ワンナイト相手が有名ダンジョン配信者だった件

タク

第一章:竜王の秘宝

第1話:飲むのは一瞬、酒の失敗は一生

 ──頭が痛い。

 そして、昨晩の記憶が無い。

 確かいつものようにダンジョンに行って、その帰りに行きつけのバーで意気投合した女の子と、飲み交わして……。

 それで……どうなったんだ? 確か、そいつがしこたま飲んでたし、時間も時間だったから仕方なくホテルに一緒に入って……。




「んー……むにゃ……にへへへへ……」

「……は?」




 ──隣からむにゃむにゃ聞こえてくる寝言。

 さぁーっと血の気が引いて、俺はシーツを捲った。文字通り、一糸纏わぬ女の子が隣に寝ている。僅かな凹凸、鍛え上げられたスマートな体……可愛らしい顔。


「……は? ウソだろ? 俺、まさか、やらかした……?」


 そして、昨晩何があったかを物語るかのように、女の子の柔らかな肌には赤い虫刺されのような痕が残っているではないか。

 ウソだろ……? 俺、マジで酒の勢いで名前も知らん相手とワンナイトやらかしたん……?


 おまけに、ベッドに落ちたカバンには迷宮攻略者の身分証明書たるライセンスが落ちていた。出来心で俺はついそれを拾ってしまったのである。


「な、なんて不用心なヤツ……え」


 ──ライセンスに記された名前は「抜刀院ルカ」。そして、肩書には「株式会社 JURA所属A級迷宮攻略者ダンジョンアタッカー」と書いてある。


「ルカ……? A級? 抜刀院ルカって──」

 

 恐る恐るどこかで聞いたような名前をスマホで検索する。真っ先に出てきたのは──数日前のネットニュースであった。


『抜刀院ルカ、JURAを卒業!?』


『11月〇日、ネットで大人気のダンジョン攻略者・抜刀院ルカが配信グループ・JURAを卒業した。ルカは今後、フリーの迷宮攻略者ダンジョンアタッカーとして活動していくと表明しており、配信者としての活動を続けるかは未定──』


 思わず、横で気持ちよさそうに寝ている女の子の顔を二度見した。




「……俺……何か……ヤっちゃいました……?」




 ──酒の勢いでワンナイトした相手は有名ダンジョン配信者だったのである。


 どうしてこんな事になってしまったか──俺は思い返す。

 

 確かアレは──昨日、ダンジョンから帰る途中の事だ。




 ※※※




 ──世界各地に迷宮ダンジョンが現れると同時に、まるで示し合わせたかのように、人々の中には超常的な力”スキル”を発現する者が現れた。


 ”スキル”を持つ者達は、迷宮の奥に待ち受ける富、そして名声を求めて誘われるようにダンジョンに足を運んだ。


 しかし、世の中皆ダンジョンで戦える主人公ばかりじゃない。スキルを持っていても無用の長物みたいな人間もいる。


 俺、日比野 メグルも──その一人だった。


 いつものように俺はダンジョンの中でも安全な上層部で魔鉱石をカンコンカンコンつるはしで掘っていた。そんで掘った魔鉱石を換金して帰路についていた。

 そしてこれまたいつものように繁華街のいつもの飲み屋で1杯引っかけようとしていた所、見慣れぬ女の子に声を掛けられたのである。


「おにーさんっ、おにーさんっ、美味しいお酒のお店は無いですかっ」

「……君は……あー、攻略組に居た子か」

「あ、覚えててくれたんですね。いやー、私、この辺には初めて来たんですけどー……良い穴場がなかなか無くて」


 中層攻略組に混じってたキャスケット帽の女の子だ。背が低いから、まだ未成年だと思っていたが、どうやら酒が飲める年齢だったらしい。

 なんかもう……すでに顔が赤くなっている。


「困るんですよねー……すぐにチャラっぽい人から声を掛けられちゃって。どこかこう、静かに飲める場所は無いですか?」

「行きつけの飲み屋で良いなら。小さい所だから、この時間も空いてるよ」

「本当ですか!? やったーっ!」


 見る人が見れば事案なのだが、この女の子は危険生物ひしめく中層に潜っていた辺り、俺よりも遥かに強いはずだ。

 スキルを持った者は、超常能力は勿論の事、身体能力も飛躍的に向上していく。婦女子に乱暴をしようとした不届き者が、相手の女の子がスキル持ちだった所為で返り討ちにされた……なんてこともあるくらいだ。

