第2話:違うんです、振ったら出ただけなんです
ダンジョンが現れてから早数十年。人々のダンジョンに対する意識は変わっていった。ダンジョン攻略はいつしか一種のエンターテインメントと化し、攻略の風景を生中継配信するようなイカれたヤツも現れた。
だって普通、命懸けのダンジョン攻略の途中にライブ配信をしようだなんて思わないからだ。
「アドレナリィイイイイイイン!! 今日も元気にダンジョン飯食っていくドバァ!!」
【JURA所属”料理系ダンジョン攻略者”阿怒烈奈 倫太郎 登録者数270万人】
:今日は虫食わないんですか?
:何で虫を食わないんだ……。
:コオロギ配信キボンヌ
「何でお前らは揃いも揃って俺に虫を食わせようとするドバァ!! 虫の調理企画はまた別の機会にやるドバァ!!」
:やるんだ……。
:律儀なアドさん好きよ。
「みなさーん、今日もエナドリを飲んで楽しくダンジョン攻略していきますわよー!!」
【JURA所属 ”エナドリ令嬢”星詠エルス 登録者数350万人】
:エナドリィイイイイイイイイイ!!
:来たァァァァァァァアアアア!!
「今日もお紅茶にエナドリを注いでいきますわよ」
:マージで終わってる
:死に急いでいるのかこのお嬢様?
:ダンジョンよりも先にカフェイン中毒で死にそう
「フッ、今日も裸一貫でダンジョンを攻略していくとしよう……多少見苦しいのは──私の美しさに免じて赦してくれ給え!!」
【無所属”裸の貴公子”シャイン・マスカット 登録者数400万人】
「今日は巨大スズメバチの巣に、全身ハチミツを塗ったくって侵入するとしよう。”昆虫皆仲良し作戦だッ!!”」
:仲良死の間違いでは?
:お巡りさんコイツです。
:シャインより強いお巡りさんが居ないから無理だぞ。
「因みに裸一貫攻略は、私のように美しく強き者にのみ許された特権だッ! 良い子の皆は真似しちゃダメだぞ☆」
:真似しないんだよなあ……。
:誰も真似しねーよ!!
:大体ダンジョン配信なんざ見てる時点で良い子ではない。
「参ったな……どいつもこいつも皆イカれたヤツしか居ねーのか? ダンジョン配信者って」
俺はシャインの配信画面を閉じた。これ以上は胃もたれする。褐色の筋肉ムキムキマッチョマンがダンジョンを攻略する様は爽快だが、こう──本当に胃もたれするのだ。
だけど防具着けずに幾つもダンジョンを踏破している辺り、このシャインは変態だが強い。恐らく有名配信者の中では、このシャイン・マスカットが一番強いんじゃないだろうか。悔しいけど。
「見れば見る程、バズってるのが納得できるのと同時に、バズってるのが納得できないなコイツら……」
要するに”何でこんなやつらが……”という感情である。ビジュアルだけで見れば完全にふざけた連中だからだ。
しかしふざけてはいるもの──いずれも、強い。エンターテイナーであり、そして一級のダンジョン配信者なのである。
「で、そういうトップ層を見た後に、登録者150万は……そりゃ確かに尋常じゃないくらい多いけど、ちょっと見劣りしちゃうのか?」
ルカが引退する1か月ほど前の配信をアーカイブで見返す。
「そ、それじゃあ今日は巨大イブクロコモリガエルの洞窟にソロで潜りますっ!」
:最近ルカ、元気ない?
:どしたん? 話聞こか?
:ルカ、強すぎてモンスター瞬殺しちゃうから面白くないんだよなあ。
:前の方が企画面白かったのに。
「ッ……」
あ、ルカが明らかに流れてきたコメント気にしたな……。わざわざ反応はしないけど、分かりやすく顔が曇った。
見るのが辛くなり──俺は、割と初期に近いルカのライブ配信のアーカイブをクリックする。
「”絶一門”!!」
:SUGEEEEEEEEEE!!
