第7話

キツネ顔の男が立ち上がって、橡もようやくハッと我に返り、その場を離れようと歩き出した時、やはり後ろから呼び止められた。



「お前、珍しいな?なんでこんな所にいる?」



橡が振り返ると、声を掛けてきたのは案の定、キツネ顔の男で、足音も無くスっと橡の傍に寄って来ては、橡の腕を引っ張って、自分が座っていた向かいに橡を座らせた。



「………妹を探しに」



橡が男を警戒し、ぶっきらぼうに短く返すと、キツネ顔の男は、その切れ目の瞳を一瞬大きく見開いたかと思うと、すぐに元のキツネ目に戻して声を上げて笑った。



「妹?妹だって?探してどうする?ここに居るのはもはや人の形すら保てない様な、どうしようも無い連中だぜ?」



キツネ顔の男は、綺麗な外見には到底不釣り合いな品の無い口調だった。



「お前の妹も、もしかしたらあんなヘドロみたいになってるかもな?」



そう嘲る様にして橡を見る男の琥珀色の瞳は心底楽しそうに輝いている様に見えた。



「いや、水蓮は違います。多分ここには居ないんだ」



「水蓮?妹の名前か?」



「そうです。他に行き場が分からなくて、流されるままにここへ来てしまいましたが、やっぱり違った。こんな所に水蓮がいる訳がない」



「どうして?」



橡の言葉に美しくも胡散臭い笑みを浮かべる男に、橡は顔色一つ変えずに返した。



「妹は怖がりなんです、一人でこんな所に入れる訳ないし、ここは悪人の巣窟でしょう?」



橡に逆に聞き返された男は、薄い唇の端をニィっと引き上げて頷く。



「そうだ、ここに清廉潔白な存在などただの一人もいない」

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