第14話:蟲王・スティグマ

 ※※※




「バカでかい蜂の巣だ……」




 幾つもの鉄のゲートをくぐっただろうか。

 遠隔操作で開くようになっているらしく、是が非でもスティグマをダンジョンの外から出さないための対策らしい。

 言ってしまえば秘密の抜け穴だ。

 その先に待っていたのは、甘い蜂蜜の匂い。

 そしてハニカム状に組まれた蝋の壁と地面。


「美しい幾何学模様だ。私ほどではないがね!」


 そしてシャインはいつの間にか海パン1枚になっていた。もう勘弁しておくれよ。


「甘い匂い……これ、全部蜂蜜ですか……!?」

「だろうな。だってミツバチだもんな」


 案の定、辺りにはミツバチたちが飛び交っている。

 その部屋の最奥には、ドス黒い血の塊のようなものがドクドクと脈打っていた。


「……ねえ、なんか明らかに蜂の巣に似つかわしくないものがあるんだが、ありゃ何だ」

「アレから竜王の血のにおいがするゾ!!」

「おいウソだろ。アレが全部竜王の血の訳がねえじゃん」

「いや、あれこそ竜王による蟲王の封印だ。自分の血を用いてヤツの動きを止めたのだろう」

「……じゃあ待って。あの中から出てくるって事?」


 めき。めきめきめき。


 ……どうやら本当に滑り込みセーフだったらしい。

 

「キチ、キチキチキチキチキチ……!!」


 塊が蠢いたかと思えば罅が入り、中から何かが飛び出してくる。

 卵から生まれたての雛のようにごろんと転がり込んだかと思えば、大量にミツバチたちが寄ってくる。

 やっぱり──人型だ。

 胸元に白いモフモフを携えており、髪は長い。だが、巨大な触角が頭から生えている。

 全身は黄金の外骨格に守られており、女王バチを擬人化したような姿をしている。


「コイツが、蟲王・スティグマ……ッ!?」

「──、──、──ああ、ああ。コレで良いかしら? ……意思疎通の手段を下等生物共に合わせるのは……手間だわ」


 ふらふらと起き上がったソレは──俺達に目を向ける。

 ぞくりと肌が粟立った。人の姿、声をしているのに、本能的に目の前のソレが人ではない事が分かる。

 声の奥に感情というものが感じられない。




「ようこそ、不届き者共。あたくしがスティグマ。蟲王・スティグマ!!」



 

 仰々しく手を挙げると共に、スティグマの両手には蝋で出来た二本の槍が現れる。

 それは黒いオーラを纏っていき、間もなく鋼の如き光沢を放つのだった。

 シャインが前に出て恭しく礼をする。


「これはこれはスティグマ陛下。お目にかかれて光栄です」

「あら? 謁見のつもりかしら」

「ところで一つ頼みがあるのですが」


 顔を上げたシャインはあくまでも柔らかい物腰を崩さずに言った。


「……此処は私の美しさに免じてそのまま大人しく再び眠っては貰えないだろうか? 私としても無益な殺生は行いたくないのでね」

「アハハハっ! いちいち癪に障る人間だねッ!! まるでお前があたくしの生殺を握っているかの口ぶり!!」

「どうやら交渉決裂のようだ」


 どの口が言う!!

 最初っから交渉なんてするつもりは無かったな。


「オマケに美しいですって? それはこのあたくし以外に使うのは禁じられた言葉!! 気に入ったわ、殺すのはお前からにしてやろうか!!」


 すげーなこの人、一言一句全部相手の地雷しか踏んでねえ!!


「……不敬……即ち、死罪ッ!! やっておしまい、子供たちッ!!」

「──人の姿では、周りにまで注意が向かなかったかな?」


 そう言えば──辺りが肌寒い。

 気が付けば、この辺りの蜂の巣全部に氷が張っている。

 次々に、ミツバチたちが地面に落ちていく──


「ッ……子供たちが……!!」

「昆虫は変温動物だ。故に、私の能力は最もお前達と相性が良い。既にこの巣は、私の領域だ」


 ──さ、寒い!?

 一気に気温が下がった!!

 シャインの背後に──全身が氷の甲冑に覆われた騎士のようなものが現れている!!


