旅行Ⅱ:ゲームと車と白煙

「これやらない?」


 ほむらが、車みたいな筐体を指差す。


「湾岸Drift For Real?」

「なにこれ〜?」


 レイと麗子が首を傾げる。


「簡単に言うと、レーシングゲーム。通常版だと、レースをして、レベルを上げて、車を強化するゲーム。これは、それをよりリアルに体感するやつ」

「へぇ〜」

「やろうよ、面白そうじゃん」

「じゃあ、どんな勝負になっても恨みっこ無しで」


 かくして、5人が別々の筐体に乗り込む。

 ほむらとレイはデッキケースを、麗子はスマートウォッチを剣崎はゴテゴテしい魔改造スマートフォンをかざす。

 湾岸Drift本家最古参勢の剣崎はエンジョイマッチを選択し、剣崎が選択した車が一時的に|無改造(吊るしの)状態になる。

 ほむらがフェラーリ・テスタロッサ(マゼンタ)、レイがアルピーヌA110(シアン)、麗子が日産GT-R NISMO(パールホワイト)、剣崎がトヨタスプーラ(メタリックブルー・フルチューン済み)を選択。

 メーター表示と車窓からの景色が、ARに置換されてゆく。

 チュートリアルを終えた3人の車が、出現する。

 フロントガラスにオーバーレイ表示されるようにスタートシグナルが出現する。

 剣崎の前にいる4台が走り出す。

 スプーラの車体が、スタートラインを完全に超えた瞬間、シグナルが切り替わり、レースが始まった。

 スロットルを上げ、加速してゆく。


***


 ここからは、現在最下位の剣崎視点でお送りします。


 クラッチを蹴り、ギアを次々を上げていく。

 このコースは、初心者向けとして、バージョン1から実装されているコース。

 コースの最高地点のある急勾配つづら折りのセクター1。

 そこから一気に下る、セクター2。

 長い、平坦な道のセクター3。

 全2周のステージにおいて、コースの基本要素がすべて詰まっている。

 無改造吊るしの状態において、一番パワーのない車は、スプーラであり、急勾配と、ストレートの長い、このコースは圧倒的に不利だ。

 かなりきつい。

 つづら折りの入口である緩めのカーブを曲がり、ひとまず、パールホワイトの1台を抜く。

 そのまま、アクセルを放し、急ブレーキで、後輪をスライド。

 ハンドルを切り白煙を上げ、車が弧を描き、滑る。

 車体が進行方向向いた瞬間、アクセル全開。

 坂道を登る。

 それの繰り返し。

 流石、4WD、ずっと先のようだ。

 数十回のヘアピンカーブを抜け、セクター2に入る。

 マゼンタとシアンの車体が見え、林に消える。

 予想以上に差がない。

 フルチューンじゃないから当然か。

 滑り落ちるように坂道を下る。

 道路のカーブ内側ギリギリに車体を近づけ、後輪をスライドさせ、速度を殺さずにガードレールスレスレで曲がる。

 たとえ、下りのつづら折りで速度が出せなくても、4WDは4WDだ。

 普通に走っても追いつけはしない。

 勝つための最善手は――


「見えた!」


 2台が、犬飼と赤楚がほぼ同じ軌道を描き、車線通りに走っていた。

 さすがは4WD、ドリフト抜きのきれいな曲がりでも、速い。

 プレーヤースキルで勝つようなことになるけど、これをやるか。


***


 とにかく強そうな車を選択したが、カーブが馬鹿みたいに多く、速度があまり出せない。

 ゲームを始める前に、攻略サイトを見たが、理論上、4WDで、コースをきれいに走るのが一番速いらしい、ドリフトって、タイトルに付いているのに。

 スタート前のコース説明では、この下りのあと、長い平坦であり、そこで勝負をかけるしかない。

 それまでは、ほむらにできる限り、近づいていないと。

 その、次の瞬間。

 左のサイドミラーに僕の乗っている車と違う、色味の青い車体が見えた。

 動揺して曲がるタイミングを間違えた。

 その、内側のガードレールの隙間に車が入る。


「け、剣崎?! 一番うしろだったはず……」


 そのまま次のカーブの手前で、僕が減速しようとした瞬間。


「減速しない!? このままだとガードレールに!」


 並走し、抜け、カーブに入る。

 剣崎の車は、入った瞬間、減速し、後輪が白煙を上げ、タイヤ痕を残しながら、前を通り過ぎていった。


「360度に近いカーブで、ドリフトかよ。勝てるか、あんなのに」


 口からボソッと漏れた。


***


 赤楚が外側にそれた隙間に食い込み、カーブに入る。

 側溝の蓋と、アスファルトとの段差に引っ掛け、ぶつからないように、クリア。

 アクセルを押込み、並走とともに、段差を脱出。

 カーブで赤楚が減速したところで前に出し、ハンドルを切り、アクセルを抜く。

 後輪をスライドをさせつつ、車体を傾け赤楚をオーバーテイク。

 サイドブレーキをかけ、さらに減速し、アクセルを押込む。

 一気に赤楚の車を追い抜く。

 ――某走り屋漫画の技でスピードを殺さずに、カーブで追いつき、カーブの手前で、慣性ドリフトの要領でオーバーテイクしつつ、サイドブレーキドリフトで曲がりきる。

 途方も無いくらいに、練習し、編み出した、初見殺しテク。

 ぶっちゃけ、初心者殺し特化技。

 要は、センターキープできていない初心者のところに、経験者テクニックだけで、追い抜く、セコい技である。

 悪い、最古参勢として、一位を取らせてもらう。

 急ブレーキ、サイドブレーキ、ステアリング、サイドブレーキ解除からの、アクセル。

 それを繰り返し、つづら折りの道をできる限りの速さで抜けていく。

 パワーのないこの車でセクター3の平坦な道は結構きつい。

 だから、後ろの赤楚を離し、犬飼との距離を詰めるには、残りの下りをできる限り減速せずに抜けるしかない。

 ――二分の一の可能性にかけなければ。

 あと少しで、犬飼に追いつくと思っていた。

 が、いつまでたってもマゼンタの車体が見えない。

 もう、セクター3に入った?

 いや、流石に速すぎる。

 あの速度だったら、とっくのとうに見えているはずだ。

 赤楚を抜いたときは、まだ、眼の前にいたはずだ。

 そうこうしているうちに、セクター3に入る。

 けっこう前に、マゼンタの車体が見えた。

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