第8話:なぜ人はダンジョンで配信したがるのか
※※※
──コラボも迫る中、俺達はダンジョンの中層で実戦形式の練習していた。
注文していたウォーハンマーも届き、いよいよ俺の準備も整った。
確かにピッケルよりは遥かに重い。だけど──使いこなせないわけじゃない。
「おにーさん、ラプトル3匹来ました!!」
「オーケーッ!!」
ラプトルは毒吐きトカゲ共よりも一回り大きな二足歩行の恐竜型危険生物だ。毒は吐かないが、鋭い鉤爪の前脚と強靭な後ろ脚を持ち、集団行動を得意とする──盗賊の名にふさわしい敵である。
力も体型相応に強いので、うっかり組み伏せられれば、喉を食い破られて、ジ・エンドだ。
細身の二足歩行の肉食恐竜が飛び掛かってくるので、野球のようにウォーハンマーで1匹目の頭蓋を叩き割る。
そうして、その勢いのまま回転して地面にウォーハンマーを振り下ろすッ!!
ガツンッ!! ビリビリビリビリッ!!
地面を穿つ音、爆ぜる音。電気が迸ってラプトル達が痺れた。
その隙に再度構え直し、力を溜め──残る二匹を纏めて薙ぎ払う。
「すっげぇ……!! これなら群れ相手でも戦える!!」
「次!! 天井!! メガラニアが落ちてきます!」
「いっ!?」
トカゲというよりワニに近い体格の危険生物・メガラニアが次々に天井から降ってくる。
しかし、彼らが落ちてくる前に調さんがギターをかき鳴らした。
「まっかせて──ヒャッハーッ!! ロックンロォォォーッッッル!!」
稲光がジグザグと軌道を描き、俺を避けて進んで行く。
そして、降ってきたメガラニア達を射抜き──黒焦げにしてしまうのだった。
「す、すげぇ、本当に味方に被害出さずに攻撃出来るのか……!!」
「うん。久々にやったけど、コントロールは上々だね」
「これが本場の魔音奏……! すげーよ、調さん!」
ギターを背中に背負った調さんは、パンパンと手を叩きながら俺の方に近付いてくる。
「巡さんも頼もしかったよ。近接攻撃使いがサブとして持つ”魔音奏”は思ってたよりも便利そうね」
「威力は調さんには及ばないけど、相手の足を止められるのがデカいぜ。取り囲まれてもビリビリで痺れさせられる」
「ただ、おにーさんの”魔音奏”はコントロールが効かないはずです。巻き込み事故にはくれぐれも注意してください」
「そうか……そこだけ気を付けねえといけねえな」
「だからこそ、前衛と後衛の役割が大事……ってところかな」
二人ならまだ良い。問題は、ウミコさんも前衛職って事だ。そこにテイムした動物も加わるとなると、相手を倒せるかどうかよりも自爆の方が心配になってくる。
此処で、稲妻攻撃の範囲を把握しておかないとな。
「本番は私が居ないですからね。ビリビリで全滅しても、助けてあげられる人、いませんよ? 例えば──」
ルカが振り向きざまに刀を抜く。
背後から迫ってきた巨大コウモリが──頭から一刀両断され、崩れ落ちた。
「──こんな風に後ろから襲われても、助けることもできません」
「……き、きれーに真っ二つだ……」
「腕は衰えてないみたいだね……ルカちゃんも顔を隠して参加すれば良いのに」
「私が攻略組に入ったら、私が話題を全部持っていってしまうじゃないですか。それに──私だけが強い攻略組に意味はありません」
納刀するルカの表情は険しい。
「全員が等しく強い。何かしらの強みがある。それこそが、理想の攻略組じゃないですか?」
「ルカに頼ってるようじゃダメ、ってワケだな」
「……そう、だね。ルカちゃんは強いもの」
調さんが俯いた。
……どうしたんだろう。
「調さん?」
「う、ううん! 何でもないの! それより、明日は打ち合わせでしょう? 早めに切り上げなきゃ」
「そうですね……うっかり疲れて寝坊でもしたら大変です」
そんなわけで今日は此処でお開きになった。
……調さん、何か思う所があったみたいだな。
昔はルカと一緒にダンジョン攻略してたみたいだし、その時に何かあったのだろうか。