「これが……シャインさんのスキル、”冬将軍”──!!」

「この人、配信でこんな技使ってたか!?」

「使ってないです──シャインさんは、今まで一度も配信でスキルを使った事がありません!! 私も噂でしか聞いた事が……!!」


 てっきり俺、この人が肉体強化系の能力者だと思ってたんだけど。

 じゃあ何? 今まで配信に出ている間は、スキルを縛って戦ってたって事?

 ほ、本当の変態じゃねーか!!


「この冷気はある程度指向性を持たせる事も出来てね。敵のみを凍えさせる器用な真似も出来るのさ」

「……これが、日本最強の攻略者の力……!」

「ミツバチは特に群れると厄介だ。寄られて蜂球でも作られる前に、凍らせるに限る。この気温で動けるのは……スティグマ、お前くらいなものだろう。これで戦力差はイーブンかな」


 これでイーブン──そうだ。

 肝心のスティグマは、この低温を受けても尚、まだ動けるみたいだ。


「……子供達をよくも……どうやら本気で貴方達を滅ぼさなきゃいけないみたいね」

「いいや? 覚醒直後のお前は、まだ完全に力が出せないはずだ。その前に叩くッ!!」

「此処からが本番ですッ!!」

「……ええ、そうよ。此処からが処刑タイムの開始」


 ぴきぴき、とスティグマの頬に血管が浮かび上がった。

 そして──その身体が思いっきり膨れ上がったかと思えば黒い靄を噴き出し──巨大な蜂そのものの姿と化す!?

 ちょっと待て。全長何メートルだ──軽く、3メートルはある……!! 羽根の所為で、更にデカく見える!!

 しかも、あの長い槍も未だに握っている……!!


「アレがスティグマの本当の姿だゾ!!」

「で、でけェ……正真正銘、蜂の王ってか……!!」

「すんすん……鼻が利いてきたわ……さっきから不愉快な匂いがするのよね……私を封じ込めていた血の封印……それと同じ匂い!!」

 

 ぎょろり、と女王蜂の複眼が──俺の方を向いた。


「……竜王……? 竜王……ッ!! 何であんたの匂いが……ッ!!」

「あれ!? こっち向いた──」

「ああ、そう言う事ね、竜王……死んでもムカつくヤツ!! あんたの血の匂いがすると……虫唾が走るわッ!!」

「どうやら、竜王の血の匂いを嗅ぎ取ったみたいですね……」

「やっぱりこうなるのかよ──ッ!?」


 槍を構えたスティグマが襲い掛かってくる。

 こっちも臨戦態勢だ。だけど、流石にあのサイズの槍は死ねる。

 ……まともに受ければ、の話だけどな!!


「君が狙われるのは想定内ッ!! ”凍鎧”ッ!!」


 俺の鎧に氷が纏わりついていき、そしてハンマーにも氷がびっしりと生え揃う。

 これは打ち合わせで聞いていた。俺が狙われた時、シャインさんがスキルで俺を強化してくれる。


「ヘイトタンクに防御バフで……死なないタンクの完成だッ!!」

「──よっしッ!! 隙が出来たゾ!!」


 デルタが思いっきり地面を蹴り、スティグマに襲い掛かる。

 カンガルー由来の強烈な蹴り、からのエカルタデタ由来の鋭く尖った牙が──スティグマの前脚を削り取った。

 槍が宙を舞い──ごろごろと落ちる。

 

「チィッ──痛いじゃないッ……!!」


 カチンッ──刀が鞘に収まる音が聞こえた。

 ルカが納刀している。

 



「”国士無双”──今ので、



 

 目にも留まらぬ早業。

 スティグマの羽根がバラバラに千切れ飛んだ。

 流石、ルカ──王でさえも、ルカの剣技には追いつけないのか!

 ごとんと音を立ててスティグマが地面に落ちた!!


「っし!! これで終いだッ!!」


 ウォーハンマーを構え直し、思いっきり振りかぶる。

 地面に落ちたスティグマの顔面に、叩き込むッ!




