第10話:深層の先へ
※※※
獲物だ。獲物だ。獲物がわんさかやってきた。
だが、狙うのは──1人だけ。
「……すんすん。匂う。すっごく匂うネ」
辺りに輝く双眸は、眷属たちのもの。
それを率いるのは──
「……やぁっと見つけタ……!! 獲物を!!」
※※※
──深層は、巨大なキノコに覆われた菌糸エリア。
危険な胞子が漂っている可能性が高いため、全員が防護マスクを付けて潜入する事になる。
……調さんは甲冑の下にも防護マスクを付けているので、余計に苦しそうだ。
「……この中は冷たいからまだ良いけどね」
「見て見てー♪ マスク、デコってみたんです♡」
:かわいい
:かわいい
:かわいい
「巡さん、アレ良いのかな……?」
「……機能に差し支えが無ェなら良いんじゃねーか?」
「んもーっ、二人共もっと褒めてくれてもいいのにーっ」
:野郎二人が無骨すぎる
:無骨だからウミコちゃんが際立って見えるんやぞ
:それにしても、深層広いな
:樹じゃなくてキノコがいっぱい生えてる
だから身を隠せる場所も多いんだが、逆に言えば敵が隠れてそうな場所も多い。どの方向から来ても、調さんが先制して攻撃してくれるので安心はできるんだけども。
「それで、巡君はー、人型の竜ってのを探してるんですよね?」
「ああ。俺が昔巻き込まれたのは、このダンジョンだからな」
:そーだったの!?
:だから江戸川を中心に攻略してたのか
「ダンジョンは幾つも枝分かれして、それぞれに深層エリアがあるのでー、此処ならもしかしたら見つかるかもしれないですよ? 人型の竜!」
「ああ。この配信で見つけてやる!」
:デカく出たな
:そう簡単に見つかるなら苦労はしないのでは?
:キラーカンガルーちゃんがカワイイ
:目がくりくりしてる
……俺の意気込みよりも、ネット民はウミコの足元をちょろちょろ動く3匹のキラーカンガルー達に夢中のようだ。
「ところで、カンガルー達って名前あるのか?」
「ええ! 此処にいる子達は、ウミコが飼ってる中で一番強い子達で、”ランボー”、”コマンドー”、”ロッキー”ちゃん達です!」
「……名前、可愛いのか……? ソレ……?」
それ大昔の映画の名前だろ。筋肉ムキムキマッチョマンが主演の。
:かわいいと強さは両立する
:かわいいから名前で釣り合いを取らないといけない
:かわいくて強いので問題ない
「こいつらは全面的にイエスマンだし」
「ギターを……早く弾きたい……」
「シラベさんは中毒出てるし……」
:うずうずしてるな
:どんだけギター好きなんだよ
:早く戦闘シーン見せろ
キャラの濃い中で埋もれてしまわないか、正直心配だ。
心配だけど──配信で目立つよりも大事な事が俺にはあるじゃないか。
「……言っておくけど、俺は本気で探すからな。見とけよ!」
んまー、俺だって見つかれば良いかな、くらいの気持ちでいる。今まで皆が探しても誰も見つからなかったんだ。
そう簡単に見つかる訳が無い。だけど──
「探さなきゃ、見つかるモンも見つからねえからな!」
「ふふっ! それでこそ攻略者! 先に進みましょうー! 人型の竜ってどんな子なんだろ、女の子なのかな?」
「ああ。俺が見たのは女の子だった」
:それ本当に竜か?
:そう言うスキルの攻略者だったかもしれんぞ?
