第12話:竜王の真実

「で、君は──これからどうしたいんだ? 正直騙し討ちみてーな形になっちまったけど……」

「此処、旨いモノが多イ! 窮屈だけど……此処の奴らは旨いモノくれるから、キライじゃないゾ!!」

「何あげたんですか……?」

「スーパーの純度100%オージービーフ……」

「安モンじゃねーか」


 ああ、キラーカンガルーとオージービーフが同じオーストラリアの生き物だからいけると思った?

 そういうことではなく?


「デルタの希望は唯一つ!! 此処から出せってだけダ!! 外が……どうなってるのか見てみたいゾ!!」

「……外、か」

「ああ! あの場所の外! 此処の外! どうなってるのカ、見てみたいゾ!! デルタは……もっとたくさん食って、戦って、強くなりたイ!!」

「今のままでも十分強いじゃねえか。何で強くなりてえんだ?」

「デルタは──王様になルッ!!」


 にぃっ、と鋭い犬歯が輝いた。

 その目は──とても真っ直ぐだ。


「王様は……一番強くて偉イッ!! 獣達の王になルッ!!」

「デカく出ましたね……」

「コイツ等の他にも滅茶苦茶強い獣人たちが居て……その中のトップか。気が遠くなりそうだな」


 ──でも、嫌いじゃない。

 むしろ、無鉄砲な夢を掲げていた俺にそっくりだ。


「デルタ! なら、俺達と一緒に来ないか?」

「ヤーだネ!!」

「え」

「……って言いたい所ダケド……負かされたのは確かダ。付いて来てヤル!」


 首元に青い楔の模様が浮かび上がった。”契約”の証だ。


「そんで強くなっテ……今度はデルタがオマエに勝つ! そしたら、デルタの家来にしてやるゾ!」

「……威勢が良いな。気に入った!」


 ……こいつは、是非ともパーティに入れたい。

 バズらせたいとかじゃない。

 デルタは──きっと良い相棒になる、と俺は確信していた。




「──それについては話がある」





 すん、とその場の空気が鎮まり返った。

 後ろからコツコツと迫る靴の音に、俺は思わず振り返る。


「……シャ、シャイン様!?」


 係員の1人が上ずった声を上げた。

 全身を黒いスーツに包んだ浅黒い肌の美青年。

 その顔に、名前。覚えしかない。確か──


「シャ、シャインってあのシャイン!?」

「何で……”裸の貴公子”が此処に!?」


 ──チャンネル登録者数400万人。

 無所属でありながら、JURA所属のトップライバーに匹敵するファンを持つ、日本で最も有名なダンジョン攻略者──シャイン・マスカット!?

 彼が有名な理由は唯一つ。

 防具を付けず、裸でダンジョンを攻略していく恐ろしい実力者という点だ。

 ……動画だといつも海パン1枚だから、全身黒いスーツなのが違和感しかない。後ろには護衛と言わんばかりに黒服の男達が付いている。


「何で貴方が……」


 流石にルカも面識があるらしい。

 戸惑った様子でシャインに問いかけている。

 だが──動画の時とはまた違う悠然とした立ち振る舞いでシャインは恭しく礼をして──ルカではなく俺に問うた。


「──君が日比野 巡君かい?」

「は、はい……」

「改めて。”政府特務機関所属”斜陽院 光一……だがシャインの方が馴染み深いだろうしシャインで構わない」

「政府……ッ!?」


 待った、政府って言ったのかコイツ。

 ただの変態じゃなかったのか!?


