第4話:未知の道の開拓者

 ※※※



 

 ダンジョンは、只の洞窟ではない。

 中の環境も出現する生物も異なる異空間が重なり合っている。

 ──今回の目的は、江戸川の大穴・中層。

 目的は、此処に来ないと取れない中級魔鉱石だ。


「みなさーん、こんにちはッ!! 俺、日比野巡って言いますッ!!」

 

 :期待


 :こないだのウミコちゃんの配信に映ってた人だ


 :SNSから来ますた


 :なんか思ったよりフツーだな


 スマホの機能で、配信画面がホログラムになって目の前に現れる。

 同接の数やコメントが流れて来てくれる。

 肝心の同接……57人……こんなもんなのか?


 :こないだのアースロどうやって倒したん!?


 :教えてほしい


「実は俺自身もあの時は破れかぶれで……気が付いたら出てたんだよな」


 :そんな事ある?


 :絶一門だっただろアレ


「そう、抜刀院ルカさんのファンで、出したらたまたま似ちゃったみたいでさ。後でウミコさんの配信見返してビックリしたよ」


 ……と言う事にしておく、とルカとの取り決めたのだ。俺の持ってるスキルは何とか誤魔化し誤魔化しやっていくしかない。


 :見様見真似かwww


 :刀とつるはしじゃ勝手が違い過ぎるだろwww


 :結局どういうスキルなの?


「えーと、武器にエネルギー? を付与する能力みたいなんだよ。発動条件もまだよく分かって無くて」


 :自己バフ系か


 :なんか隠してない?


 :スキルは申告制だからね、仕方ないね


 :こいつ自分のスキルも把握してねーのか?


「いや、俺スキル目覚めたのが、例の配信が初めてでさ──あ、そろそろ接敵エリアだ」

 

 景色が変わった。

 そろそろ接敵するエリアだ、とルカがインカム越しに教えてくれる。


『その辺りに居るのは、毒吐きトカゲディロフォサウルスばかりですが、くれぐれも気を付けて!』


 群れてるな……。

 人の子サイズのトカゲみたいな恐竜が二足歩行で辺りを闊歩している。

 あれだけ群れてるのを見るのは初めてだ。数は、1、2、3……全部で5匹と言ったところか。

 その場の空気が一気に冷え固まる。流石に御喋りは此処までだな。


 :お、空気変わった


 :ディロフォの群れがめっちゃいる


 :お手並み拝見


 群れてる相手に正面から戦いに行く必要はない。

 じゃあどうするのか? ……答えはそもそも俺みたいな初心者は群れた生き物と戦わない、と言う事だ。


『……事前情報より数が多すぎます。引き返してください』


 俺は静かに頷き、物音を立てないように反転した。実際、あんなに群れてるの見た事無いよ。

 ごくり、と息を呑み、辺り全部が止まったかのような感覚さえ覚える。

 そして──ヒュッと心臓が止まったかと思った。


 振り向いた途端、丸々とした目で此方を見つめる毒吐きトカゲと、正面で目が合ったのだ。


 最初から──1匹、後を付けられていたのである。


『しまッ……おにーさん、戦闘準備!!』


(配信画面気にしてて、気付かなかった!! ってか、足音立てない脳みそあんのかよ、こいつら!!)


「キィイイイイイイーッ!!」


 べちゃり、紫色の毒液を吐きかけてくるトカゲ。咄嗟に躱すが、べちゃりと後ろから嫌な匂いと焼け焦げるような音が聞こえてくる。ゴーグルは付けているとはいえ、まともに顔に浴びたら視界を失っていた所である。

 まるでコールタールのように粘っこい。そして膿んだ嫌なにおいがする。


「こんのッ!!」


 結局、望まぬ形ではあるが毒吐きトカゲと俺の戦いが始まった。

 後ろから足音が聞こえてくる。仲間の獲物に、他の毒吐きトカゲも勘付いたのだ。


『おにーさんッ!! 相手にするのはその一匹だけで良いですッ!! ひたすら逃げて下さいッ!!』

「その為の──これだろ!!」


 剣を引き抜いた勢いのまま、俺はトカゲを真っ二つに力任せに斬り伏せた。

 トカゲは黒い靄を放つと──そのまま泥のように溶けて消えていく。


「先ず1匹!!」


 :ワンパン!!