「んまあ、可能性はあるけど……見た事無いんだよな。流石に全身が爬虫類みたいになる人は」
「ウミコも無いかなー。ま、居ないって思って探すより、居るかもって思って探した方が、人生楽しいぞ☆」
:ウミコちゃんが言うなら仕方ないか……。
:ウミコちゃんは今日もかわいい。
「……そろそろ接敵エリアに入る。ラプトルの足跡も多い。気を付けろ」
「ああ。ウミコちゃん──」
「分かってる。あたし達でシラベさんを守らないとね」
そうしてキノコが立ち並ぶ平原に足を踏み入れ、俺は言葉を失った。
ラプトルの死骸が──大量に転がっている。本能的な恐怖で足が竦んだ。
「な、何だコレ……ラプトル、だよな?」
「……それもかなり大型の種だよ。ユタラプトルってヤツだ」
スマホでググると、羽毛に包まれた恐竜の復元図が出てきた。
全長は6メートル。ラプトルと呼ばれるドロマエオサウルス科の恐竜でも大型の部類だ。
「アメリカのユタ州で発見されたから、ユタラプトル……か。でけーな……」
「いつもシラベ達が戦っているのは、ヴェロキラプトルだからね」
:死骸が残ってるの珍しいね
:ダンジョンの肉食動物の唾液の成分の効果だってさ
:うへぇ、喉と足の腱食われてら
だらんと開いた目を見る。危険生物が死んでるところをまじまじと見る事はなかなか無いので、気味の悪さを感じつつも目が離せない。
大抵、死んだらすぐに消滅してしまうからだ。
「これ、キラーカンガルーの噛み痕だよ」
「マジで?」
「うん。飼ってるから分かるんだ。歯形が同じだ」
「縄張り争いでもしたのかコイツら」
「え、無理だよ。うちの子達は鍛えてるけどさ、あの体格差だよ? フツーは勝てる訳が無い」
「……そうなのか」
「でも最近、キラーカンガルーが本当に増えてるんだよね」
:ウミコちゃんの能力的にカンガルー惹きつけやすいのはある
:”契約”スキルの恩恵で、自分が好きな動物に懐かれやすいから
:もしかして突然変異の滅茶苦茶強い個体とか?
「あ、それはあるかも! あるけど……群れたユタラプトルにまで襲い掛かるのは異常だよ。それに、この子達こんなに群れないし……」
「キュルルルル」
すんすん、と鼻をひくつかせるキラーカンガルー達。
辺りを酷く警戒しているようだった。……食べ物が目の前に転がってるのに食べようともしない。
「なあ、まさかと思うけど、例のギガントオーロックス殺したのも──」
「無い無い! 有り得ない! そんな大きな獲物を襲うような生き物じゃないもの」
「だ、だよな……だけどラプトルも十分デカいぜ」
「だとしてもだよ。ギガントオーロックスの腱ってすごく硬いんだよ? 野生の子じゃ無理だよ」
『おにーさん、噂をすれば、この先にギガントオーロックスの群れが見えます』
「……マジでか?」
川辺を中心に進んで行くと、黒い影の大群が見えた。
話に聞いた通りだ。全高3メートルの巨大牛たちが水を飲んでいる。
「うっわ、すごい……!」
「かわいいですー♡」
「かわいいんだ……」
確かにのどかな光景ではある。穏やかだ。何というかデカいんだけど見てくれは牛なので、なごむ。
『敵対的な生き物ではないですが、近付きすぎないように注意です!』
「ああ。遠回りしていくか?」
「……いや、それは無理そうだよ。嫌な音が聞こえたと思ったんだけど」
調さんが崖の方を指差した。
「あー……どうやらカワイイ時間は終わりだ」
野太い咆哮が聞こえてくる。
あ、アレはヤバいかもしれん……。
「牛は牛でも肉食の牛だ……”狂牛カルノ”!!」
「か、可愛くないッ!?」
草食の牛を狙うは、更に一回り大きな大顎を持つ肉食恐竜だ。
何故”肉食の牛”と呼ばれるのかは一目瞭然。大きく目立つ牡牛の如き角が生えているからである。
中層では滅多に見られない生き物だが、深層にもなるとよく発見される。
まさに──ダンジョン攻略の常連のような生き物だ。
:カルノ北ーーーーー!!
:あれ? これタイミング最悪じゃね?
:オーロックスの群れ散らばってる
:この数の差でも勝てないの!?