※※※
その日、調さんは1人でチューニングをすると言って、先に帰ってしまった。
魔鋼ギターの調整はかなり大変らしい。今日の実戦を元に、また誤差やブレを手で直すようだ。分かってはいたが、素人に扱える武器じゃない。
「うっはぁー、すごいです! コレ、1000円ですか!?」
「ああ。拳骨サイズの唐揚げ2つにラーメン、回鍋肉……ライスも付いて1000円だ」
故に、今日の夕食は俺とルカの二人っきりだ。
場所は俺の行きつけの中華の店。俺もルカも沢山食べる方なので、量が多い中華料理屋は有難い。
「昔から来てるけど、此処は変わらないから好きだぜ」
「すごいですね、唐揚げ……ラード使ってますよね!? ジューシーで肉汁が溢れます!」
「気に入ってくれたようで何より」
「色んなお高い店に行きましたけど、落ち着かないんですよねえ……私、生まれが生まれだからか、庶民舌なんですよ。高級料理は口に合わなくって」
「そうなのか? 俺はむしろ憧れるね。高級焼肉もいつか皆で行けると良いと思ってたんだけど。レバーとか大好きでさ」
「周りに気を遣わないといけませんし、緊張してゴハンの味がしないんです。何より、周りが仕事相手だから必然的に仕事の話ばっかりになるし」
「はは、そうか。意外と繊細だったんだな」
「む、しつれーですね……ゴハンの時くらい、重苦しい事は忘れたいじゃないですかあ?」
甘辛い味噌風味の回鍋肉を掻きこむルカ。
あの大きな刀を振り回すと、お腹も沢山空くのだろう。
大抵友達を連れてくると「量が多い」だの「通ってたら絶対太る」だのと言われるんだよな。やっぱ攻略者って肉体労働なんだな……。
「なあ、ルカ。その重苦しい事は忘れたいって言った後で聞くのも何だけどよ」
「何でしょう?」
「1つ、気になってたんだよ。調さん……何でダンジョン攻略やめちゃったんだろうなって」
「さぁー、あの子曰くギターに興味が出てきたから、って言ってましたし? 丁度その頃、私もスカウト受けてたし……一緒にダンジョン潜る訳にはいかなくなりましたからね。円満、自然解消ってやつですよ」
「あいつの音楽活動を応援するため、ってことか?」
「勿論。友が夢を追うなら、それを応援するのが友の務めでしょう。あの子とダンジョン潜れなくなるのは少し寂しかったですけど」
「何でだ? 調さんが音楽諦めてダンジョン攻略に戻ってくる可能性もあっただろ。そしたら一緒に潜るとか──」
「プライベートでダンジョンに潜るのも禁止だったんです。JURAの規約です。勝手にダンジョンに潜って、配信者が死んだりしたら会社としてもやりきれないでしょうよ」
……そう言う事か。
ダンジョン攻略も全部事前に申告して、「配信」か「仕事」にしないといけないのか。
「じゃあ、いっそ二人で配信すればよかったんじゃねーか? コラボって形で」
「JURAは外部とのコラボを嫌がったんで、私があそこに在籍してる間は調と組むのは無理でしたよ」
「何でダメなんだ?」
「1つは再生数の独占です。外部の配信者がウチの配信者とのコラボで再生数稼ぐのを嫌がったんです。もう1つはリスク管理。名無しの攻略者と組んで、ダンジョンで万が一のことがあったら誰が責任取るんです?」
「……責任の所在ってヤツか」
当然、JURAはそこで責任を取りたくはない。ならば最初から外部とのコラボをしなければ良い……と言う事に落ち着く。
外部との人間とコラボして、自社の配信者に傷を付けさせたくなかったのか。
理屈は分かる。配信者はJURAにとってはドル箱、リスクは出来るだけ避けたい。
「この万が一ってのは……攻略の失敗だけじゃないんですよ。おにーさん、そもそも何でダンジョンで配信するのか分かりますか?」
「……注目を浴びてバズりたいから?」
「いいえ。ダンジョンで配信する理由の原点は──ダンジョン内での攻略者同士における相互監視なんです。自己防衛策なんです」
相互監視──?