:真っ二つじゃん
:狂牛カルノが全然相手になってないwww
「ふふーん、どうですか! 皆さんに見せたくて、練習したんです!」
:”抜刀絶技”スキルは強いけど、やっぱルカが強いわ
:スキル頼りのそこらの連中と訳が違うね
最初からルカは強かった。だけどきっと、その裏では──配信者としても、攻略者としても見えない場所で沢山努力をして来たのだろう。
だが、配信を飛ばし飛ばしで追っているうちに、だんだん疲れた顔をすることが多くなっていった。
マイナーというわけでは決してない。そこらの配信者からすれば、遠い雲のような存在だ。しかし、それでも彼女の周りには抜きんでたライバルが多かったわけで。
「真面目そうな子だったし……気疲れしちゃったんだろなあ。ダンジョン攻略自体は好きそうだしなあ……」
だからルカは1人で自由に生きていく道を選んだのかもしれない。
それでも、まだ未練を残しているような、あの何処か辛そうな顔が──忘れられない。
(俺は夢の入り口に立つことも出来なかったけど、夢半ばってのは……それはそれでキツいよな)
とはいえ、お互いの為に「これっきり」にしたのだ。干渉しない方がいいのかもしれない。
明日も魔鉱石の採取がある。早めに寝たいのだが……。
「この絶一門って技、格好いいな……」
ついつい、ルカの配信、それも「絶一門」のシーンを繰り返し見てしまうのだった。
後から聞いたが、どうやらこの「絶一門」という単語、麻雀の用語らしい。ルカの奴、酒カスで雀カスだったのか……。
※※※
「──初めてだったんですよ!! 初めて!! なのに何にも覚えてなくって……!!」
一方その頃。抜刀院ルカは電話で友人に管を巻いていた。
相談相手になっている友人・音石 調は非常に温厚な性格だ。非常に温厚な性格だが──もうキレかけていた。
「うん……怒っていいんだよね? ルカちゃん」
「え、待って下さい。相手の人は悪くないんですよ、襲ったのは私で……」
「違うよ!! キレてるのは、ルカちゃんに対してだよ!! あんなにお酒には気を付けろって言ったよね?」
至極真っ当でしかない返事が返って来た。それに対し、ルカは何かを飲みながらしどろもどろになるのだった。
「だ、だってぇ……禁酒令から解放されたらもう、飲むしかないじゃないですか……ぐび。お前は普段から飲み過ぎでいつかやらかすだろうから飲むな、って会社から言われてて……」
実際やらかしたわけである。会社の判断は正しかったと言わざるを得ない。
「で、ルカちゃん。さっきから何か飲む音が聞こえてくるんだけど、何の音?」
「ほろ酔い」
「お酒飲んでんじゃんッ」
「ほろ酔いはお酒に入りませんッ!!」
「入るよ馬鹿!! 本当にアルコール馬鹿!! 依存症!! 本当はお酒禁止が嫌だからJURAやめたんだよね!!」
金輪際お酒は飲まない? アレはウソである。酒カスに禁酒が出来るわけがなかった。ちなみに5本目である。
「そんな事無いですっ!! 色々私だって考えてるんれす!!」
「もーっ!! お酒飲むのやめないと、友達やめるよルカちゃんッ!!」
「あー、分かりました分かりました、程々にしますよ……」
「ルカちゃんは……相手の人の事は、どう思ってるの?」
「……んー」
寂しそうな目をしていたな、とルカは思い返す。夢を追って、追って追って──でも「絶対にダメ」と突きつけられた時の気持ちは想像に余りある。
「……もどかしい、です。すっごく……助けてあげたいけど……」
「え? どういうこと?」
「こっちの話ですよー」
※※※
──あのワンナイト大事故から早数日経っただろうか。
あれからルカからの連絡もなく、俺はいつも通りダンジョンに来ていた。今日は比較的知名度が低い穴場を狙ったつもりだったのだが、上層の一室には多くの攻略者が集まっていた。
「およ? 人が多い……配信やってんのか」
上層で手を振りながらドローン型配信機材を飛ばしているのは、可愛らしい服を着た女の子。どうやら、ダンジョン配信者らしい。辺りには、彼女のファンらしき攻略者が集っていた。
「なんだ、あの子。あんまり見ない子だな」
「知らねえのか巡君? アレ、B級ダンジョン配信者の阿形ウミコちゃん」
通りかかる知り合いの攻略者が指を差して言った。まるでアイドルのような衣装に身を包んでいるが、ところどころに金属製の胸当てや小手を身に着けている。
配信者がこんな辺鄙な所に?
