第二幕 伍
取り囲んでいるのは街の住人たち。全員が包丁やら小刀やらを構えている。中には木の枝とかを突き付けている子どももいる。そして誰も彼もが引き攣った表情を浮かべていた。
さすがにこの人数を突っ切るのは難しい。すぐにアリシアを下ろし、彼女を守るように三人で陣形を組み直す。
「ムラマサ、貴方、こうなった原因がわかっているのよね?」
短時間で息を整えたクレアが問いかける。
「ああ」
「何者なの? どういう関係なの?」
その質問に失笑が漏れる。
「くくっ……。儂の知り合いなんてたかが知れているだろう?」
群衆の奥からやってくる気配を感じ取りながら答える。
「まあ、儂もこんなことになっているとは思ってもいなかったが」
屋敷があった方角の群衆が道を作るように左右へ割れる。その先から現れたのはダグラス。
ちっ。火傷の一つや二つくらい作れると思ったんだがな。
「再会もそこそこに逃げるなんて、とんだご挨拶だね」
血の気を失った群衆とは対になるように、ダグラスはにこやかな表情を浮かべる。
「はんっ、一番会いたくなかった奴に不意打ちで出くわしたらこうなるわ」
こちらも嫌味で返すが、内心はどうやって切り抜けるか作戦を組み立てていた。相手も状況も悪すぎる。せめてアリシアだけでも逃がしてやれないものか。
ダグラスが儂の後ろにいるアリシアへ視線を向ける。
「彼女が君の契約者か。ずいぶんと可愛らしいね。契約したのが十年くらい前って聞いたけど……。君、そういう
「偶然の産物だ。儂だってこんなちんちくりんが適合者だとは思わなかったさ」
「ちょ、ちんちくりんってなによ!」
アリシアが腰のあたりを殴ってくる。それを無視して儂はダグラスを睨みつける。
「……で? まさか
挑発のつもりで問うと、ダグラスはこてんと首をかしげた。
「え? そのまさかだよ?」
「えっ?」
「は?」
両脇で群衆を警戒していたクレアとラルフがこっちを見たのがわかった。儂も思わずダグラスを見つめ返す。
「だって魔剣士だよ? 僕が成し得なかったことを実行できた人がいるって凄いことじゃん! だから一目会いたくて、ちょっと無理してお願いしたんだよね。なかなか頷いてくれなかったから、ちょっと強引なことをしちゃったけど」
嬉々として紡がれる言葉に頭を抱える。
そうだ。こいつ思考の半分はガキのままだった。だからたまにとんでもなく直球で来るから、気の毒になるくらい周りが振り回されていたんだった。
――って、ちょっと待て。
「おい、まさかここ一年の間に起こった特異事件、お前が黒幕なのか?」
「うん、そうだよ」
こともなげに肯定され、開いた口が塞がらなくなる。
こいつ、儂を――いや、アリシアを連れてこさせるためにわざわざ事件を引き起こしたというのか!?
儂らの気も知らず、ダグラスはにこにことアリシアを覗き込む。
「あらためて、初めまして。僕の名はマイルズ・アンカーソン。気軽にマイルズって呼んでね」
周囲の温度が下がる。クレアとラルフが息を呑んだ。
「……マイルズ?」
アリシアが鸚鵡返しにその名を口にする。
背中をぎゅっと掴まれた。おそらく無意識だろう。
それはこの国でもっとも忌むべき名。
歴史に残る最悪の化身。
誰も子どもに名付けようとは思わない、呪いの代名詞。
「…………なん、で。生きて……」
「違う」
震えるアリシアを隠すようにしながら儂は遮った。
「教わったはずだ。こいつは“十二番目の魔剣にされた”と」
そう。十一番目である儂を創った直後、こいつは周囲によって十二番目の魔剣になった。輸送中に散り散りになり、国としても一番行方を案じていた奴だったが、まさかこんなところにいようとは!