……そうか、ダンジョンの中では治安を維持できる人間が居ない。
超人同士、無法地帯になる。
もし揉め事が起きたり、他の攻略者から攻撃されても守ってくれる人が居ない。
「奥で宝や獲物を巡って揉め事が起きたり、それで刃傷沙汰になったケースは枚挙に暇がありません。あるいは、手柄を誤魔化されて横取りされた、なんてケースもあります」
「……それを防ぐために、視聴者に監視してもらうのか」
「そうです。ある程度資金を集めた攻略者は、視聴者を集める目的ではなく、ネット上に自分の姿を残しておくために配信用ドローンを買う人も少なくないです」
「成程な……知らなかった。配信用ドローンで自分の姿を撮影するのは、自分の潔白を証明する意味もありそうだな」
「そうなりますね。だから、今ではダンジョン内の治安は良いですよ。攻略者同士で争って人が死ぬようなケースは少なくなりました」
ダンジョン配信なんてやる奴は、無謀なイカれたヤツとばかり思っていたけど……どうやら、生配信と言う名の証拠を残しておくという合理的側面があるみたいだ。勉強になる。
「昔のユーチューバーは、動画で視聴者を集め、生配信はあくまでもファンへのサービスというのが主流でした。配信中心でやっていけるのは大手の企業勢だけだったらしいですね」
「だけど今は皆、大小問わず動画を撮るんじゃなくて生配信中心だよな」
「その理由は、さっき上げたリスクの管理です。攻略者同士でもめた時、生配信しておけば誤魔化しが出来ません。だから──ダンジョンユーチューバーではなく”ダンジョン配信者”なんです」
「……よーく分かったぜ」
「ま、話がそれましたが……そういった理由もあってか、私と調の道は別たれたんです」
調さんがJURAに入ろうと思ったなら話がまた変わったんだろうけど──そうはならなかった、ってわけか。
「でも、今は違う。今の立場なら……私は、あの子を応援してあげられる。調に……恩を返せる」
「恩?」
「私ね、施設育ちだから友達居なかったんです。ずっと、刀ばっかり振ってましたし。小学生の頃は親が居ないって理由でいじめられてたし、ナメられたくないって思って尖ってました」
「孤立してたのか」
「ぼっちでした。今と同じです。素直に寂しいって言えるような子供じゃなかったんです」
……やっぱ居るんだな。親が居ないって理由だけでいじめてくるヤツ。
そんな経験を考えると、ルカが他者を頼らずに人間関係を閉ざしてしまう理由が分からなくもない。
「でもね、そんな私に手を差し伸べてくれたのが調なんです。昔からドジだったけど、とても良い子でした。ダンジョンに一緒に行こうって最初に誘ってくれたのも調でした」
「……本当に親友、なんだな」
「そりゃ、あの子のドジでエラい目に遭ったりしたこともあったけど、私も迷惑かけてますしね? いつの間にか年の差とか気にしないで親友って言える仲になりましたよ」
ラーメンの汁を飲み干したルカは──何処か寂しげに言った。
「……でも、あの子は本当は……どう考えてるんでしょうね」
「自分の選択に後悔してんのか?」
「……今なんて、私があの子の弱みに付け込んで、無理矢理引っ張ってダンジョン攻略に連れ出したようなものですから」
「本当に嫌なら嫌って言いそうなモンだけどな、調さんは」
「……なら、良いんですけどね。あの子も変な所で遠慮しちゃうから」
外の空気が冷たい。
結局、親友であっても──他人。
人の考えている事は分からないものだ。
「さあ、さっさと帰りましょう。明日は打ち合わせですよね?」
「ああ。……寝坊したら大変だ」
「勘弁してくださいよー?」
「分かってる。誰かみてーにバカスカ酒飲んだりしねーからな、俺は」
「むぐッ」
※※※
──そして次の日。