「──はーいっ、という訳で今回の企画は”ぶらり、ダンジョンめぐり! 可愛い危険生物を探して!”」
【阿形ウミコ Ch登録者数5万人 B級ダンジョン攻略者】
(まるでアイドルみたいな格好だけど、ふざけた風貌に騙されちゃあいけないんだよな……)
あれは魔鉱石を精錬して作った魔鋼で出来た装備。魔鋼の不思議な力で、身体が外部からの衝撃に更に耐えやすくなる代物だ。
(どっちにしてもあの子もダンジョン何個も探索してきた猛者だな……)
「んでウミコちゃんは、こないだ卒業した抜刀院ルカちゃんのファンでね……この辺の町でルカちゃんを見たって情報を聞いて、此処までやってきたらしい」
「ヘェーソウナンデスネェー、リチギダナァーハハハ」
「ま、B級なんて俺達底辺には縁のない子さね。一回で良いから、あんな可愛い子とお付き合いしたい人生だった」
「ソ、ソウデスネーハハハハ」
「どーしたんだ? 巡君よ。今日、様子がおかしいぞ?」
「ソンナコトナイヨ」
誤魔化すように笑うしかない。俺はA級と酒の勢いでやらかしてしまったのだから。
アレは回避できない玉突き事故だったのだ。若気の至り、一夜の過ちだったのである。
「よーし見てるー、ルカ御姉様ー? 阿形ウミコは、地獄の果て、何処まででも探しに行きますねェェェーッ!! アハハハハハーッ!!」
冷や汗が俺の額にたらたらと垂れる。頼むルカ。このウミコとかいう女は危険だ。さっさと他の県に高跳びした方がいい。
(コイツの目的、ハナからルカだ!! ヤベーぞ、配信って体で情報収集するつもりだッ!!)
ダンジョン配信してるヤツの倫理観なんて皆こんなもんである。どっかしら皆頭のネジが外れているのだ。
頼むから卒業したならそっとしておいてやれよ。こんな辺鄙なところまで探しに来てやるなよ。ルカ御姉様逃げて、超逃げて。
つーか御姉様って言ってるけど、血縁関係は微塵も無さそうだし、勝手に呼んでるだけだよね? 何なら面識も無いよね?
「それでは、ルカ御姉様──じゃなかった、可愛い危険生物を探しにレッツ・ゴー!!」
ゴゴゴゴゴ……。
「……ゴー?」
辺りにどよめきが上がる。
その時である。
凡そ、可愛さとは無縁の何かが崩れる音。
地面が揺れる。天井から岩がごろごろ落ちていく。
「えっ……」
俺はあんぐり、と口を開けるしかなかった。
阿形ウミコが立っていたその真後ろ。地面に穴が開き、そこから全長10メートルはあろうかという巨大なヤスデが飛び出して来たのである。
勿論、可愛さとは無縁だ。
「ほぎゃあああああああ!? なんだあのデカいの──!?」
辺りの攻略者たちが悲鳴を上げた。
何だアイツ、見た事無い。
全身が鎧に覆われた10メートル大のヤスデだ。
「グギュルルルルルバアアアアアアアアアアアアーッッッ!!」
それは、立ち竦む攻略者をその巨大な体躯で弾き飛ばし、更に口からべちゃりと吐いた液体が攻略者の装備を溶かしていく。
何人かが魔剣だの魔弓だので大ヤスデに攻撃を加えていくが、鎧が硬すぎるのか全く効いていない。
「なんだぁこいつ、硬すぎるだろ!!」
「動きも速いし!! どうなってやがんだ!?」
マズいぞ、こんなヤツ相手に出来る訳が無い。逃げるしか──
「いやぁぁぁぁーっ!? そこの人助けてェェェーッ!!」
──って思ってた矢先にウミコが、巨大ヤスデを引き連れて俺の方に走ってきやがった!!
B級攻略者でも全く相手にならないのか!! あんなのどうにかなるわけがないだろ!!