 :剣の振り方下手だな


 :力任せ


「うるせーうるせー!! 倒せたんだから良いだろ!!」


 後に残るのは黒く炭化した骨だけだ。これが、ダンジョンの「危険生物」が真っ当な「生き物」ではない事を示す何よりの証拠だが──今はそんな事どうでも良い。


『今ので抜刀絶技は使い切ってしまいました!! 二匹目以降はこうはいきませんッ!!』


 分かってる。抜刀絶技無しだと、あいつらの皮はなかなか切れない。俺自身の練度が低いのもあるし、装備自体も安物だからだ。

 故に、此処は逃げの一手だ。顔の前に表示されるホログラムの配信画面が──激しく、邪魔ッ!!


 :追いかけられてるwwww


 :毒吐きトカゲに翻弄されてるwww


 :さっきみたいに斬れよ


「いや、オメーら見てるだけだからそんな事言えるんだって!! 俺見たことあるから、毒吐きトカゲの群れに突っ込んで死んだ配信者!!」


 クソ、こいつら好き放題言いやがって。あいつら人間の子供サイズだけど、大勢に組み付かれたらそのまま動けなくなってジ・エンドだ。

 群れた相手程危険な敵は居ないのである。


「どっかに使えそうなモノ──ナシ!!」


 とはいえ、追いかけっこもいつまでも続けられない。距離は離していたが、あっちの方が足が速いのだから。

 この辺りになると天井も低く、通路も狭くなってくる。

 剣をまるで槍のように長く構え、突くようにして身構えるしかない。


「ど、どーにでもなれーッ!!」


 ……結果。間合いを取りつつ、閉所に誘い込んだ事で群れが渋滞したのが功を奏した。

 大広間で四方八方から組み伏せられると成す術が無いが、後ろに回られない程の狭い通路なら、こっちが武器を突いていればそれだけで相手を遠ざけながら戦えるのである。

 後は──毒吐きトカゲは吐く毒こそ厄介だが、所詮は毒吐きトカゲだったのが良かった。

 最後の1匹を殺す頃には、俺はもう這う這うの体だったが……。


「ハ、ハハ……やり遂げたぞ……」


 :下手くそ


 :剣の振り方が下手くそ


 :見ていて心配になってくる


 :アースロはまぐれだったか?


(仕方ねーだろ!! 最初の一撃にしかスキルの効果乗らねえんだからさ!! 納刀してる暇は無ェよ!!)


『ほんっと、よく勝てましたねー……』


 体力だけはあるからな。もう毒を浴びようが視界がふさがれようが、必死に突きまくってたのが大きいのかもしれない。

 その結果、剣の扱いに関してはぼろくそに叩かれている。同接数も気が付くと減っていた。頑張ったのに俺。

 幸い、その後は特に何か面白おかしいものがある訳でもなく、目当てである採掘場所に辿り着いたのだった。


「いや、辿り着いてしまった、というべきなのか?」


 マズいぞ。このダンジョン、本当に魔鉱石以外何も無いのか? これ初配信だけど、俺毒吐きトカゲに襲われてヒーコラ言ってただけだぞ。


『えーと、そこでゴールです、おにーさん……今回の配信はあくまでも顔見せ程度なんで撮れ高なんて最初から期待してないですよ』


 ルカとしても最初からあまり撮れ高なんて期待してなかったんだろう。

 しかしコメント欄は辛らつだった。


 :なんて退屈な配信なんだ……。

 

 :いっそさっきのディロフォで死んでくれたら面白かったのに……。


 :剣は下手くそ、キャラも普通、配信も面白みがない、何ならできるんだ?


 終わってやがる……民度が……マジで……。

 もう配信なんてやめてやろうかしら、今此処で。


「おらッ、オメーら見てろ! こうなりゃヤケだ、今からすっげーの掘り出してやるからよ!! これでも魔鉱石掘り歴7年だ、やってやんよ」


 :どんだけ長い事魔鉱石掘ってたんだ……


 :道理で剣が下手くそなわけだ


 :そこの壁からは魔鉱石くらいしか出ないよ


 :出直して来な


「クソッ、言いたい放題言いやがって……」


 :だって打てば鳴るオモチャみたいなもんだし……。


「最悪だこいつら!!」

 

 ……そういや鉱石掘りなんて何日ぶりだろうな? 此処最近、ダンジョンで剣ばっかり振って危険生物共相手に戦闘訓練ばっかりしてたしな。

 やっぱり俺にはこのピッケルが合う。




「これが、その道7年のピッケル捌きじゃーい!!」




 カーンッ






 ピキ。ピキピキピキ。




「……は?」




 思いっきり罅が入る。

 間もなく──がらがらと音を立てて壁が崩れ落ちたのだ。

 すぐさま危機感を覚え、飛び退いた。後には崩れた岩の山。

 そしてその先には、大きな空洞が広がっていた。


 :お、おおおおおお!?


 :ピッケル一振りで壁を崩したァァァーッ!?