俺と調さんは、都内の貸テナントに案内されていた。
どうやら此処が、ウミコが配信の拠点としているレンタルスタジオらしい。ロビーに入ると、フリフリのワンピース少女が目に入った。
「──貴方が巡君と──シラベさん? 是非、直接会ってお礼がしたかったの!」
「ああ、日比野 巡だ。よろしくな」
「シラベ……音石 調です」
「じゃあ、こっちこっち! 時間が惜しいし、早くお話しましょ?」
早速、会議部屋で打ち合わせとなった。
いつも通り、フリルを身に着けた可愛らしいワンピースだ。
足元にはキラーカンガルー2匹がボディーガードのように彼女の傍を固めている。サイズはワラビー程だが、写真で見た鋭い牙が生えていた。
「ってか、シラベさんって女の子だったんだ! お二人って付き合ってるの? ねえねえねえ?」
「ち、違いますっ! そうやって詮索されるから、顔出しNGにしてたの!」
「ああ、ゴメン! デリカシーが無かったね」
「わりーけど、シラベさんの正体はお口チャックで頼むよ。配信者なら分かるよな?」
「大丈夫ー。その辺のコンプラは心得てるつもりだよ」
よく言う。視聴者に頼んで速攻俺を特定した癖に。
この子、攻略者としては優秀なんだろうがちょいちょい危うい所があるな……。
「改めて、お礼をさせてください! 巨大ヤスデから助けて頂き、本当にありがとうございました!」
「いや、俺は大したことしてないよ。あの時は破れかぶれだったからな」
「本当はもっと早くお礼を言いたかったんだよ。でも、あのアースロで大変な事になってて。ネットで公にはなってないけど、今ダンジョン生物学会は大騒ぎだよ」
「というのは?」
「あのアースロ、突然変異個体だったんだよね」
「そりゃあ、あんなにデカけりゃな。10メートル級って過去に1回しか出て来てねーんだろ」
「ううん──残ってた巨大ヤスデの鎧を調べた所、以前現れて、ルカ御姉様が倒した10メートル級よりも、鎧が遥かに硬かったらしいんだよねー?」
「いッ……!?」
俺と調さんは顔を見合わせた。
待て。それは聞いてない。全然聞いてないぞ。
「だから、ピッケルだけであの巨大ヤスデを倒せた巡君は、タダモノじゃないなーって、あたしは思うんだけど」
「……巡さん。これってどういうこと?」
「俺に言われても知らねーよ……」
じゃあ何だ。あのクソデカヤスデ、前にルカが斬り刻んだ個体よりも強かったって事か?
猶更、なんでそんな化け物があんな場所に?
てか──あの時の俺、どんだけ強い力でピッケル振ったんだよ!?
……そう言えば、スキル使って全身筋肉痛になったの、後にも先にもアレが最後だったな。
追い込まれたことで体のリミッターが外れてたのか……? 分からーん!!
「どうやら地下深くで大量の魔鋼を齧って取り込んだ個体みたい。そんなのが何で上層までやってきたのか分からないし、結局例の洞窟は閉鎖。今はトップクラスの攻略団が探索してるんだってさ」
「……ヘーソウデスカー……」
「だから、巡君みたいな凄い人を埋もれさせるの、あたしは勿体ないって思ってるの! あたし、君がルカ御姉様と何か関係があるんじゃないかって今も思ってるよ?」
「全くの無関係!! 只のファンだぜ!! あの時も、見様見真似だったんだ!」
「ふぅーん、本当?」
怪しむようにウミコは笑う。ダ、ダメだ、全く信じていないって顔だ。
「で、此処からは、貴方を命の恩人として……じゃなくて、同じ攻略者として、配信者として話をするね?」
目付きが変わった……一気に真面目になったな。
「単刀直入にいおっか。巡君……あたしのチャンネルに来ない?」
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