逃げ足だけは無駄に速いウミコは俺に飛びついてくる。
「いやいやいや無理!! 無理!! 倒せる訳が無い!!」
そんでもって、巨大ヤスデも此方目掛けて飛びかかってくる。ああ、もう逃げられない……俺の持ってる武器と言えば、このつるはししかない。
喰われたら一貫の終わり──なら、せめてこの女の子を逃がしてあげよう、と俺はウミコを突き飛ばして巨大ヤスデに向かう。
「ああもう知らねえ!! どーにかッ!! なれェッ!!」
──配信で繰り返し見た”絶一門”を見様見真似で使おうとしたんだと思う。
体は完全に無意識に動いていた。
身体を大きく前に傾けさせ、相手の頭目掛けて得物を振るい、首を刈り取る──
黒い稲光が、俺の視界を覆う。
巨大ヤスデの硬い硬い頭を──つるはしが貫いていた。
「た、倒しちゃった……」
巨大ヤスデは悲鳴を上げ、沈黙する。
「今のって……ルカ御姉様の”絶一門”……!?」
「え”」
俺は振り向く。ウミコ嬢が、驚愕の眼差しで俺を見つめていた。
辺りの攻略者達も奇異なものを見る目で見ている。
視線が、痛い。
「今の、何だったんだ……!?」
「おい!! お前、そんなに強かったのか!?」
「え”」
「助かったよ、あのヤスデ、俺達じゃあ歯が立たなかったのに!!」
訳が分からない、俺だって。だって、攻略者たちで歯が立たなかった相手をワンパンできるなんて思ってなかったからだ。
(でも、手応えはあった……一体どうして……)
「あ、あえっ!? 配信、すっごくバズってる!? 同接数──ひっ、10倍に増えてる!?」
ピコンピコンピコン、と途切れない通知音がウミコの配信用デバイスから聞こえてくる。
俺は嫌な予感がした。今の光景、ウミコの配信を通してバズッてしまった可能性が高い。
「えっ。ちょっと見せてくれない……!?」
「み、見てよ! こ、これ」
俺の目の前に、ウミコの配信デバイスが表示したホログラム画面が現れる。
コメントが物凄い勢いで流れていくが──
:え? え? 死んだの、あのムカデ
:あいつ、ヤバそうだったのに
:なんだよ誰も死んでねえじゃん、折角面白そうだったのに
:なあ、あの攻略者誰? つるはしでヤスデ倒してなかった?
:つるはしwwwwwwww
:なあ、今のって”絶一門”じゃね
:絶一門!? 見間違いじゃなかった!?
:ルカちゃんの技だよね!?
さぁ、っと顔から血の気が引いた。不味い。状況が頭で整理できないが、これは良くないバズり方だ。
「ッ……やっぱり、そうだ。あの黒い稲光……もしかして、貴方──ルカ御姉様の弟子か何か──」
「無関係の赤の他人ですーッッッ!?」
俺はすぐにその場から脱兎の如く逃げ出すのだった。俺はルカとは無関係だ。
今此処で関係を聞かれたら余計なことまで話してしまいそうな気がした。
そもそも自分でも分からないことを、人に説明できるわけがないだろ!
(どうなっちまったんだ、俺の体──!?)
※※※
ダンジョンを抜け出し、何とか人気のないところまで逃げる。
かつては人で賑わっていた街。しかし、ダンジョンが急に出現したことで崩落し、今は廃墟と化している。
そんな廃屋の1つに寄りかかると──全身に痛みが迸るのだった。
「んぎぃっ──!?」
筋肉痛だ。全身に力を入れようとすると、痛みが走って、そして力が入らない。
特につるはしを振るった右腕が酷い。
「もう、何なんだよマジで……! 急に技が使えたかと思ったら、」
その時だった。ホルダーに入れていたスマホがギャンギャンと鳴り響く。
LINEだ。メッセージではなくわざわざ電話機能でコンタクトしてきた。
相手は──ルカ。
俺は嫌な予感がしながら、まだ痛みがマシな左手でスマホを取った。
「──も、もしもーし……!?」
『ちょっと、おにーさん!? 何ですか、あの配信!?』
怒気混じりだ。ル、ルカ、あの配信見てたのか……!?
『急上昇の配信の見てたら、特級危険生物の
「ひんっ……俺だって知らねえよ……!!」
『おにーさん、あんなに強かったんですか!? しかも、な、何で私の技を──』
「知らない知らない知らない、勝手にパクってごめんなさい、でもまさか出るとは思わなかったんです」
『と、とにかくっ!! 私の指定する場所に来て下さい!! 今から!! 早く!!』
「指定って……」
『おにーさんに拒否権はありませんッ、あの配信バズってるんですからね!!』
……何で、いきなり技が使えたんだ? これは俺のスキルの力なのか?
ルカが指定した場所は、そんな疑問を一気に解決できる場所だった。
日本ダンジョンスキル開発センター……読んで字の如く、人間が持つスキルとダンジョンの関係を研究する施設だ。
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