「シャインさん──貴方、公務員だったんですか!? 私、今知りましたよ!?」

「そりゃあルカ君、世間には公表していないからね。動画に映っていない所では政府の依頼でダンジョン調査を行っているのさ」

「……ツッコミたいところは沢山あるけど……俺達に何の用なんですか……?」

「おめでとう。世界初の生きている獣人のテイム。君のおかげで、人類はまた1つダンジョンの謎に近付いた」


 パチパチと手を鳴らすシャイン。

 ちょっと待て。その言い方だと──死んでいる獣人は既に発見されていた、みたいじゃないか。


「エカルタデタ……いや──デルタ、だったかな」

「おウ!! デルタはデルタだゾ!!」

「……彼女の今までの発言は、我々政府が発見し、そして隠匿してきた調査結果と一致する」

「……隠匿? どういう事だ?」

「3人共、私に着いてきたまえ。この世界の真実を知りたくないかい?」

「3人って──」

「そこのデルタ君も、だ」

「おオ!! もしかして、出して貰えるのカ!!」

「……良い子にしてれば、な」


 デルタは俺と契約している。

 俺が抑えている限り、彼女は暴れる事は出来ない。

 スキル開発センターの外に出ると、大きなトラックのような車が止まっていた。

 ……こりゃあまるで、護送車じゃねえか。


「……それにしても、ルカ君。驚いた。まさか、君が裏で手を引っ張っていたとはね?」

「黒幕みたいな言い方しないで下さいよ。私だって、こんな事になるとは思わなかったんです」

「どっちにしても、これから話す案件は君の力が必要になるだろうからね」




 ※※※




 ──東京と橋でつながれた巨大なメガフロート。

 そこは、現在の政府機能の殆どが集約された日本の心臓──通称”セーフティハウス”。

 数十年前に東京で頻発したダンジョン災害で、東京はズタボロにされた。

 海上であればダンジョン災害の影響を受けないが為に築かれた、要人たちの拠点である。

 同時にそれは──橋1つで繋がれた孤島であるが故に機密事項を隠すのに持って来いな場所だった。


「……ルカ。お前、メガフロートには入ったことある?」

「ありますけど……セーフティハウスは流石に初めてです」

「旨イ!! 旨イ!! この世界にはこんなに旨イ食いモンがあるのカ!! お前達ズリーゾ!! お代わリ!!」

「ああ、たらふく食べるが良い」


 ……。

 さっきからデルタが、何かの肉を貪ってる。

 俺達も腹が減ってるんだけどな。


「何の肉やったんすか?」

「喜びたまえ──A4松阪牛だ」


 何やってんだこの人。

 高級肉しか食わなくなったら破綻するのは俺の財布なんだぞ。


「おいデルタ。このお兄さんが、良い子にしたら、もっとくれるらしいぜ。たんと食え」

「良いのカ!? デルタ、良い子にするゾ!!」

「ハハハハハ! お肉は私の自腹だから、私の美しさに免じて程々にしてくれると助かるな!」

「これくらい経費で落として良いと思うのに、けちですね……」


 ……単純で助かる。


「それにしても──メガフロート、か。金持ち共の道楽だと思ってたが……」

「仕方ないですよ。命の価値というのは……必ずしも等しくない。それが現実なんです」

「死なれちゃ困る人間、死んでも困らない人間か。世知辛いね。誰だって死にたくねえのは同じはずなんだけど」


 金を払えばダンジョン災害に怯えない日々が送れる。

 それが今の世界の常識だ。海には富裕層が住むメガフロート都市が幾つも浮かんでいる。

 尤も住めるのは──高い土地代を持つ大金持ちだけ。多くの人々は今もダンジョン災害に怯えながら陸で暮らすことを余儀なくされている。

 トラックは鉄の壁で囲まれた入り口を通り抜け、そして──白い建物に辿り着く。

 俺とルカ、そして両の手を手錠で繋がれたデルタはその建物に案内されていくのだった。

 余程の機密情報なのか目隠しをされ、エレベーターらしきものの中に入れられる。

 そうしてしばらくしただろうか。

 

「さあ、此処が我々の機密管理室だ」

「……何だコレ」


 強化ガラスで覆われた部屋。

 その真ん中には──水槽があった。

 中に満たされてるのはきっと、水なんかじゃない。

 そして中に入っているのは魚じゃない。




「──アレが──世界で初めて発見された竜人……”サン”」

「ッ!?」




 肌は青白い。

 だが、全身が無数の鱗に覆われている。

 目は固く閉ざされており、開かれる様子はない。

 体躯は──成長途上の少女のそれだ。


「どういうことですか!? 私達よりも遥か前に、政府は獣人を発見していたんですか!?」

「ああ。それも、特大クラスの厄ネタさ」

「こいつ──”王様”ダゾ……!? 匂いで分かル……メグルと同じダ!!」

「え!?」


 ……俺と同じ……ま、まさか。


「そう。”サン”は……竜王。あのダンジョンに住む爬虫類たちの王だ。そして──7年前の江戸川ダンジョン災害の際、発見されたんだ。……君の近くでね」

「ッ……」

「政府はその死体をすぐに、マークしていた王の一匹・サンと断定。その死体を今に至るまで此処に保存していたんだ」


 膝から崩れ落ちる。

 竜王は──俺の探していたものは、とっくに死んでいた?

 

「そもそも”王”とは何なのか? 我々政府の見解は──この世界中にダンジョンを作り出した張本人としている」

「そうなんですか? デルタ」

「ああ。王様達はすっげー強イ。そして自分の周りを自分の都合のいい空間に書き換えちマウ!! 地面の中だとかお構いなシダ!!」

「”王”は……異世界からやってきた生物と推定されている。各国は地下やダンジョン奥深くで眠る”王”の動向を常に注視している。休眠状態の彼らをありとあらゆる計器で監視しているのさ」

「手出しできない理由は──」

「目覚めたが最期。奴らは天災の如く地上を崩落させ、ダンジョンを作り出すからだ。故に存在は秘匿され、誰も触れられないトップタブーとしているのさ。問題はその”王”が世界中にゴロゴロいる事だ」


 異世界からやってきた怪物──それが”王”……?