 勿論俺も疚しい気持ちがあったわけではなく、純粋に親切心で店を紹介したのである。




「カーッ!! 久々の酒ッ!! 生き返るーっ!!」


(……にしたって不用心すぎる気もするが……)




 しかも、会った時にはもう酔っていたので久々の酒でも何でもないはずだ。


「おにーさんもダンジョンに?」

「ああ。と言っても、大したことはしてないよ。今は仕事しながら、たまーにこうしてダンジョンでやってる」

だって大事ですよ? ダンジョンで魔鉱石掘ってくれる人が居るから、その素材で攻略組の装備が出来る訳ですし」


 魔鉱石掘り──通称”石堀”はダンジョンで行われる一般的な仕事の1つだ。

 この魔鉱石というのは、軽い上に頑丈な性質を持っており、不思議な力を秘めている。

 種類は様々だが、装備の材料になるので需要も換金性も高いのだ。


「それに、諦めずにスキルドロップを掘り出せば、おにーさんも能力が開花していずれは凄い迷宮攻略者に──」

使

「あっ……もしかして」

「俺は……スキルは先天的に持っているけど、


 スキルドロップは迷宮で産出されるそこそこレアなアイテムの1つだ。飴玉のような形をしているから”ドロップ”と呼ばれる。食べればたちまち無能力者でもスキル保持者になり、身に着けたスキルを足掛かりにしてダンジョン攻略が出来るのである。

 市場にそれなりに高値で出回っている他、ダンジョンでは安全な上層でもスキルドロップが稀に掘り出されることがある。魔鉱石掘りは、魔鉱石そのものの換金性の良さもあって、無能力者の攻略者志望には避けては通れない道になっているのだ。


 だが──スキルドロップは、すでにスキルを所持している人間が食べてもスキルが手に入らない。


 既にスキルドロップを食べてスキルを手に入れた者は勿論──先天的にスキルを持っている者も、だ。俺は──先天的にスキルを持っている側の人間だ。

 

「昔、試しに友達が掘ってくれたスキルドロップを食ったんだが……拒否反応で吐いちまったよ。こんな事なら……無能力者に生まれた方がよっぽど良かった」


 スキルドロップに拒絶されたことで──俺は、の持ち主であることが完全に証明されてしまった。最初の1回が発動しなければ、それがどんな発動条件で、どんな効果なのかも分からない。