 :あ、あれ、魔鉱石の壁だから普通、こんな風に崩れないよな?


 :これが巨大ヤスデを葬ったピッケル捌きか……。


「……ええ……?」


 困惑する俺。

 なんか、剣を振ってた時よりも威力が高い気がするのは、きっと気の所為ではないのかもしれない。


『す、すごいです、おにーさん!! ピッケルに”抜刀絶技”が乗ってダンジョンの壁をぶっ壊しました! そこから先はまだ誰も進んだ事のない道です!!』


 そんなことある?


 :もうお前一生ピッケル握ってろ


 :モンスター相手にしてた時より面白いわ


 :先はどうなってるんだ?


「えーと……そうだな」

『いや、一旦退きましょう。課題も見つかりましたし、目的のものも手に入ったと思うので』

「……」

『おにーさん?』

「先に進もうッ!!」

『えッ』


 :おおおおおおお!!


 :8888888888


『ちょっと、何考えてるんですかおにーさん!? 此処は──』

「俺はな、別に財宝だとか富だとか、ましてや女の子からチヤホヤだとか要らねえんだよ」


 :は?


 :どうしたいきなり


 :じゃあ何が欲しくてダンジョン潜ってるんだい!!


「冒険に決まってんだろ!! 俺は冒険したくて、ダンジョンの先の未知が見たくて攻略を始めたんだ」

『ッ……』

「俺には夢がある。俺、小さい頃にダンジョン災害に巻き込まれたんだ。だけど、その時に──助けられた」


 いっそのこと、此処で話してしまおう。

 俺がダンジョンに挑む理由は、一貫して──あの日の出来事なのだから。


「人型をした竜の女の子! その子に俺は助けられた!」


 :人型?


 :そんなのダンジョンに出てきた事無いよな


 :嘘松乙


 :にわかに信じがたい


「だよな。今まで会って来た人、みーんな俺を大ウソつきだって言ったさ。ただ一人を除いて!」

『……おにーさん』

「そいつが今、俺のカメラ役を買って出てくれてる。俺を大ウソ吐きから、大発見者にしようって言ってくれてるんだ」


 そうだ、ルカ。

 お前が言ってくれたんだ。俺のプロデュースをしてくれる、って。


「確かにこの先は危ないかもしれねーな。死ぬかもしれない。登山なら引き返すのが正しいのかもしれない。だけど、これはダンジョン攻略だぜ? 未知の道を切り開くのが攻略者のサガってもんだろ!」


 :こんなヤツ初めて見た


 :俺も見たいよ、その先をよ……。


 :視聴継続決定


 :臭いけど嫌いじゃない


 これは視聴者に向けた台詞じゃあない。

 インカム越しにこれを聞いている、ルカに向けた、俺の混じりけ無しの本音だ。

 ウソ偽りだらけの初配信だけど──これだけはまごう事無き本音なんだ。


「ってワケで、予定には無かったけど、もう少しだけ見ていってくれ!」

『全く、しょうがない人です。良いですよ、付き合いましょう! ただし、危険だと判断したらすぐに配信を中止して戻って貰います!』




 ※※※




 しばらく、細く、長い通路が続いた。

 そして、抜けた先には──息を呑むほどの大空洞が広がっていた。

 深層。

 そう呼ばれる場所は、最早既存の法則すら無視した異空間だ。

 

「ッ──」


 コメントなんて、目に入らなかった。

 空色の結晶が生え、青白い巨大なキノコが樹の代わりに生えている幻想的な場所。

 穴を抜けた先は崖になっており、見たことも無いような生き物たちが彷徨っている。

 

『おにーさん、ストップです。そこから先は──行ってはいけません』


 天国とも見紛うような場所。だが同時に、死と最も近い場所。

 俺も、自然と足を踏み入れてはいけないような気がした。

 深層は──熟練の攻略者ですら手こずる場所だ。中層までの常識は通用しない。

 ルカの声が、一際真面目になった。

 止めてくれなければ、吸い寄せられるように踏み入っていた。


『帰りましょう、帰ればまた来れます』

 

 さっき大きな口を叩いた手前──恥ずかしい気もした。

 だが、今はこれで良い気がした。

 いつか。きっといつか。この先に来る機会があったなら──絶対にその先を見たい、と思わせる景色だった。


「……ああ。今日は此処で終わりだ」


 :えええええ?


 :深層はしゃーない


 :まさか深層へのショートカットだったなんてな


 :行かないの?