「ぎぃやあああああああああああ!?」



 

 蜂の王の絶叫が響き渡った。

 ”抜刀絶技”が乗った一撃は柔らかい首を捉えて、叩き潰す。

 間もなく、悲鳴は消え失せた。

 スティグマの身体が──黒い靄になって消えていく。


「ッ……やった──倒したッ……!!」

「……いや、まだだ」


 シャインさんが天井を指差した。

 ……何だ? 蜂の巣の天井が膨れ上がっている──


「援軍のミツバチ……!?」

「いや、もっと悪いかもしれない」


 バチン!!


 音が鳴ると共に、膨れ上がった巣の部分から何かが飛び出してきた。

 ……おいちょっと待て。どういうことだ。どうなってやがる。


「ス、スティグマが……もう一匹──!?」

「あたくしは王よ!! 蜂の……王よ!! こんな、だって、許されるわけがないわ……ッ!!」


 怒りを露にした声で、スティグマは天井から叫ぶ。


「あれがスティグマが卑怯たる所以ダ!! 死んでモ、スティグマは復活し続けル!! ”不死身のスティグマ”ダ!!」

「女王バチの世代交代……死んでも、意識と記憶を引き継いだ新しい女王がまた新しいスティグマになる、ってところかな」


 冷静にシャインが分析しているが──それじゃあ、待てよ。こいつだけ倒しても意味が無いってことか……?


「これは驚いた。王はただでは死なない者が殆どだが、このタイプは初めて見たよ。巣の中の”女王バチになれる幼虫”と意識と記憶を共有しているのか」」

「ッ……巣の中にある”女王バチの幼虫”を全部潰さないと……スティグマは永遠に復活し続けるって事か!?」

「でも、女王になれる幼虫は匂いが違うゾ!! 蜂の巣は度々襲ってるから分かル!!」

「だけど、この巣の中からどうやって幼虫を探し出すんだよ!?」

「おにーさん。シャインさん、あのスティグマを頼みますッ!! 私はデルタさんと一緒に幼虫をどうにかします!!」


 ルカが──俺の方を向く。

 ……信じるしかない、か。


「ああ、頼んだッ!」


 再び槍を構えたスティグマが襲い掛かってくる。

 心なしか、さっきよりも勢いが強い!!


「ハッハ!! 無駄無駄ッ!! 次のあたくしになれる幼虫は、この巣に沢山居るわッ!! 一番頑丈な部屋にたぁっぷりねえ!!」

「援護をするッ!! 巡君ッ!!」


 シャインの身体に冷気が纏われていく。


「このシャイン・マスカットに、魔鋼の鎧は不要──必要なのは、この氷の鎧のみ。来い、”凍テツ骸鎧イテツムクロ”!!」

 

 背後に現れていた氷の騎士がシャインと一体化する。

 片手には氷で作られた細剣が握られており、それがスティグマの身体を貫くが──さっきよりも禍々しさを増したスティグマの体には通らない。


「ッ……流石に切れ味はルカ君には及ばないか──ッ!!」

「ハッ──その程度の剣があたくしに通用するとでも!!」


 よくよく考えてみれば──ルカもさっき、本体ではなく羽根を狙って斬っていた。

 あの外骨格相手じゃ、刀が通用しないのを察知してたんだ……!!


「この野郎ッ!!」


 ウォーハンマーを思いっきり振るう。

 スティグマの胴に叩きこまれはするが──やっぱり、硬い部分は防御力が高過ぎる!!


「さっきのあたくしよりも、今のあたくしの方が強いわ!! そうやってあたくしは、どんどん強くなっていくの!!」

「だけど──今の一撃は痺れただろ」

「何ィ──ギッ!?」


 一瞬遅れ、叩き込んだ場所から稲光が迸る。

 確かに砕くには至らなかった。

 だけど、ウォーハンマーで叩いた場所から──電気が流れ込んでいる!!