 スキルが目覚めなければ、危険生物相手に通用する身体能力も手に入らない。そんな奴がダンジョンで戦えるわけが無かった。


「そんな俺が未だに魔鉱石掘りしてんのは……多分、諦めきれないんだろうなあ……何にもなれなかったのを受け入れられてないんだと思う」

「……」

「なんてな! 暗い話して悪かったな。俺がダンジョンに行ってるのは、色んな攻略者たちと会えるからだし……それに、いつかは会えるかもしれないって思ってるからさ」

「会える? 誰にですか?」


 それを聞き、女の子はひどく驚いたようだった。


「ッ!? 何ソレ、聞いたこと無いんですけど!?」

「ああ。俺も信じて貰ったことはない。夢でも見たんじゃねーかって笑われる」


 だけど──俺は確かに見たんだ。この眼で。




「俺さ、小さい頃に迷宮災害に遭ったんだよ。その時、崩落した迷宮の中で──出会ったんだ。角と尻尾が生えて……鱗が肌に生えた、女の子だった」




 目もギョロリとしていて、爬虫類みたいだったのを覚えてる。

 だが、確かに俺はあの子に助けられて、今こうして生きているのだ。


「ダンジョンに出てくる生き物に、人型なんて居ないですよね」

「そう、未だに見つかってない。だから、誰にも信じて貰えてない。だからいつかこの手で会いにいきたい。会いに……いきたかったんだ」

「……でも、ダメだった……?」

「……ああ。1回無茶して、1人で迷宮に潜ったんだが死にかけてね……無能力同然なのに無茶するな、と言われちまったよ」


 開花してないスキル持ちは、無能力者とさして変わらない。結局俺は、只のお荷物でしかなかった。


「でも、でもだぜ? 確率が1パーセントでもあるなら……諦めたくないじゃねえか。もしかしたら、上層にひょっこりと出てくるかもしれねえだろ」


 もしかしたら、このダンジョンの奥に、俺の知らない文明があって、知らない世界があるかもしれない。そう考えると、怖さよりもワクワクが勝ってしまった。

 だから今でも──夢に縋り続けている。


「だから、ダンジョン配信者には感謝してんだよ、俺。いっつも……俺じゃあ見れないダンジョンの奥を、知らない世界を見せてくれる。でも、思うんだ。……俺も……行きたかったな……あっちの世界に」

「ッ……」

「悪い! 結局辛気臭くなっちまった」

「じゃ、じゃあ、今度は私の話を聞いてくれませんか?」

「おう良いぜ。ドンと来いだ」


 ドンッ!!


 ……それから20分後。もうこれで何杯目だろうか。俺は二つ返事で返したのを激しく後悔したのである。

 女の子は酒を飲みながら職場での愚痴をこぼしていった。最初は「ファンがしつこくて……」「給料から差し引かれる額が多くて……」みたいな話だった。

 

(しかし酒禁止、恋愛禁止って、どんな職場なんだ……? キャバ? いや、酒禁止ならアイドルかコンカフェ?)


 しかし、次第に女の子は明らかに酔っていき、次々に追加のお酒を頼んでは俺にまで押し付けてきたのである。どう見ても飲み過ぎであった。


「だーかーら!! 恋愛禁止!! お酒禁止!! 禁止禁止禁止!! 何でも禁止!! もうこんなの我慢できないって思ってェ!!」

「あのー? そ、その辺で」

「はぁ!? 私の酒が飲めないんですか!?」

「アルハラだぁ……!!」


 ※よい子の皆は真似をしてはいけません。


「私はもっと自由にっ!! 仲間と迷宮を攻略したかったんですッ!!」


 ドンッ、とジョッキを置き──女の子は突っ伏す。


「良いですよーだ!! どーせ私には凹凸も無いし、魅力も無いし、一生彼氏なんて出来ないし!!」

「なあ、俺ももう限界でよ、そろそろ出ようぜ……」

「三軒目ですね!! 付き合いますよぉぉ、えへへへへぇ」

「バカ!! 帰るんだよ!!」


 正直、俺も一緒になって飲み過ぎた。もうテッペンは超えている。この子の住所も分からない。

 完全に酔っていて足はふらふら、呂律も回っていない。これ傍から見たら俺が飲ませたように見えるけど、この子自分からクピクピとビールを飲んでいったんですよ。

 仕方がないので飲み代は俺が全額払い、その辺のホテルに連れていって寝かせたのである。


「うにゃー……ぽわぽわする……」

「はぁ、はぁ、ゲロらなくて良かったぜ……なんつー子だ……俺が悪いヤツじゃなくて良かったな……」


 少なくともこの子に飲酒禁止を言い渡していた会社は正しい。とはいえ俺ももう頭がくらくらで何が何だか分からない。

 