「そうそう。あれはびっくりしたよ」
ダグラス――マイルズがくつくつと肩を揺らす。
「いきなり後ろからぶすーって刺されてさ。あれよあれよと魔方陣の中に放り込まれたんだもん。創られたばかりの君が顕現できたのもびっくりだったけどね。結果として君の声が聞けたのは収穫だったけど」
どこまでも前向きなこいつの思考に思わずため息が出る。
嗚呼、だんだん思い出してきた。こいつ魔剣になってもお構いなしにしゃべり倒していたんだった。あまりにもしゃべり続けるから、言葉を封じる魔法がないか本気で考えていたんだっけ。
「ムラマサ、未契約でもこの姿になれたの?」
小声でアリシアが問う。
「かなり不安定だったがな。あの時顕現できたのは奇跡といってもいい」
儂も小声で返しながらマイルズの様子をうかがう。
今でこそ自由に顕現できるが、未契約の状態ではそれを維持するのがとてつもなく難しかった。たとえるなら細い糸の上で綱渡りをするような感覚だ。魔剣にされた直後に顕現してマイルズを拘束したが、一刻と経たずに刀に戻ってしまった。その間に周りの連中がせっせと治療や拘束を進めてくれたから、奴を逃がすことはなかったが。未契約の状態で姿を見せられたのは、後にも先にもあの一回きりだ。
「こいつを見るために寄越したってんなら、そろそろ帰らせてもらえないか? 貴様の茶番にはこれ以上付き合えん」
ため息をこらえながら投げかける。
こいつが一筋縄ではいかない性格なのは百も承知だった。
「あはは。相変わらず冗談が下手だね、君は」
マイルズがさっと手を挙げる。
「うおおおあああああ!!」
背後で雄叫びが上がった。振り返れば、男がアリシアめがけて鉈を振り下ろすところだった。
「ひっ」
アリシアが咄嗟に腕で顔をかばい目をつむる。
その向こうで金属同士がぶつかる甲高い音が響いた。
「っは!」
「ラルフ、道を作れ!」
指示を出しながら儂は地面を踏む。一瞬で広げられるだけ広げた魔力が熱を帯びる。力を込めれば、人の背よりも高い炎が一帯を飲み込んだ。
「きゃああああ!!」
「熱い、熱いよ!」
「おかあさーん!」
阿鼻叫喚の巷と化した大通りの中、儂はマイルズとの距離を詰める。
「ムラマサ!」
「逃げろ!」
アリシアへ背中越しに叫びながら火を練り上げる。
「おっと!」
火で作られた刀がマイルズの剣に受け止められた。
「やはりそうか」
剣の表面に刻まれた文様を見て確信する。
「他人の体を乗っ取るとは、発案者は考えることが違うな」
「さすが、良い観察眼を持っているよ!」
マイルズが儂の刀を押し返す。
「埋もれさせるには惜しい。軍師や参謀だったら右に出る者はいないんじゃないかい?」
「買いかぶりすぎだ」
刀を構え直して対峙する。
炎で飲み込みはしたが、実際のところただのハッタリだ。だが視覚情報というのは侮れない。熱波しか感じずとも、目の前で巨大な炎が上がれば冷静でいられないのが人の常だ。
片目だけアリシアと視覚を繋げば、クレアとラルフに手を引かれて城門まで駆け抜けていっている。模擬戦でよく形だけの炎を見ているからか、あるいは儂の炎を見慣れているのか、こいつらはわき目もふらずに門を目指す。いつもなら「人を傷付けるな」とぎゃあぎゃあ煩いアリシアも、魔力の流れで人を傷付けるものではないと気付いているのだろう。ただ、しょっちゅう後ろを振り返るのは見ているこっちがひやひやするからやめてほしい。
こっちははっきり言ってそれどころではない。
「そうかい?」
マイルズも剣を構え直す。
「どのみち、逃がす気はないけどね!」
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