「こいつ、味な真似を……!!」

「確かに硬い外骨格だ……だけど!! おかげでよーく

「──これで、お終いだッ!!」


 シャインが細剣を構え、何度も何度も突く、突く、突く。

 外骨格の隙間と隙間。

 致命傷となる部分を的確に突き刺す。 

 体が痺れている今のスティグマでは避けようがない。

 間もなく、スティグマは全身がバラバラになり──黒い靄を噴き出して消えていくのだった。

 ……しかし。




「アハハハハハッ!! 無駄だって分からないのかしら?」




 ハニカム状の部屋から、また巨大バチが姿を現す。

 ま、また出てきやがった……これで3匹目だ。


「……参ったね。これではキリがない。ルカ君達、上手くやっているだろうか?」

「無駄よ無駄! 流石の貴方でも巣の中にまでは冷気は届けられないでしょう! 今頃、私の子供たちの餌食になっているわ!!」

「ッ……そう簡単にやられる奴らじゃねーよ!!」


 デルタも、ルカも強いんだ。

 ……子バチなんかに負けるはずがない。

 

「それにさっきの電撃……しっかり痺れたし、学習したわ!! おかげで、こんな事が出来るようになってね!!」


 バチバチと空中を飛ぶスティグマの身体に──稲光が迸る。

 ま、まさか、こいつ──今ので電気の力も使えるようになったのか!?

 



「──さあ、処刑の時間よッ!!」




 スティグマの周囲に球状のバリアが現れる。

 そして、バリアがどんどん膨れ上がって大きくなっていき、俺達をも飲み込んだ。


「これはマズい──氷で障壁を──」

「無駄よ!! だから電気こっちを選んだ!!」


 スティグマが槍を思いっきり振り上げた。




「──”ハンティングゾーン”ッ!!」




 辺り一帯から雷鳴が鳴り響く。

 360度、全方位からの電気──こんなの、避けようがない!?




「がぁっ……!?」




 意識が──刈り取られた。

 頭が割れたかと思った。

 雷に打たれた事は無かったが──こんな、感じなのか──


「あ、ぐっぁ──」


 ウォーハンマーを地面に突き立て、辛うじて耐えようとする。

 だけど、ダメだ。もう、立っていられない──


 


 ※※※




「──うわぁ、びっしりぎゅうぎゅうに詰まってますね……」

「ハチノコって旨いんだナ!!」

「こっちは食ってるし……まあいいでしょう」


 


 ルカの目の前には、一際頑丈に組まれた、蝋で出来た構造物。

 その中には白く、丸々肥え太った幼虫がびっしりと詰め込まれている。

 

「……感謝しますよ、デルタさん。貴方のおかげで──こいつをいち早く見つけられました」

「おう、思いっきりやっちまエ!!」

「断て──”絶一門”」


 音さえも置いていく斬撃。

 ハチノコの入った揺り篭は、音も立てずに崩壊していく。

 中の女王の依り代諸共、全てが微塵切りになっていく。


「って、ああああ!! 女王のハチノコ、食いたかったゾ!!」

「……さあ、戻りましょう。メグルさん達が心配です」


 スティグマは復活する度に強くなるという。

 更に、徐々に自らの力も取り戻していっているはずだ。

 故に──ルカは長期戦は不利だと考える。

 床を刀で斬り裂き、さっきの大部屋への穴を開けた。

 

「デルタさん、お願いしても?」

「おウ!!」


 脚力に優れたデルタがルカをお姫様のように抱っこし、そして穴から飛び降りる。

 

「うっシ!! 着地成功ダッ!!」


 デルタの脚は頑丈だ。

 故に、高所から落下しても問題ない。

 だが──ルカは眉を顰めた。

 辺りには焦げ臭い嫌な匂いが漂っている。


「ッ……おにーさん、シャインさん……!?」

「あらぁ──遅かったわねェ……? でももう終わったわ。次は貴方達よ」


 地面に横たわるシャイン、そして──巡。

 ルカは後ずさる。

 目の前に立つスティグマの気配は、最初の時よりも遥かに強くなっている。

 思わず刀を構えた。

 デルタと二人掛かりでも倒せるか分からない。


「し、しっかりしロォ、二人共ォ!!」

「……よくも、おにーさんを」

「アハハハハ!! 人の巣に入っておいて、よく言うわね!! でも、貴方達も子供達の餌にしてあげるわ!!」


 ルカは一瞬で、スティグマの身体の関節がさっきよりも強化されていることに気付いた。

 おまけに電気を全身に纏っており、接近攻撃が難しくなっていることを悟る。

 スティグマももう残機は残っていない。此処で、倒せば終わりだが──二人掛かりではそれも難しい。

 戦慄。ただただ、彼女は恐怖を覚えていた。よしんば倒せても、崩落を防げなければ──多くの人命が失われる。


「こいつ、さっきより強くなってるゾ……!!」

「やるしか……無い……ッ!!」


 ルカは地面を蹴り、スティグマに距離を詰める。

 刀を引き抜き、目にも留まらぬ早業で何度も関節を、羽根を斬るが──


「ッ──!?」


 ──その硬さにルカは驚愕した。

 刀があろうことか弾かれてしまっている。

 