「……ねぇーえー、おにーさーん?」

「な、何だ!?」


 その時だった。俺は、いつの間にか起き上がっていた女の子に背後を取られていたのである

 首に腕を回され、彼女は耳元で囁く。




「おにーさん……私、そんなに魅力ないですかぁ?」




 そのまま流れるようにベッドに俺は押し倒され、組み伏せられたのだ。


「ちょ、ちょっと君──!?」

「ねー……♪ 今はメンドーな事全部忘れて恋人みたいなこと、しましょーよ……♪」


 にゃーにゃー、と甘えるような声で彼女は頬を摺り寄せてくる。

 ……後から思う。不用心だったのは、俺の方だったのだ、きっと。




 ※※※




「本当にごめんなさい……」

「いや、本当、俺もすみませんでした……」


【抜刀院ルカ チャンネル登録者150万人】


 あの後は大変だった。

 いたたまれない空気のまま、俺達はホテルのモーニングを頂いていた。

 だが、パンケーキも牛乳も喉を通るような空気ではない。

 女の子改めて──抜刀院ルカは死にそうな顔でテーブルに突っ伏す。

 

「初めて、だったのに……」

「安心しろ、俺もだよ……」

「何処にも安心できる要素が無いッ!! しかも多分私が君を押し倒しましたーッ!! 覚えてますーッ!! いっそ殺してくださいッ!!」

「ああ、俺も今思い出した……」


 だが、彼女が首に付けている絆創膏を見るに、途中で俺も相当盛り上がってしまったらしい。

 互いに狼だった、ということだ。それでも俺が酔った女の子をホテルに連れ込んでそのまま頂いてしまったカスであることに変わりはないのだが。


「……それで君……さっきのライセンスだけど」

「シーッ!! シーッ!! まだライセンス更新してないんです、もし貴方の所為で身バレしたら社会的に殺しますッ!!」

「ごめんッ」

「と言っても、元は私の自業自得なんですけど……はぁ。私ってホント、ゴミ、カス、尻軽女……」

「いや、隙を見せた俺も悪いし……酒の失敗なんて誰にでもあるだろ」

「あああ……自分が、こんなにお酒に弱いだなんて知らなかったですよ……」


 アレはどう考えても飲み過ぎなだけだ。コイツ、昨日だけで何杯ビール飲んだのやら……むしろ強いまである。

 どうやら、この抜刀院ルカは、やはりあの引退した大物配信者に違いないらしい。企業所属の配信者としてのしがらみから解放され、しばらく各地の迷宮を回っていたんだとか。

 勿論、身バレしないように彼女は自身のスキルを封印していたらしい。それでも生来の剣術だけでそこらの危険生物は相手にならないのだとか。


「なあ、俺が言うのも何だけどよ、1つだけ聞いて良いか? できれば、って範囲で良いからさ」

「なんですかぁ……」

「何で──?」

「ッ……本当に痛いところを聞きますね」

「いや、俺には想像できない世界だからさ」


 大企業所属のダンジョン配信者は、ネームバリューだけでチャンネル登録者も伸びる。ファンも多いし、装備も企業から沢山融通してもらえる。

 攻略者にとっては、天国のような環境と言ってもいい。


「私は──企業の力を借りず、私というコンテンツが通用するかを試したいんです」

「……そっか」


 それ以上は深くは追及しなかった。誰が聞いているか分かったもんじゃないからだ。


「あの。本当に、あんまり気にしないで下さいね。”薬”を普段から飲んでますから……」

「でも気にするっつーの……」

「行きずりの貴方に迷惑は……かけられませんから」

「分かってる。これっきり。これっきり、だな? ただ、万が一の事があった時に備えて連絡先だけは交換しとかねえか? 俺の方からは連絡しないからさ」

「……そう、ですね。でも、これっきりですね。お互いの為に」

「ああ、お互いの為にこれっきり、だ」


 本来なら、これっきりの関係で終わるはずだったのだ。


 ──まさか3日後、ルカの方から鬼電を掛けてくる事になるとは、この時俺は思いもしなかったのである。

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