揃っているからか──ルカは本当にご機嫌だった。
「~~~♪ ~~~♪ ~~~♪」
「……ッ」
自然と彼女の口からは──鼻歌が漏れていた。
だが、その旋律は俺の記憶にも強く強く焼き付いているものだった。
サンが──口ずさんでいたメロディと、全く同じだ。
「ルカ──その歌って」
「え? あっ、もしかして私、鼻歌を──」
無意識だったのかルカは顔を赤らめた。
「嬉しい時に、つい口ずさんでしまうんです」
「それ、昔から気になってたけど何の曲なの?」
「え? 知りませんよ。魂から湧き出てきたリビドーっていうか……調なら分かるでしょう?」
「理解したわ!」
「デルタには全く理解できねーゾ……」
「だから、さっさと飲みましょう! ……おにーさん?」
ルカの赤い目が俺を不思議そうに見つめてくる。
そっか。そう言う事か。
サンが満足して消えていった理由、やっと分かった気がする。
「いや、何でもない」
……宝物、か。
確かに預かったよ、竜王。
お前は──見届けるのを選んだんだな。
「なんつーのかな。俺とルカが出会ったのって運命だったのかもって思っただけ!」
「……? そうですね! きっと、奇跡だったんですよ!」
始まりはアレだったが──終わってみれば、この通り。
いや、まだ終わりでも何でもない。俺達の冒険は、此処から始まるんだ。
「今日は無礼講だーッ!! 盛大に食って飲むぞーッ!!」
「え、珍しいわね、巡さんがそんなにいうの」
「100万人だぞ100万人、喜ばなきゃ損ってモンだぜ」
「そうですねーっ!! 盛大に飲みましょうーッ!!」
「肉!! 肉ダーッ!!」
見ていてくれ、サン。
俺はきっと、この仲間達と──このダンジョンが巣食う世界の果てを見に行く。
借り物の力をどう使うかは俺次第だ。
「かんぱーいっ!!」
一先ずは祝おう。今、この時を──
※※※
……頭が、クソ痛い。
おい。どうなってやがる。
あれから、どうなった?
確か、ルカが俺の口に無理矢理ビール瓶押し込んだ辺りから記憶が怪しい。
……なんか、妙に肌寒いな。もうすぐ冬だからかな?
「……むにゃむにゃ……おにーさん……」
「激しいです……巡さん……んぅ……」
「にゃへへへへ、未体験ゾーン、だゾォ……」
「……はい?」
がばっ、と俺は起き上がった。
部屋中は──想像を絶する乱痴気騒ぎの後。
散らばった衣服、下着、酒の缶に瓶。
誰もかれも服など着てはいなかった。
当然──俺自身も、生まれたままの姿だ。
「おい……嘘だろ。結局こうなるのか!?」
またしても──何も覚えていない!!
俺のバカ!! 誰も彼も──この赤毛女の暴走を止められなかったのか!!
「うにゃー……おにーさん……らいしゅきぃ……」
「クッソ何が無礼講だ、やらかしたァァァーッッッ!!」
……良い子の皆。酒は飲んでも吞まれるな。俺との約束だ。
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