「……行きたいさ。だけど、この先に何があるのかは──確かめられた。今は、この辺にしとくよ」


 ルカも──心配してるしな。

 こうして、俺の初配信は──幕を閉じたのだった。


 

 

 ※※※




 ──配信を終えた後、俺のアパートで落ち合う事になった。

 ルカは、すごく怒った顔で俺に詰め寄った。


「全くもうっ!! 本当に一時はどうなることやらと!!」

「わ、悪かったって……」


 流石にルカは御冠だった。

 無理矢理、予定外の事をしたので大分心配をかけてしまったらしい。


「でもよー、お前が俺と同じ立場だったなら、突然目の前に出来た通路に行きたいって思ったんじゃねえか?」

「そ、それは……そうかもですけど」

「憧れってのは止められねえんだよ」

「はぁーあ、トカゲの群れで苦戦してる人が何を言ってるのやら」


 チャンネル登録者数120人。

 最後の壁破壊と、深層の景色で大分同接数が増えたらしい。

 深層は、熟練の攻略者が挑む場所。俺なんかが手出ししていい場所じゃなかったんだ。


「でも、少しだけ思い出せました」

「何をだ?」

「初めて──ダンジョンに潜った日の事を、です。私も怖くて、でも──目の前の光景に目を輝かせてた」

「……そっか」

「いつからでしょうか。ダンジョン攻略に”自由”を見いだせなくなったのは……私も……貴方を縛り付けてしまうのでしょうか?」


 ルカが不安そうに言った。

 だけど、そんな事はないと思う。


「ルカは攻略者としては先輩だし、心配するのは分かる。今回は俺も無茶し過ぎた」

「ッ……そう、ですか?」

「今回もルカが居なきゃ危ない場面は多かったしさ。なんていうか、やっぱりルカってすごいんだって分かったよ」

「……そんな事無いです。私、カメラとしては素人で……今回もあのトカゲを見逃してましたから」


 そうか。

 結局俺達──互いに初めてがあまりにも多いんだ。


「互いに反省が多いって事か……」

「……正直私も、撮れ高と安全の天秤は難しいと思ってるんです。生半可な事ではバズらないですから……」

「配信中も相談ができるような環境があると助かるよな。俺の方から意思疎通する手段が少ないし」

「考えておきます」

「それと──やっぱり助かるよ。大先輩からアドバイスを貰えるんだ。俺は……すっごく恵まれてる」


 ルカは照れたように顔を赤らめ、キャスケット帽子を深くかぶった。


「……そう言われると、恥ずかしい、ですね」

「へへ。これからも頼むぜ、先輩」

「取り合えず、言いたい事は沢山あります。先ず、おにーさんは致命的に剣が向いてない」

「うぐ……やっぱり?」

「構え方ヘンでしたし、ピッケルを長年握ってた所為で変な癖がついてます」

「……き、気を付ける……」

「そして、あの深層エリアですけど──」

「いずれは探索してえんだけど」

「念入りに準備は必要ですね。そして、1人だと不安です。でも、これも考えがありますので」

「アテがあるのか?」

「後のお楽しみですよっ」


 ……なんか、後回しにすることが多いな。

 でも、疲れてる時に色々考えても仕方ないってことなのかもしれない。


「今日は疲れたでしょう? いったん、難しい事は後回しにしましょうっ」

「それって──」


 ルカは鞄から──大きく膨らんだビニール袋を取り出す。


「先ずは、無事に初配信を終えた事を祝いましょーっ!!」


 中には、色とりどりの酒の缶が入っていた!

 う、嬉しいんだけどこの子、こないだ自分で言ってた事忘れてないか!?


「お前酒は金輪際飲まないって──」

「ですが今回に限り、特別でーすっ!! さあさあ、飲みましょ、おにーさーんっ!!」

「一杯だけだぞ?」


 ……この時、俺は気付くべきだったのだ。

 この酒カス女の「一杯」は「いっぱい」だったのだ、と。

 「一杯」で……終わる訳が無かったのである。


「うにゃー、おにーさん……にへへへへへー♪」

「おい、待て!! 何でお前こんなに、力が強いんだ!!」

「ちょっとぉ、私のお酒が飲めないんですかー!?」

「む、無理矢理飲ませるのは勘弁──」

「にゃー♪ おにーさん、ぽかぽかー、ぬくぬくしますー♪」


 ──そこから先の記憶はない。




 ※※※




 ──次の日の朝。 

 アパートの一室の同じ布団で寝る全裸の俺達。

 ……完全にやらかした、それも再放送だ。


「……わ、私、何かヤッちゃいました……?」

「お前は金輪際酒は禁止だーッッッ!!」

「殺生なーッ!?」


 ……こうして、ワンナイトはツーナイトになったのである。

 絶対に世間には知られてはいけない秘密だ。

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