:牛が牛を捕食してら
戦慄するコメント欄。
恐ろしい顎の力でオーロックスの首を噛むと、狂牛カルノはそれを噛みちぎって1匹をノックダウン。
更に横から体当たりされるが、全く怯む様子がなく、強靭な脚で踏ん張って、逆に尻尾で薙ぎ払ってしまう。
「コイツ、強い……! 中層に居た個体よりも大きいよ……!」
「歴戦の猛者って奴か……!」
……だけど、やっぱり写真にあったオーロックスを殺した主とは違う気がする。戦い方が体格と巨大な顎に任せた乱暴なものだからだ。
:オーロックス、散らばった!!
:こっちにも来る!!
「悪いけど、こっちには来ないで……なーんてなァッ!! シラベのライブにギャラリーなら、大歓迎だぜェェェーッ!!」
調さんのギターが思いっきり啼き叫び、バチバチと鳴る電気の壁が辺りに広がる。
「──ロックン・ロォォォオオオオオオル!!」
電気を受けたオーロックス達は、たちまち俺達を避けて走り去っていく。
だが──まだ、一番危険なヤツが残ってる。オーロックスの死骸を貪る──騒動の主”狂牛カルノ”だ。
「……こっちに気付きましたね、あいつ」
「やるしかねえか……!! 結構デカいな……!!」
動く新たなエサを見つけたからか、すんすんと鼻をひくつかせたかと思えば、口から血を滴らせながらカルノがこっちに迫る。
『あいつ、おにーさんを見るなり一直線にこっちへ!!』
「恐竜に好かれても嬉しかねーぞ!!」
だが、それを受け止められるのは──俺だ!
新たな得物、ウォーハンマーを引き抜き、カルノに真正面から挑む。
:新武器か!
:デカいな、あのトンカチ
「らぁあああああッ!!」
相手の頭が高い。
流石に初っ端からはぶつけられない。
だけど──それで良い!
力任せに、地面をブン殴る!
一回で当てるなんてハナから思ってねえよ!
ズガンッッッ!!
稲光が迸り──カルノの目の前が大きく抉れた。
クレーターが出来る程の衝撃だ。流石に足が震えるだろ!
:外したーッ!?
:いや、カルノ動けてない!
:でも尻尾が来るぞ!
振りかぶった太く長い尻尾。だけどこれも──ハンマーを掲げて真正面から受け止める──
「っとォッ……!!」
流石に身体は吹き飛びはする。
だけど、ハンマーを錨のように地面に突き立て、態勢を立て直すッ!
……練習の成果が……出ている!
「今だーッ! かわいい軍団、出番だよーっ!」
可愛らしいキラーカンガルー達が地面を蹴ってカルノの喉を、そして両足の腱を食い千切る。
……体躯に見合わないすごい咬合力だ。
並みの生き物なら、これでもう致命傷のはず。
「む、でも流石に浅い──殺りきれてないッ!」
「分かってら!!」
ふらり、とカルノの大顎が開く。
大量に黒い血を噴き出しているが、まだ生きていて、生命のしぶとさに驚嘆すらする。
俺を喰らうべく、身体に不相応なサイズの頭を思いっきりハンマーのように振り下ろして来た。
「グルゥガアアアアアアアアーッ!!」
だが、流石に大振りだ。踏み込む力も無い。
バックステップでそれを躱し、トドメを刺すべくウォーハンマーを横向きに振りかぶる。
「オラァッ!!」
カルノの横っ面がへしゃげ、その巨体が大きく揺れて横たわるのだった。
:888888888
:すげぇ、見違えた!!