「食わせロッ、蟲王ッ!!」


 後ろから更に跳びかかってくるデルタ。

 並みの生き物ならば粉砕されてもおかしくない渾身の蹴りだったが──それも響く様子が無い。


「……ああ。やっぱりダメね」


 二本の槍が電気を纏い──ルカを、そしてデルタを薙ぎ払って地面に叩き伏せた。


「がぁっ……!?」

「ごはっ──!!」


 ──全く以て、歯が立たない。

 おまけに電気を流し込まれた事で身体が痺れ、立ち上がれない。

 悔しいが、生き物としての格が違う、とルカは嫌でも思い知らされるのだった。


「……お別れだわ。名残惜しいけど……でも感謝してる。貴方達のおかげで、あたくし、また強くなれましたもの!!」


 スティグマが槍を振り上げた──その時。




「ス……ティ……グ、マァ……!!」




 殺意を感じ取ったスティグマは振り返る。

 巡だ。巡がウォーハンマーを杖にして立ち上がっていた。


「お、おにーさん……ッ!?」

「なんだ、あいつ、すっごく怖いゾ……!?」


 その場に──静かな戦慄が横たわった。

 デルタは本能的に恐怖を感じ取り、そしてルカもまた全身に鳥肌が立つ。

 今の巡は様子がおかしい。

 犬歯を剥き出しにし、目は赤く充血し──頬には鱗のようなものがビッチリと生えていた。 


「りゅ、竜王、貴様──どうして、今──ッ!!」


 スティグマが電気を纏わせた槍を振り上げた刹那も待たず、巡は力いっぱいに得物たるウォーハンマーをぶん投げる。

 弾道ミサイルもかくやの勢いでハンマーはスティグマの頭部にあっさりと突き刺さるのだった。

 ルカの刀ですら斬れなかった硬い外骨格に覆われた頭部を、だ。


「ギャッ……!? そ、そうか、竜王……お前も、非道い事を考える──ッ!!」

 

 ばたり、と仰向けにスティグマは倒れ込む。

 そして──全身から黒い靄を噴き出したかと思えば、跡形もなく消滅したのだった。


「……スティグマ、死んだのか……!!」


 よろよろ、とシャインが立ち上がる。

 しかし彼もまた異変を感じ取っていた。

 巡の様子がおかしい。

 目は爬虫類の如きものへと変じていき、尾てい骨からは長く太い尻尾が生える。

 その姿は──まるで竜人のそれだ。




「ゥウウウウウ……ウルァアアアアアアアアアアアアアアーッ!!」




 蟲王亡き玉座の間に──竜人の咆哮が轟いた。




 ※※※




 此処は……何処だ。暗い。

 俺、死んだのか……?


「やっほ。会ったね」

 

 快活な女の子の声が何処からともなく聞こえてくる。

 得物は──何故かある。


「メグル……君と会うのは2度目かな」


 振り返り、俺は──吃驚して腰を抜かすかと思った。

 全身に鱗が生えたトカゲのような少女。

 まさしく、あの部屋で死んでいた彼女が、俺の後ろに立っている。


「ボクね──”竜王・サン”って呼ばれてるんだ」

「サン──どうなってんだ。何で、お前が俺の前に……?」

「此処は君の意識の世界。今、現実世界の君は意識を失ってる。いや、正しく言えば我を失っているってのが正しいのかな?」

「どういうことだ!?」

「時が来たんだよ。スティグマの奴には一杯食わされたけど……借りは返せたかな」

「……時って何だ。お前は何するつもりだ!?」

「君に流れているボクの血。それが覚醒したんだよ」


 竜王は──にこり、と微笑んだ。




「ボクは……復活するんだ。メグルの身体を使ってね!!」

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