 この世界にダンジョンを作り出した、張本人……?


「食べると人がスキルに目覚めるスキルドロップ……アレも、王のエネルギーが凝固したものだと言われている」

「……そーだったのか!?」

「兎角、王というのは規格外。そして7年前。恐ろしい事態が起きた。竜王・サンと、蟲王・スティグマが覚醒して、東京の地下空間にあるダンジョン最深部で激突。その際の余波で江戸川の大崩落が起きた」


 ──江戸川の大崩落?

 それって──俺が巻き込まれたダンジョン災害じゃないか!!


「蟲王──あいつ、すっげー嫌なヤツだって聞いてるゾ!! 卑怯者ダ!!」

「……傍迷惑な話です!! 王達の喧嘩で、多くの人の命が、住む場所が失われたんですか!?」

「何言ってやがんダ!! 縄張り争いは命を懸けた戦いダゾ!!」

「竜王と、蟲王の戦い……デルタは知ってたのか?」

「デルタも知らなイ。多分その時、寝てタ!」

「寝てたのか……」

「多分、お前達が獣人って言ってる他の仲間達も、いろんな場所で寝てるゾ」


 ……ってことは、7年前の崩落はサンとスティグマによる一騎打ちだったって事か。

 そんでもって獣人が目覚めていない理由は、その多くが休眠状態にあるから……?


「結果、スティグマは地底に封じ込められ、現在も尚休眠が確認されている。だが──サンは、この戦いで致命傷を負った。そして──救助された君の近くで死んでいた」

「俺の近くで……発見された──ッ!?」


 ……そうか。そう言う事か。


「君はある意味、運命の子供だったんだよ、日々野 巡君。サンは──最後に人間である君を助けた」

「……」

「その理由は分からない。死人に口無しだ。まさか、あの時サンの傍に居た君が──獣人というトップタブーを生きたまま捕える事になるとはね」


 なあ、サン。

 答えてくれ。

 お前は──そんな死に掛けの体で、どうして俺を助けたんだ……?

 ガラスの奥にある水槽を俺は眺める。

 ……そうか。道理で見つからねえわけだよ。

 ずっとお前は此処に居たんだ。


「……おにーさん」


 ……何も聞こえない。

 何も、分からない。

 俺の──俺の夢って、これまでの軌跡って何だったんだ……?

 これで、終わり──?


「さて、と。絶対にバズらせてはいけないトップタブーを君達に話した所で……頼みがある。いや、これは──政府からの命令と言っても過言じゃない」


 険しい面持ちでシャインが何か言っているが──俺には分からなかった。




「──スティグマだ。蟲王スティグマが……もうじきに目覚める」

「え」




 スティグマ。

 その言葉で俺は我に返る。

 スティグマって──サンに封じられた蟲の王……だったよな。

 待てよ。王が目覚めるって事は……。


「スティグマの休眠地点付近で微動が確認された」

「……それじゃあ……また崩落が起きるってことですか!?」

「スティグマの野郎──寝てたら良いのニ!!」

「だから、今度こそスティグマの息の根を止めなければならない。奴が崩落を引き起こす前に──トドメを刺す」


 そんな場所、手出しできないじゃないか。

 今も東京には数百万人が住んでいるんだぞ──!?


「──大丈夫。王は、絶対に倒せない無敵の相手じゃない」

「いや、でも、どうするんですか……? 今のを聞いている限りだと相当危険な部類──まさか」

「ああ。勘付いちゃったかい。この作戦の報酬は極めて高い。だが──君達が死んだら死んだで、政府は──トップタブーを知る人間を合法的に葬れる」


 ……言葉を失いそうになった。

 俺はルカに比べればド素人同然だ。

 だけど──トップタブーの当事者──。

 政府としては、「王」という危険な情報を握ってる俺達を消したいんだ。

 現実は、俺を感傷に浸らせてすらくれない。


「だが、勿論それはあくまでも最悪の場合。私が君達を死なせはしない」

「どうやって……スティグマを倒すんだ?」

「──寝ている怪物を起こすのは危険だ。かと言って、完全に覚醒した後は手遅れ。また、江戸川の崩落が起きる」

「……手はあるのか?」


 シャインは──日本最強の攻略者は不敵に笑った。




「……のさ」

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