:こないだのは何だったんだマジで
カルノの身体が黒い靄を出して消えていく。何とか……倒せたみたいだな。
「シラベさん、そっちは──」
「……終わったよ、こっちもね」
ギターの音が鳴り止む。
見ると、後ろからラプトル達がやってきていたみたいだ。
どさくさに紛れて餌を奪いに来たんだろうな。
「アレが本気のロックンロール……」
:ラプトルの丸焼き完成
:後ろを完璧にカバーしてたな
だが流石に戦慄したね。全員黒焦げになってやがる。
「前衛あってこその後衛って言うけど、逆もまた然りだな……」
「そうだったかな。そうだったなら……良いな」
「二人共、動き良かったよ! 何ならウミコが一番微妙だったかも……?」
「いや、あそこでカルノの腱切らねえとあいつ最後まで暴れまくってただろうからな。助かったぜ」
実際、カルノの足を封じられたのはデカかった。
体格差が違いすぎるので、動かれ過ぎると頭にハンマーが当たらない。
:完璧なチーム戦だったな
:ハンマーってこんなカッコいいのな
:シラベさんのギターすごかったな、ラプトル相手にワンサイドゲームだった
チーム戦は完璧だ。
あのデカさのカルノを倒せるなら、大抵の危険生物は何とか出来る。
ただ問題は──
:今のがこのエリアのボスか?
:部屋が無いし、徘徊型ボスってヤツかな
──いや、違う。
こいつじゃない。
あのオーロックスの死骸は、もっと不自然だった。
「……俺達が探してる奴じゃない」
:どういうこと?
「数日前に打ち合わせした時、オーロックスの不自然な死骸があったんだよね。その傷が──」
「ァッ──アアアアアアアアアアアアアアアーッ!!」
その時だった。
何処からともなく甲高い咆哮が響き、俺達は身構える。
何だ……? こんなの、全然聞いた事が無い。
何処から来る?
「危ないッ!!」
叫んだのは調さんだった。
俺も一瞬、何のことか分からなかった。
ウミコの身体に──彼女が使役する3匹のキラーカンガルー達が噛みついたのだ。
「えっ、あっ……!?」
2匹は、速攻でかき鳴らされた稲妻に射貫かれて動きを止める。
だが、残る1匹が──ガリッと嫌な音を立てて、ウミコの掌を齧っている──
「やっ!! ちょっと、放してよ!! 駄目!! 噛んじゃ、ダメでしょ!!」
「もう一匹ッ──!!」
稲妻が3匹目の頭を射抜く。痙攣したカンガルーは地面にポトリと落ちるのだった。
:!?
:仲間割れか!?
:いや、カンガルーがウミコちゃんに噛みついた
「一時的に麻痺させたよ! ウミコちゃん、大丈夫!?」
「あ、あたしは……いっつつつ……ッ」
ぽたぽた、とグローブから血がにじんでいる。
だが、ウミコは自分の負傷よりも、キラーカンガルー達が自分を攻撃した事に戸惑っているようだった。
おかしい、”契約”しているはずなのに……!?
『おにーさんッ!! 上ッ!! 何か跳んできますッ!!』
「上だと!?」
何かが流星の如く落っこちてきた。
飛び退いたが──後にはクレーターが出来ている!
「……人の縄張りを勝手に荒らしておいて……オマケに人に媚びる同族見せつけておいて、どういう了見なのカナ?」
女の子の声だ。
土煙の中から──何かが飛び出してくるッ!!
「誰だ一体──!?」
「ムカつきすぎて、殺したくなっちゃうヨネッ!!」
野球バットのようにフルスイングしたウォーハンマー。
だけど──拮抗している!?
ウォーハンマーを受け止めていたのは──屈強で強靭な毛皮に覆われた足だ。
「……やぁっと見つけたヨ……!! 凄く良い匂い……お前が、匂いの主カ!!」
ホログラムにコメントなんて、もう見えていなかった。
ウォーハンマーと打ち合える足なんて、尋常じゃない。
頭に生えた兎ように長い耳、強靭な脚、立ち振る舞いはまるでカンガルーのようだ。衣服も身に着けておらず、代わりに全身が毛皮に覆われている。
俺も、ルカも、調さんも、ウミコも──ましてや視聴者……いや、世界中の誰もが見た事無かったと思う。
「御託は良いヨ!! さっさと食わせロ!!」
そいつは、キラーカンガルー達を引き連れていた。
──獣人。その言葉で形容するのが相応しい、未知の生き物が俺の前に立ちはだかっていた。
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